勇者でも渡り人でもないけど異世界でロリコン魔族に溺愛されてます

サイカ

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自分勝手な願い

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 わたしが部屋に引き篭もって五日。

 今日も二人が声をかけに来る。

「コハク一緒に昼食を取ろう」
「すみません。今は食欲がないので」

 しかしわたしは、その扉を開けることなく素っ気なくジークお兄ちゃんの誘いを断り、追い返す。

「じゃあ話をするだけでも良いから」
「すみません。まだ誰とも話す気になれないんです」
「じゃあ顔を」
「すみません。今人に見せられるような顔ではないので」
「……分かった。また後で来る」
「…………」


 そして、数時間後。

「こ、コハク少しでも良いんだ、顔を見せてくれないか?」

 今度はクシェル様がやって来た。

「すみません。誰にも会いたくないんです」
「だ、誰もコハクを責めたり、蔑んだりしないよ?そういう奴はみんな俺が排除するから!もうコハクを誰にも傷付けさせないから!だから」
「そんな事は望んでない!です」
「じゃあどうしたらここから出てきてくれるんだ?どうしたら顔を見せてくれる?どうしたらまた俺に笑いかけて……」
「わたしに関わらないでください!放っておいて!」
「………………すまない、邪魔をした」


 そして次の日もまた次の日も、変わらず数時間おきにどちらかが部屋を訪ねて来る。

「コハク」
「いい加減にして!!わたしは一人で居たいって言ってるの!」

 わたしはもう誰とも関わりを持ちたくない。初めから関わらなければ、誰も傷つける事はないはずだからーー

「どうして分かってくれないの?どうして放って置いてくれないの!」
「こ、コハク……すまない」
「何で、諦めてくれないの」
「す、すまない……迷惑だよな」

 クシェル様の声が震えている。わたしが悲しませたんだ……でもーー

「何で怒らないの?何で優しくするの……何で、何で」

 この部屋の鍵は閉まっていないし、仮に閉まっていたとしても、クシェル様になら簡単に開けられる筈だ。なのに、誰も無理に入ってこようとはしない。引き摺り出して叱ろうとしない。誰もこんな自分勝手なわたしを責めない、叱らない、見放さない。

「嫌いになってくれないの……」
「なるわけないだろ!!」

 泣いて、叫んで、力尽きて、ボソリと溢れた弱々しい声。でも、クシェル様はそれを聞き逃さず、その言葉だけは許さないとでもいうようにーー怒鳴った。

「っ!お、怒っ……ご、ごめ」

 自分でも怒られて当然のことをしていると自覚しているくせに、ここまでして怒らなれないことに、諦めてくれないことに不満を吐いていたくせにいざ大声で怒鳴られると、途端にパニックを起こす。

「ち、違う!怒ってない!怒っているわけじゃないんだ!大丈夫だから」
「く、クシェル様に怒られっ、こ、こんなんじゃ呆れ、られて……また、嫌われ」
「嫌わない!大丈夫コハクを嫌うわけないだろ?大丈夫だから、ね?」
「で、でも皆んなが……皆んなわたしから」

 そう言って最後は皆んなわたしから離れて行った。初めは皆んな優しかったのにーー

「俺は違う!その皆んな?のことは知らないが……俺はコハクを嫌わないし、怒ってもいない。大丈夫。だから、ここを開けて?大丈夫何も怖い事はないから、ね?コハクの顔を見たいだけなんだ」
「……ほ、本当?怒ってない?嫌わない?」
「大丈夫、絶対に大丈夫だから。だ、だからっ、今すぐコハクを抱きしめさせて」

 恐る恐る扉を開くとそこにはわたしと同じ、かそれ以上に涙で顔中を濡らしたクシェル様が立っていた。

「あ、ごめんなさっ!」
「ありがとう!俺を信じてくれて!ここを開けてくれて!」

 クシェル様を悲しませてしまったことへの謝罪を述べ終える前に、強く抱きしめられてしまった。これじゃ謝れない。

「く、クシェル、様……わたし」
「謝らなくていい、大丈夫。大丈夫だから、もう少しこうさせてくれ」


 クシェル様は数分間わたしを抱きしめ続け、その後わたしを抱き上げるとお姫様抱っこでベッドまで運んだ。

「コハク、少しお話をしようか」

 クシェル様はそう言いながら、涙で濡れたわたしの顔を袖で拭いてくれる。

「お、お話?」
「あぁ。まずは……あの日の話をする前に、コハクの話を聞かせてくれないか?」
「わたしの?」
「話したくないなら、無理にとは言わないが……知りたいんだ。コハクのことをちゃんと、分かりたい」
「あ、あれは……」

『どうして分かってくれないの?』ついさっきわたしがクシェル様に投げつけた言葉だ。

 相手のことなんて何も考えず、感情のままに吐き出した自分勝手な言葉。自分勝手な願い。それをクシェル様に強いるつもりはなかった。クシェル様を責めるつもりはなかったのだ。

「違うんです!そんなつもりじゃ」
「俺が知りたいんだ」

 そう言ってクシェル様はわたしの手を握り、目を真っ直ぐに見据える。

「コハクが何故一人になりたがるのか、何故俺達を遠ざけようとするのか、俺には……分からない。だから知りたいんだ。コハクが何に悩み、傷つき、苦しんでいるのか、どうしたらまたコハクが笑ってくれるのか」
「クシェル、様」

 わたしが自分の事をちゃんと話さないから、またクシェル様に心配をかけて、悩ませた。今まで仲の良い関係を築いていたのに、急に遠ざけ、関係を断とうとしたから、困惑させ、悲しませた。傷つけた。

「……やはり迷惑、だろうか。何を今更と思うだろうか、しつこいと呆れるだろうか、それとも、コハクはもう、俺のことなんか」
「そ、そんなことないです!嬉しいです!」

 わたしが返事も返さずに自分のしでかしたことを後悔していると、そのせいでまた、クシェル様を余計に不安にさせてしまった。

「わ、わたしなんかのことを知ろうと、分かりたいと思ってくれて、それだけで、とても」

 涙が出るほど嬉しい。そんな人今まで居なかったからーー

「わたしはただ……いえ、聞いてくれますか?わたしの、犯してきた罪を」

『人を傷つけたくないから遠ざけた』そんな答えをクシェル様は求めているわけじゃない。クシェル様はわたしのことを知りたいと分かりたいと言ってくれた。だから、わたしもその気持ちに応えたい。クシェル様のその気持ちを信じたい。

 そして出来ることなら、こんなどうしようもない自分を、受け止めてほしい。

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