上 下
11 / 15
婚約破棄された伯爵令嬢は、元婚約者の恋を見守りたい

前編

しおりを挟む
「あぁ、キミは今日も可憐で愛らしいね」
 碧眼へきがんを細めて、二十歳の誕生日を迎えたばかりの第一王子ギュリスは陶酔した声音で囁く。しかし、婚約者から甘い言葉を告げられてもセレネアは眉ひとつ動かさなかった。白銀に輝く長い髪を一筋も乱す事なくソファーに腰掛けている。
 何故なら。
「オレをこんなにも夢中にさせるなんて、本当にキミは罪な女性だ・・・・・・リサーナ」
 ギュリスが語りかけていたのは、眼前のセレネアーーではなく、彼が手にしている一枚の絵姿だった。掌に収まる紙には、一人の美しい女性が描かれている。
 ギュリスの二歳年下の異母妹、リサーナ王女の姿が。
「それほどまでに慕っておいでなら、恋人になされば宜しいのでは?」
 感情を乗せない平坦な声でセレネアは言う。その指摘に、ギュリスは怒りで顔を真っ赤にしてセレネアを睨み付けた。
 それは婚約してから今日こんにちに至るまで、数え切れないくらい繰り返されてきた遣り取り。
 ところが今回は違った。
 セレネアの言葉に、ギュリスの口角が吊り上がった。勝ち誇るかの様な笑みが広がる。
 いつもと違う反応に、セレネアの青い瞳に訝しげな色が浮かぶ。
「セレネア、我が父、国王の容態は把握しているな?」
「はい」
 唐突な話題の転換に戸惑いつつ、セレネアは首を縦に振る。
 先年から体調を崩して床に伏せている国王の容態は悪化の一途を辿っていた。最近では体を起こすどころか目を開けている時間すらほとんどないと聞いている。
 病のあつい王は、もう先が長くない。
 医師の診断に合わせて、第一王子であるギュリスの周囲も慌ただしく動き始めた。
 国王は正妃以外にも多くの妃を娶り、愛妾も抱えていた。
 全ては王族の血を繋ぐ為。
 病や事故、兄弟姉妹同士での王位争いを鑑みれば、王の血を引く子供は一人でも多い方が望ましい。それが王族のつね
 だから王位継承権を持つ者はそれなりにいる。しかし男児はギュリスのみで、残るは女児ばかり。
 そうなれば次期国王にギュリスが推されるのは自然な流れ。
 幸いと言うべきか、ギュリスは暗愚あんぐな王子ではなかった。周囲の意見に耳を傾ける器の広さも、決断力もそれなりに備えている。戦のない、平時へいじの王には向いているとセレネアは評価している。
 ただ一つ、家臣達が知らない事実があった。
「オレは即位に合わせて結婚する。相手は、リサーナだ」
 ギュリスの決定を聞いた瞬間、セレネアの心をぎったのは『まさか』という驚きと、『やはり』という諦観ていかんの念だった。
 王位継承者を含め貴族であれば自由な婚姻などほぼ有り得ない。結婚相手は政治や地位などを鑑みて選ばれる。
 そこに恋愛感情など皆無。
 セレネアがギュリスの婚約者に選ばれたのも、ひとえに伯爵令嬢という身分と年齢によるものだ。
 その事に不満はない。貴族の義務と割り切っている。
 だがギュリスは違った様だ。
 彼は王位につけば『現在セレネアの婚約を破棄して愛する者リサーナと結婚しても問題ない』と考えているらしい。家臣達は猛反対するだろうが、王の決定に背くつもりかと押し切る腹づもりなのだろう。
 それならそれで構わない。
「分かりました」
 すんなり承諾したセレネアに、ギュリスは片眉を上げた。呆気あっけに取られたのか、しばし無言のままセレネアを見詰める。
 セレネアが表情を変えずに沈黙しているのを見て、不審さもあらわに念を押した。
「キミとの婚約は、オレの即位と同時に解消する。構わないな?」
「はい」
 『淑女たる者、男性に反論したり取り乱して醜態を晒すなど言語道断』と言い聞かされて育ったセレネアは、それ故に婚約解消を言い渡されても淡々とした態度を崩さない。
 十六歳とは思えぬ落ち着きぶりを見せる彼女を気味悪そうに見遣みやり、ギュリスはソファーから立ち上がった。きびすを返して足早にドアへ向かう。
「話は以上だ」
 そう告げて出て行くギュリスの背に、セレネアは無言のまま頭を下げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子に婚約破棄され塔に幽閉されてしまい、守護神に祈れません。このままでは国が滅んでしまいます。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 リドス公爵家の長女ダイアナは、ラステ王国の守護神に選ばれた聖女だった。 守護神との契約で、穢れない乙女が毎日祈りを行うことになっていた。 だがダイアナの婚約者チャールズ王太子は守護神を蔑ろにして、ダイアナに婚前交渉を迫り平手打ちを喰らった。 それを逆恨みしたチャールズ王太子は、ダイアナの妹で愛人のカミラと謀り、ダイアナが守護神との契約を蔑ろにして、リドス公爵家で入りの庭師と不義密通したと罪を捏造し、何の罪もない庭師を殺害して反論を封じたうえで、ダイアナを塔に幽閉してしまった。

