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婚約破棄された伯爵令嬢は、元婚約者の恋を見守りたい
前編
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「あぁ、キミは今日も可憐で愛らしいね」
碧眼を細めて、二十歳の誕生日を迎えたばかりの第一王子ギュリスは陶酔した声音で囁く。しかし、婚約者から甘い言葉を告げられてもセレネアは眉ひとつ動かさなかった。白銀に輝く長い髪を一筋も乱す事なくソファーに腰掛けている。
何故なら。
「オレをこんなにも夢中にさせるなんて、本当にキミは罪な女性だ・・・・・・リサーナ」
ギュリスが語りかけていたのは、眼前のセレネアーーではなく、彼が手にしている一枚の絵姿だった。掌に収まる紙には、一人の美しい女性が描かれている。
ギュリスの二歳年下の異母妹、リサーナ王女の姿が。
「それほどまでに慕っておいでなら、恋人になされば宜しいのでは?」
感情を乗せない平坦な声でセレネアは言う。その指摘に、ギュリスは怒りで顔を真っ赤にしてセレネアを睨み付けた。
それは婚約してから今日に至るまで、数え切れないくらい繰り返されてきた遣り取り。
ところが今回は違った。
セレネアの言葉に、ギュリスの口角が吊り上がった。勝ち誇るかの様な笑みが広がる。
いつもと違う反応に、セレネアの青い瞳に訝しげな色が浮かぶ。
「セレネア、我が父、国王の容態は把握しているな?」
「はい」
唐突な話題の転換に戸惑いつつ、セレネアは首を縦に振る。
先年から体調を崩して床に伏せている国王の容態は悪化の一途を辿っていた。最近では体を起こすどころか目を開けている時間すらほとんどないと聞いている。
病の篤い王は、もう先が長くない。
医師の診断に合わせて、第一王子であるギュリスの周囲も慌ただしく動き始めた。
国王は正妃以外にも多くの妃を娶り、愛妾も抱えていた。
全ては王族の血を繋ぐ為。
病や事故、兄弟姉妹同士での王位争いを鑑みれば、王の血を引く子供は一人でも多い方が望ましい。それが王族の常。
だから王位継承権を持つ者はそれなりにいる。しかし男児はギュリスのみで、残るは女児ばかり。
そうなれば次期国王にギュリスが推されるのは自然な流れ。
幸いと言うべきか、ギュリスは暗愚な王子ではなかった。周囲の意見に耳を傾ける器の広さも、決断力もそれなりに備えている。戦のない、平時の王には向いているとセレネアは評価している。
ただ一つ、家臣達が知らない事実があった。
「オレは即位に合わせて結婚する。相手は、リサーナだ」
ギュリスの決定を聞いた瞬間、セレネアの心を過ぎったのは『まさか』という驚きと、『やはり』という諦観の念だった。
王位継承者を含め貴族であれば自由な婚姻などほぼ有り得ない。結婚相手は政治や地位などを鑑みて選ばれる。
そこに恋愛感情など皆無。
セレネアがギュリスの婚約者に選ばれたのも、ひとえに伯爵令嬢という身分と年齢によるものだ。
その事に不満はない。貴族の義務と割り切っている。
だがギュリスは違った様だ。
彼は王位につけば『現在の婚約を破棄して愛する者と結婚しても問題ない』と考えているらしい。家臣達は猛反対するだろうが、王の決定に背くつもりかと押し切る腹づもりなのだろう。
それならそれで構わない。
「分かりました」
すんなり承諾したセレネアに、ギュリスは片眉を上げた。呆気に取られたのか、しばし無言のままセレネアを見詰める。
セレネアが表情を変えずに沈黙しているのを見て、不審さも露わに念を押した。
「キミとの婚約は、オレの即位と同時に解消する。構わないな?」
「はい」
『淑女たる者、男性に反論したり取り乱して醜態を晒すなど言語道断』と言い聞かされて育ったセレネアは、それ故に婚約解消を言い渡されても淡々とした態度を崩さない。
