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宿泊
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私の半生で保育園での記憶は圧倒的に少ない。
少ない中でも刻まれた記憶に「お泊り保育」がある。言葉通りの意味ではあるが、私にしてみたら初めて他所に宿泊した経験となる。
保育園児である私の性格は、カピバラのごとく大人しいものだったと感じている。
通常保育のように、登園しプログラムをこなし降園という単調な時間とは違い、他人と生活のすべてを共有しなければならない。
お泊り保育の前夜はひどく不安であった。
しかしその瞬間などすぐに訪れる。
当日は保育園に行きたくはない・・・などと母親を困らせた。
それでも幼少の私に拒否権があるわけもなく、あっけなく連行された。
不安を抱え登園すると、意外な光景が広がっている。
私以外のほとんどの園児は、いつも以上にはしゃいでいるのだ。
詰まる所、お泊り保育を楽しみにしている光景だったのだろう。
私のテンションはいつも以上に低いわけだが、それでもプログラムは進行し、不安な時間などあっという間に過ぎ去ってしまう。
昼になり、夕方になり、そして夜が来る、そこまではまだ良い。
私の不安は他人と一緒に眠ることができるか否かだった。
お昼寝用のお布団にみんなで横たえるのだが、気が付いた時には朝である。
朝までの物語など一つもなく、不安は取り除かれていた。
私はその朝、大人になったような、自立心が芽生えたかのような、そのような感覚になり少しだけだが自信を持てた瞬間であった。
保育園での私の記憶は残り4つしかない。
大人しい性格だった私には天敵ともいえる女児がいた。
女児は相手に気に食わない事象が発生すると、顔を引っ搔くという大技を持っていたのだが、その技は数多く私に向けられた。
一人で遊んでいることが多かったのだが、おもちゃで遊んでいると女児に取り上げられ、滑り台で遊ぼうと思えば突き飛ばされ、そのたびに抵抗を試みるのだが、ことごとく引掻かれ泣いていたものである。
また私はよく「おねしょ」をしていた。
小学生になっても夜寝ているとたまにだが「おねしょ」をしてしまう。
保育園で替えのパンツに着替えるのは恥ずかしかった。
私の幼少期は白いブリーフパンツが当たり前で紙オムツではない。
当時は昭和50年代初期、紙オムツなどという商品は一般に普及していなかったようだ。
令和時代では紙オムツなど普及品であるが、当時は高価な代物で、急激に消費量が増えたのは昭和60年初期と言われている。
大正生まれ、昭和初期生まれの人の中には「紙オムツを利用するなど親失格」「パンツは洗ってあげることが愛情」のような言葉を浴びせる人を、私が成長していく中で耳にすることもあった。
記憶の残っている範囲の限定ではあるが、保育園で母親に唯一「嬉しい」と感じたイベントがあるのだが、それが運動会だ。
運動会に母親が来てくれたのである。
競技の順番が私に来ると、母親の座っている位置を確認し張り切ってみせたものだ。
今思えば、幼少期である私でも親を喜ばせたい気持ちが、すでに芽生えていたのだろうと思う。
保育園の最後の記憶になるが、余ったリンゴは誰の物、である。
ある日、昼食の最後にリンゴが一つだけ余っていた。きっと登園できない園児がいたのだろう。
先生は「みんな目を閉じて」と声をかけ、そして先生は「この中から一番かわいい子にリンゴをあげます」というではないか。
私は根拠もなく「自分がもらえる」という自信があった。
その自信は現実となる。
リンゴをもらえた私は誇らしかった。
今の私ならなぜリンゴをもらえる自信があったのかを想像ではあるが説明はできる。
母親のお迎えが毎日遅く、最後まで居残り保育園児だった私は誰よりも先生と共に過ごす時間が長かったからであろう。
そのことで私に対する先生の接し方が、他の園児と多少の違いがあったことを潜在的に感じていたことで、「可愛がられている」と思っていたと想像できる。
だからこそ「リンゴをもらえる」と自信があったように思う。
今考えると、その自信には「計算」というあざとさを感じている。
