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#6 中世 イズナ編
#6.1 魔法入門 (1/2)
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中世ヨーパッパ風の街並み。その中央公園といったところだろうか。真ん中に大きな噴水があって、端の方に所々ベンチがある。行きゆく人々の、ここだけは急がず、ゆっくりと歩いている感じがする。
晴れ渡る青い空の下、俺は本を片手に、優雅にベンチで寛いでいる。人生、一時の贅沢。読書という至福の時間を堪能するのであった。
「重い!」
思わず口に出してしまうほど、初期装備である本が、厚く、重い。せっかく本を持っているのに、表紙に書いてある文字が、読めない。
「(”魔法入門”と書いてありますね)」
そんな困ったちゃんの俺に、イオナが助けてくれた。
そうそう、そのために来たんだ。魔法の一つや二つ、できて当たり前の世界。なんてたって、ここは”魔法入門の街”。俺のように特殊能力が無くても、その志と修練を積めば、誰にでも魔法使いへの道が開ける街。
そんな夢と欲望が人々を惹きつけてやまない、まさに、魔法のような街。国を挙げて魔法使いを養成しているようなもんだ。だから、道行く人は誰もが魔法を使いこなしているのだろう。
足早に歩くあのお姉さんも、ウインク一つで痴漢の手を捻あげ、あの、今にも転びそうな子供も『おっとっと』と言いながら、魔法で転ばないように……転んでしまったが、魔法は、ごく普通に認識されているはず。そんな世界に、俺はいるんだ。
分厚い魔法書を膝の上に乗せ、ページをめくってみる。小さな文字でびっしり書き込まれていて、図のようなものは殆どない。この本を読み進めれば、俺も、立派な魔法使いになれる、はず。しかしその前に、本が厚すぎる。心が折れそうだ。
試しに、適当に読んでみる。……はい、文字が読めません。
「ここ、なんて書いてあるのかな」
「(’火の魔法’と書いてありますよ)」
「ちょっと読んでくれると助かるんだけど」
「(いいですよ。
”火の魔法”
空気中の水素を取り出し、酸素と混合、少々の熱を加え、水素爆発を誘発。これ、すなわち火の魔法なり。火の用心と書いてあります)」
「なるほど。それで?」
「(酸素の消費が激しので、一時的に周囲が酸欠状態となり、死ぬこともある。火の用心と書いてあります)」
「うんうん。それで?」
「(水素爆発した場合、その魔法を行使した者、つまり、お前は既に爆死している。火の用心と書いてあります)」
「はあ? それで?」
「(死者に言葉は通じぬ。達者で暮らせ。火の用心と書いてあります)」
「ええ!? それで終わり?」
「(まだ続いています。空気中から水素を取り出す方法は10023頁を参照。魔法一筋と書いてあります)」
「ふーん。で、10023頁は?」
「(ユウキ。この本は9999頁で終わっていますよ)」
「不良品?」
「(いいえ。そうでもないようですよ。
後書きに、こう書いてあります。
ここまで読み進めた者は、この先の頁が心の中に浮かんでくることだろう。もし、そうでないとするならば、最初から読んでいない証拠。人生に近道など存在しない。魔法一筋。人生を捧げよ。行間を読め。これは、決して面倒で手抜きをしたわけではないし、締め切りに間に合わなかった訳でもない。全ては読者のため、魔法を志す者のためだ。
では、存在したくても存在出来なかった心の頁で会おう、我が弟子たちよ。達者で暮らせ。と書いてあります)」
「著者に根性と気力が無かったってことね」
◇◇
分厚い魔法書を枕にして寝たい気分のところ、俺の前に立ち塞がる、怪しい影。見ると、大きな三角帽子と黒いマントを羽織った、いかにも”私は魔法使い”ですと言わんばかりの格好をしている。
「そこの方。あなたの持っているその本は、もしかして魔法の本ではないですか?」
「そうですが」
「ちょっと、見せてはくれませんか?
あっ、僕は決して怪しいものではないです。本に大変興味があるんです」
俺に興味があったら、どうしたらいいんだろう。
「ちょっとだけよ」
気のいい俺は、断ることを知らない。
魔法使いは本を手にした瞬間、吠えた。
「ウオーーー、これはーーー。
魔法の原点であり、全ての者を魔法の世界に導くと言われた、秘宝中の秘宝。その存在が疑問視されるほど、幻とされた、最高にして最高級。これ一冊あれば世界を征服することも可能と噂されること数百年。
おお! 何とういことだ。これが我が手にあるとは。これは運命、これは宿命。僕はこれに導かれたに違いない。
……
そこの方。是非この本を僕に譲ってはくれないか」
「ダメ」
そこまで言われて手放すバカはいないだろう。
「もちろん、お金は払う。どうだろうか?」
「いくら出す?」
「これでは、どうだ。僕の全財産だ。持ってけ泥棒」
「悪い。それが、どのくらいの価値なのか分からないんだが。それがあれば、何が出来る?」
「そうですね。そういえば、最近流行りの”コーヒー”が一杯飲めます」
「おととい来てくれ」
「”おととい”とは?」
「昨日の昨日だ」
「そんな無茶な。僕はまだ時間魔法が使えないのです」
「じゃあ、使えるようになってからだね」
「そうですか。残念です」
そうして、怪しい魔法使いは去っていったのであった。
いきなり本を売ってくれとは驚いた。さすがは”魔法入門の街”だ。それにしても。それなりの格好をしているくせに入門書が欲しいとは。きっと形から入る奴だな。
「(ユウキには珍しく、あの女の子には冷たかったですね)」
「女の子? ”僕”って言ってたよ」
