勇者でも渡り人でもないけど異世界でロリコン魔族に溺愛されてます

サイカ

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許せない

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「婚約を破棄しなさい」

 金髪縦ロールさんは近くの休憩室に入るとすぐにソファに腰を下ろし『私の要件はそれだけよ』とでも言いたげにわたしが席に着く前に目を合わせる事もなく、そう告げた。

 ーーえ?

「……出来ません」

 そんなの出来るわけない。
 これはわたしを守るための偽装だ。だとしても、クシェル様(魔王様)から提案されたものだし、その両親であるフレイヤ様とシェーンハイト様も同意し既に正式な書面も交わされている。そして今日この日のためにみんな色々と準備してくれて、さっき盛大に大勢の前で宣言したばかりだ。

 それを破棄するなんて、わたしの一存で決めれることではないしーーしたくない。

 そもそもそんな事見ず知らずの人に命令されるようなことではないと思う。

「は?こ、この私に逆らうつもりですの⁈」

 まさか拒否されるとは思いもよらなかったのだろう。金髪縦ロールさんは目を見開き、未だ立ったままのわたしの目を凝視する。
 そして、わたしが目を逸らさずにいるとワナワナと手に持っている扇子を揺らし、その下の顔を怒りに歪めた。

「あ、あ、貴女私が誰か知っての発言ですの⁈」
「知りません」

 ここまで大きな態度を取るんだ。相当上の位の人なのだろうことは分かる。

「この、ブロンディ侯爵家長女であるモリアーナ・ブロンディをご存じないなんて無知にも程があるんでなくて!それとも人族はおつむも弱いのかしら」
「侯爵……」

 やっぱりかなり上の位の人だった。でも、だからといってクシェル様、つまり魔王様の決定に口出しして良い人な訳がない。

 というのはただの都合の良い言い訳だ。

 本当はわたしがこの人の言葉に従いたくないだけ。わたしは初めからこの人のことが気に入らない。
 
 クシェル様とダンスが踊れて幸せで、綺麗だったってサアニャに褒められて嬉しくて、グレンさんが頑張って自分から歩み寄って来てくれて、不器用ながらもわたしを褒めようとしてくれたことが嬉しくて、ついさっきまで幸せな気持ちだったのにーーそれを邪魔され、壊された。

「すみません。クシェル様から『そんな事は覚えなくて良い』と言われたので勉強すらしていません」
「そ、そんな事ですって⁈」

 それは事実だ。このイライラをぶつける為の虚言でも話を盛ってる訳でもない。

 今日のための勉強が始まってすぐの頃あまりに覚えることが少なくて、不安になったわたしは直接クシェル様に質問した。


「この国の歴史とか覚えなくて良いんですか?」
「あと貿易とか地理とか」
「重要な土地を収める領主さんとか貴族の方々の名前とか、それから他国のお偉いさんとか」

 しかし、それら全てにクシェル様は「必要ない」と答えた。

「で、でももし話を振られた時にわたしが答えられなかったらクシェル様が!」

 悪く言われてしまうのでは?

「大丈夫。コハクはそんな事覚えなくて良い、全て俺が対応するから。もし、必要になったらその時に…ね?」

 そう微笑むクシェル様には有無を言わせない凄みみたいなものがあって、わたしはそれ以上口を開くのをやめた。

 何か知られたくないことがあるのだろう。魔王らしさとかヴァンパイアのことみたいに、わたしには知られたくない、クシェル様のトラウマがまだーー?


「み、身の程を知りなさい!この貧弱種族の欠落品が!繁殖しか能の無い醜い野蛮種族がこの神に最も愛されし魔族に対してさっきからその態度はなんなの⁈」

 金髪縦ロールさんは怒りのあまり立ち上がり、ピシッと閉じた扇子をわたしに向けて指す。

 人族であることを批判される覚悟はしていたけれど、想像の斜め上の内容で思わずサアニャを見る。

 ーー繁殖能力?神に愛されし?どゆこと?

「長くなるので後で説明いたします」
「ごめん、ありがとう」
「わ、私を無視⁈」
「あ、すみません。聞き覚えのない単語が聞こえたのでつい」

 たとえ相手が気に入らない人だったとしても、人と話している最中に他に意識を向けるのは確かに失礼だった。わたしは潔く頭を下げた。

「コハク・シーナとかいったかしら、名前も変なら頭も可笑しいのではなくて?」
「は?」

 明らかにわざと煽って来ている。しかし、わざとだと分かっていても、反応せずにはいられなかった。
 思わず漏れた声は自分でも驚くほど低く、今のわたしの心境を物語っていた。
 わたしが反応したのが嬉しかったのか、金髪縦ロールは笑みを浮かべ更に言葉を続ける。

「コハクなんて間抜けで幼稚な名前初めて聞きましたわ。親もよくそんな頭の悪そうな名前をつけましたわね。あ、でも貴女にはピッタリですわね」

 この国において人の名前を軽んじる行為はそのままその人を見下す事になって、名前を侮辱することはこの国で最も人を蔑む行為だ。

 だが、この国の常識がどうだろうと関係ない。

「……馬鹿にした」

 今、この人はわたしの大切なものを馬鹿にしたのだ。お母さんのわたしへの想いを、わたしとお母さんの唯一の繋がりを馬鹿にしたのだ。

 わたしが怒りに震えているのを、泣くのを我慢しているとでも勘違いしたのだろう。金髪縦ロールは更に畳み掛けるかの如く次々に言葉を投げつけて来る。

「魔王様もこんな幼稚で醜い子の何処を気に入られたのかしら?陰気な黒髪に薄汚れた枯れ草のような目なんて本当に気色の悪い。貴女の国ではどうだったか知らないけど、この国では金髪で青い瞳が美しいの、この私のように!私は選ばれし者なの。侯爵家でこの容姿、この国に私以上に次期王妃に相応しい者はいないの、分かる?」

 分かりたくない。でも、分かる。この国ではそれが正しい価値観なんだって理解している。

 けどーーだから何?美しいから何?身分が高いから何?そんな人を外見と肩書きでしか判断出来ない人がクシェル様の隣に立って支えていけるとは思えない。

「あなたに、クシェル様を幸せに出来るとは思えない」
「はぁあ?貴女馬鹿?この国で一番美しい私があんな出来損ないの妃になってやろうというのよ、それだけでこの上無い幸せじゃない!本来ならあちらから頭を下げてお願いすべきなの。そして、私を妃に迎えられた事に一生感謝し続け、私の為に尽くすべきなの!」

 金髪縦ロールはそう宣うと『そんな事も分からないのか』とでも言いたげにわたしを嘲笑う。微塵も自分の考えが間違っているとは思っていない。

「それなのにあれは……まったく、類は友を呼ぶとはよく言ったものね、醜い者同士気が合うのかしら」

 きっとこれらはこの人だけの歪んだ意見ではなく、この国では多くの人が同じようなことを思っているのだろう。これがこの国では当たり前のことなのだ。
 でも、だからってその価値観に従わないといけない訳でもないし、それが人を侮辱し、否定していい理由にはならない!

「……何様のつもりだ」

 ーー許せない。

 わたしの大切な名前と誇りでもある瞳を馬鹿にするだけでは飽き足らず、この人はわたしの大切な人のことまで侮辱し馬鹿にした。

 わたしの大切な、優しくて寂しがりやで、喜ぶ顔が無邪気で可愛いあの人をーー

「何よその目……気持ち悪い、悍ましい!その目で私を見るな!」

 怒りのままに目の前の女を睨みつける。すると、わたしのその目が気に入らなかったのか女は扇子をわたしの目めがけて容赦なく投げ付けてきた。

 しかしそれは何かに弾かれ、何処からかピシリと音がなる。恐らくジークお兄ちゃんがくれた魔道具が守ってくれたのだろう。

「何よ……今の」

 こんなのが居るからクシェル様が傷つくんだ。こんなのが居るからクシェル様が涙を流す。自分のことを好きになれない。自分に自信が持てない。

 この国にはどうしてこんなのしか居ないのだろう。

 平気で人を傷つける目の前の女やこの国の人々への怒りとクシェル様をそれらから守れなかった悲しみ、自分を否定される辛さを分かってもらえない悔しさで頭の中がぐちゃぐちゃになって、黒い感情が頭を支配する。


 皆んなも同じ目に遭えばいいんだ。あの女も醜く目も当てられないような姿になれば、そしたら容姿を侮辱される悲しさが、存在を否定される辛さが少しは分かるだろう。

「な、何よコレ!嫌、いやぁあああ゛あ゛ーー!!」

 そう思ったその時、黒いモヤのようなものが目の前の女の顔を覆い、女の顔が歪み始める。

「な、何あれっ!サアニャ⁈」

 見たことも聞いたこともない現象に驚いたのも束の間、気が付いたらわたしは何故かサアニャに覆い被さられ、床に背中を付けていた。

「見てはだめ!!」

 只事では無い事態にサアニャの腕の中から身を乗り出そうとしたら、腕の力を強められ、身動きが取れなくされてしまう。

「で、でも助けないと!」
「大丈夫です。もう収まりました」

 確かに女の悲鳴はあの一回だけで、もう何も聞こえてこない。

「でも……」

 アレで無事なわけはないし、収まったなら今すぐにでも助けに向かえるはずだ。なのにサアニャはわたしに覆いかぶさったまま動こうとしない。まるで、必死に何かを隠そうとしているかのようにーー

「っ!もしかして、アレを出したのは……」
「違います!あれはシイナ様のせいではありません!」
「嘘!だってわたしがあんなこと思ったから、思った瞬間に現れたんだよ!絶対わたしのせいだ!」
「それでも!それでも、あれはあなたが背負うべき罪じゃ無い!あなたは悪くない!悪いのはそこまであなたを追い詰めたあの女と、こんな力を与えたあの馬鹿だ!」


 わたしを力いっぱい抱きしめながら、そう叫ぶサアニャの声は震えていた。

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