106 / 117
なんて真っ直ぐした目なの
しおりを挟む結論から言うと『ジークお兄ちゃんに避けられていた』というのはわたしの勝手な勘違いだった。
なんと、あの時ジークお兄ちゃんは部下の人から、廊下で見かけたわたしの顔色が優れない様子だったと聞いて、わざわざ様子を見に来てくれたらしく、わたしが疑問を声にするより先にジークお兄ちゃんからその理由について問われた。
そして、わたしがその問いに「ジークお兄ちゃんはわたしのこと避けてたんじゃないの?」と抱えていた疑問を言葉にする形で答えると、ジークお兄ちゃんはすぐにそのことを完全に否定してくれた。
のだがーー
「……俺のせい、だったのか」
ジークお兄ちゃんに自分を責める言葉を言わせることになってしまった。
「ち、違う!わたしが勝手に勘違いして不安になってただけでジークお兄ちゃんのせいなんかじゃ」
「いや、勘違いさせるような事をした俺が悪い。すまなかった」
すぐにその言葉を否定するが、ジークお兄ちゃんに納得してはもらえず、逆に頭まで下げさせてしまった。
違うのに。本当にジークお兄ちゃんのせいなんかじゃないのに。ジークお兄ちゃんは何も悪い事はしていないのに!
ジークお兄ちゃんはきっと気まずかったんだ。だから思わずわたしから距離をとってしまった。多分きっとそう!わたしだって泣き顔を見られた後すぐいつも通りになんて無理だもん。恥ずかしくて顔を合わせ辛くなる。うん、絶対そうだ!
こんな単純なことに思い至らなかったわたしが悪い。なんでもすぐに悪い方に考えて、勝手に不安になるわたしが悪い!
二人は皆んなとは違うって分かってるはずなのに、どうしても今までのクセが抜けない。人の好意を疑って、自分の非を疑って、他人を信じる事が出来ないわたしが悪い。
「不安にさせてしまうくらいなら」
「へぁ⁈」
頭の中で自分の悪い所を上げ、また勝手に気落ちしていると、急に左手を指を絡ませるように握られ、腰を引き寄せられた。
それに驚き顔を上げるとーー
「え?ジーク、お兄ちゃん?」
何故か、真剣な目でわたしを見つめるジークお兄ちゃんの顔が赤く染まっていた。
「その、コハクに幻滅されたくなくて隠していたんだが……今朝俺があんな態度を取ったのは、無駄にたっ、昂ったコハクへの想いを落ち着かせていたからなんだ!」
最初は迷いが見られたものの、後半は力のこもった声で、わたしの腰を抱く腕と握られた手にも力が込められ、何か強い覚悟を持っての告白であることが伝わってきた。
でも、残念ながら頭の弱いわたしにはその内容を正しく理解することは出来なかった。
「たか、ぶった?」
昂ったわたしへの想いってどういうものだろう?雰囲気からして怒りや憎悪といったマイナスなものではないと思うけど……じ、じゃあもしかして好きとか愛してるとかそういう?んー、でもだとしたらこんな悪い事のように言うはずないよね?
「あー……つまり、こういう事をしたい気持ちをって事なんだが」
そう言ってジークお兄ちゃんはわたしの手を口元まで引き寄せると、その指先にキスを落とした。
「っ!な、なるほど!…………でもなんで?」
確信した。やっぱりジークお兄ちゃんの言う昂った想いというのは、わたしへの愛ということだったんだ!
しかし、そうなると益々分からなくなる。
無駄にって何?なんで落ち着かせないといけないの?なんで今更、その事を知ったらわたしが幻滅すると思うの?
「何故って……好きな女に耳元であんなお願いされて、その気にならない男は居ないだろ」
な、なんて真っ直ぐした目なのーー
「って、そっちじゃなくて!」
「そして今も……」
「ひぁ!……ぁ」
腰を抱く腕にグッと力が込められ、握られた手の指先に軽く歯を立てられた。勿論痛みはない。でも、沈黙と共に向けられるジークお兄ちゃんの瞳が、わたしの胸を締め付ける。
何かを切望する切なくも熱を帯びた、ジークお兄ちゃんがわたしを求める時の瞳。しかし今はその瞳に迷いが見える。
嗚呼怖いんだ。自分の想いが相手にとって負担になるのではないか、相手が思い描いているであろう理想の自分とは違う姿に幻滅され、嫌われるのではないかと恐怖しているんだ。
分かるよ。わたしもずっとそうだったから。
そして、その想いの強さにわたしがまた怖気付いて逃げるのではないかと怯えてるんだ。
だからこんなにも力強くわたしのことをーー
「大丈夫だよ」
「……え?」
「前にも言ったでしょ?何をされても絶対嫌ったりしない。逃げないって、全部受け止めるって」
そうあの日に誓ったんだ。初めてジークお兄ちゃんに全てを曝け出したあの日に。結局その日は全てを受け入れることは出来なかったけど、でも今はーー
「だから安心して。ジークお兄ちゃんのその想いに無駄なんてない。落ち着かせる必要もない。全部わたしにぶつけて良いんだよ?」
今のわたしには、それが出来る。ちゃんと最後まで出来るんだ!
「だってわたしはジークお兄ちゃんの番なんだから」
わたしの身体にはその証が数多く残されている。それら全てがわたしの誇りであり、宝物だ。
「お兄ちゃんの好きにして良いんだよ?」
それらを思い浮かべるだけで自然と笑みが溢れる。
「っ!……はぁ、人がせっかく自制してんのに」
「え……っ⁈」
呆れたようにため息をつかれ、あんなに強く握ってくれていた手を名残おしげもなく簡単に解かれてしまった。
しかし、その事にショックを受け俯く暇もなく、顎を指に乗せるようにして持ち上げられ、顔を近づかされた。
本日二度目の顎クイだ。しかし、前回のようなトキメキはない。あるのは戸惑いだけ。
だって分からないよ。わたしはただジークお兄ちゃんの望みを叶えたいって、受け止めるよって、だから安心して、わたしのこと好きにして良いよって言っただけ。なのに、なんでーー
「いい加減本気で……(狂いそうだ)」
なんでそんな目でわたしを見るの?
「じ、ジークっん!!」
わたしを求める熱と苛立ちを含んだ、昨夜と同じ、わたしを責める時の目だ。
その目と共に音の無い言葉を形作られ、訳もわからないまま口を塞がれた。
なんで、今はジークお兄ちゃんのことしか見てないし、他の人の名前なんて呼んでない。考えてすらいないのに!
そして長いキスの後ーー
「コハクならそれすら受け入れそうで、怖いな」
ジークお兄ちゃんは、わたしをあの目で見下ろしながらまた何かを呟いた。
しかし、ジークお兄ちゃんからのキスで惚けた今のわたしの頭にはその言葉は響かず、理解する前に過ぎて行ってしまった。
そして再び口を塞がれ、解放される頃にはーー
ため息をつかれ、言葉を意図的に隠された事に対する戸惑いなんてものは、完全に掻き消されてしまっていた。
10
お気に入りに追加
190
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる