勇者でも渡り人でもないけど異世界でロリコン魔族に溺愛されてます

サイカ

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初めての反抗

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 夕方になると、執務室へと戻りクシェル様と共にジーク様の帰りを待ち、三人で食堂へと向かう。

 夕食の(あーん)担当はジーク様だ。

「今日から勉強だったんだろ?」
「はい。この世界のこととか色々知れて、先生も気さくな方で楽しかったです」
「そうか、分からないことがあったら俺やクシェルにも遠慮なく聞いてくれていいからな」

 なでなでしてくれるジーク様。
 これは子供扱い故だとは分かってる。でも優しく撫でてくれるジーク様の手が暖かくて、心地良くて思わず頰が緩んでしまう。

「はい。ありがとうございます」

 最初は二人に子供扱いされる事に戸惑いがあったけど、吹っ切れてしまえば嬉しいばかりだ。

 一人っ子とは言え父子家庭ではいつまででも甘えっぱなしというわけにもいかずーーもう高校生だからと強がってはみても、幼い頃からお父さんに必要以上に可愛がられて育ったわたしはやっぱり甘えたなわけで……。

 50代の二人からしたら18なんてまだまだ子供!甘やかされることを喜んでも引かれたりはしないはず。多分。

「そういえばお二人の年齢も聞きました。お二人ともすごく年上だったんですね。わたし、お二人とも20代前半だと思ってました」

 クシェル様の方が年下だと思っていたことは内緒だ。

「あー、言ってなかったな」

 そう言いながら果実水を手渡してくれるジーク様。

「何となく魔族の方は長生きっていうイメージはあったんですが、まさか2、300歳までとは」
「魔力の高い種族はそれだけ寿命も長い傾向にある」

 クシェル様は先程から黙ったままだ。
 この時少し考えれば、この話は触れて欲しくない話題だと気づけたのにわたしはそれに気づかずーー

「それって……クシェル様のお父様は勇者に力を半分にされたって聞いたんですけど」
「親父の、王家の話を聞いたのか!!」
「す、すみません」

 今まで黙りだったクシェル様が声を荒げ、そのあまりの剣幕に、涙がこみ上げ謝罪の声が震える。

「クシェル落ち着け。コハクが怖がっているだろ」
「あ、すまない。怒っているわけじゃないんだ、ちょっと個人的なことで……」

 先ほどの剣幕が嘘のように眉をハの字にしてわたしの手を握るクシェル様。

「いえ、わたしが余計なこと聞いたから」

 残された寿命の話なんて不謹慎だった。ましてや、短くなっているかもしれないのに。

「大丈夫だ、魔力が半分になったからといって身体能力的衰えも見られないし、寿命に影響があるとは考え難い」

 わたしが不安に思っていたことをジーク様は察して、わたしの疑問に答えてくれ、そのことでクシェル様が声を荒げたわけではないと教えてくれた。

 ジーク様曰く、魔力の高い種族の方が寿命も長いのは、元々自分の魔力に耐えられるように体が丈夫にできているからという説が有力らしい。詳しくは分かっていないのだ。

 保有する魔力の増減が寿命に関与することがないなら、なんでクシェル様はあんなに焦ったように声を荒げたんだろ?

 人間には知られたくない王家の秘密とかがあるのかもしれない。
 わたしは話題を変えるため、勇者のことについて尋ねたーー主に特殊能力について。
 相手の力を永久的に半分にするなんてチートにもほどがある!

 この問いにはクシェル様が答えてくれた。

 なんでも王家には勇者に関する情報が記載された書物があり、代々魔王がそれを受け継いでいるとのこと。そこには今までの勇者がどんな人物だったか、その者が持っていた特殊能力は何か等が記載されているらしい。

 今までにあった特殊能力には力を奪うものの他にも一定の時間、時を止める能力や物や相手の情報を鑑定する能力、この世界にないものを創り出す能力などがあったらしい。

 勇者は50年に一度の二つの満月が輝く日に召喚されてくると考えられている。なんでもその日は世界全体の魔力が高まるらしく、召喚に必要な魔力をなんらかの方法で補っているのではないかとのこと。

「ま、50年周期で更に一度に一人というのがせめてもの救いだな」

 どこか他人事なクシェル様。

 確かに、ここまでの特殊能力を持つ人間が頻繁にしかも一斉に攻めて来たらと考えると怖い。
 特に時間を止める能力なんて対策のしようがない。そんな人達から理不尽に命を狙われるなんて……

 そりゃあ、人族や異世界人を嫌いにもなるよ。
 急に現れた異世界人(わたし)を警戒して当然だよ。
 それなのに二人は、わたしの言葉を信じてくれて、ここまで優しくしてくれてーー

