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【ジーク】二人の邪魔はしないから
しおりを挟むコハクに嫌われること、コハクが自分から離れていくことを恐れるあまり挙動不審になるクシェルと、クシェルに気を遣いそれらを言及することが出来ずにいるコハク。
このままではお互い身動きが取れなくなってしまう。
そうなる前にと、俺はクシェルの挙動不審の理由をコハクに話した。
クシェルの瞳を嫌悪せず、手を繋がれることもご飯を食べさせられることも嫌な顔一つせず、行動範囲を制限されても不満の一つも言わず欲したのは知識だけ。そして、俺達以外の奴と親しげにしていたからと理不尽な怒りを向けられてもそれを許し今まで通り接してくれる優しいコハク。
だからきっとクシェルの不安も受け止めてくれる。そう期待はしていた。
しかしまさか、クシェルのために「元の世界のことは口にしない」とまで言ってくれるとは思っていなかった。
その言葉はまるで元の世界よりクシェルを選んでくれたかのようでーー
そして、クシェルの背中にそっと腕を回し、優しく抱きしめ返すコハク。
その姿はまさに聖母のようだった。
この時、クシェルを救えるのはコハクしかいないと確信すると同時に、コハクは俺の『救い』ではなかったのだと思い知らされた。
渡り人は救いを求める者の元へと現れ、それを許しそれを癒やす。
この国で一番救いを必要としているのはクシェルだ。そして、コハクが一番信頼を寄せているのもきっとクシェルだ。つまりーーそういうことなのだろう。
コハクが最初俺の元に現れたのも、より安全にコハクをクシェルの元へ導くため、そう神が取り計らったのかもしれない。
俺はコハクに救いを、愛を求めるべきではない。コハクは俺の『運命』ではないのだから。
しかし二人の幸せを願い、二人の隣で二人を守り支えるくらいは許されるだろう?
二人の邪魔はしないから……なぁ神よ。
気づくとコハクがクシェルの涙のせいでびしょ濡れになっていた。
それを指摘するとクシェルは自室に備え付けてある風呂場へとコハクを連れて行く。
どうやら慌てていたため深く考えず普段使っている風呂へと直行してしまったようだ。
コハクを浴室に残し、俺たちは隣の寝室へと移動したところで今更重要な事に気づく。
「コハクはシャワーが使えないのでは?」
シャワーの温度調節には魔力が必要だ。魔力がないコハクは水しか出せない。普段はメイドに魔力を必要とする動作の手伝いも頼んでいるため、シャワーもメイドが手伝っているはずだ。
そう伝えると、クシェルは眉を寄せた。
おそらくメイドがコハクの入浴を手伝っていることが気に入らなかったのだろう。
女性とはいえ他人がコハクの肌を見て、触れていると思うだけで苛立つ。それは俺も同じだ。
しかし、それは仕方ない事だと納得するしかなかった。
男の俺たちがコハクの入浴を手伝うわけにもいかない。
「しかし、あそこに入れるのは俺たちだけだ。どうする?」
クシェルの部屋に出入りできるのはクシェルにそれを許された者だけで、基本俺とルークしか入れない。
今回は緊急事態ということでコハク付きのメイドに入室許可を出すしかないか?とクシェルの方を見ると、そこにクシェルの姿はなく。
ーーまさか!
浴室へ走ると案の定、クシェルは中へ入ろうとしているところだった。しかもパンツ一丁姿で。
「ちょ、待っ!バカ!」
時すでに遅し。
「ふぇっーーな、何でお二人が!?」
「ち、違うんだコハク。誤解だ!」
咄嗟に出た言葉はまるで浮気がバレて言い訳をする男みたいなセリフだった。いや、この場合覗きがバレた変態男か。
「コハクは一人ではシャワー使えないだろ?だから」
この状況で焦りも見せず平気でそう言ってのけるクシェル。
た、確かに理由はそれで間違いでは無いがーー
「……あ、なるほど」
コハクはクシェルの言葉でハッと何か思い出したかのようで、直ぐに納得してくれた。
しかし、だからといって俺たちがここに入っていくのは間違っている。
「この部屋には俺たちしか入れないんだ。だからメイドも呼ぶことができなくてな?だから悪気があったわけでは」
「は、はい。でも、い、いつも一人で入っているので大丈夫です!」
「ーーえ?」
いつも、一人で?
改めてコハクの状況をよく見ると、コハクはシャワーではなく浴槽の横にしゃがみ込んでいる。そしてコハクの足元には湯の入った桶があり、コハクの髪は濡れーー首元に張り付き雫が首から鎖骨、谷間へとつたう。
コハクは俺たちに対し横向きに膝を抱え、胸元に片腕を回し必死に身体を隠している。
そのせいで、先程の雫が寄せられた谷間の上に溜まる。
「じ、ジーク様?」
不安げに俺を見る目は潤み、風呂に入ったからか、それとも羞恥のせいか頰だけでなく全身が淡く色付き、心なしか少し震えているように見える。
それらはまさに、小動物が助けを求めてプルプル震えているようにしか見えずーー
もっと羞恥に震える姿が見たい。追い詰めて追い詰めて限界まで追い詰めて、そしてドロドロに甘やかしたい。あの小さな口をこじ開けて、啼かせて、喘がせて、俺を求めさせたい。
「ち、違うんです!メイドさんは悪く無いんです。わたしが一人で入りたいとお願いしたんです!」
どうやら俺はまたコハクを怖がらせてしまったようだ。
コハクの泣き出しそうな声を聞き我にかえる。
そして、おそらくコハクは俺が急に黙り込んだのは俺がメイドに対して怒っているからだと考えたのだろう。
「そ、そうか。分かった」
俺は必死に平常心を装い逃げるように浴室を後にした。
ついでに、固まっているクシェルを引きずって。
「ジークどうしよう」
風呂場を出て、寝室に着いた途端クシェルがその辺にあったソファに腰掛けうなだれる。
「どうした?コハクは一人で湯も浴びられ、肌をメイドに見られてもいない。良かったじゃないか」
ついでに、変態扱いもされずに済んで良かったじゃないか。
「そ、それはそうだが……」
どうやらコハクはいつも予め溜められている浴槽のお湯で体を洗っているようだった。
おそらくコハクは他人に肌を見られるのが嫌いなのだろう。相手がメイドだとしても。
ぱっと見、傷跡などはなかったように見えた。コハクは恥ずかしがり屋なのかもしれない。
そんなところも可愛い。
「……おかしいんだ」
「ん?」
いきなりどうした?
いや、確かにさっきのお前の行動はおかしかったが、多分それに今更気づいたわけではないだろ。
「だから!俺はおかしいんだ!おかしいんだよ!」
聞き取れなかったわけじゃないんだが。
クシェルは俯いたまま顔を覆い、叫ぶ。
「いきなりどうした。大丈夫か?」
「コ、コハクの桃色に色づいたきめ細かな肌や、潤んだ飴色の瞳…濡れて張り付いた黒髪から雫がつたう細い首筋……舐めて、食んでーー」
クシェルは息を上げ、自らの唾を嚥下する。
「待て待て待て、おまっ、それって……」
「ジーク、ど、どうしよう。お、俺はどうすれば、コハクに嫌われたくない!離れたくない!っこ、こんなんじゃきっとコハクに嫌われる!恐がられて、気持ち悪がられて、あの目で、あいつらと同じ目で見られて……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ何でこんなっ」
「落ち着け!……って嘘だろ」
落ち着かせるために上を向かせると、クシェルの瞳は赤く染まりきっていた。
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