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#8 栄子と呼ばれたで章

#8.4 栄子の一日

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話題に上った少女Aこと栄子さん。生活態度が良くないということで、気になって仕方ありません、私にも責任がありますから。そんな訳で少しだけ日常を覗いてみましょう。

ここは栄子のお部屋です。私達の時と違い20畳のワンルームにリフォームしました。今思えば3畳って、とても狭かったんですね。その部屋の片隅にあるベットで就寝中の栄子です。そして朝になりました。窓も大きくしましたので朝日がサンサンと降り注いでいるはずですが、分厚いカーテンで遮られています。

目覚まし時計が元気よく鳴り響きます。さあ、朝ですよ栄子、起きなさい。

「う~ん」

まだ寝ぼけているようです。枕元に何かあるのでしょうか、何かを探すように手を動かしています。そして何かのボタンを押しました。寝起きの悪い栄子はワザと目覚まし時計を少し離れた場所に置いています。これなら起きて止めに行くまで鳴り続けますから良いアイデアですね。

ベットの脇にある棚に沢山のフィギアが置いてあります。好きなのですね、お人形さんが。その内の一体が弓を構えています。弓使いの栄子らしいですね。バンダナをした、髪の長い精悍な顔立ちをした女性です。足を少し広げて今にも矢を放ちそうな勢いを感じます。それに少々スカートが短いですね、ちゃんと穿いていますか? 大丈夫ですね。

そのお人形が矢を放ちました。それがビューンと飛んで行き目覚まし時計に命中です。あら、それで目覚まし時計が大人しくなってしまいました。これでお部屋はシーンです。それに安心したのでしょうか、また寝息を立ててお休み続行です。

日差しが少し高くなりました。朝ですよ、栄子。これでは遅刻していまいますよ、今日は平日ですよ。

「ホギャアァァァ」

悪夢でも見たのでしょうか、凄い勢いでお目覚めです。その後は大変素早く立ち回っています。あっという間に着替えました。でもお洋服がヨレヨレです。そして水浴びをするように顔を洗うと、あら、もうお出かけです。身だしなみは、それで宜しいのですか。時間的には朝食を頂く時間は無いようです。真っ直ぐエレベーターに駆け込んで行きました。

今では、朝食は無料で提供しているのですよ。国民の福利厚生に力を入れている私達です。エレベーターも以前のような渋滞はなくなり何時でも乗れるように運用されています。

職場に到着した栄子です。ですが就業時間を30分も過ぎています。私達の初日を思い出しますね。

「栄子さん!」
「はい」

班長さんが栄子に注意します。班長さん、まだ居たんですね。

「今日はどうされましたか」と厳しいお顔の班長さん。
「はい、今日は道を渡れないお婆さんが居たので、その方を案内してたら、」と言い訳をする栄子です。

「何処に道があるのですか」
「間違えました。エレベーターで困っていたお婆さんです」
「そのお婆さんは何処に行こうとしていましたか」
「はい、川に洗濯に、です」
「では、お爺さんは何処に居ましたか」
「はい、山に居ました」
「では、あなたは何処に居ましたか」
「ベットで寝てましたって、あ!」
「後で遅刻届を出してください」
「は~い」
「林檎組の皆さん、集合してください」
「「はい」」

林檎組とは栄子が所属する組です。栄子を入れて5名。かつての私達を思い出します。遅刻した栄子のおかげで全員が班長に呼び出されたようです。

「では皆さん、後は宜しくお願いします」と相変わらず厳しいお顔の班長さん。
「「はい」」と林檎組の皆さん。

班長さんが行ってしまうと全員で栄子を取り囲みました。一体これから何が始まるのでしょうか。

「じっとしているのよ」と林檎組の一人が言うと、
「は~い」と子供のような栄子。

始まったようです。一人が栄子の後ろで栄子の髪をかし、別の子がスプレーをかけて服のしわを伸ばし、留め忘れたボタンを留め、軽めの化粧を施していきます。そして身だしなみは完了です。