 わたしは改めて二人の懐の広さを人の良さを実感した。


 次の日。
 今日も朝から執務室前でジーク様を見送った後に、イダル先生の授業を受けるため執務室の隣の部屋へと入る。

 昨日は執務室で別れたのに、今日はなぜか一緒にクシェル様もわたしに続いて部屋へと入る。

「おはようございますイダル先生」

 クシェル様のことが気にはなったが、わたしはそんなことより『今日は何を教えてくれるのかな』なんて心弾ませ、ついでに挨拶の声までも弾ませていた。

 しかし、イダル先生の様子が変だ。
 下を向いたままわたし達と目を合わせようとせず、その顔は青ざめ、身体を微かに震わせている。

「イダル先生大丈夫ですか?」
「ではコハクの勉強の手伝いを頼んだ」

 体調の悪そうなイダル先生をよそにクシェル様は冷たい声でーーなぜか『勉強の手伝い』を強調する。

「っは、はい魔王様…し、シイナ様もご心配をおかけして申し訳ございません!」
「え⁈せ、先生⁈」

 クシェル様の声に明らかに怯えているイダル先生。
 そして急にわたしを苗字で、しかも様付けで呼び、無理な敬語を使う。

 絶対おかしい!これは、クシェル様が先生に何かしたとしか考えられない。

「コハク、勉強頑張れよ」

 後ろを振り向くといつもと同じ優しい顔のクシェル様がいた。

「……クシェル様、イダル先生に何をしたんですか?」
「こ、コハクなんで怒って…」

 今のわたしにはクシェル様の笑顔に笑いかえすことは出来なかった。

 多分ここに来て初めての反抗だ。

 クシェル様はオロオロと慌てだし、段々顔色が無くなっていく。
 本当に何が悪いのかわからない様子だ。

 再度クシェル様の目を真っ直ぐ見て、あえてゆっくりと問う。

「イダル先生に、何かしましたよね?」

 するとクシェル様はわたしから目をそらし、つぶやくような声で答えた。

「……こ、コハクへの態度を、改めるようにと」
「脅したんですか」

 わたしの言葉にクシェル様だけでなくイダル先生もビクリと体を強張らせる。
 イダル先生のこの怯えようからして相当酷いことをされたのだろう。

「だって、そいつがコハクに馴れ馴れしくするから」

 クシェル様は口を尖らせて拗ねたように答え、脅したことを認めた。

「馴れ馴れしくって……わたしの方が年下で、教えを請う立場なんですから先生がわたしに謙る方がおかしいんです」

 ましてやわたしは魔王様の客人と言っても自分自身はなんの力も権力もない、クシェル様の慈悲のもとここに置いてもらっているに過ぎない。

「ッーーこ、コハクを名前で呼んで良いと許可したのはジークだけだ!なのに何故他の奴がコハクのことを名前で呼んでいる!何故コハクは俺たち以外の奴に名前で呼ばせている!」

 急に声を荒げるクシェル様。
 肩で息をして、眉間の深い皺をそのままにイダル先生だけでなくわたしにも怒りを向ける。

 確かに「俺もコハクと呼んでもいいだろうか」というジーク様に何故かクシェル様が「仕方ない」と許可を出していた。

 あれは冗談や悪ふざけではなく、本気のやつだったの⁈

 名前で呼ぶことに何か特別な意味でもあるのだろうか?だからメイドさんやルークさん達は頑としてわたしのことを苗字でしか呼んでくれなかったのかな?

「……でも、あっちでは普通に名前で」
「異世界の事なんて知らん!コハクは今はここに居るんだ!元の世界になんか「魔王様!!」

 わたしが言い終える前にその先を聞きたくないかのように声を荒げ、更に眉間の皺を深くし激怒するクシェル様。
 そこに急にルークさんが現れそれを慌てて止めに入る。

 ルークさんは激怒しているクシェル様に臆することなく近づき、クシェル様の耳元で何かをつぶやいた。
 するとクシェル様は目を見開きわたしの目を見る。そして再びオロオロと目を泳がせて顔を青ざめていく。

「そ、そんなーー俺はそんなつもりで言ったのではない、嫌だ……コハク、コハク」

 今度は怯えたように震えだし、わたしの両手を包み込んで、何かを祈るような目でわたしを見る。

 状況が全く理解出来ない。
 恐らくルークさんがさっき耳打ちした内容が原因なんだろうけどーー

「クシェル、様?」
「コハク、すまない。コハクの意思は、尊重する。しかし、名前で呼ぶのは……」

 何故クシェル様がこんなに怯えているのかも、名前で呼ぶことにここまで激怒する意味も分からない。
 分からないけど、クシェル様にこんな顔はして欲しくない。

「分かりました。わたしのことをコハクと呼んで良いのはクシェル様とジーク様、お二人だけです」

 わたしはわたしが折れる事でクシェル様が悲しまないで済むならと、クシェル様の訴えを受け入れた。
 クシェル様にはいつも笑っていてほしい。 そんな気持ちを込めて笑いかける。

「っあ、ありがとうコハク!!」
「うっ!」

 クシェル様に強く抱きしめられる。いきなりの事でバランスを崩すが、クシェル様が自分の方へ引き寄せてくれたので倒れずに済んだ。

「でも、イダル先生に敬語を使わせるのはやめて下さい」

 ここは譲れない。
 わたしには年上の人や立場が上の人に無理に敬語を使わせて喜ぶような趣味はない!

「……分かった」


 今日はもうイダル先生も授業ができる状態ではないだろうという事で、授業は明日へ持ち越しとなった。

 というかクシェル様がわたしを離そうとせず…。

 一日クシェル様の膝の上で過ごした。

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