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#1 中世 イリア編
#1.5 勇者ケンジ様〜お持ち帰り券を使ってみた (2/2)
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とうとう、待ちに待った、その日がやって来た。俺の借金は綺麗さっぱりと無くなり。旅行のパスポートも、渋るイリアから取り返した。俺は自由になった。めでたしだ。
そんな俺にとって特別な日であるのに、よりによって、あのケンジとお姫様の婚約発表で、街中が湧き上がっている。どこまでも意地の悪い奴だ。
ちょうど、ここに来て一ヶ月。この世界の滞在期限になった。今日を逃すと、あと11か月、ここにいる羽目になる。危ないところだった。苦しくもあり、苦くもあり、辛いかった。思い返せば、いいことなんか、これっぽちも無かった気がする。これも、あれも、この世界にケンジがいなければ…いなくても俺じゃ無理だったか。フルオプションには到底、手が届かない。一晩で使う金額じゃないな。どっかのボンボンか。羨ましい。
「おやっさん、お世話になりました」
「おう、また来いよ」
「やなこった」
イリアが空を見上げている。きっと俺との別れに、涙を隠しているんだな。
「あの星に帰るのね」
「はあ? ……そ、そうだったよ」
「じゃあ、元気でね。バイバイ」
おやっさんが気の利いたことを言ってくれた。
「イリア、そう冷たくしないで、ユウキを見送ってやれよ。すぐ近くなんだろう? それなら、大したことないだろう。今まで一緒に暮らした仲だ。な」
イリアは相変わらず上を向いたままだった。
「えー、行くのー。もう、しょうがないわね」
そんなに面倒なのか? 俺の思ってたのと、違う。
◇
俺はイリアを連れて旅行社に入った。
「ここのお店、初めて入ったわ。何のお店?」
「ここで、星に帰れるんだよ。そういう店さ」
どんな店だよ。
それもしても、割とおやっさんの所と近いというのに、この辺をよく知らないとは、さては他所もんだな、って訳ないか。
「手続きしてくるから、ちょっと待ってて」
「早くしてよね。遅かったら私、帰るからね」
「はいはい」
「いらっしゃいませ。ようこそ”ツアーレ”へ。
ユウキ様、本日のご用命は何でしょうか?」
「別の世界に行きたいんですかが」
「はい、かしこまりました。では、パスポートを拝見してもよろしいですか」
「はい」
「確認できました。それでは、ご希望の行き先等はございますか?」
「人の少ない所。その、つまり主人公的な人がいない所はありますか?」
「そうですね。ここはどうでしょう、”原始時代 竜の里”はいかがでしょうか?」
「ずいぶん、古そうですね」
「そうですね。あまり人気がありませんので、旅行先に選ばれる方は少ないですね」
「そこなら、主人公になれますか?」
「簡単なようですよ。時代が時代だけに、行かれただけで主人公になった方も、いらっしゃいますね。えーと、これですね、前回は”ただの通りすがり”で主人公になられています」
「それはいいや。じゃあ、そこでお願いします」
「ユウキ様は”お持ち帰り券”をお持ちですので、次の異世界にアイテムを引き継ぐことができます。お持ち帰りしたいアイテムはございますか?」
「いやー、そうですねー、別にこれといって無いので結構です」
受付のお姉さんは耳を貸せと俺に手招きして合図を送ってきた。
そして嬉しそうに囁いた。
「彼女さんは、よろしいんですか?」
「彼女? 彼女はアイテムじゃないですよ、ね?」
「彼女さんをアイテム登録すれば、”お持ち帰り”できますよ」
どうりで、ウキウキ声で話すと思った。
「いやー、そうだとしても、一緒に来るとは、思えないですよ」
「そうですか、分かりました。一応、説明しておきますが、人をアイテム登録する場合は、必ず本人の承諾が必要になります。それを私どもが確認した時点でアイテム登録となります。試しに。彼女さんにお聞きになってはいかがですか?」
「無理、無理、絶対無理ですよ。イリアが承諾する訳ないじゃないですか」
「ご利用はお客様のご自由ですよ。……ではこれで手続きは終了です」
何でそんなに進めてくるんだろう? あのイリアが、……考えられない。
「では、ご準備が出来ましたら奥へお進みください」
俺は振り返ってイリアを見た。普段通りのイリアだ。
「イリア」
「うん?」
これで最後だ。お礼を言っておこう。
「今まで、お世話になりました。ありがとう」
「どういたしまして」
「…それじゃ、行くから」
「うん」
返事が短すぎてあっけない。勇気を出せ! ユウキ!
