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余計な心配をかけたくない

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 4日目の朝

 わたしは昨夜のことを思い出して居た堪れなかったけど、ジーク様はいつも通りでまるで昨晩は何もなかったかのようだ。
 今日は体調に問題もなく、外を散歩することにした。

「行ってらっしゃい、ジーク、お兄ちゃん」

 ジーク様は仕事のため、わたしより先に部屋を出る。
 頑張って「お兄ちゃん」と呼んでみた。すると、ジーク様は「行ってきます」って優しく目を細め、撫でてくれた。

 ーー嫌がられなかった。良かった

 ジーク様を送り出した後わたしも支度をして部屋を出る。サアニャは着替えを手伝おうとしてくれたが、丁重に遠慮させていただいた。
 サアニャは何故か残念がっていたけど、自分で出来ることは極力自分でしたい。
 お姫様みたいな扱いはーー恥ずかしくて、居た堪れない。
 ということで、シンプルなデザインのワンピースを着て、髪は軽く解き(髪飾りはお出かけ用として大事にしまっている)、左手にジーク様から貰ったブレスレット(魔道具)を付ける。

「おはようございます、今日もよろしくお願いします」

 部屋を出る際護衛の二人に頭を下げる。
 紹介してもらった日からわたしが部屋に引きこもっていたから、何気に二人と顔を合わせるのは久しぶりだ。

「シイナ様は魔王様の婚約者なんですから護衛に頭を下げる必要なんて無いんですよ?」

 外に出て他の使用人が居ないのを確認すると、サアニャはわたしに耳打ちする。
 耳打ちにしては声が大きい…これ絶対護衛の二人にも聞こえちゃってるよね。

 本来だったらそうなんだろうけど、わたしは婚約者といっても(仮)だし、二人は命令で仕方なく護衛に付いてくれてるだけだ。

「でも、わたしが安心して外を歩けるのはお二人のおかげなので」

 わたしがあえて護衛の二人にも聞こえる声でそう言うと、一定の距離を保っていた護衛の二人が近づいて来た。

「ーーオレは認めないからな!」

 グレンさんはわたしを指差し、睨む。

「ちょっとグレン!」

 その斜め後ろにアレクさんが立つ。
 認めないってやっぱり、婚約者の件かな?それとも護衛の件?いや、両方か。

「何がジークお兄ちゃんっだ!!図に乗んなよ!」
「え⁈」
そ、そっちー⁈

 って、な、何でその事を、ジーク様と二人の時しかお兄ちゃんって呼んでないはず…あ、今朝か!ジーク様を見送る時ドアの所に護衛の二人も居たんだ!か、完全にジーク様しか見えてなかった。
 恥ずかしくて顔が熱い。

「可愛かったですよ」

 サアニャはわたしが俯いたのをどう取ったのか笑顔でそう言って励ます。

「待って、もしかしてあの時サアニャもドアの前に居たの?」

 いや、聞かなくてもわかる事だ、あの時ジーク様を見送った後すぐにサアニャが来たんだから。

「?、はい」

 あーー穴があったら入りたい!

 そんなこと出来ないから、両手で顔を隠す。

「団長もこんなちんちくりんのどこが良いんだ」
「ち、ちんちくりん⁈」
「ップ、そんな言ったら可哀想だよ…これでもックク、大人の女性なんだから」

 アレクさんはわたしを庇ってるつもりみたいだけど、本音が隠せてないと思う。笑いこらえられてないし。

「シイナ様は立派な方です!」

 サアニャは拳を握り力強くわたしを励ます。

「確かに、立派な…ックク」

 アレクさんはわたしとサアニャの身体の一部を見比べてまた笑った。
 サアニャさんはそれに気づいてないみたいで何の反応も見せない。でも、気付いてたら多分傷ついたと思うし、気付かなくて良かった。

 わたしはチビ(約150cm)でぽっちゃりな子供体系なくせに胸だけは若干標準よりある。
 それに比べてサアニャは可愛い系のお姉さんな見た目なのに胸は小さい…制服のせいか無いようにも見える。

「どうせ魔王様の婚約者っていう話も嘘なんだろ」

 今度はグレンさんに痛いところをつかれ、言葉に詰まってしまう。
 あの日、護衛の二人は同じ部屋に入る事はなく、仮の婚約の話も聞いていなかったはずだ。

「そ、それは」
「だいたい、魔法もロクに使えない、役立たずな脆弱種族と魔族が未来なんて誓えるわけないだろ!」

 そう吐き捨て、鼻で笑う。
 婚約者ということはその先に結婚を考えているということだ。そして、結婚するということは、互いに支え、愛し合いその先の人生を共に生きるという事だ。
 しかし、人族と魔族では寿命が違い過ぎるし、魔族より脆く、魔法も満足に使えない人族は負担、いや、邪魔でしかない。
 分かりきっていた事実にわたしは何故か心臓が握りつぶされるような痛みを覚え、言葉を返すことが出来なかった。

