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いつも笑顔でいてほしい
しおりを挟む「勉強なんてこの部屋でも出来るだろ!」
「ここには貴族の者や騎士達もみえるんですよ、授業風景なんか見せれるわけないでしょ!」
授業のため部屋を移動しようとしたら、クシェル様がわたしの手を離そうとせず、執務室でクシェル様とルークさんの口論が始まってしまった。
「昨日はコハクをこの部屋に居させても何も言わなかっただろう。今更授業風景なんか見られたからといって何の問題があるというのだ」
「魔王としての威厳というものが!」
「そんなもの要らん!!」
わたしは二人の言い争いに割って入ることも出来ず、ただただ二人のやり取りを見守っていた。
すると、唐突にルークさんから話を振られる。
「魔王様、シイナ様も困っていますよ」
「え……コ、ハク」
すると、クシェル様もまたあの怯えたような目でわたしを見る。
何故、何にそんなに怯えているのかは分からない。けどーー
「え!あ、えっと……知らない人が出入りする部屋じゃ勉強に集中出来ないかなぁ、なんて?だから隣の部屋で勉強したい、です?」
ここで授業を受ける度胸はわたしにはない。
授業中に知らない人が入ってきて、その度に怪訝な目で見られると勉強しづらい。それに、何より、同じ部屋にクシェル様が居たら多分イダル先生が怯えて授業にならないと思う。
現にクシェル様が「勉強なんてこの部屋でも出来る」と発言した途端部屋の端で待っていたイダル先生は震えだし、助けを求めるような目でわたしを見る。
「さ、魔王様、シイナ様もこうおっしゃっていることですし……」
「昼には帰って来ますから、ね?」
それでも手を離そうとしないクシェル様の手に、空いている方の手を添えて、顔を覗き込む。
するとクシェル様は渋々ではあったが、手を離してくれた。
「イダル先生、この度はわたしのせいでこんな事になってしまい、申し訳ありませんでした」
「シイナ様のせいではありません。私が軽率な振る舞いをとったからいけないのです」
隣の部屋に移動してすぐ、わたしはイダル先生に頭を下げた。しかし、イダル先生は自分が悪いんだと、わたしに頭をあげるように言う。
「わたしに敬語なんて使わなくていいんです!」
「しかし……」
「昨日も言いましたがわたしは敬語を使われるような立場ではありません。その点はクシェル様も理解して下さいました。だから……」
「……分かった。シイナ、改めてよろしく」
「あ、ありがとうございます!よろしくお願いします!」
イダル先生はわたしの意を汲んでくれ、フランクな喋り方へと戻してくれた。しかもイダル先生の方から手を差し出してくれて、わたし達は熱い握手を交わした。
午前中の授業は魔法に関するものだった。
主に人族とそれ以外の種族の魔力運用の違いについてだ。
まず、魔力は命あるものなら誰しもが持っているもので、当然人族も持っている。
では何故人族だけが魔法を使えないのか、それは魔力の量が根本的に少ないからという理由もあるけど、そもそも人族とその他の種族では体内の魔力循環から違う。
これは人族を見分ける方法の一つでもあるんだけど、人族の魔力の流れは遅く、体の中心部で渦巻いているのに比べその他の種族は流れが速く全身を魔力が絶え間なく巡っている。
「へぇ人族と魔族は魔力の流れで見分けてるんですね。って、魔力の流れって見えるものなんですか?」
「ある程度魔法の才能がある者ならな、しかし、それも人族は例外だな」
「つまり人族は魔法も使えないし、魔力を見ることも出来ないから、相手が人族か魔族か判断することも出来ないということですか?」
「そう、だな」
「何で、人族だけ…」
改めて人族の魔力格差を思い知らされ、思わずこぼれた呟きにイダル先生は眉を寄せるだけで、答えはくれなかった。
そして、魔力が全身を巡っている魔族、獣人族、竜人族は、その流れを調整する事で身体強化や回復魔法を使い、自分の魔力を外に放出する事で炎や水など具現化された魔法を使う。
どれも魔力の流れを感じれるからこそ、魔力コントロールに長けているからこそできることで、魔力コントロールに劣る人族はそれを魔道具を媒介とする事で補っている、ということらしい。
昼になると迎えに来てくれたルークさんと共に執務室に戻る。
部屋に入ってすぐクシェル様に抱きしめられた。
そして、昼食後午後の授業に向かう際も朝と同じようなやり取りがあり、午後の授業から戻ると再び抱きしめられた。
昨日の事といい今朝の事といい、クシェル様は何にそんなに怯えているのだろう。
わたしが目の届かないところに行くのが嫌なのは分かったけど、それが何故なのかは分からない。
直接聞けばいいんだろうけど、そこにはクシェル様の触れて欲しくない部分が含まれていそうで、聞けなかった。
昼食に続き夕食も何故かクシェル様がわたしの料理を自分の方に寄せ、一口大に千切ったパンをわたしの口元まで運ぶ。
え?夕食の(あーん)担当はジーク様だったよね?
