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いよいよこの時が来てしまった

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 二人ともいつもに増してカッコ良かったなぁ

 クシェル様は白を基調とし全体に金糸をあしらったザ・王様!という服装で、前髪を軽く後ろに撫でつけていた。そのおかげで普段金茶色の髪に隠れている夕暮れ色の瞳とおでこがよく見えて、とてもセクシーだ。

 また、ジークお兄ちゃんは濃紺の生地に金糸をあしらった軍服で、胸にはいくつもの勲章?が並べられていた。髪は元々短く切ってあるから、そのままだった。が、しかしいつもと違うピチッとした服装のせいか、逞しい分厚い胸板と大きな肩幅、それらと反する細い腰が強調されてる。

 かっこ良い!素敵!けど、なんだか見てはいけないものを見てしまったかのような見ているこっちが恥ずかしいような不思議な気持ちになる。心臓がドキドキと脈を早め、落ち着かない。かと言って、嫌いなわけではない。むしろ好き!

「今日は皆に紹介したい者がいる。入れ!」

 なんてさっき控え室での二人の姿を思い出している間に、クシェル様の挨拶が終わっていたらしく、クシェル様のわたしを呼ぶ声が聞こえて来た。

 クシェル様のその言葉を合図に目の前の扉が開かれる。

 わたしは一つ深呼吸をし心を落ち着かせ、扉の奥に足を踏み入れた。


 そこで目に飛び込んできた光景はまさに異世界だった。
 高い天井から吊るされた大きなシャンデリアに、その光を反射する磨き上げられた煌びやかな部屋の装飾。様々な色の華やかなドレスに、女性が身に付けている装飾品の数々。そのどれもが眩しくて、思わず目を瞬く。

 まるで、絵本の中の世界に迷い込んでしまったかのようでーー現実感がない。

 どこかフワフワと浮き足立つ感覚を覚えると共に、この場に居る自分の存在がとても異質なものに感じる。

 逃げ出したい。帰りたい。自分の居るべき世界(場所)にーー

 しかしそれは出来ない。なぜならこれは間違いなく現実で、階段を降りた先でクシェル様がわたしを待ってくれているはずだから。

 そう自分を奮い立たせ、わたしは再び足を前へ進めた。



 数歩歩みを進めると会場につながる階段がある。その階段の途中には広く開けた場所があり、わたしを呼んだその人はそこに居た。

 ギラギラと眩しい世界の中に一つ、見つけた優しい光。

 シャンデリアの光を受け輝く琥珀色の髪と、夕暮れ時の空を思わせる瞳が、わたしを優しく迎えいれる。

「綺麗……」

 わたしは差し伸ばされたクシェル様の手を取ると、引かれるままクシェル様に身を寄せた。

「そんな事を言ってくれるのはコハクだけだよ」

 すると、思わず漏れたわたしの呟きにクシェル様は嬉しそうに目を細め、耳元でそう囁いた。

「っ!」

 今のは反則だ。カッコ良すぎる!わたしにしか聞こえない声で、しかも耳元で囁くとか行動がイケメン過ぎて耳が熱い!しかもしかも!わたしを呼び入れる時の声は初めて会った時を思わせる、威厳のある低く芯のある声だったのに、今のは普段の優しい温かな声でーーギャップがヤバい!


「すでに知っている者も居ると思うが、改めて、この度正式に俺の婚約者となったコハク・シイナ嬢だ」

 そう言うとクシェル様はわたしの腰を抱き寄せた。

 ち、近い!こ、腰が当たって、てか人前でこんな密着するなんて聞いてない!

「見ての通り彼女は人族だ」

 クシェル様のその言葉にざわざわと会場から困惑と不満の声が上がる。

「しかし、愛に種族は関係ない!俺は彼女を愛している!」
「あ、愛⁈」
「コハク、合わせて」

 また耳元で囁かれる。

「へぁ!すみま「そして彼女も俺を愛してくれている」

 クシェル様は会場の皆んなにそうに宣言するとわたしの腰を更に強く抱き寄せ、「だろ?」とわたしの顔を覗き込んできた。

 ぢー、近い!色々近い!わたしの腰を抱く力強い腕が、密着した腰が、目の前の甘く微笑むクシェル様の顔が!

 無理~、カッコ良過ぎて直視できない!

「ぁ、はぃ。わたしもクシェル様のことをあ、愛して、います!」

 どうにか答えた声は震え、目も逸らしてしまった。でも、言った!ちゃんとはっきりと会場に届く声で言えた!頑張った!

 あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして、目を伏せていたわたしにはこの時クシェル様がそれはそれは嬉しそうにそして、愛しげにわたしを見ていたことに気づかなかった。

 しかし、クシェル様のその表情を見ていた会場の人たちは「あの魔王様が笑ったぞ」「いつも眉ひとつ動かさないあの魔王様が」「人を人とも思わないあの悪魔のような魔王様が」と驚きを口にし、普段のクシェル様を知るジークお兄ちゃんやフレイヤ様達はーー

「言わせたかっただけだろう。羨ましい」
「あらあら、嬉しそうにしちゃって、しょうのない子ね全く」
「これ見よがしにイチャイチャと……実にけしからん!もっとやれ!」

 と、若干クシェル様の行動に引きつつ、クシェル様の幸せそうな笑みに自分達も笑みを浮かべていたのだった。


 婚約発表が終わると、続いて演奏が始まる。

「さぁコハク、俺と踊ってくれるか?」

 クシェル様は音楽が流れ始めると、一旦身を離し改めてわたしに手を差し伸べた。

 いよいよこの時が来てしまった。

 わたしは緊張で震える手をそっとクシェル様の手に重ねーー

「はい。喜んで」

 頑張って笑みを作った。



 手を引かれるまま階段を降り、会場の中央へと進むと、腰を引かれてーーダンスが始まる。

「あ!すみません」

 始まって早々足を詰まらせて、こけそうになるわたし。それを何もなかったかのように、スマートにフォローしてくれるクシェル様。

「緊張してるのか?」
「す、すみません」
「大丈夫、落ち着いて」

 クシェル様は初手で失敗したわたしを責めることなく優しい声をかけてくれる。しかし、その矢先にまた足を躓かせるわたし。

「ご、ごめんなさい」

 練習ではちゃんと踊れていたのに、よりにもよって本番で何度もやらかす。

 こ、このままじゃ恐れていたことが起きてしまう!躓いて、クシェル様の足を踏んづけて、盛大にこけてダンスは失敗に終わる。そして、そんなわたしをみんなが笑い、わたしなんかを婚約者に選んだクシェル様も笑われて、皆んなに婚約を反対されて、このパーティーの目的が果たせなくて、みんなの気持ちと今までの苦労が台無しにーー

「コハク?」

 皆んなが見てる。わたしの価値を値踏みしてる。魔王様に相応しいか、本当にわたしなんかが魔王様に愛されるだけの価値のある人間(人族)なのかーー

「ご、ごめ!あ、また」

 一度躓くと動揺して上手くステップが踏めない。音楽をよく聴いて、リズムに合わせて、足元を確認して決められた動きを繰り返すだけなのにーーそれすらも出来ない。

 きっと皆んな笑ってる。ダメダメなわたしを見て、こんな事も出来ないのかと嘲笑って、あんなのが婚約者なんて可哀想…とクシェル様を哀れんでーーやっぱりわたしには無理だったんだ。こんなことなら初めから婚約者なんかーー

「コハク!」
「へぁ⁈」

 不意に力強く引き寄せられて、驚きのあまり変な声を出してしまった。

「え?な、ち、近い!」

 なんで急に体を引き寄せられたのかと、クシェル様に問おうと顔を上げたら思っていたよりも近くにクシェル様の顔があって、思わず体を引いてしまう。すると、更に力強く引き寄せられてーー

 もう体を寄せるとかそんなレベルじゃない!完全に胸があた、当たってる!密着してる!

「俺を見て」
「んっ!」

 また耳元で囁かれて、変な声が出そうになる。それを必死に飲み込む。

「今、コハクは誰の何?」
「わ、わたしは、クシェル様の、婚約者…」
「そう。なのに何故、他の奴らなんかに意識を向けている?」

 いつもと違う、苛立ちを含んだ低い声が耳から頭の中に直接響く。怒られてるのに、何故か恐怖ではない何かに体がゾクりとしてまた何処か落ち着かない気持ちになる。

 何、これーー

「ご、ごめんなさい」
「今は俺の婚約者なんだから、俺を見て。俺のことだけを考えて」
「クシェル様の、こと、だけ……」

 クシェル様のことだけを見て、考える。

 今クシェル様は、わたしを見てる。夕暮れ色の瞳にわたしだけが写ってる。きっとわたしの瞳にも今、クシェル様だけが写ってる。
 今クシェル様は何を考えてる?
 わたしを見て微笑んで、手を握って腰を抱いて、わたしの名前を呼ぶ。

 わたしのことを考えてくれてる?だったら嬉しいなぁ。

「そう。今は、今だけは俺だけのコハクでいて」

 そう言って笑うクシェル様の笑みは今までで一番美しく、そして何処か恐ろしくもあって、でも何故か目が反らせなかった。

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