勇者でも渡り人でもないけど異世界でロリコン魔族に溺愛されてます

サイカ

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誰にも譲りたくない

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 確かにそうだ。魔族であるクシェル様と人族であるわたしとでは命の時間、寿命が違い過ぎる。分かってはいたはずなのに、すっかり頭から抜けていた。みんながわたしのことを人族としてではなく、わたし個人として見てくれたから、みんなと過ごす時間があまりに幸せだったから忘れていた。

 今更そんな当たり前のことに気付いて、落ち込む。

 どうせ結婚してもいずれわたしはクシェル様より先に逝ってしまう。クシェル様を残して、わたしだけ先に……残されたクシェル様はきっと悲しんで、泣いて、悔やむ事になる。「こんなことなら人族なんか好きになるんじゃなかった」と「こんなことなら最初から関わろうとしなければよかった」と。

 わたしが人族である以上、絶対にクシェル様を幸せには出来ない。

 クシェル様が愛したのがわたしではなく、同じ寿命を持つ魔族や獣人族だったら、そんなことにはならなかったのにーー
 わたしのせいでクシェル様は悲しむんだ。わたしがクシェル様に愛を望んだから……。


「な~んだ、コハクはそんなことを気にしていたのか」

 みんなが『命の時間』というどうすることも出来ない問題に絶望し、言葉を無くしている中、何故かクシェル様だけが希望を得たかのように声を弾ませた。

「そ、そんなことって……わたしはクシェル様を残してっ」
「大丈夫だ。俺はもうコハクが居ないと生きていけない。だから大丈夫、そう長くは待たせない」

 そう言ってクシェル様は満ち足りたような、とても幸せそうな笑みを浮かべる。

「そ、そんなのダメです!後追いなんて!」

 そんなことされても嬉しくない!そんなことに幸せを感じて欲しくない!

「後追い?あぁ、違う違う。フフ実はなぁ俺のヒートを抑えられるのはもうコハクの血だけなんだよ」
「へ?それって……」
「ちょっと待って!ヒートがコハクちゃんの血でしか抑えられないってどういうこと⁈」

 同じヴァンパイアであるはずのフレイヤ様が血相を変えてクシェル様の肩を掴む。

「どうって、愛しい者の血は一度味わうと他が飲めなくなる。母さんも知っているだろ?」
「そ、それはものの例えでしょ⁈本当にそうなるわけ……っえ、まさか」

 フレイヤ様は何かを思い出したかのように、勢いよくジークお兄ちゃんの方を見た。

「クシェルの言っていることは本当です。あの日クシェルは俺の血を飲んでもヒートは治まらなかった。それどころか、何度も吐いて、血の気が引いて、まるで身体がそれを拒絶しているかのようでした」

 どうやらクシェル様の言った「愛しい者の血は一度味わうと他が飲めなくなる」というのはただの比喩で、実際はそうならないはずだったらしい。しかし、何故かクシェル様に限ってはそうではなかった。

 クシェル様が魔族とのハーフだから?

「きょ、拒絶って、嘘でしょ……」

 フレイヤ様はあまりのショックに頭を抱え、言葉をなくす。

 当然だ。だってそれはつまりーー

「フフ、つまり俺はもうコハクの愛無くしては生きられない体なんだ。文字通り、俺を生かすも殺すもコハク次第。フ、フハハ最高だろ?」

 この場で唯一クシェル様だけがことの重大さが分かっていない子供のようにはしゃぎ楽しげに笑う。しかしその実、ことの重大さを、その本質を一番理解しているのはクシェル様でーー

「だから心配しなくても大丈夫。後追いなんて勿体無いことはしない。限界までコハクを求め、苦しみ、踠いて、ちゃんとコハクが俺に与えてくれる全てを味わい尽くしてから死ぬから、だから……少し時間はかかると思うが、待っててくれ」

 それを理解した上で、それを喜び笑う。

 今、初めてクシェル様自身に恐怖を覚えた気がする。

 わたしに命を握られている状況に頬を染め、わたしのせいで苦しむことを息を荒くして喜び、死ぬことを全く恐れていない。むしろそれこそが最高の幸せかのように、溶け切った笑みを浮かべ、最後には「待っててくれ」と無邪気に笑った。

 どうかしてる。マトモじゃない。理解出来ない。そこまでクシェル様を狂わせてしまったものは何なのかーー

「あ、死ぬとか言ったから怖くなったか?大丈夫。今俺が話したのはコハクが死んだ後の話だ。コハクが見ることはないから怖がらなくても大丈夫だ」

 そう言ってクシェル様は目を細め、わたしの頬を撫でる。

「ということで、結婚してくれるよな?なぁ?」
「っ……ごめんなさい。それでも、結婚は」
「な、何故だ!これでコハクの心配事も無くなっただろ?」
「…………ごめんなさい」
「はあ?俺が怖いわけでも、種族の違いでもなく、寿命の差でもないって後は何が……っ!ま、まさか、他に好きな奴でもいるのか⁈」
「っ……ご、ごめ」

 最後の「他に」という言葉に、思わず身体が跳ね、焦りからか謝罪の言葉が詰まる。そのわたしのあからさまな反応に、クシェル様は一瞬にして怒りを露わにする。

「あ゛⁈誰だ!あのガキか?っハハ、そういや『愛してる』とは言ってくれたが、それが俺だけだとは言ってなかったもんなぁ『特別』が俺だけとは一言も」
「ち、違う!アルく、アルベルトくんはそういうんじゃ」
「違う?何が?アイツも俺と同じような境遇に居たから同情したんだろ?自分と同じ痛みを知ってるから、助けてやりたくなったんだろ?愛してやりたくなったんだろ?」
「それも違う!わたしはクシェル様に同情したわけじゃない!愛そうとして愛したんじゃない!」

 この気持ちは造られた物じゃない!