「あの、イリア」
「うん?」
「あの、もし良かったら、なんだけど。一緒に…」
「え? 何? まあ、元気でね、ユウキ」
「あ、ああ。イリアも元気で。それじゃ」
「バイバイ、ユウキ」
言っても言わなくても結果は同じだ。今まで上手くいった試しがない。次の異世界に期待しよう。
俺は部屋の奥に進み、また地下鉄のホームのような所に来た。そこには最初と違って、1台だけコースターが止まっていた。それに乗り込み、安全バーをセットする。この安全バーに何の意味があるんだろうと思う。どうせ後で解除されるっていうのに。でも、今度は違うかもしれない。
スタッフが俺を確認すると、コースターはゆっくり動き始めた。薄暗い中、そのうち速度が上がるか、登って行くんだろうと待ち構えていたが、平坦のまま、ゆっくりと走っている。まあ、ここは規模が小さそうだからなと思ってたら、ゴツンと衝撃があった。どうやら後ろに1台、コースターを連結したようだ。安全バーをしてて良かった。それにしても走りながら連結するとは、ここの安心・安全はどうなっているんだ?
コースターを連結した途端に速度が上がり始めた。後ろの騒ぐ声がうるさい。轟音で何を言っているか分からないが。どうせ遅れてきた奴だろう。遅刻して騒ぐとはマナーがなってないな。
「ユウキ!」
誰だよ、俺の名前を呼ぶ奴は。
「イリア!」
振り向くと後ろの車両にイリアが乗っていた。何で?
「来ちゃった!」
「どうやって?」
俺達は大声で怒鳴りあった。そうしないと聞こえないからだ。
「アイテムがね……なったのよ!」
「何だって?」
ガタガタと震えていたコースターが静かになった。そして前回同様、俺は何もない空間に放り出され宙を舞った。
前と違うのは少し周りが明るいことと、そして俺は一人ではなくイリアと一緒なことだ。
「おやっさんは、いいのかい?」
「ミヨさんがいるから、大丈夫よ」
「どうして、行く気になった?」
「私がいないと、ダメでしょう?」
「何が?」
「私はユウキの、ご主人様なんだからね」
俺達は手を取り合って、まるでスカイダイビングをしているように落ちていった。イリアの長い髪が舞い上がり。ひどい顔をしている。きっと俺もだ。
「ユウキ!」
「何?」
「この手を離したら、しょうちしないんだから」
「離さないよ、多分!」
そうして俺達は、次の異世界に、舞い降りた。
そんな俺にとって特別な日であるのに、よりによって、あのケンジとお姫様の婚約発表で、街中が湧き上がっている。どこまでも意地の悪い奴だ。
ちょうど、ここに来て一ヶ月。この世界の滞在期限になった。今日を逃すと、あと11か月、ここにいる羽目になる。危ないところだった。苦しくもあり、苦くもあり、辛いかった。思い返せば、いいことなんか、これっぽちも無かった気がする。これも、あれも、この世界にケンジがいなければ…いなくても俺じゃ無理だったか。フルオプションには到底、手が届かない。一晩で使う金額じゃないな。どっかのボンボンか。羨ましい。
「おやっさん、お世話になりました」
「おう、また来いよ」
「やなこった」
イリアが空を見上げている。きっと俺との別れに、涙を隠しているんだな。
「あの星に帰るのね」
「はあ? ……そ、そうだったよ」
「じゃあ、元気でね。バイバイ」
おやっさんが気の利いたことを言ってくれた。
「イリア、そう冷たくしないで、ユウキを見送ってやれよ。すぐ近くなんだろう? それなら、大したことないだろう。今まで一緒に暮らした仲だ。な」
イリアは相変わらず上を向いたままだった。
「えー、行くのー。もう、しょうがないわね」
そんなに面倒なのか? 俺の思ってたのと、違う。
◇
俺はイリアを連れて旅行社に入った。
「ここのお店、初めて入ったわ。何のお店?」
「ここで、星に帰れるんだよ。そういう店さ」
どんな店だよ。
それもしても、割とおやっさんの所と近いというのに、この辺をよく知らないとは、さては他所もんだな、って訳ないか。
「手続きしてくるから、ちょっと待ってて」
「早くしてよね。遅かったら私、帰るからね」
「はいはい」
「いらっしゃいませ。ようこそ”ツアーレ”へ。
ユウキ様、本日のご用命は何でしょうか?」
「別の世界に行きたいんですかが」
「はい、かしこまりました。では、パスポートを拝見してもよろしいですか」
「はい」
「確認できました。それでは、ご希望の行き先等はございますか?」
「人の少ない所。その、つまり主人公的な人がいない所はありますか?」
