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また褒めてくれた

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 その後当然のようにジークお兄ちゃんの腕に抱き抱えられて訓練場を後にしたわたしは、そのままクシェル様の待つ執務室へと向かった。

 一応、「流石にクシェル様の前でこの格好は恥ずかしいから下ろして!」と事前に訴えてはみたけど、案の定「無理だ」の一言で却下されてしまった。

 そうだろうとは思ってたけど、けどさぁ少しくらいはこっちの意見も聞いてくれて良いんじゃないの?

「むぅ、ジークお兄ちゃんの分からずや」

 何度言っても聞き入れてくれないその態度に流石に腹が立ってわざと悪態をつき、プイと顔を逸らす。

「拗ねてるのか?可愛いーっ!」

 ちょっとした意趣返しのつもりで、反抗して見せたのにそれは上手く伝わらず、何故か逆に悪化した。ぎゅーと強く抱きしめられて、頬にムチューと唇を押し付けられた。

「っーー!な、何でそうなるの!わたしは怒ってるのに!」

 ジークお兄ちゃんの顔を押し退けて今度はハッキリと怒ってることを伝える。しかし、お兄ちゃんに反省した様子はなく、そのままその手を取られーー

「でも、無理に下りようとはしないし、キスも本気で拒んではないだろ?」

 そう言って手の甲にキスされる。

「っ、だって……嫌なわけじゃないから」

 むしろ、嬉しい。抱き抱えられるのもキスもジークお兄ちゃんをより近くに感じられるし、またそれで嬉しそうに目を細めるジークお兄ちゃんの暖かな笑みも大好きだ。

「でも、恥ずかしいし、ドキドキし過ぎて心臓がもたない」
「すまない。これでも一応我慢しているつもりなんだが……」
「え⁈これでっんむ!」

 握っていた手を解かれたかと思ったら、今度はその手が頬に添えられ、親指で唇をゆっくりとなぞられた。

「これ以上俺に我慢を強いるのか?」

 そして、まるで本当はここにキスしたいんだと見せつけるかのように、むにゅっと指の腹で唇を少し強めに押され、そう問われる。

 な、なななな何⁈待って、本当に待って!だからわたしそういうことには免疫がーー

「コハクはそんな酷いことしないよな?」
「っーーぅ!」

 み、耳。唇を耳に押し当てられてそのままそこで、低く問われた。その瞬間またあのゾワゾワとした未知の感覚が体を駆け巡り、変な声が出そうになる。

 咄嗟にそれをジークお兄ちゃんの胸に顔を押し付けることで堪える。

「コハク?」
「っわ、分かったから、そこは、そこだけは」
「ありがとうコハク。やはり、コハクは優しい良い子だなぁ」

 ジークお兄ちゃんはそう言いながら頭を撫で、そこにキスをしてくれた。

「…………良い子?」


 その後抵抗する気も無くなったわたしは、夕食中ジークお兄ちゃんの膝に座らされることも、口を拭われ舐められることも恥ずかしかったけど、全てを受け入れた。
 すると、夕食後ジークお兄ちゃんが「俺のために恥ずかしいの我慢してくれてありがとうなぁ」と頭を撫でてくれて、「コハクは良い子だなぁ」って、また褒めてくれた。



 そして夜、いつものようにクシェル様の寝室を訪ねたらーー

「ジークばかり狡いぞ!」

 部屋まで迎えに来てくれたジークお兄ちゃんの腕に抱えられたわたしを見てクシェル様が声を荒げた。

「俺だってコハクを四六時中抱いていたいのに!甘えられたいのに、キスしたいのに!いつもいつもお前ばっかり!狡い!羨ましい!やっぱりコハクはジークの方が」
「クシェル様違います!これは」
「それもだ!」
「え⁈それ?」

 さっきまでジークお兄ちゃんに怒りを向けていたはずなのに、何故か急にわたしにそれが向けられる。

「俺は婚約者だからお兄ちゃん呼びはダメだと言われたのに、ジークは何で婚約者なのにお兄ちゃん呼びのままなんだ!おかしいだろう!不公平だ!」

 そう叫びながら拳を震わせるクシェル様。そして、それを無表情で見つめるジークお兄ちゃん。なんかシュールだ。

「そういうところじゃないか?」
「ああ゛?」
「それが兄のする事か?」
「…………」
「すみません。クシェル様はお兄ちゃんというよりは……」

 正直、弟と言われた方がしっくりくる。
 クシェル様は甘やかして、守ってくれる頼れるお兄ちゃんというよりは寧ろこっちがいっぱい甘やかして、守りたくなる感じで、抱きしめられるより抱きしめたいって感じだ。

「に、しても、様をつける必要はないだろ?俺達はお、想い合っているのだし、そろそろ呼び捨て、でも」

『想い合っている』と言いながら頬を染め、上目遣いに見てくるクシェル様。つられてこっちまで照れる。

 い、言いたい事は分かる。この国では家族や恋人、友人など親しいもの同士は呼び捨てにするのが普通だ。それが心を許している印にもなり、周囲に自分達の関係を知らしめる効果もある。
 だからクシェル様は、未だ様付けで呼ばれることに距離を置かれているように感じてしまっているのかもしれない。

 しかし、わたしにとってクシェル様はクシェル様で、年上だからとか王様だからとかいう理由で敬称や敬語を意識しているわけではない。

 頭の中で「クシェル」と呼び捨てにする自分を想像してみるーー

『クシェルおはよう』と目を擦る自分。
『はい、クシェル』と首を晒す自分。
『クシェル大好きー』と抱きつく自分。

 が、やっぱり違和感しかない。

「そのままじゃダメですか?」
「よ、呼び捨ては嫌なのか⁈何故!」
「呼び捨てが嫌、というわけじゃなくて……」

 なんて言えば良いんだろう……

「クシェル様が良いんです。わたしにとってクシェル様は呼び捨てするような軽い存在ではなくて」

 友達とか家族のように対等の立場ではなく、それより上の、尊敬し慕う特別な存在で、軽く扱っていい存在ではないのだ。

「でも、それは別に壁を作ってるとか、一線を引いてるわけじゃなくて」

 大好きで大切な人だからこそ気安く呼び捨てなんて出来ない。

「特別だからこそ呼び捨てにしたくないんです」
「特別、だから?」
「はい。特別で大切で尊くて、心の底から愛しているからこそ、クシェルなんて気安く呼びたくない。それは、軽く扱ってるみたいで嫌なんです」

 名前もクシェル様自身のこともーー

「クシェル様ってちゃんと敬って、大切にしたいんです。それでもクシェルって呼ばないとダメですか?」

 呼び捨てにしないとわたしがクシェル様に心を開いてることにならない?世間の人はわたしがクシェル様を想い、想われてるって納得してくれない?

「そんなの……ダメって言えるわけないだろー!っ寧ろ今まで通りクシェル様と呼んでほしい!」

 クシェル様は勢いよくわたしの手を両手で握ると満面の笑みでそう答えた。
 そのあまりの勢いに数秒呆気に取られてしまった。が、すぐに理解する。

「……ありがとうございます。クシェル様」

 クシェル様がこの国の常識よりわたしの気持ちを優先してくれた。わたしの想いを理解し、汲んでくれた!

 それが嬉しくて、わたしもジークお兄ちゃんの服を掴んでいたもう片方の手を離し、クシェル様へその手を伸ばす。すると、それだけでジークお兄ちゃんはわたしの意に気づいてくれて、わたしをクシェル様の腕の中へと委ねた。

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