勇者でも渡り人でもないけど異世界でロリコン魔族に溺愛されてます

サイカ

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心臓の次は頭がパンクしそう

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「おはよう御座いますシイナ様。体調はいかがですか?」

 目が覚めると、わたしは普段使わない自室のベッドに寝ていて、すぐ隣でサアニャが笑いかけてくれていた。

「お、おはようサアニャ。体調は……うん、大丈夫、だけど……」

 右を、左を、部屋中を見渡してもクシェル様とジークお兄ちゃんの姿がない。この部屋にはわたしとサアニャの二人しか居ない。

「お二人には私がお願いしたんです。シイナ様から離れてください、と」
「え⁈な、なんでそんなこと」

 あんな事があって気を回してくれたつもりだろうけど、わたしは二人から離れたいなんて思ってないし、むしろこんな時だからこそ一秒でも早く二人の顔を見て安心したかった。

「お二人とも正常な判断が出来る状態になかったからです」
「え!それはどういう……だ、大丈夫なの⁈」

 正常な判断が出来ないって、どういうこと⁈もしかして喧嘩⁈それとも、昨日わたしが感情任せに怒っちゃったから、ショックで自暴自棄にとか⁈

「……一応は。しかし昨夜、あの後シイナ様が意識のない状態で魔王様の腕に抱かれて帰ってきた時の、グランツ様の様子は……言葉にもしたくない程で」
「え?ジークお兄ぃ……っあ!あれは違っ!あれはただ疲れて寝てしまっただけでクシェル様にまた何かされたわけ、じゃ……」

 だから大丈夫だって?心配する必要はなかったって?ふざけるな。そんなわたしの主観なんて関係ない!その時のジークお兄ちゃんにとっては、目にしたものが全てだ!

 ほんの数十分前に、自分の番の命を脅かした男。自分と番との唯一無二の繋がりを、運命を奪った男。
 そんな男の元に、自分を置いて会いに行った番が、今度はその男に意識のない状態で抱えられて帰ってきたのだ。そんなの、最悪の状態しか想像できないだろう。

「お聞きしました。魔王様と、そして先代様から。でも、だからってその時の不安と恐怖は消えない……消えないんですよ」

 サアニャはまるで自分のことかのように顔を顰めると、わたしから顔を背け唇を噛んだ。

「ごめんなさい」

 そう、消えないのだ。相手の主張がなんであれ、その後がどうであれ、その時、その瞬間に感じた痛みも悲しみも恐怖も消えてくれない。また、同じようなことがある度に思い出して、重なって濃くなって、より深い傷として心に残る。

 今回のように、わたしがクシェル様のせいで倒れたのだって一度や二度ではない。きっとその度にジークお兄ちゃんもーー

「あ、勘違いしないでください!別にシイナ様を責めているわけではないんです!」
「でも、わたしのせいでジークお兄ちゃんが」
「違います!悪いのは全部、ヴァンパイア化直後で身体も精神も不安定な状態にあったシイナ様を走らせて、魔法まで使わせた挙句、更に精神に負荷をかけたあのバっ、魔王様です!誰も貴女が悪いなんて思っていません。勿論グランツ様も、誰一人として!」
「ぅ、うん」

 サアニャの気迫が凄すぎて、それしか言葉が出てこなかった。

「……あー、ということでですね、シイナ様には色々と準備とか覚悟とか済ませてからお二人に会ってほしいわけです」

 二人に会ったら最後、ゆっくり着替えも出来なければ、まったり食事をとることも難しいだろうというのが、サアニャの見解だった。

 な、なるほど。それで二人をわたしから離したわけか。

 その後わたしはサアニャの助言を受けて、(起きたのが昼過ぎだったこともあり)自室で軽く食事を摂り、身なりを整え心の準備を済ませてからサアニャと共に二人の待つ会議室へと向かった。


 はずだったんだけどーー

 ジークお兄ちゃんの行動が想像以上過ぎて、わたしは会議室に着いてから、クシェル様の話を聞くまでの間に、何度も心臓が破裂しかけた。

 まず、サアニャがわたしの到着の旨を扉を叩いて知らせると、こちら側が扉を開けようとする前に扉が開き、それに驚く間もなく抱きしめられていた。

「コハク、よかったっ……ちゃんと生きてる。帰って来てくれた……よかった、コハク、コハクっ」
「じ、ジークぅっ?!!」

 そしてこちらが言葉を返すのも待たず、抱き上げられ首元の匂いを嗅がれた。

 その後会議室に入ってもそのままで、椅子に座る時はコアラのようにジークお兄ちゃんの身体にしがみ付く形で前に抱えられた。

 ここにはクシェル様だけじゃなく、シェーンハイト様とフレイヤ様、そしてサアニャも居るのに!みんな見てるのにこんな格好恥ずかしいよーー!!

 勿論みんなの前であり得ないくらい密着し続けていること自体も恥ずかしいんだけど……対面の状態で前に抱えて座られているということは、そうつまり今わたしの脚は大きく開かれて、更にはジークお兄ちゃんとの密着度に伴い服もそれだけ捲れ上がってるって事だね!ハハ……ってぇえー全然笑えないよー!!

 でも幸いジークお兄ちゃんの大きな身体のおかげで大半は隠れてるし、わたしの真っ赤になっているであろう顔も見られずに済んでいるし、わたしも周りの状況が全く見えていない!だから(格好のことに関しては)どうにか耐えられてる。

 でもでも!さっきからずっとジークお兄ちゃんが(わたしの首元に顔を埋めてるため必然的に)耳元で名前を囁くように何度も呼ぶから、別の意味で耐えられそうにない!!

 でもでもでもーっ!!わたしを強く抱きしめる腕が、確かめるように何度もうなじを撫でる熱い指先が、そして何より何度もわたしを呼ぶ、ジークお兄ちゃんの切なく悲しい声がわたしの胸を締め付ける。

 ジークお兄ちゃんの気持ちが分かるから、拒めない。しかし、本当の本っとーに色々と限界なのも事実で、わたしは終わりの見えない葛藤で神経をゴリゴリとすり減らしながら、ジークお兄ちゃんの肩に顔を押し付けることで声を我慢し続けた。

 今のわたし達の状況がみんなからどう見えているかは分からないけどせめてっ、せめてわたしがこの場に相応しくない感覚を得ていることだけは知られたくなかった。


 そうしてどれ程経っただろう。多分だけど、十分以上は経っている気がする。そこでようやく痺れを切らしたシェーンハイト様から場の空気を変える言葉が出される。

「ゴホンっ……あー、熱い抱擁に水を差すのも心苦しいのだが、そろそろ話に入ってもいいだろうか」

 た、助かった。渡りに船とはまさにこの事だ!

「っそ、そうですよね!ほ、ほらジークお兄ちゃん、これ以上みんなを待たせるのも申し訳ないから、ね?」

 わたしはジークお兄ちゃんの腕をペチペチと軽く叩きながら、そう優しく語りかけた。が、ジークお兄ちゃんは無言で抱擁を強め、わたしの申し出を断る。

 い、痛い。お兄ちゃんの指が肩に食い込んで痛い。

 でも今それをジークお兄ちゃんに悟られてはいけない。誰からも指摘される隙を与えてはいけない!じゃないとジークお兄ちゃんが傷つく。

「おい!ジーク」
「大丈夫だから!」

 だからわたしは、ジークお兄ちゃんを止めようとするシェーンハイト様の声を遮るようにあえて一度大きな声をあげ、改めてジークお兄ちゃんに向けて優しく語りかけた。

「大丈夫、離してほしいんじゃなくて、ただ向きを変えてほしいだけ。ね?このままだと大事な話が聞けないから、ね?お願い、ジークお兄ちゃん」

 こうして、どうにか様々な難所を耐え抜いて、やっとの思いでクシェル様の話まで漕ぎ着けた。のだがーー


「え?勇者がわたしを取り返そうと攻めて来てて、最悪その勇者がわたしを殺そうとするかもしれない⁈」

 心臓の次は頭がパンクしそうーー

「そうなんだ!だから俺はコハクに死んでほしくなくて!」
「ちょ、ちょっと待って下さい!落ち着いて、最初から順番に説明してもらっていいですか?その、勇者が現れた?というのもわたしは初耳で」

 急にそんなこと言われても何が何だか。理解が追いつかない。

「ぁ、すまない」

 その後クシェル様を主軸とし、シェーンハイト様とフレイヤ様が補足を入れる形で、改めて時系列順に説明が行われた。

 それによるとどうやら、この前獣人族の国に行った際にそこの王族の人達から、勇者の存在が確認された事を知らされたらしく、それを受けてシェーンハイト様とフレイヤ様が人族の国へと向かい直接事実確認を行なったらしい。
 その結果、勇者の存在が確かなものとなり、更にはその勇者の名前とこの国に攻めて来ている目的が明らかになった。

「その目的というのが、わたしを取り返すためということですか」
「あぁ。実際に勇者本人がそう言っていた。『本当ならコハクちゃんの隣は僕のはずだったのに、魔王に邪魔されて奪われた』と、だから『魔王を倒して取り返す』などと言い散らしていたよ……ハァ思い返すだけで腹が立つ」

 シェーンハイト様の明らかな苛立ちを含んだ声と表情に部屋の空気が一気にひりつく。しかし、それは勇者に向けての苛立ちだと分かっているからーー

「シェーンハイト様、確認なんですが……その勇者本人がわたしのことを『コハクちゃん』と呼び、自分のことを『僕』と言ったんですか?」

 わたしは場の空気に気圧されながらも、恐れる事なく個人的に気になった点を聞き返す事ができた。

「……あぁ、その通りだよ。誰か思い当たる人物でも居たかい?」
「ぃ、いえ……」

 今回は声も表情もいつも通り、優しく問いかけられたはずなのに、何故か先ほど以上の圧を感じて、咄嗟に本当の答えを隠してしまった。

「そう。しかし、俺達は勇者の正体はコハクちゃんの友人ではないか、と考えているのだが」
「っえ⁈な、なんで……」

 奇しくもシェーンハイト様達と、今まさにわたしが予想した人物が一致していた。

「何故、か……」
「それは……」
「っ!……」


 わたしの前方に座っているシェーンハイト様、フレイヤ様、クシェル様の三人は言いにくそう口ごもり、わたしの後ろに立っているサアニャの方に視線を移した。


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