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【クシェル】俺たちだけの天使
しおりを挟むコハクが来て約一週間。
コハクは1日のほとんどを自室で過ごしている。
何故なら俺がそう仕向けているからだ。
確かに部屋の外は、人族であるコハクにとって危険なことに変わりはない。実際コハクはそれが分かっているから自主的に部屋の外に出ようとはしないし、俺たちが外では常にコハクの横を固めているのも『自分を守るため』としか思っていない。
しかし、それなら護衛をつければ良いだけの話だ。実力もあり信頼できる護衛をーー例えばジークとか。
でもそれをしない。
何故ならーーコハクにはずっと俺たちだけの天使『籠の鳥』でいて欲しいから
だがずっとこのままというわけにはいかない。
今の生活に不満を感じれば、不自由だと気付いてしまえば外へ出たいと言い出すだろう。
そうならないためなら俺は何だってする。
「何か欲しいものはないか?」
自由は与えてやれないがそれ以外ならなんでも与えてやる。だからーー
俺はおもちゃや服、装飾品の類を想像していた。しかし、コハクは迷わず「勉強がしたいです」と手を上げた。
どうやら本を読む為に字の勉強がしたいらしい。
本を読みたいということは、元の世界に帰る方法でも調べたいのか?と思ったが、コハクの表情を見る限りではそういうわけではないようだ。
まぁ、もしそうだったとしてもそういう書物に触れさせないようにすれば良いだけだと結論づけて、俺はコハクに字の勉強をさせる事にした。
俺の秘書兼護衛であるルークを呼ぶ。
するとルークはコハクをずっとここに置いておくなら、こちらの世界のことも勉強させておかないと返ってコハクに危険が及ぶと言う。
本当ならコハクには必要最低限の知識しか与えず、俺の元から離れるなんて考えすら起きないようにしたかったのだがーーコハクの安全のためなら仕方ない。
この時全てをルークに任せたことを、コハクに合わせる前に学者に釘を刺しておかなかった事を後に酷く後悔することとなる。
勉強初日。
初日は様子見という事で、コハクが気にいるようだったら正規雇用という話だった。結果、コハクの反応は良く即雇用となった。
その日の夕食時、寿命の話題が出る。
そこで初めて俺は改めてコハクと俺の命の時間が違い過ぎる事に気付かされた。種族の違いによる寿命の事なんて今の今まで考えもしなかったのだ。
100年もせずコハクは俺を置いていなくなってしまう。そしてその後、俺にはコハクと過ごした時間の倍以上の空虚な時間が待っている。
この時始めて種族の違いを憎んだ。この世界の理不尽さを恨んだ。
話題が親父の話題に変わる。
俺はコハクが俺が歴代の魔王と違い「半端で醜い容姿」である事を聞いてしまったのではないかと早とちりしてしまい、コハクを困惑させてしまった。
その後コハクは俺に気を使い、話題を勇者へと変え、さっきの事を言及することはなかった。
ーー心優しい天使
今後こんなことがないようにしなくては、コハクにはいつも可愛く笑いかけていてもらいたい。
しかし、学習しない俺は夕食後のルークの報告で我を忘れてしまう。
授業中コハクは俺たち以外の奴に名前で呼ばれて楽しそうに笑っていたのだ。
ーーなぜ他人がコハクのことを名前で呼んでいる、なぜコハクは俺たち以外の奴に笑いかけている……その笑顔は、優しさは、コハクは俺たちのだ!コハクは俺たちだけの天使なんだ!
怒りのままあの学者を呼び出し、当り散らした。
「何故貴様がコハクのことを名前で呼んでいる」
「コハ、シイナ様がそう望まれ!あ゛あぁぁあ!!」
しかもそれはコハク自身が学者に要望したのだと聞かされ、頭の中が真っ赤に染まる。
それはジークも同じだったらしく俺の隣に立ったまま、俺の手によって痛めつけられ、悲鳴をあげる学者をただただ冷ややかな目で見ていた。
その光景を見ていられないと、ルークが止めに入る。
「ま、魔王様。流石にやりすぎではーー」
「確かに、明日先生が来なかったらコハクが心配する」
「……チッ」
ジークが言いたいのはつまり、明日までに治せる程度に抑めておかないとーーということだ。
「明日……?」
ルークはジークの言葉に理解出来ないと眉をひそめる。どうやら、ルークは俺たちがこの学者を解雇すると思っていたようだ。
勿論俺だってこんな奴、二度とコハクに会わせたくない。でもーー
「コハクはそいつを気に入っている、逃すなよ?」
俺はまだ怒りを晴らしきれていなかったが、救護を呼び、その場を後にした。
そして、次の日学者の急な態度の変わりようを見てコハクが俺に怒りを向けてきた。
何故コハクが怒る?何故俺はコハクに怒りを向けられている?
どうやら学者を脅したのがいけなかったらしい。
でも俺は悪くない。そもそも、そいつが俺たちの天使に馴れ馴れしくしたから悪いんだ。
ーーいや、本当は分かっていた。コハクは俺たちのものじゃない、これは身勝手な一方的な独占欲だ。
しかし、身勝手な俺はコハクが学者を心配し、庇う姿を見るとコハクにまでも怒りを向けてしまう。
コハクからは困惑と恐怖が見える。
しかし、怒りを抑えることは出来なかった。
「あっちでは 普通に名前で」
コハクから異世界の話が出た瞬間頭の中で何かが切れた。
「異世界のことなんて知らん!コハクは今はここに居るんだ!元の世界になんかーー」
元の世界になんか帰さない!ずっと俺のもとに閉じ込めて、絶対に逃がしはしない。
全て叫んでしまう前にルークの声が聞こえた。
「落ち着いてください。このままではシイナ様に嫌われてしまいます!今魔王様が口にしようとした言葉はシイナ様を否定する言葉ですよ」
ーーコハクに嫌われてしまう⁈俺がコハクを否定した⁈
コハクにあいつらと同じ目で見られる、もう笑いかけてもらえなくなる……天使に見捨てられる
「そ、そんな、俺はそんなつもりで言ったのではない……嫌だ、コハクコハク」
嫌わないでくれ、許してくれ、天使に嫌われたら俺は生きていけない。
コハクの顔を見るのが怖い。
俺は祈るようにコハクの両手を包むとコハクは俺の手を嫌がらず、俺の思いを許し受け止め、笑いかけてくれた。
俺にはこの時コハクが慈悲深き救いの女神に見えた。
コハクを離したくない!離れるのが、嫌われるのが怖い…
想像しただけだが、コハクに嫌われる恐怖が消えない。些細なことですぐに不安になる。
俺はこんなに弱かっただろうか、他人に負の感情を向けられるのは日常茶飯事で、今ではなんとも思わなくなっていた。
しかし、コハクのこととなると違う。いつのまにか、コハクは俺の全てになっていた。
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