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約束したのに…

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 地下水を引いているという噴水の水も陽の光がキラキラと反射してとても綺麗だ。
 水面に浮かぶ花を取ろうとしたら噴水に落ちそうになってサアニャに助けられる。

「ごめん、なさい」

 あ、危なかった。サアニャが助けてくれなかったら噴水に顔面ダイブするところだった。

「いえ、次からは気をつけて下さいね」

 そう言ってわたしが取ろうとした花を静かにすくい取り、ハンカチで水気を拭いわたしに渡してくれる。

「ありがとう」
「フフ、いえ」

 その後も庭の草花や樹木などを見て回った。
 サアニャは物知りで、それらの名前や特徴などわたしの質問に「こんなのも分からないの?」と呆れる事なく、快く答えてくれた。
 改めてイダル先生の姪なんだなって思った。

 一方、護衛の二人は一定の距離を置いて付いてくるだけで、話しかけてくることは無く、目を合わせようともしない。
 やっぱり二人はわたしのことが大嫌いのようだ。それでも、仕事はきちんと務めるのだから偉いなと思った。

 そういえば、わたしがこうして遊んでる今もクシェル様やジーク様も国のために働いてるんだよね。そう、わたしが、やる事がなくて気晴らしに散歩している今もーー二人は必死に働いている。

 この間まで普通に学生だったから気づかなかったけど、わたしはこの世界では親に養ってもらい、社会に守られる事を当然と受け入れて良い子供ではない。学生で無くなったわたしは今、労働も職業訓練もしていないただのニートだ。
 役に立ちたいとか恩返しがしたいとか言ってるのに、自立すら出来ていない。
 
 でも、わたしに何が出来るのか……とりあえず掃除洗濯とか?あ、ダメだ魔道具が使えない。
 手洗いとかなら出来るけど、足手まといになるだけだ。
 料理の手伝いとか?火を使わない作業なら(魔道具を使わなくていいから)出来そう。
 あ、でも人族と一緒に働きたくないとか、人族が作った料理なんて食べたくないとか言われそう。うん、護衛の二人は絶対に言う。そう考えると、どの職場にもつけそうにない。どうしよう。

 考えごとをしていて何げなく上を向くと、視界の端にクシェル様の姿が見えた。
 あー、あの辺りが執務室なのかなんて思いながら、二階の窓に視線を移すとクシェル様と目が合った。

 わー久しぶりのクシェル様だー!!

 嬉しくて、本当は思いっきり手を振りたかったけど、(クシェル様に迷惑をかけてる自分なんかが)とか(仕事中に働いてない人なんかの楽し気な姿を見たら逆に不愉快かな)とか思ってしまって振る手が小さくなってしまった。は、恥ずかしかったっていうのもあるけど。

 でも、クシェル様は手を振り返してくれなくて、窓から離れて行ってしまった。

 ーーやっぱり不愉快に思ったのかな…

 
 さっきのクシェル様の様子が気になりつつも、わたしは「目が合ったのは気のせいだったのかも」と思う事にして、裏庭の庭園へと向かった。
 まだ花は少ししか咲いてなかったけど、隅々まで手入れされていた。

 ーー今度はクシェル様とジーク様と一緒に見て回りたいな

 今後の楽しみも出来て気持ちも少し上がり、自室へと帰った。

 しかし、そこにジーク様の姿はなく、代わりに騎士の人が居て「団長は急な用事が入り昼食を共にできない」とだけ教えてくれた。

 きっと仕事が忙しいんだ。
 仕方ない事だとわかってはいるけど…

「約束したのに…」

 さっきまでの浮かれた気分が一気に落ちていく。
 わたしは口元にキュっと力を入れた。これ以上、余計な事を言ってしまわないようにーー

「なるほど…」
「サアニャ?」

 口元を押さえて何かを呟くサアニャ。不思議に思って名前を呼ぶと咳払いをして、何でも無いように「ではシイナ様の分の食事をお持ちしますね」と部屋から出て行ってしまった。

 しかし、戻ってきたサアニャは何も持ってなかった。

「申し訳ありません、シイナ様のお食事はご用意出来ませんでした」
「え?それって…」

 あの(ジーク様曰く)虫入り(わたしは毒入りだと思っている)コロケ屋の件以降わたしの口に入るものは全て事前にクシェル様の許可を受け、運んだ者が毒味をするようになっている。
 つまり、わたしが食べるものが用意できないと言うことは、クシェル様に許可が得られなかったという事だ。
 許可が得られなかったという事はーー毒が入って、た?

「あ、ち、違います!魔王様に確認を取る事が出来なかったのです!シイナ様がお考えになっているような事は起きていません!」

 サアニャが震えるわたしの手を両手で包み
「誤解を生むような言い方してしまいすみませんでした」と頭を下げる。

 クシェル様に確認が取れない?外せない用事ーー仕事が立て込んでいるのだろうか?食事のチェックが出来ないほどに?

 それに午前中窓越しに見たクシェル様の様子が気になる。あれは不愉快に思ったのではなくてーーあの時急に何かが起きた?体調不良?
 そして、ジーク様もここに居ない。クシェル様に何かあったとしたらーー全て合点が行く!

 わたしはクシェル様の居るであろう執務室へと急いだ。
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