これで保育園でのエピソードは最後である。
少ない中でも刻まれた記憶に「お泊り保育」がある。言葉通りの意味ではあるが、私にしてみたら初めて他所に宿泊した経験となる。
保育園児である私の性格は、カピバラのごとく大人しいものだったと感じている。
通常保育のように、登園しプログラムをこなし降園という単調な時間とは違い、他人と生活のすべてを共有しなければならない。
お泊り保育の前夜はひどく不安であった。
しかしその瞬間などすぐに訪れる。
当日は保育園に行きたくはない・・・などと母親を困らせた。
それでも幼少の私に拒否権があるわけもなく、あっけなく連行された。
不安を抱え登園すると、意外な光景が広がっている。
私以外のほとんどの園児は、いつも以上にはしゃいでいるのだ。
詰まる所、お泊り保育を楽しみにしている光景だったのだろう。
私のテンションはいつも以上に低いわけだが、それでもプログラムは進行し、不安な時間などあっという間に過ぎ去ってしまう。
昼になり、夕方になり、そして夜が来る、そこまではまだ良い。
私の不安は他人と一緒に眠ることができるか否かだった。
お昼寝用のお布団にみんなで横たえるのだが、気が付いた時には朝である。
朝までの物語など一つもなく、不安は取り除かれていた。
私はその朝、大人になったような、自立心が芽生えたかのような、そのような感覚になり少しだけだが自信を持てた瞬間であった。
保育園での私の記憶は残り4つしかない。
大人しい性格だった私には天敵ともいえる女児がいた。
女児は相手に気に食わない事象が発生すると、顔を引っ搔くという大技を持っていたのだが、その技は数多く私に向けられた。
一人で遊んでいることが多かったのだが、おもちゃで遊んでいると女児に取り上げられ、滑り台で遊ぼうと思えば突き飛ばされ、そのたびに抵抗を試みるのだが、ことごとく引掻かれ泣いていたものである。
また私はよく「おねしょ」をしていた。
小学生になっても夜寝ているとたまにだが「おねしょ」をしてしまう。
保育園で替えのパンツに着替えるのは恥ずかしかった。
私の幼少期は白いブリーフパンツが当たり前で紙オムツではない。
当時は昭和50年代初期、紙オムツなどという商品は一般に普及していなかったようだ。
令和時代では紙オムツなど普及品であるが、当時は高価な代物で、急激に消費量が増えたのは昭和60年初期と言われている。
大正生まれ、昭和初期生まれの人の中には「紙オムツを利用するなど親失格」「パンツは洗ってあげることが愛情」のような言葉を浴びせる人を、私が成長していく中で耳にすることもあった。
記憶の残っている範囲の限定ではあるが、保育園で母親に唯一「嬉しい」と感じたイベントがあるのだが、それが運動会だ。
運動会に母親が来てくれたのである。
競技の順番が私に来ると、母親の座っている位置を確認し張り切ってみせたものだ。
今思えば、幼少期である私でも親を喜ばせたい気持ちが、すでに芽生えていたのだろうと思う。
保育園の最後の記憶になるが、余ったリンゴは誰の物、である。
ある日、昼食の最後にリンゴが一つだけ余っていた。きっと登園できない園児がいたのだろう。
先生は「みんな目を閉じて」と声をかけ、そして先生は「この中から一番かわいい子にリンゴをあげます」というではないか。
私は根拠もなく「自分がもらえる」という自信があった。
その自信は現実となる。
リンゴをもらえた私は誇らしかった。
今の私ならなぜリンゴをもらえる自信があったのかを想像ではあるが説明はできる。
母親のお迎えが毎日遅く、最後まで居残り保育園児だった私は誰よりも先生と共に過ごす時間が長かったからであろう。
そのことで私に対する先生の接し方が、他の園児と多少の違いがあったことを潜在的に感じていたことで、「可愛がられている」と思っていたと想像できる。
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今考えると、その自信には「計算」というあざとさを感じている。
これで保育園でのエピソードは最後である。
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