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【ジーク】コハクはクシェルを選んだ
しおりを挟む俺にあの手を取る資格はない。
俺はコハクを救えなかった。
初めから分かっていたはずだ。コハクはクシェルのために現れた天使なんだと、その存在に俺が何かを求め手を伸ばすべきではなかったんだ。
俺なんかがコハクを救いたい。守りたい、そばに居たいと思うなんて烏滸がましい、分不相応にも程がある。コハクは俺の助けなんて求めていない。
今回の件でそれが痛いほど分かった。
普段怒りを露わにしないコハクがクシェルのためなら怒ったのだ。感情を抑えきれず、他人に傷を負わせた。あのコハクが、自分は勿論誰かが傷つくことが大嫌いなコハクがである。
そしてそれを後悔し塞ぎ込んだコハクは『誰にも会いたくない』と部屋に閉じ籠り全てを拒絶した。
勿論、俺のこともーー
俺は日に何度もコハクの部屋を訪れ『顔を見せてくれ』と頼み込んだ。しかし、その願いは聞き入れられる事はなく……が、唯一クシェルだけがその扉を開けることが出来た。
正直嫉妬した。どうしてそれが俺ではないのか、どうして俺では駄目だったのか、どうして……コハクは俺の手を取ってはくれなかったのかと。
その後聞かされるその時の二人のやりとりーーそれで全て納得してしまう。
同じ痛みを知る者同士惹かれ合い、支え合う。お互いを本当の意味で理解出来るのはお互いだけ、そこに俺が入る隙なんて初めからありはしなかった。
ーーこれが本来のあるべき姿なんだ
その日からコハクは目に見えて、クシェルを異性として意識するようになった。
手を繋ぐことや食事を手ずから与えられること、抱きしめられることなど今まで当たり前のように受け入れていたそれらも、相手がクシェルとなると僅かな戸惑いを見せる。
しかし決して嫌がっているわけではない。
コハクはそれらに戸惑いつつも頬を赤らめ、潤んだ瞳でクシェルを見つめた後、顔を綻ばせる。
こんなのクシェルに恋をしていると言っているも同然だ。
俺はコハクへの、報われないこの想いに蓋をしようと決意した。
いつか心に刻んだはずの言葉を繰り返す。いつのまにか緩んだその決意を固く結び直すために。
俺はコハクに救いを、愛を求めるべきではない。コハクは俺の『運命』ではないのだから、勘違いするな。俺はただ二人の幸せを願い、二人の隣で二人を守り支えるだけの存在。決して二人の邪魔はしない。
そう心に刻んだーーはずなのに、コハクの言動一つで、簡単にその決意が揺らぐ。
「あ、ジークお兄ちゃんにはこれを!」
「お、俺にか?」
「はい!是非!」
コハクが期待のこもった笑みで、俺のことを考えて俺のためだけに作った昼食を手渡して来てくる。
こんなの期待するなという方が無理だ。どうしても期待してしまう。
もしかしたらコハクは俺のことも……
「わ、わたしはジークお兄ちゃんが大きくても怖くないし、むしろ好きです!大きい方が強くて頼り甲斐があるし、カッコいいし男らしいし、何者からも守ってくれるっていう安心感がありますよね!あと、あと」
俺がハチミツが好きだと分かるとコハクは何故か、俺が熊のようだと言い出した。それに俺らが過剰な反応を見せると、今度は何故か急に俺を褒め始めるコハク。
「も、もういい分かった」
「あ、だから熊さんみたいっていうのも別に変な意味じゃなくて、ただ可愛いなぁと思って」
「わ、分かったから!もうその辺で勘弁してくれ」
本当に勘弁してくれ、これ以上期待させないでくれ。
陽が沈み、星々が姿を現し始めた頃今日の一番の目的であるアンファングの丘へと移動を開始する。
移動中、俺は改めて自分に言い聞かせた。期待するなと、思い上がるなと、コハクはクシェルのことが好きなのだと、何度も何度も頭の中で復唱し、コハクのことを諦めようとした。
星空の下を幸せそうに二人手を繋ぎ歩く。それを後ろから見守る自分。これが正しい立ち位置だ。俺はこの光景を守るためにここに居る。それ以上でもそれ以下でもない。そう自分に言い聞かせた。そして、今すぐにでも空いているあの手を取りたい自分を押し殺す。
俺にあの手を取る資格はない。俺はコハクの『救い』にはなれなかったのだからーーコハクはクシェルを選んだんだ。
「コハク!!」
そんな物分かりの良いふりをして、結局はその温もりを手放せないでいる自分。
丘の中央に立ち尽くし、夜空を見上げるコハクの姿はまさに、初めてコハクを見つけた時のそれで、思わず手が伸びる。
怖かった。コハクが元の世界に思いを馳せているように見えて、一瞬コハクの存在が揺らいだように見えて、そのまま消えて、元の世界へ帰ってしまいそうで怖かった。俺の手の届かない場所へ行ってしまいそうで、怖かった。
「じ、ジークお兄ちゃん?」
「あ、す、すまない」
コハクの困惑した声が聞こえ、我に帰るとコハクは僅かだが、苦痛に眉を寄せていた。
これではあの時と同じだ。また俺はコハクを怖がらせた。
すぐに腕を握る力を緩める。しかし、その手を離すことは出来なかった。
この手を離したら二度と俺のことを見てくれなくなってしまうような気がしてーー
「…………ジークお兄ちゃんお願いがあるんですけど、良いですか?」
「な、なんだ?」
長い沈黙の後の丁寧な前置き、その『願い』の内容がそれ程コハクにとって言いにくいものであるということだ。
ーーまさか、その手を離せと言われるのだろうか
「手を握ってくれませんか?」
「手、を?」
ーー握る?離すのではなく?
「はい。前みたいにまた三人で手を繋いで歩きたいんです。ここなら良いですよね?」
俺はコハクがクシェルを選んだあの日からコハクに触れることをやめた。自分の立場を弁え、これ以上馬鹿な期待を持たないように。
コハクもそんな俺の異変に気付きながらも何も言ってこなかった。だから、コハク自身もそれで良いと判断したのだと思っていた。
しかし、それは違っていた。
コハクはその理由を自分なりに考え、俺のために何も言わないでいてくれたのだ。
でも、本当はーー!
「いや、しかし……」
それはコハクが俺のことを兄として見てくれているからだ。兄として甘えて来てくれただけで、俺自身を必要としてくれたわけではない。
コハクはクシェルを選んだんだ。
「お前は固く考えすぎなんだ。コハクがそれを望み俺がそれを許している、なんの問題もないじゃないか。むしろコハクを悲しませている方が問題だ!」
「っ……しかし、俺は」
選ばれなかった人間だ。
「わたしはっ、クシェル様とお兄ちゃん、二人と手を繋いで歩きたいんです!どうしてもダメですか?」
「ダメ、じゃない。ダメなはずがない!」
俺は馬鹿だ。自分はコハクから選ばれなかったからと、報われない想いを抱き続けるのが嫌だからとコハクを避けた。せっかくコハクが勇気を持って甘えて来てくれたのに、俺は自分の都合を優先した。
本当にコハクの幸せを思うのなら、こんなやり方は間違っていた。
「ありがとうございます」
俺が腕ではなく、手を握り直すとコハクは嬉しそうに目を細めた。
喜ぶな、勘違いするな、欲しがるなーー
俺は上がりそうになる口角を歯を食いしばり必死で押さえこんだ。
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