「そうですね。ここはどうでしょう、”原始時代 竜の里”はいかがでしょうか?」
「ずいぶん、古そうですね」
「そうですね。あまり人気がありませんので、旅行先に選ばれる方は少ないですね」
「そこなら、主人公になれますか?」
「簡単なようですよ。時代が時代だけに、行かれただけで主人公になった方も、いらっしゃいますね。えーと、これですね、前回は”ただの通りすがり”で主人公になられています」
「それはいいや。じゃあ、そこでお願いします」
「ユウキ様は”お持ち帰り券”をお持ちですので、次の異世界にアイテムを引き継ぐことができます。お持ち帰りしたいアイテムはございますか?」
「いやー、そうですねー、別にこれといって無いので結構です」
受付のお姉さんは耳を貸せと俺に手招きして合図を送ってきた。
そして嬉しそうに囁いた。
「彼女さんは、よろしいんですか?」
「彼女? 彼女はアイテムじゃないですよ、ね?」
「彼女さんをアイテム登録すれば、”お持ち帰り”できますよ」
どうりで、ウキウキ声で話すと思った。
「いやー、そうだとしても、一緒に来るとは、思えないですよ」
「そうですか、分かりました。一応、説明しておきますが、人をアイテム登録する場合は、必ず本人の承諾が必要になります。それを私どもが確認した時点でアイテム登録となります。試しに。彼女さんにお聞きになってはいかがですか?」
「無理、無理、絶対無理ですよ。イリアが承諾する訳ないじゃないですか」
「ご利用はお客様のご自由ですよ。……ではこれで手続きは終了です」
何でそんなに進めてくるんだろう? あのイリアが、……考えられない。
「では、ご準備が出来ましたら奥へお進みください」
俺は振り返ってイリアを見た。普段通りのイリアだ。
「イリア」
「うん?」
これで最後だ。お礼を言っておこう。
「今まで、お世話になりました。ありがとう」
「どういたしまして」
「…それじゃ、行くから」
「うん」
返事が短すぎてあっけない。勇気を出せ! ユウキ!
「あの、イリア」
「うん?」
「あの、もし良かったら、なんだけど。一緒に…」
「え? 何? まあ、元気でね、ユウキ」
「あ、ああ。イリアも元気で。それじゃ」
「バイバイ、ユウキ」
言っても言わなくても結果は同じだ。今まで上手くいった試しがない。次の異世界に期待しよう。
俺は部屋の奥に進み、また地下鉄のホームのような所に来た。そこには最初と違って、1台だけコースターが止まっていた。それに乗り込み、安全バーをセットする。この安全バーに何の意味があるんだろうと思う。どうせ後で解除されるっていうのに。でも、今度は違うかもしれない。
スタッフが俺を確認すると、コースターはゆっくり動き始めた。薄暗い中、そのうち速度が上がるか、登って行くんだろうと待ち構えていたが、平坦のまま、ゆっくりと走っている。まあ、ここは規模が小さそうだからなと思ってたら、ゴツンと衝撃があった。どうやら後ろに1台、コースターを連結したようだ。安全バーをしてて良かった。それにしても走りながら連結するとは、ここの安心・安全はどうなっているんだ?
コースターを連結した途端に速度が上がり始めた。後ろの騒ぐ声がうるさい。轟音で何を言っているか分からないが。どうせ遅れてきた奴だろう。遅刻して騒ぐとはマナーがなってないな。
「ユウキ!」
誰だよ、俺の名前を呼ぶ奴は。
「イリア!」
振り向くと後ろの車両にイリアが乗っていた。何で?
「来ちゃった!」
「どうやって?」
俺達は大声で怒鳴りあった。そうしないと聞こえないからだ。
「アイテムがね……なったのよ!」
「何だって?」
ガタガタと震えていたコースターが静かになった。そして前回同様、俺は何もない空間に放り出され宙を舞った。
前と違うのは少し周りが明るいことと、そして俺は一人ではなくイリアと一緒なことだ。
「おやっさんは、いいのかい?」
「ミヨさんがいるから、大丈夫よ」
「どうして、行く気になった?」
「私がいないと、ダメでしょう?」
「何が?」
「私はユウキの、ご主人様なんだからね」
俺達は手を取り合って、まるでスカイダイビングをしているように落ちていった。イリアの長い髪が舞い上がり。ひどい顔をしている。きっと俺もだ。
「ユウキ!」
「何?」
「この手を離したら、しょうちしないんだから」
「離さないよ、多分!」
そうして俺達は、次の異世界に、舞い降りた。
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