57 / 117
いよいよこの時が来てしまった
しおりを挟む二人ともいつもに増してカッコ良かったなぁ
クシェル様は白を基調とし全体に金糸をあしらったザ・王様!という服装で、前髪を軽く後ろに撫でつけていた。そのおかげで普段金茶色の髪に隠れている夕暮れ色の瞳とおでこがよく見えて、とてもセクシーだ。
また、ジークお兄ちゃんは濃紺の生地に金糸をあしらった軍服で、胸にはいくつもの勲章?が並べられていた。髪は元々短く切ってあるから、そのままだった。が、しかしいつもと違うピチッとした服装のせいか、逞しい分厚い胸板と大きな肩幅、それらと反する細い腰が強調されてる。
かっこ良い!素敵!けど、なんだか見てはいけないものを見てしまったかのような見ているこっちが恥ずかしいような不思議な気持ちになる。心臓がドキドキと脈を早め、落ち着かない。かと言って、嫌いなわけではない。むしろ好き!
「今日は皆に紹介したい者がいる。入れ!」
なんてさっき控え室での二人の姿を思い出している間に、クシェル様の挨拶が終わっていたらしく、クシェル様のわたしを呼ぶ声が聞こえて来た。
クシェル様のその言葉を合図に目の前の扉が開かれる。
わたしは一つ深呼吸をし心を落ち着かせ、扉の奥に足を踏み入れた。
そこで目に飛び込んできた光景はまさに異世界だった。
高い天井から吊るされた大きなシャンデリアに、その光を反射する磨き上げられた煌びやかな部屋の装飾。様々な色の華やかなドレスに、女性が身に付けている装飾品の数々。そのどれもが眩しくて、思わず目を瞬く。
まるで、絵本の中の世界に迷い込んでしまったかのようでーー現実感がない。
どこかフワフワと浮き足立つ感覚を覚えると共に、この場に居る自分の存在がとても異質なものに感じる。
逃げ出したい。帰りたい。自分の居るべき世界(場所)にーー
しかしそれは出来ない。なぜならこれは間違いなく現実で、階段を降りた先でクシェル様がわたしを待ってくれているはずだから。
そう自分を奮い立たせ、わたしは再び足を前へ進めた。
数歩歩みを進めると会場につながる階段がある。その階段の途中には広く開けた場所があり、わたしを呼んだその人はそこに居た。
ギラギラと眩しい世界の中に一つ、見つけた優しい光。
シャンデリアの光を受け輝く琥珀色の髪と、夕暮れ時の空を思わせる瞳が、わたしを優しく迎えいれる。
「綺麗……」
わたしは差し伸ばされたクシェル様の手を取ると、引かれるままクシェル様に身を寄せた。
「そんな事を言ってくれるのはコハクだけだよ」
すると、思わず漏れたわたしの呟きにクシェル様は嬉しそうに目を細め、耳元でそう囁いた。
「っ!」
今のは反則だ。カッコ良すぎる!わたしにしか聞こえない声で、しかも耳元で囁くとか行動がイケメン過ぎて耳が熱い!しかもしかも!わたしを呼び入れる時の声は初めて会った時を思わせる、威厳のある低く芯のある声だったのに、今のは普段の優しい温かな声でーーギャップがヤバい!
「すでに知っている者も居ると思うが、改めて、この度正式に俺の婚約者となったコハク・シイナ嬢だ」
そう言うとクシェル様はわたしの腰を抱き寄せた。
ち、近い!こ、腰が当たって、てか人前でこんな密着するなんて聞いてない!
「見ての通り彼女は人族だ」
クシェル様のその言葉にざわざわと会場から困惑と不満の声が上がる。
「しかし、愛に種族は関係ない!俺は彼女を愛している!」
「あ、愛⁈」
「コハク、合わせて」
また耳元で囁かれる。
「へぁ!すみま「そして彼女も俺を愛してくれている」
クシェル様は会場の皆んなにそうに宣言するとわたしの腰を更に強く抱き寄せ、「だろ?」とわたしの顔を覗き込んできた。
ぢー、近い!色々近い!わたしの腰を抱く力強い腕が、密着した腰が、目の前の甘く微笑むクシェル様の顔が!
無理~、カッコ良過ぎて直視できない!
「ぁ、はぃ。わたしもクシェル様のことをあ、愛して、います!」
どうにか答えた声は震え、目も逸らしてしまった。でも、言った!ちゃんとはっきりと会場に届く声で言えた!頑張った!
あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして、目を伏せていたわたしにはこの時クシェル様がそれはそれは嬉しそうにそして、愛しげにわたしを見ていたことに気づかなかった。
しかし、クシェル様のその表情を見ていた会場の人たちは「あの魔王様が笑ったぞ」「いつも眉ひとつ動かさないあの魔王様が」「人を人とも思わないあの悪魔のような魔王様が」と驚きを口にし、普段のクシェル様を知るジークお兄ちゃんやフレイヤ様達はーー
「言わせたかっただけだろう。羨ましい」
「あらあら、嬉しそうにしちゃって、しょうのない子ね全く」
「これ見よがしにイチャイチャと……実にけしからん!もっとやれ!」
と、若干クシェル様の行動に引きつつ、クシェル様の幸せそうな笑みに自分達も笑みを浮かべていたのだった。
婚約発表が終わると、続いて演奏が始まる。
「さぁコハク、俺と踊ってくれるか?」
クシェル様は音楽が流れ始めると、一旦身を離し改めてわたしに手を差し伸べた。
いよいよこの時が来てしまった。
わたしは緊張で震える手をそっとクシェル様の手に重ねーー
「はい。喜んで」
頑張って笑みを作った。
手を引かれるまま階段を降り、会場の中央へと進むと、腰を引かれてーーダンスが始まる。
「あ!すみません」
始まって早々足を詰まらせて、こけそうになるわたし。それを何もなかったかのように、スマートにフォローしてくれるクシェル様。
「緊張してるのか?」
「す、すみません」
「大丈夫、落ち着いて」
クシェル様は初手で失敗したわたしを責めることなく優しい声をかけてくれる。しかし、その矢先にまた足を躓かせるわたし。
「ご、ごめんなさい」
練習ではちゃんと踊れていたのに、よりにもよって本番で何度もやらかす。
こ、このままじゃ恐れていたことが起きてしまう!躓いて、クシェル様の足を踏んづけて、盛大にこけてダンスは失敗に終わる。そして、そんなわたしをみんなが笑い、わたしなんかを婚約者に選んだクシェル様も笑われて、皆んなに婚約を反対されて、このパーティーの目的が果たせなくて、みんなの気持ちと今までの苦労が台無しにーー
「コハク?」
皆んなが見てる。わたしの価値を値踏みしてる。魔王様に相応しいか、本当にわたしなんかが魔王様に愛されるだけの価値のある人間(人族)なのかーー
「ご、ごめ!あ、また」
一度躓くと動揺して上手くステップが踏めない。音楽をよく聴いて、リズムに合わせて、足元を確認して決められた動きを繰り返すだけなのにーーそれすらも出来ない。
きっと皆んな笑ってる。ダメダメなわたしを見て、こんな事も出来ないのかと嘲笑って、あんなのが婚約者なんて可哀想…とクシェル様を哀れんでーーやっぱりわたしには無理だったんだ。こんなことなら初めから婚約者なんかーー
「コハク!」
「へぁ⁈」
不意に力強く引き寄せられて、驚きのあまり変な声を出してしまった。
「え?な、ち、近い!」
なんで急に体を引き寄せられたのかと、クシェル様に問おうと顔を上げたら思っていたよりも近くにクシェル様の顔があって、思わず体を引いてしまう。すると、更に力強く引き寄せられてーー
もう体を寄せるとかそんなレベルじゃない!完全に胸があた、当たってる!密着してる!
「俺を見て」
「んっ!」
また耳元で囁かれて、変な声が出そうになる。それを必死に飲み込む。
「今、コハクは誰の何?」
「わ、わたしは、クシェル様の、婚約者…」
「そう。なのに何故、他の奴らなんかに意識を向けている?」
いつもと違う、苛立ちを含んだ低い声が耳から頭の中に直接響く。怒られてるのに、何故か恐怖ではない何かに体がゾクりとしてまた何処か落ち着かない気持ちになる。
何、これーー
「ご、ごめんなさい」
「今は俺の婚約者なんだから、俺を見て。俺のことだけを考えて」
「クシェル様の、こと、だけ……」
クシェル様のことだけを見て、考える。
今クシェル様は、わたしを見てる。夕暮れ色の瞳にわたしだけが写ってる。きっとわたしの瞳にも今、クシェル様だけが写ってる。
今クシェル様は何を考えてる?
わたしを見て微笑んで、手を握って腰を抱いて、わたしの名前を呼ぶ。
わたしのことを考えてくれてる?だったら嬉しいなぁ。
「そう。今は、今だけは俺だけのコハクでいて」
そう言って笑うクシェル様の笑みは今までで一番美しく、そして何処か恐ろしくもあって、でも何故か目が反らせなかった。
10
お気に入りに追加
192
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ヤンデレ騎士団の光の聖女ですが、彼らの心の闇は照らせますか?〜メリバエンド確定の乙女ゲーに転生したので全力でスキル上げて生存目指します〜
たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
恋愛
攻略キャラが二人ともヤンデレな乙女ーゲームに転生してしまったルナ。
「……お前も俺を捨てるのか? 行かないでくれ……」
黒騎士ヴィクターは、孤児で修道院で育ち、その修道院も魔族に滅ぼされた過去を持つ闇ヤンデレ。
「ほんと君は危機感ないんだから。閉じ込めておかなきゃ駄目かな?」
大魔導師リロイは、魔法学園主席の天才だが、自分の作った毒薬が事件に使われてしまい、責任を問われ投獄された暗黒微笑ヤンデレである。
ゲームの結末は、黒騎士ヴィクターと魔導師リロイどちらと結ばれても、戦争に負け命を落とすか心中するか。
メリーバッドエンドでエモいと思っていたが、どっちと結ばれても死んでしまう自分の運命に焦るルナ。
唯一生き残る方法はただ一つ。
二人の好感度をMAXにした上で自分のステータスをMAXにする、『大戦争を勝ちに導く光の聖女』として君臨する、激ムズのトゥルーエンドのみ。
ヤンデレだらけのメリバ乙女ゲーで生存するために奔走する!?
ヤンデレ溺愛三角関係ラブストーリー!
※短編です!好評でしたら長編も書きますので応援お願いします♫
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる