リンダ

Tro

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#2 7ヶ所巡り

#2.1 バスツアー

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無事、出張先の空港に降り立つ俺である。そこからバスに乗り換え数時間、何もない辺鄙なところをバスは苦戦しながら走行している。その最中、車内の揺れに贖いながら、変なおっさんが俺の座る席に近寄ってきた。そして何やら怒鳴っているようだが、異国の言葉は意味不明である。そこで活躍するのが秘密道具の一つ、通称『タコ』だ。これは一見、普通のイヤホンに見えるがその実、高機能翻訳機になっている。これを使うだけで俺もバイリンガルに変身だ、トゥー。

「おい! そこは俺の席だ、どけやクソ野郎」

通称『タコ』、何故タコなのかは、耳にタコができるって言うだろう、そのタコからきている。高機能と言うのは相手の心情を読み取ることにより、より正確に翻訳できることだ。この場合、どこの馬の骨とも分からない変なおっさんは大層ご立腹と見える。普通なら外国の、それも見ず知らずの変なおっさんに怒鳴られたらビビることだろう。だが旅慣れた企業戦士の俺には分かる。これは次のバス停で降りろとの合図なのだ。

俺の持っている地図はかなりアバウトに描かれている。それもそうだろう。俺の人生は俺が決めるものだ。決して他人の指図など受けるつもりはない。それだからこそ、行き先は『この辺』としか記されていないのだ。それを探し当てるのも一興だが、それ位の事を難なくこなせなくては一人前の企業戦士とは言われまい。

変なおっさんに化けた親切なガイドが難癖という行為で、俺に次のポイントを示している。そのお礼を言わねばならないが、生憎と聞き取れるだけで言い返すことが出来ない。そこで万国共通の視線を向けてみた。おっと、その前に説明しておこう。俺は眼鏡をかけているのだが、これも秘密道具の一つ、高機能グラスだ。これは視線を向けた対象の情報を教えてくれる、とても有り難い代物だ。よってこの時も俺の視界の隅に情報が映し出され、詳細が耳からも聞こえてくる、というものだ。

「注意! あなたの行為は、この国では侮辱に相当しますので控えましょう」

おいおい、その行為とやらをした後に言われてもな。なんで事前に教えてくれないんだよ、と機械ごときにボヤいても始まらない。始まったのは『変なおっさんに化けた親切なガイド』が俺の胸ぐらに掴み掛かってきたことだ。異国でのトラブルは極力避けたい、ビジネスマンなら当然だろう。俺は揺れる車内で立ち上がり、『変なおっさんに化けた親切なガイド』を突き飛ばした。先手必勝だ。

その昔、不良どもに絡まれたことがあった。その時は訳も分からぬ内にコテンパンにされたが、その時に学んだことがある。それは相手が大勢でも先に手を出した方が、かなり有利だということだ。これで相手は動揺するはず。それは、相手は反撃されるとは思ってもいないので意表を突くことができるからだ。但し相手が不良など、レベルの低い場合の話である。これがハイレベルな連中だと、さっさと逃げるか、全面降伏した方が良いだろう。

話が逸れた、先手必勝だ。無用のトラブルは避けたいが、こちらが優位だと確信したならば一気に畳み掛け、瞬時に終わらせるのが得策だ。よって俺は優位ではなかったが、気まぐれと癇癪で相手を突き飛ばした後だ。早く神の、慈悲の領域に到達したいものだ、と後悔するが、きっとこの後悔は俺を人間的に成長させることだろう。言い訳ではなく、それ込みの判断だ。

「何をしやがる!」

チャレンジ精神旺盛な『変なおっさんに化けた親切なガイド』がクレームを申し立てているが、それはそっくりお前に返してやろう。そうだな、こんなものでどうだ、と思った時だ。バスの運転手が気を利かせて急ブレーキを掛けた。そのエネルギーにより俺の前に居た『変なおっさんに化けた親切なガイド』が倒れ、それを踏みつけるように俺は前方に踊りでる。そこでバスは停車し、厳かにドアが開くのであった。

「喧嘩なら外でやってくれ」

運転手の言動に不信を持った俺は、こう解釈した。『お前の降りる場所はここだ』と。なら、それに従うしかあるまい。俺が右手を上げてそれに応えた。

「注意! あなたの行為は、この国では『お前の女を頂くぜ』に相当しますので控えましょう」

なかなか手強い国のようだ。運転手が席を立とうしているが、その前に退散した方が良さそうである。お詫びに俺の笑顔でフォローしておいてやろう。

「注意! あなたの行為は、」

俺は眼鏡を外し、走り出すバスを見送る俺である。例の奴は降りそびれたようだ。まあ、その前に運転手の気が立っていたからな。これであの運転手に女が居ることが判明したわけだ。こんな簡単短時間で個人情報は漏れていくのだ。俺も気をつけよう。

◇◇

ほぼ真っ直ぐに伸びるあぜ道と、背の高い雑草が道の両脇に続く、全くもって長閑な田園風景だ。誰も居ない、居るのは昆虫位のものだろう。新鮮な、少し臭う空気を控えめに吸い込み、空を見上げると何とも形容しがたい雲が流れている。これでは西も東も分からないが、分かったところで何か打つ手があるわけでもない。ここは一つ、この場を動かないことが賢明だろう。迷子になる自信は、標準装備である。

1時間程、人生について見つめ直していると、ブーンと蚊の鳴くような音を奏でながらオートバイが走ってきた。ライダーはヘルメットで顔を隠しているが、近づくにつれ、それがただの厳つい顔だと分かった。そのせいで何度、目を擦ったことか。

オートバイが俺の射程内に入ると、予定されていたかの様に目の前で停車し、顔を覗き込んでくる。

「人生とは」

その男がいきなり合言葉を要求してきた。これが噂に聞くエージェントとかいうやつか。多分、我が社が用意した水先案内人であろう。もちろん俺も万国共通の答えを用意した。

「ラーメン」

「後ろに乗れ」

知らぬ男だが、これも『仕事』という一つのキーワードで繋がれた縁。もう二度と会うことはないだろうその男のオートバイに跨り、俺はこの先を目指す。

安心・安全という概念の無い男の運転するオートバイは、危険なハイスピードよりも分解・破壊という最先端の未来を追いかけるようなスリルがある。人馬一体と化した俺達は運命もまた共有していることになるのだろう。厳つい顔に似合わない細い体に抱きつきながら、これがもし女性ライダーだったら全てを預けていたことだろう、と思わずにはいられない俺だ。何時か機会があればもっと女性の社会進出が必要だと呟いてみよう。

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