不幸と幸福の反覆

三毛猫マン

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転居

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今となっては、引っ越しなどという大げさな表現ではない。



大人の足なら3分もかからない距離の家に場所を移しただけである。

景色が変わるわけではなく、近所の人も変わるわけでもない。



それでも幼い頃の私には全てが新鮮な経験になるのだ。



長屋の隣人や大家であろうおばあさんも「大きいおうちになって良かったね」と喜んでいたことを鮮明に思い出すことができる。



そのことが私の記憶レポートに太字で記入されたのだろう。



相変わらず家は古く、家を「ツタ」が覆っている木造むき出しの外観であった。

平屋ではあったが前の借家の3倍は広くなったのである。



外にではあるが風呂と小屋、汲み取り式ではあっても家族専用のトイレも装備されていて、幼少の私は嬉しかったように記憶している。



当時の両親は共働きであった。

父親は高校を中退し、東京の青山に寿司職人の修行にいったようだが、地元に戻り居酒屋の寿司部門で職人として働いていた。



家に手紙だけを残し、家出同然で上京したと祖母から聞いたことがあるのだが、今考えると、その行動力は尊敬に値する。



母親とは東京で出会い結ばれた。



次の記憶だが、保育園と親父と母親。



母親は事務の仕事をしていたのだが、保育園のお迎えはいつも最後であった。

小さな私でも歩いて園に通える距離ではあったのだが、もちろん一人で帰宅させることなど保育園には出来ない。



毎日遅くまで居残り、あまりにも迎えが遅いと園の先生が自宅まで送ってくれたことは枚挙にいとまがない。



当時2つ上の姉が小学校に入学した頃だろう。

さすがに姉であっても「小さな子供」である。

仮に姉がお迎えに来たとしても、保育園は帰宅の許可はできまい。



父親の仕事の関係で帰りは朝方になる、母親は迎えに来ない。

後に知ることになるのだが母親は、おそらく事務を一人でやっていたと推測できる。



ある日のこと、私は保育園時代に高熱を出したことがあるのだが、後にも先にも一度だけ母親の職場に連れていかれたことがある。



高熱を出すと無論、保育園にいくことはできない。

苦肉の策だったのだろう、熱のある私を職場に連れていき面倒を見ることにしたようだ。



2階建て建物の2階の薄暗い一室に、机が1つ、ソファーとテーブルがあった。

私はソファに横にされ、毛布を掛けられ一日が過ぎるのを待つことになる。



それでも熱のせいか睡眠をとり目が覚めてを交互に繰り返していくと、熱は下がり

一日は短いものである。



その時に、母親が一人きりで仕事をしていたのを目撃した瞬間であった。

今思えば、その場所は事務専用の部屋であったのだろう。



仕事には大抵タイムリミットがあるからこそ、保育園の迎えが遅くなる現象が発生してくるのだ。



大人になった今なら理解は出来ることではあるのだが、保育園児には「先生への気まずさと同時に母親への寂しさ」のような気持ちがあったように感じている。



それでも家は広くなり、姉と相部屋ではあるのだが個室もできた。

2段ベッドではあったが家族が窮屈に眠る必要もない。



そんな小さな事が幸せと思える時間であった。
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