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【ジーク】クシェルが壊れた
しおりを挟む今日はコハクと昼食を共にする約束をした。
コハクは申し訳ないや、すみませんではなく「ありがとうございます」と嬉しそうに微笑んでくれた。
俺の気持ちを分かってくれたようだ。
見送りの時なんかは「行ってらっしゃいジークお兄ちゃん」なんて頰を紅く染めながら言ってくれた。
ーー可愛い!照れながらも頑張って甘えようとするコハク可愛い!
俺が「行ってきます」と頭を撫でると更に頰を赤らめフニャっと笑う。
ーー可愛い~!まるで甘える子猫のようだ!
どうやらコハクは頭を撫でられるのが好きらしい。
思えば、今までも頭を撫でると頰を赤らめ嬉しそうに微笑んでくれていたように思う。
可愛いなぁなんて思いながら衝動のままに撫でていたが、まさかコハクも喜んでくれていたとは!
コハクと昼食を共にするために早めに午前中の訓練を切り上げた。
しかし、シャワー室から出ると酷く慌てた様子の部下から報告が入る。
「魔王様が発作を起こされました至急執務室へと!」
俺はその部下へ、コハクに「急用が入ったため一緒に昼食を取ることができなくなった」と伝えるように指示を出し、クシェルの元へ急いだ。
執務室に入ると、ソファにうずくまるクシェルとその背中をさするルークの姿があった。
「何故こうなる前に知らせなかった」
ヒート時は徐々に吸血衝動が増していき、我慢し続けると今のようになる。だからいつもは衝動が強くなる前に俺の血を与える事でヒートをやり過ごしている。
しかしルーク曰く今回は急にこの状態になったらしい。
何故だ?
クシェルはハーフヴァンパイアであるためか、血の味をあまり好まない。しかし、コハクの血はヒート時以外も欲し、初めての時も暴走していた。つまりは、それほどコハクの事を愛しているというわけで…それと関係があるのかもしれない。
例えば、愛しい者の血の味を知って、ヒートを起こしやすくなってしまったとか。コハクの血の匂いに当てられたとかーー
いや、今は原因を考えるよりも、ヒートを抑えることの方が先決だ。俺は考えるのをやめ、いつものように手っ取り早く腕を差し出す。すると、クシェルは余裕なく早急に歯を突き立てる。
「…っう!ーーうぇえ゛」
しかし、腕に痛みが走ったと思った瞬間、クシェルは口を離していた。
「く、クシェル⁈」
「魔王様っ⁈」
ほんの一瞬口の中に俺の血が入っただけだ。なのに2、3度吐いても尚、嘔吐き続けるクシェル。
どういう事だ。今までこんなことはなかった。
まるで今のクシェルは俺の血に拒否反応でも起こしているかのようだ。
呼吸は浅く顔色も血の気が引いて青白い。
俺にはこの状況の打開策も分からず、ただただ呼吸を落ち着けるために背中をさすることしか出来なかった。
「ハァハァーーッフ、フフ」
そうしているといきなりクシェルが苦しみながら笑い出した。
「クシェル?」
「魔王、様?」
……クシェルが壊れた
ヴァンパイアにとって愛しい者の血とは他者のものとは比べ物にならない程のものだと聞く。
つまり、一度それを味わったクシェルにとって元々美味くもない俺の血は、飲み込めない程不味くて仕方ないものだったのかもしれない。
しかし、俺の血でヒートを抑えられないとなると…どうする。コハクをここへ呼ぶか?
おそらく今のクシェルはコハクの血しか飲めない。つまりこのヒートを抑えられるのはコハクだけということだ。
だがーーダメだ。今のクシェルは自制が効くとは思えないし、コハクの体調もまだ万全ではない。せめてアレが終わるまで待ってーーてそれだと後3日もこのままって事になる。
いっその事コハクに事情を話して、血だけを分けて貰うか?ーーてダメだ、コハクは痛いのが苦手なんだ。それにヒートが抑えられる血の量が分からないし、逆に変に刺激してしまうだけかもしれない。
結局なんの策も浮かばず途方に暮れていると、そこへドアを叩く音が響いた。
「すみませんメイドがシイナ様の件で魔王様に会いたいと言っているのですが」
「シイナ様専属メイドのサアニャです、シイナ様のお食事について確認をーー」
コハクの食事!そうだ、コハクの食事はクシェルの許可を得てからしか出せない!
クシェルがこの状態では食事(毒)の確認なんて出来ない。
俺はクシェルの元を離れドアを少し開け中の様子を見せないようにしつつサアニャに事情を話す。
「今クシェルは体調を崩している、だから食事の確認は出来ない」
「魔王様が…分かりました、シイナ様にはどう」
「コハクには急用が入ったと伝えてくれ、それとここには近づけないように頼む」
「ーー分かり、ました」
この間は、きっとクシェルがヒートである事に気づいたのだろう。
しかしサアニャは追求する事なく一礼し下がる。
コハクの元へ戻っていくのを確認し、俺はクシェルのところへ戻った。
今更だが、クシェルが今のように食事の確認がどうしても出来ない時はコハクの食事もままならない。今後何らかの策を考えなくてはならない。
その後すぐにフレイヤ様に連絡を入れ、俺たちはフレイヤ様が来てくれるのを待つことにした。
せめてベッドへ運んだほうがいいのだろうが……
クシェルはこの状態の自分を他人に見られるのをひどく嫌っている。それに万が一にもここを出てコハクの血の匂いを僅かでも感じ取ってしまったら、クシェルは今必死に手繰り寄せている理性を一瞬で手放してしまうだろう。そう思うと、今のクシェルをこの部屋から出すことすら出来なかった。
「クシェル様は無事なんですか!」
クシェルのために出来ることもなく手をこまねいていると再び廊下が騒がしくなりドアの方からコハクの声が響いた。
何故コハクがここに⁈
「コハクをここに近づけないように言っただろ!」
俺はドアの方に向かいつつ叫ぶ。
「すみません、止めることが出来ず!」
ドアを小さく開けると目の前には走って来たのか、息を荒くしたコハクの姿があった。
「ジーク様!やっぱり…クシェル様に何かあったんですね!」
「あ、あー兎に角早くここからっ!」
俺がコハクと話をしているといつのまにかクシェルがここまで来ていて…開きかけのドアが勢いよく開く。
「クシェル様?」
突然無言で現れたクシェルに驚くコハク。
クシェルはそのままコハクの手を引きソファへ向かう。
「ま、待てクシェル!」
そしてコハクをソファの上に仰向けに寝かせると上に乗り、コハクの頰をひと撫でして愛おしそうにコハクの名前を呼んだ。
その光景はとても情緒的でまるで二人だけの世界のようだ。ここにいる誰もが息を飲んだ。
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