「(後ろ姿を見ませんでしたか? 帽子から長い髪が出ていましたよ。
それに、声からして女性でした)」
何という勿体無いことを。でも、すごい価値がありそうな本を、コーヒー 一杯とは交換出来ないな。
◇◇
晴れ渡る青い空の下、俺は本を片手に、優雅にベンチで寛いでいる。人生、一時の贅沢。読書という至福の時間を堪能するのであった。
「重い!」
思わず口に出してしまうほど、初期装備である本が、厚く、重い。せっかく本を持っているのに、表紙に書いてある文字が、読めない。
「(”魔法入門”と書いてありますね)」
そんな困ったちゃんの俺に、イオナが助けてくれた。
そうそう、そのために来たんだ。魔法の一つや二つ、できて当たり前の世界。なんてたって、ここは”魔法入門の街”。俺のように特殊能力が無くても、その志と修練を積めば、誰にでも魔法使いへの道が開ける街。
そんな夢と欲望が人々を惹きつけてやまない、まさに、魔法のような街。国を挙げて魔法使いを養成しているようなもんだ。だから、道行く人は誰もが魔法を使いこなしているのだろう。
足早に歩くあのお姉さんも、ウインク一つで痴漢の手を捻あげ、あの、今にも転びそうな子供も『おっとっと』と言いながら、魔法で転ばないように……転んでしまったが、魔法は、ごく普通に認識されているはず。そんな世界に、俺はいるんだ。
分厚い魔法書を膝の上に乗せ、ページをめくってみる。小さな文字でびっしり書き込まれていて、図のようなものは殆どない。この本を読み進めれば、俺も、立派な魔法使いになれる、はず。しかしその前に、本が厚すぎる。心が折れそうだ。
試しに、適当に読んでみる。……はい、文字が読めません。
「ここ、なんて書いてあるのかな」
「(’火の魔法’と書いてありますよ)」
「ちょっと読んでくれると助かるんだけど」
「(いいですよ。
”火の魔法”
空気中の水素を取り出し、酸素と混合、少々の熱を加え、水素爆発を誘発。これ、すなわち火の魔法なり。火の用心と書いてあります)」
「なるほど。それで?」
「(酸素の消費が激しので、一時的に周囲が酸欠状態となり、死ぬこともある。火の用心と書いてあります)」
「うんうん。それで?」
「(水素爆発した場合、その魔法を行使した者、つまり、お前は既に爆死している。火の用心と書いてあります)」
「はあ? それで?」
「(死者に言葉は通じぬ。達者で暮らせ。火の用心と書いてあります)」
「ええ!? それで終わり?」
「(まだ続いています。空気中から水素を取り出す方法は10023頁を参照。魔法一筋と書いてあります)」
「ふーん。で、10023頁は?」
「(ユウキ。この本は9999頁で終わっていますよ)」
「不良品?」
「(いいえ。そうでもないようですよ。
後書きに、こう書いてあります。
ここまで読み進めた者は、この先の頁が心の中に浮かんでくることだろう。もし、そうでないとするならば、最初から読んでいない証拠。人生に近道など存在しない。魔法一筋。人生を捧げよ。行間を読め。これは、決して面倒で手抜きをしたわけではないし、締め切りに間に合わなかった訳でもない。全ては読者のため、魔法を志す者のためだ。
では、存在したくても存在出来なかった心の頁で会おう、我が弟子たちよ。達者で暮らせ。と書いてあります)」
「著者に根性と気力が無かったってことね」
◇◇
分厚い魔法書を枕にして寝たい気分のところ、俺の前に立ち塞がる、怪しい影。見ると、大きな三角帽子と黒いマントを羽織った、いかにも”私は魔法使い”ですと言わんばかりの格好をしている。
「そこの方。あなたの持っているその本は、もしかして魔法の本ではないですか?」
「そうですが」
「ちょっと、見せてはくれませんか?
あっ、僕は決して怪しいものではないです。本に大変興味があるんです」
俺に興味があったら、どうしたらいいんだろう。
「ちょっとだけよ」
気のいい俺は、断ることを知らない。
魔法使いは本を手にした瞬間、吠えた。
「ウオーーー、これはーーー。
魔法の原点であり、全ての者を魔法の世界に導くと言われた、秘宝中の秘宝。その存在が疑問視されるほど、幻とされた、最高にして最高級。これ一冊あれば世界を征服することも可能と噂されること数百年。
おお! 何とういことだ。これが我が手にあるとは。これは運命、これは宿命。僕はこれに導かれたに違いない。
……
そこの方。是非この本を僕に譲ってはくれないか」
「ダメ」
そこまで言われて手放すバカはいないだろう。
「もちろん、お金は払う。どうだろうか?」
「いくら出す?」
「これでは、どうだ。僕の全財産だ。持ってけ泥棒」
「悪い。それが、どのくらいの価値なのか分からないんだが。それがあれば、何が出来る?」
「そうですね。そういえば、最近流行りの”コーヒー”が一杯飲めます」
「おととい来てくれ」
「”おととい”とは?」
「昨日の昨日だ」
「そんな無茶な。僕はまだ時間魔法が使えないのです」
「じゃあ、使えるようになってからだね」
「そうですか。残念です」
そうして、怪しい魔法使いは去っていったのであった。
いきなり本を売ってくれとは驚いた。さすがは”魔法入門の街”だ。それにしても。それなりの格好をしているくせに入門書が欲しいとは。きっと形から入る奴だな。
「(ユウキには珍しく、あの女の子には冷たかったですね)」
「女の子? ”僕”って言ってたよ」
「(後ろ姿を見ませんでしたか? 帽子から長い髪が出ていましたよ。
それに、声からして女性でした)」
何という勿体無いことを。でも、すごい価値がありそうな本を、コーヒー 一杯とは交換出来ないな。
◇◇
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