臆病な元令嬢は、前世で自分を処刑した王太子に立ち向かう

絃芭
恋愛
マリー・ヴァイス公爵令嬢は幼いころから両親に高圧的に育てられた影響で、極めて臆病な少女だった。王太子に異国から召喚された聖女を貶めたと無実の罪を着せられても、反論のひとつもあげられなかったほどに。失意と諦めのなかで短い人生に幕を下ろしたマリーだったが、気がついたら日本という国で高校の授業を受けていた。教室には苦手意識があった聖女と同じ黒髪の生徒が溢れていて、思わず飛び出してしまう。 そこで出会ったのは髪を金色に染めた、所謂ヤンキーという存在だった。穏やかな時間を過ごしたのも束の間、前世の王太子の魔の手が静かに忍び寄っていて──。 ※主人公はとても臆病で気弱な性格です。なので王太子のざまぁを期待している方には物足りない作品だと思います。ご了承くださいませ

婚約者が結婚式の一週間前に姿を消したんですが

下菊みこと
恋愛
もしもよくある異世界にネット掲示板的なものがあったら? ざまぁはほんのりです。 アルファポリス様でも投稿しています。

王太子が悪役令嬢ののろけ話ばかりするのでヒロインは困惑した

葉柚
恋愛
とある乙女ゲームの世界に転生してしまった乙女ゲームのヒロイン、アリーチェ。 メインヒーローの王太子を攻略しようとするんだけど………。 なんかこの王太子おかしい。 婚約者である悪役令嬢ののろけ話しかしないんだけど。

侯爵令嬢セリーナ・マクギリウスは冷徹な鬼公爵に溺愛される。 わたくしが古の大聖女の生まれ変わり? そんなの聞いてません!!

友坂 悠
恋愛
「セリーナ・マクギリウス。貴女の魔法省への入省を許可します」 婚約破棄され修道院に入れられかけたあたしがなんとか採用されたのは国家の魔法を一手に司る魔法省。 そこであたしの前に現れたのは冷徹公爵と噂のオルファリド・グラキエスト様でした。 「君はバカか?」 あたしの話を聞いてくれた彼は開口一番そうのたまって。 ってちょっと待って。 いくらなんでもそれは言い過ぎじゃないですか!!? ⭐︎⭐︎⭐︎ 「セリーナ嬢、君のこれまでの悪行、これ以上は見過ごすことはできない!」 貴族院の卒業記念パーティの会場で、茶番は起きました。 あたしの婚約者であったコーネリアス殿下。会場の真ん中をスタスタと進みあたしの前に立つと、彼はそう言い放ったのです。 「レミリア・マーベル男爵令嬢に対する数々の陰湿ないじめ。とても君は国母となるに相応しいとは思えない!」 「私、コーネリアス・ライネックの名においてここに宣言する! セリーナ・マクギリウス侯爵令嬢との婚約を破棄することを!!」 と、声を張り上げたのです。 「殿下! 待ってください! わたくしには何がなんだか。身に覚えがありません!」 周囲を見渡してみると、今まで仲良くしてくれていたはずのお友達たちも、良くしてくれていたコーネリアス殿下のお付きの人たちも、仲が良かった従兄弟のマクリアンまでもが殿下の横に立ち、あたしに非難めいた視線を送ってきているのに気がついて。 「言い逃れなど見苦しい! 証拠があるのだ。そして、ここにいる皆がそう証言をしているのだぞ!」 え? どういうこと? 二人っきりの時に嫌味を言っただの、お茶会の場で彼女のドレスに飲み物をわざとかけただの。 彼女の私物を隠しただの、人を使って階段の踊り場から彼女を突き落とそうとしただの。 とそんな濡れ衣を着せられたあたし。 漂う黒い陰湿な気配。 そんな黒いもやが見え。 ふんわり歩いてきて殿下の横に縋り付くようにくっついて、そしてこちらを見て笑うレミリア。 「私は真実の愛を見つけた。これからはこのレミリア嬢と添い遂げてゆこうと思う」 あたしのことなんかもう忘れたかのようにレミリアに微笑むコーネリアス殿下。 背中にじっとりとつめたいものが走り、尋常でない様子に気分が悪くなったあたし。 ほんと、この先どうなっちゃうの?

国護りの力を持っていましたが、王子は私を嫌っているみたいです

四季
恋愛
南から逃げてきたアネイシアは、『国護りの力』と呼ばれている特殊な力が宿っていると告げられ、丁重にもてなされることとなる。そして、国王が決めた相手である王子ザルベーと婚約したのだが、国王が亡くなってしまって……。

王太子に婚約破棄され奈落に落とされた伯爵令嬢は、実は聖女で聖獣に溺愛され奈落を開拓することになりました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

私は卑しい聖女ですので、お隣の国で奉仕活動いたします

アソビのココロ
恋愛
「いえいえ、私は卑しい聖女ですので当然のことでございます」 『贖罪の民』の女性は生まれながらの罪人だ。彼女らは『聖女』と呼ばれ、回復魔法で奉仕することで罪を贖わなければならなかった。その中でも聖女ヒミコの魔法の力は図抜けていた。ヒミコは隣国で奉仕活動をしようと、街道を西へ向かうのだった。そして死に瀕していた隣国の王子と出会う。

処理中です...