十六歳とは思えぬ落ち着きぶりを見せる彼女を気味悪そうに見遣り、ギュリスはソファーから立ち上がった。踵を返して足早にドアへ向かう。
「話は以上だ」
そう告げて出て行くギュリスの背に、セレネアは無言のまま頭を下げた。
碧眼を細めて、二十歳の誕生日を迎えたばかりの第一王子ギュリスは陶酔した声音で囁く。しかし、婚約者から甘い言葉を告げられてもセレネアは眉ひとつ動かさなかった。白銀に輝く長い髪を一筋も乱す事なくソファーに腰掛けている。
何故なら。
「オレをこんなにも夢中にさせるなんて、本当にキミは罪な女性だ・・・・・・リサーナ」
ギュリスが語りかけていたのは、眼前のセレネアーーではなく、彼が手にしている一枚の絵姿だった。掌に収まる紙には、一人の美しい女性が描かれている。
ギュリスの二歳年下の異母妹、リサーナ王女の姿が。
「それほどまでに慕っておいでなら、恋人になされば宜しいのでは?」
感情を乗せない平坦な声でセレネアは言う。その指摘に、ギュリスは怒りで顔を真っ赤にしてセレネアを睨み付けた。
それは婚約してから今日に至るまで、数え切れないくらい繰り返されてきた遣り取り。
ところが今回は違った。
セレネアの言葉に、ギュリスの口角が吊り上がった。勝ち誇るかの様な笑みが広がる。
いつもと違う反応に、セレネアの青い瞳に訝しげな色が浮かぶ。
「セレネア、我が父、国王の容態は把握しているな?」
「はい」
唐突な話題の転換に戸惑いつつ、セレネアは首を縦に振る。
先年から体調を崩して床に伏せている国王の容態は悪化の一途を辿っていた。最近では体を起こすどころか目を開けている時間すらほとんどないと聞いている。
病の篤い王は、もう先が長くない。
医師の診断に合わせて、第一王子であるギュリスの周囲も慌ただしく動き始めた。
国王は正妃以外にも多くの妃を娶り、愛妾も抱えていた。
全ては王族の血を繋ぐ為。
病や事故、兄弟姉妹同士での王位争いを鑑みれば、王の血を引く子供は一人でも多い方が望ましい。それが王族の常。
だから王位継承権を持つ者はそれなりにいる。しかし男児はギュリスのみで、残るは女児ばかり。
そうなれば次期国王にギュリスが推されるのは自然な流れ。
幸いと言うべきか、ギュリスは暗愚な王子ではなかった。周囲の意見に耳を傾ける器の広さも、決断力もそれなりに備えている。戦のない、平時の王には向いているとセレネアは評価している。
ただ一つ、家臣達が知らない事実があった。
「オレは即位に合わせて結婚する。相手は、リサーナだ」
ギュリスの決定を聞いた瞬間、セレネアの心を過ぎったのは『まさか』という驚きと、『やはり』という諦観の念だった。
王位継承者を含め貴族であれば自由な婚姻などほぼ有り得ない。結婚相手は政治や地位などを鑑みて選ばれる。
そこに恋愛感情など皆無。
セレネアがギュリスの婚約者に選ばれたのも、ひとえに伯爵令嬢という身分と年齢によるものだ。
その事に不満はない。貴族の義務と割り切っている。
だがギュリスは違った様だ。
彼は王位につけば『現在の婚約を破棄して愛する者と結婚しても問題ない』と考えているらしい。家臣達は猛反対するだろうが、王の決定に背くつもりかと押し切る腹づもりなのだろう。
それならそれで構わない。
「分かりました」
すんなり承諾したセレネアに、ギュリスは片眉を上げた。呆気に取られたのか、しばし無言のままセレネアを見詰める。
セレネアが表情を変えずに沈黙しているのを見て、不審さも露わに念を押した。
「キミとの婚約は、オレの即位と同時に解消する。構わないな?」
「はい」
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