「クシェル様の、境遇に惹かれたわけでも、同じ痛みを理解し合える関係に惹かれたわけでもない。わたしはクシェル様の優しさや無邪気な笑顔に惹かれたの。だから、その笑顔を守りたい、クシェル様の幸せを守りたいと思った。クシェル様を幸せにするのは自分がいい、その役目を誰にも譲りたくないって、そう思った」

『良いんですか?好きな人が自分じゃない誰かを好きになってしまっても』そう、サアニャに問われて気付いた。

「クシェル様に自分以外の人なんか好きになって欲しくない。クシェル様を誰にも取られたくない!そう思ったの。でも、自分はそんなわがままを言っておきながら、わたしは……」

 クシェル様以外の人を想ってしまっている。

「こんな半端な気持ちで結婚なんて、クシェル様にもその人にも失礼だし、不誠実です」
「…………」

 誰も何も言ってくれない。否定も肯定も、何も。呆れ過ぎてかける言葉が見つからないのだろう。もしくはもう口も聞きたくないほどに嫌われてしまったかーー


「もしかして、そ、その人って、グランツ様のことですか?」

 重く長い沈黙の中、またも図星をつく質問が降ってくる。勿論その声の主はサアニャで、わたしを見るその目は責めるようなものではなく、何処か期待を持っているようにも見えた。
 わたしがそれに素直に頷くと、サアニャは案の定嬉しそうに目を輝かせジークお兄ちゃんを見た。そして、そのやり取りを見ていたジークお兄ちゃんはーー

「お、俺⁈え?本当に?」

 まさか自分がというように慌てふためき、口元を手で覆うと気まずそうに視線を下に向けた。

「すみません。気持ち悪いですよね、望んでないのに求めてないのに一方的にこんな気持ち向けられて、迷惑ですよね」

 しかも、その気持ちを自分だけでなく他の人にも向けているなんて、本当どうしようもない。
 やっぱりわたしはそういう人間だ。欲深くて自分勝手で浅ましい……最低な人間だ。人に誠実に向き合うことも出来ないくせに一丁前に自分はそれを求める。こんな人間、人から愛される価値もない。

「っめ、迷惑なんてそんなこと思うわけないだろ!嬉しいに決まってる!」
「ハァ、なんだ相手はジークかぁ」
「あら良かったじゃないジーク!」
「ふぅ、一時はどうなるかと思ったが、いやーもう一人の相手がジークで良かった良かった!」
「は?へ?な、何で、わたしは同時に二人を」

 何でみんな受け入れてるの?喜んでるの?同時に二人を愛するなんて、そんなこと許されるはずがないのに。

「この世界では重婚は罪ではないんですよ」
「っえ!そうなの⁈」
「勿論当人達が納得していればの話です」
「で、でもクシェル様は自分だけをって、だからやっぱり……」
「ん?あぁ、本当はな、それが一番なんだが……まぁ相手がジークなら仕方ない。前々から覚悟はしていたし、コハクは俺とジーク二人のことが大好きで大切なんだもんな」
「ご、ごめんなさい。わたし、わたしっ」

 クシェル様にそんなことを言わせてる自分が情けなくて、申し訳なさ過ぎて次々と涙が頬を伝い落ちる。

「あ、責めてるわけじゃないんだ!だ、だから泣かないでくれ」

 クシェル様はそう言って、わたしの涙を拭うと、いつものように優しく頬を撫でてくれる。それが嬉しくて、また涙が溢れる。

「でも、許すのはジークだけだ。その他は絶対に許さない。いいか?」

 クシェル様はわたしの両頬に手を添えると、目を合わせてゆっくりと問う。それにわたしは目を逸らすことなく頷くことで答える。

「コハクがこの先その想いを向けるのも、求めるのも俺とジークだけ、コハクの特別は俺とジークだけ、いいな?」
「うん」
「もし、その約束を破ったら、その時は……分かるな?」
「う、うん」

 数日前の出来事を、あの強烈な痛みを思い出して、思わず身体が強張る。しかし、クシェル様はそれに触れることなくーー

「よし!じゃあ今すぐ結婚しよう!」

 敢えてなのか、急に立ち上がると明るくそう宣言した。

「いや、だから今すぐは無理って言ってるでしょ!」

 そんなフレイヤ様の軽快なツッコミに思わず笑ってしまい、その笑い声に釣られるようにみんなも笑い出し、部屋にはみんなの幸せそうな笑い声だけが響いた。

 嗚呼幸せだなーー

 大好きな人たちの中で自分も一緒になって笑えてる。みんな笑顔で誰も傷付かない。お互いがお互いのことを思いやり、誰かの幸せを想って、祝福して、喜び笑い合う。


 それはわたしが元の世界でずっと求めていた光景だった。


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