帰還

Tro

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#10 ケットシーの涙

第6.2話 上司の鑑

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「その声は、まさか、……誰?」

「逃げたら、お前の『あれ』は没収だぞ」

猫特有の勝ち誇った表情をしながら、実は何も勝ち取ってはいないことに触れようともしない、まさしく尻尾だけが正直者である、という態度だが、所詮、見上げることしか出来ない猫、ネコ、ねこ……?

「営業部長! って、猫が喋った!」

「ニャー」

「今更、猫被っても遅いですよ。あの噂は、やっぱり本当だったのね。私を監視し、おとしめ、『あれ』を奪うもの」

「部下の危機に、上司が手を貸してやろうというのだ」

猫特有の、「俺の方が偉い、俺の方が可愛い、俺を大切にしろ」という態度で「手を貸してや」ときたもんだ。だが、そんな輩をマトモに相手するほど暇ではない。何故ならば、「私は偉い、私は可愛い、私は人類の宝」なのであるからだ。

「まさに、猫の手も借りたい状況だけど、私は逃げるので忙しいんです!」

「逃げたら、お前の『あれ』は俺が美味しく食べてしまうぞ。いいのか、それで」

猫特有の御託を並べながら、結局は食べたもん勝ちを宣言するあたり、話にならん。はご立腹である。

「人の弱みに付け込むとは卑怯なり。なら、営業部長。目からビームでも出して、怪獣をやっつけてくださいよ」

「そんな機能は、無い!」

「役立たず!」

「なんと言われようとも、部下を見捨てないのが、上司だ」

ここで、注意深く訂正しておこう。私はあなたの「部下」ではない。そもそも部署が違うでしょう。確かに私を営業に引き抜きたい気持ちは大いに理解できるが、肝心の私にその気は全く、一滴も、金輪際 Nothing 有り得ない、アーリ得なーい。

「営業部長! さようなら」

「おい、待て、良子。お前は、自分の力を信じないのか? 成績優秀で有能じゃなかったのか?」

ほらっ来た。猫特有の「構ってちゃん」で私をそそのかそうとしてもムーダ、無駄、むだよ。そんなことで鼻の下を誰が伸ばすかって言うもんですか。

「そうですよ。わかってたんですか? その目は節穴だと思ってましたけど」

「己を信じろ。お前の真の力を見せてみろ」

どうやら、お主の目はただのガラス玉ではなかったようだ。うむ、それは認めよう。私には秘めたる大いなる力が宿っていると。しかし、だからといってそうそう私の真の力を披露するわけにも行かぬのじゃ。それはな、イザという時のためにじゃな……なぬっ? 今がその時じゃと? そうか、そうじゃな。隠しきれぬ我が力、それを垣間見たお主には、ちょっとだけ見せてやらんでもない……か。

「私を……認めると?」

「そうだ。それに、ここはバーチャルの世界だ。お前の好きなものになれ」

「なれって言われても」

「そうだ、魔法少女になれ」

「ええ! いいんですか? 変身しちゃいますよ」

「やったれ」

「では……どうやるんですか? 変身って」

「心の中で叫ぶんだ。なりたい自分に」

とうとう、この時、この瞬間を迎えてしまった。とうとう、私が目覚める時が来たようだ、とうとう、それは世界が、この宇宙が目覚める瞬間でもあるのだ。ユニバース・ドリーム・ハイパワード・ナンタラ・カンタラ・イグニッション、発動!

「では、やってみます……うーん……うーん……うーん。変身できない!」

「やはり、少女でなければ無理だったか」

出たぞ! 猫特有の「それ、僕のせいじゃないから」の知らんぷり。生を受けた瞬間から標準装備していたと言われるだけのことはある。そのり気なさ、自然体。敵ながら天晴れ、呆れてものが言えん。

「なんですと! まだ、まだ、まだ、少女ですよ! 心は!」

「己を信じて、違うものになれ」

「違うもの? カマキリとか?」

「違うだろう!」

己を信じて、……己を信じる、己を……。そうか、そうであったか。全ては私の目論見の通り、事が進んでいるではないか。あの営業部長の出現、そして私の、私による私だけの必殺技をチラ見せする時のようだ。ゴングは鳴った、あとは、……あとは任せよう、運命が示すその道に。

「営業部長! わかったわ。一緒に戦いましょう」

「俺か? 俺もか?」

「『己の信じた拳で倒す』を選択、営業部長にも付与、実行」

『攻撃方法「己の信じた拳で倒す」が選択されました。さっさと倒せ』

特記事項なし。

『検査項目 #5 を終了しました。全ての検査が終了しました』



全てが終わり、静寂に包まれた「時」が訪れた。そこには、猫かぶりの部長も、気高く美しく戦ったもう一人の私も、既に過去のものとなった。振り返れば、長く厳しい戦いではあったが、なんのその、過ぎてみれば一瞬。だが、その一瞬に我が人生を、生きた証を見たり。——そんな余韻をかき消すかのような謎の声、たぶん、いいえ、確実に酷い人だと今の私には「わかる」。

「受講者 良子(仮) 推定 24歳。テストは終了だ。ご苦労だったな。再教育プログラムについては、追って通知する。戻っていいぞ」

「あのー、この多機能全天VRフルフェイスヘルメット型音響改善版14号改、とってもらえませんか?」

「ん? 自分で外せるはずだが」

「あれ、外れた。もう、酷いですよ。なんてことしてくれるんですか!」

「君の部署は26階だったな。行きたまえ。そして仕事をしろ」

「そうですけど、あれは酷いんじゃないんですか? 死ぬところでしたよ」

「エレベーターの扉が閉まるぞ。指を挟まれないように」

「あの、聞いてます? 言いたいことが」

「君の上司に言いたまえ」

「はあ?」

扉が閉まってしまった。そして、何事もなく26階で扉が開いた。上司に言えだと? 直接文句を言ったほうが早いでしょう。そのまま14階に戻ろうと、14階のボタンを……が見当たらない。仕方ないので、私は自分の席に戻ることにした。そうだ、『あれ』が私を待っている。今、行くからね。愛しの『あれ』。

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