とジーク様を見ると、ジーク様は『俺のことは気にしなくていい』というように軽く微笑んで、自分の食事を食べ始めた。
「……コハク」
そんなわたし達のやり取りを見て、悲しげに眉を下げわたしを呼ぶクシェル様。
わたしは慌ててクシェル様の方に向き直り、口を開けた。
夕食後いつものように、今日あったことを話す。
今日は午前は魔法、午後は数学の授業だった。
午後の授業では改めて「あちらの世界の教育は素晴らしい」と褒められた。
話の流れで経済の話にも触れ、そこでも凄い!と感心された。自分の功績じゃないけど、自分の故郷を褒められるのはやっぱり嬉しくて、まるで自分の家族や友達が褒められた時のような誇らしい気持ちになった。
なんて、イダル先生に褒められた事を上機嫌で話していたのがいけなかったのか、クシェル様は不安げにわたしの手を握る。
「あ、すみません」
「いや、大丈夫だ……大丈夫」
わたしに無理に笑いかけた後、自分に言い聞かせるように目を伏せ「大丈夫」と呟くクシェル様。
ーー全く大丈夫そうに見えない!
何に対してそんな不安に思っているのだろう。どうして最近クシェル様はそんな顔ばかりするのだろう。クシェル様にはいつも笑顔でいて欲しいのに…どうしたらいつもみたいな無邪気な笑顔を見せてくれるのだろう。
「……クシェルはコハクがこの世界を嫌いになってしまったのではと不安なんだ」
「え⁈何で?」
わたしがどうすべきかと戸惑っているとジーク様が『クシェル様が何に不安を感じているのか』教えてくれた。
その答えを聞いてクシェル様を見るが、クシェル様は答えたくないとでもいうように顔を逸らす。
「元の世界のことを楽しそうに誇らしそうに話していただろう?それに、この世界の現状も聞いたはずだ。コハクたちの世界はここよりも平和で経済的にも発展していると聞く……こんな世界好きになってくれるはずがない」
代わりに答えてくれたジーク様は自分たちの世界を「こんな世界」と表し、空に目を向けた。
その目に光は無く、冷たくーージーク様自身、この世界を嫌っているようだった。
「それに、昨日コハクを怒らせてしまっただろ?それで、嫌われたのではと思っているらしい」
一呼吸置いていつもの優しい目でクシェル様の心境を語るジーク様。
クシェル様は「嫌われた」という単語に手の力を強める。
つまり、クシェル様はわたしがこの世界を嫌う事、クシェル様を嫌う事を恐れ、不安に思っていたという事だろうか。
「そんな。き、嫌いになんてなるわけ無いじゃないですか!」
正直この世界のことはまだよく分からないけど、クシェル様を、嫌うなんてことあるわけがない。それは断言できる。
「「コハク⁈」」
思わず大きな声を出してしまい、二人に驚かれてしまった。でも今はそんな事気にしてる余裕はない。
早く、一刻も早くクシェル様の不安を取り除いてあげたい。
「あのくらいで、クシェル様を嫌いになったりしません」
イダル先生には申し訳なかったけど、あれはわたしがこの世界のことを知らず、クシェル様を悲しませてしまったのがいけなかったんだ。名前で呼び合うことがそんなに重要なこととは知らなかったから……。
クシェル様だって本当はあんなことしたくなかったはずなんだ。
握られてない方の手をクシェル様の頰に添え、目を合わせる。
わたしが元の世界の事を話す事でクシェル様が不安になってしまうのならーー
「クシェル様が嫌だって言うなら、もう元の世界のことは口にしません」
クシェル様の伏せられていた目が大きく見開かれ、わたしを捉え潤む。
「だから安心してください」
「っ、コハク……ありがとう」
クシェル様はわたしをギューと強く抱きしめると、声を震わせた。
クシェル様が安心してくれたことが嬉しくて、わたしもそっと腕をまわした。
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