「まぁ、どうせ魔王様に媚びへつらって、わたしを守って~なんて泣きついたんでしょ」

 わたしが黙っているとそれを肯定と取ったのか、わたしをあからさまに罵るアレクさん。
 谷間を寄せるように肩を縮こめ、胸の前で手を握りあわせてわざとらしく高い声を出す。

「あ、違うか~身体じゃなくて”血”で誘惑したんだったね、なんでも”清い”女の血は美味しいらしいしね」

 変に清いを強調して、わたしを笑う。

 二人に相当嫌われていることは嫌という程分かった。

「ハァ、浅はか」
「あ゛?」

 サアニャが聞き取れないくらいの声でボソリと何か呟いた。それに眉を寄せて反応するグレンさん。

「いえ何でもありません、そんな事よりシイナ様お疲れではないですか?あちらのベンチにお座りになられてはいかがですか?」

 そう言ってサアニャはわたしの手を引きここから離れさせてくれた。
 そういえばずっとここに立ちっぱなしだった。


「気を使わせてしまってすみません、その、ありがとうございました」

 サアニャはベンチにわたしを座らせると護衛の二人からわたしを隠すように立つ。

「いえ、こちらこそ不快な気持ちにさせてしまい申し訳ございませんでした」

 サアニャはそう謝罪すると深々と頭を下げた。

「あ、頭をあげてください!サアニャは何も悪くありません」

「いえ、わたしが早く止めていれば…」

 昨日今日入ったばかりのメイドが騎士様に意見できない事くらい考えなくてもわかる。それが無くても、婚約の件とか血の件とか実際どうなのかわからないことに軽率に口を挟むことは出来ない。

 わたしは首を横に振った。

「サアニャ」

 ベンチから立ち、手招きをして耳を寄せてもらう。

「はい」
「さっきの事はクシェル様とジーク様には言わないでくれますか?」

 そうサアニャにしか聞こえないように言うと、サアニャの目が見開かれる。何故?理解できないといった顔だ。

「さっきのは二人だけの意見じゃない、きっとみんなが思っている事で、わたしが受け止めないといけない事、ですから」

 それに全くの嘘というわけではない。
 この婚約もわたしを守る為のものだし、わたしは魔法が使える使えない以前に魔力が皆無の役立たず。わたしでも役に立てる事があったと思ったら、わたしが脆弱なせいで途中で倒れてしまうし、今だってクシェル様はわたしのせいで我慢を強いられている。
 わたしなんか役立たずどころか二人の負担にしかなってない。ホント、わたしなんかがジーク様の妹なんておこがましい。

「シイナ様…」

 俯き黙ってしまったわたしを気遣い声をかけてくれるサアニャ。
 サアニャにまで気を使わせて、ホントわたしってーー

「わたしはあんなこと思ってません、シイナ様はとても素敵な方です」

 サアニャは腰を折りわたしと目線を合わせてくれる。その目は真っ直ぐで力強く、慰めや同情からの言葉ではない事が分かった。

「サアニャ…」
「わたしはシイナ様の事、好きですよ」

 サアニャはわたしの目から流れそうになった涙をハンカチで拭ってくれた。

「あ、ありがとう」

 わたしが抱きつくとサアニャは優しく抱きしめ返してくれて、また涙が溢れた。

「本当にお伝えしなくてよろしいんですか?」

 再度サアニャが問う。それにわたしは首を横に振る事で答えた。
 クシェル様とジーク様に余計な心配をかけたくない。それにきっとーー

「あの話を聞いたら二人が傷つく、から」

 数秒の沈黙の後、サアニャはわたしから腕を解き、後ろに視線をやる。

「生まれながらに力を手にした者らは他人の痛みを理解できない、しようともしない。か」

 その声はひどく冷たく感じた。

「サアニャ?」

 わたしはサアニャの言わんとする事がよく分からなくて首をかしげる。

「フフ、受け売りです。忘れて下さい」

 笑ってごまかすサアニャ。
 受け売りって、イダル先生がそんな事を?

「さ、そろそろ別の場所に行きましょうか」

 そう言ってわたしの肩を押す。
 深く追求されたく無い話題?だったのかな?

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