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天国
しおりを挟む「なんという解放感なんだ」
思わず口にしたくなるほど体か軽い。俺は、辺り一面の花畑をスキップしながら走り抜ける。なんという花かは知らないが、とても良い香りがするじゃないか。ここは暑くも寒くもない素晴らしい陽気、そして心穏やかにして満ち足りた幸福感。ああ、これ以上、何を望むことがあるだろうか。まるで天国にでも居るような気分だ。
おかしい。
ここは天国ではないのか? それとも夢の中だろうか。いや、夢にしては意識がはっきりしているじゃないか。そんな夢を見るだろうか。でも本当に死んで天国に来たのか? いやいや、死ぬ理由が無いだろう、俺は健康そのものだったのだから。それに、ここが天国というのなら——なんだ? あれは。遠くの方に大河が見えるぞ。まさか、あれが三途の川というやつか?
おかしい。
ここが天国というのなら、誰か、そう、誰か大切は人と出会うはずだ、そう聞いたことがある。
おっと、すごい美人が俺に手を振っているじゃないか。勿論それに応える俺だ。なに? こっちに来いだと、了解だ。これはまさしく恋の予感、行ったるぜ。
おかしい。
俺がこんなにモテるはずがない。確かに俺はいい男である。それは色々な意味での話だが、俺を知れば知るほど味わい深い男なのだ。それをこんな短時間、いや、一瞬で見抜いたというのか。よかろう、そんな人が居てもおかしくはない。
美人の彼女に駆け寄ると、彼女の後ろには、なんだ? まるでお菓子で出来たような家があるじゃないか。これから甘い恋が味わえるというのか。
「やあ」
気軽に声を掛けた俺だ。普段ならこんなハシタナイ行為はしないのだが、どうしたことだろう、あまりにも心が解き放されているせいか、とても素直な俺である。
「こんにちは、あなたを待っていたのよ」
なんだ? この眩いばかりの笑顔と愛情が、全て俺に注がれているではないか。これは恋の予感どころではない、『愛』の誕生だ、愛こそ全てだ。
「俺に惚れたら火傷するぜ。それでも構わないなら……」
「中に入ってお茶でも飲みましょう、お話はその時にでも、ね」
彼女の誘いに乗って、お菓子の家に入る俺たちだ。勿論これは罠かもしれない。俺を恋の罠に陥れ、愛の奴隷にするつもりなのだろうか。しかしそれでも敢えて果敢に挑む俺だ。愛を知り尽くした俺に奪えぬ愛は無い、はずだ。
ふかふかのソファーに腰掛ける俺たち、その前には大きなテレビが置いてあるなど、実に現実的な感覚だ。まあ、そんな細かいことはどうでも良いだろう。それよりも美人の彼女と一つ屋根の下である。勿論やることは決まっているだろう。
「テレビを見ましょう」
いきなり彼女からの申し出だ。成る程、それっぽい映像で気分を高めようという作戦だな、ということにピンとくる俺である。だが、その前にお茶を飲むのではなかったのか?
大画面に映し出された映像は何かのドラマのようだ。それもドロドロの不倫ドラマで、見ているこちらの方が痛々しい程である。ということは、美人の彼女は俺とこういうシチュエーションを所望しているということだろう、俺も望むところだ。
ただ一点、気になることがある。それはこのドラマの主人公が俺ということ、そして浮気相手が美人の彼女ということだ。それを画面を通して見ているというのは奇妙なものである。やはりこれは夢なのだろうか。なら、覚めないで欲しいものである。
ドラマは佳境に入り、浮気相手の美人の彼女が俺に包丁を向けてくる。よくある、全てがバレてしまった末の悲劇というやつだろう。案の定、「あなたを殺して、私も死ぬ!」とお決まりのセリフが飛び出す。そして敢え無く、ブスッ、ううー、と刺されてしまった主人公、その俺である。こうしてドラマは終わってしまったのだが、その後、主人公の俺と浮気相手の美人の彼女がどうなったかは分からない。これが現実なら世間のいい笑い者になっていたことだろう、恐ろしい。
さて、ドラマを見終わってしまったので、テレビから美人の彼女に視線を移すと、何やらニヤニヤとしている。それに釣られて俺もニヤニヤしてしまたっが、美人の彼女にとっては見応えのある面白いドラマであったのだろう。
「私があなたを殺したのよ」
確かに、ドラマの上では美人の彼女の言う通りだ。だが、意味深でもある。何せ出演者が俺と美人の彼女であったのだ。ドラマにしては出来過ぎている。それを敢えて俺に見せた理由、その狙いは何なのだろうか。これは確かめねばなるまい。
「それで……俺は死んで、君も後を追ってここに来た、ということ?」
「そう」
ちょっと待て! 待ってくれ。どこまで本気で冗談なのか、これでは皆目見当がつかないではないか!
「あなたは浮気して私に殺されたの。だから、ここは死後の世界よ」
信じがたいことをサラッと言いのける美人の彼女である。それを信じろと。いやいや、こればかりは信じろと言われても無理だろう。第一、俺が『浮気』をするわけがない、この俺が!
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「結婚? いや、それはその……」
「いいのよ、言ったでしょう、ここは死後の世界だって。だから過去のことは忘れていいの。これからは私と『いいこと』しましょう、ね」
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「でも、結婚しているのよね」
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