皆さん、手慣れているようで、その動作に無駄がありません。これで何処に出しても恥ずかしくないようになりました。皆さんの様子を見ていると栄子は大きな子供のように扱われています。仲間はずれにされていなくて良かったですね。

自分の席に着く栄子です。目の前のパソコンに向かってパチパチと始めました。どうやら営業用の資料を作成しているようですが、パチパチがパッチとなり、それが次第にパーチ、パ、チ、パ、チ、チ……手が止まってしまいました。どうしたのでしょうか、何か考え事でしょうか。

おや、目が、閉じていきます。閉じます、閉じます。頭も下げてパソコンにお辞儀をしているようです。あっと、頭が上がりました。その顔は何処に向いているのでしょうか。そしてまたお辞儀を始めました。そこで仲間の一人が栄子の肩を叩き、それで正気に戻った栄子がまたパチパチと始めました。そして——お昼までその繰り返しです。

お昼になりました。栄子の目が蘭々と輝いています。ここではリーダーシップを発揮、林檎組を率いていざ食堂です。以前と違いお水は無料にしました。勿論、メニューも大幅に値下げしたんですよ。

一つのテーブルに林檎組が揃いました。楽しい食事の時間です。栄子の満面の笑顔がより一層皆さんを楽しませているようです。そしてその召し上がり方も皆さんの心を和ませています。

ガシャポン、キーキキ、ウエぇ、ペロリンコ、スー。

まあまあ、そんなに慌てないで、ゆっくり食べましょう。時には深刻な顔をして食事をしていた私達とは全然違います。楽しい時間を過ごしてください。

午後に入るとイキイキとしてくる栄子です。自分の机を離れて、今日は社内郵便のお手伝いのようです。郵便物を乗せたカートで建物の中を縦横無尽に駆け巡ります。その行き先々で笑顔を振りまき、声援を受けたりして人気者のようですね。

配達の終わった栄子が自分の席に戻りました。そこでまたパソコンに向かいパチパチと始めましたが、何やら時間を気にしているようです。その度に手がお留守になっているようですが、時々、仲間の一人が栄子の肩を叩きに来ます。その度に手を動かす栄子です。

そして次第に顔が険しくなってきました、どうしたのでしょうか。あっ、とうとう頭を抱えて悩みだしました。その様子を見かねた方が栄子を手伝っています。こうして栄子の仕事は無事、片付けることが出来たようです。

終業時刻を知らせるチャイムが鳴りました。大きく背伸びをして仕事を終えた栄子です。我が国では残業は殆ど無いのです。私達の時のように無制限に働くことを禁止しています。

職場を出た栄子は颯爽さっそうと通路を歩いています。あれ、何処に向かうのでしょうか、お部屋とは反対方向ですけど。エレベーターで下に向かっていきます。そして1階の入出国ゲートの前で立ち止まりました。我が国では会社の建物の外は外国となります。ですから単に建物の出入り口とは訳が違うのです。ですがゲートの向こうから女の子達がゾロゾロとやってきました。それに手を振る栄子です。

「イヤッホイ、栄子」
「ヒサシー、ナミホー」

女の子達と挨拶を交わす栄子です。最早、何語で話しているのか分かりません。異国の方々ですね。その方々と巧みに会話をされています。おやおや、女の子達がすんなりとゲートを通り抜けていきます。おかしいですね、入国には事前申請が必要なのですが。

ちょっと待ってください、調べますから。ああ、ありませんね。ということは不法入国のようです。それを手引きしている栄子ですね、これはいけません。とうとう闇のブローカーになってしまったようです。

その子達を連れてエレベーターで上がっていきます。そして着いた場所が栄子の部屋です。中に入ると既にお友達で一杯です。その後は想像していた以上に飲めや歌えの大騒ぎ。これでは苦情が寄せられるのも無理はありません。そして夜遅くになって、床で寝息を立てる栄子です。まるで部屋の中で嵐が巻き起こったような惨事となっています。

ああ、成る程、分かりました。こうして朝を迎え、その繰り返しという訳ですね。お姉さんは貴女を引き取った以上、責任があるのです。その責任を痛感しているところです。これは早めに更生させなくてはいけませんね。本来はとても良い子ですから。
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