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#6 私はこうして魔王になったで章 天職編

#6.1 転職、天職

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 洞窟に戻ると、マナが座って俯いていた。顔を真っ赤にしている。

 腹の音が鳴ったぐらいで可愛いものだと苦笑しながらも、ゼーウェンは彼女に食事をさせるべく荷物から食料を取り出した。

 ゼーウェンが持ってきているのは干し肉とパン、それに水である。
 両方とも水分が少ない為日持ちがするものだ。

 食料は万が一の事を考えて多めに持ってきてはいるが、それでも二人分になると厳しいものがある。水もまた、グルガンに載せられる許容範囲と値段を考えると、予備としての分量はそう多く無い。

 乾燥した死の大地に近い集落では、水こそが一番高価であったからだ。マナを連れて死の大地を出るまで、食料も水も切り詰めなければ、と思う。

 ――食事配分と飛行配分を考えなければ……。

 そんな事を考えながらマナに少し多めに、自分は少し控えめに食料を振り分ける。自分は男だし、少々の無理は大丈夫だろう。

 マナのような良い育ちと思われる娘ならば、この過酷な環境では体力を落とさせてはいけないとゼーウェンは思っていた。

 干し肉を鉄串に刺し、少し火を通す。パンは二つに割って大きい方を彼女に渡した。
 硬いパンを齧っていると、マナは受け取ったパンと焼けた干し肉を暫く交互に眺めていた。干し肉を少し齧ってみてから、パンを口にしかけ――たところで止めていた。

 パンを指で揉むようにして硬さを見ている。彼女は恐らくこのような硬いパンは食べた事が無かったのだろうと思う。

 ――食べられるのだろうか。

 ゼーウェンが心配そうに見ていると、マナはおもむろに火に近づいて、パンを翳して炙り出した。パンが温められて、パン釜から取り出した時のような香ばしい匂いが漂い始める。
 マナがパンをもう一度指で揉むと、多少は柔らかくなっていたようだ。

 パンを食べ始めるマナ。興味があった為、そして、同じ事をして見せる事で親近感を彼女に抱いてもらう為に、ゼーウェンは彼女の真似をしてみる事にした。

 ――成る程。

 一口齧ってそう思う。パンも火で炙ると硬さが緩和されて確かに食べやすい。
 男一人旅では干し肉こそは火で炙っても、パンにそんな手間をかける事はなかったな、と思う。

 マナがこちらを見ていたので、笑んで見せた。これから賢神の森に帰るまで、旅をずっと共にするのだ。お互い、言葉は通じなくとも仲良くしていかねば、と思う。

 マナが少し微笑み返してくれたので、ゼーウェンはこれなら大丈夫そうだな、と安心していた。

 ゼーウェンはパンの最後の一口を食べてしまった後。干し肉を食べる前に、水をマナに渡そうとした。
コップは一つしかないので、買うまでは共有になる。だが、マナは食べかけのパンを手に持ったまま、呆けたように自分の頬を抓っている。

 謎の行動を訝しく思いながらも、ゼーウェンはコップに水を注ぐとマナに手渡す。彼女は反射的にそれを受け取って、一口飲んだ。
 しかしそれきりコップとパンを持ったまま、動かない。

 「マナ?」

 ――もしかして気分が悪いのか?

 ゼーウェンは心配になり、少し屈むようにしてマナの顔を覗き込む。
 彼女の目がみるみる内に潤み出す。マナは悲痛な声で何事かを言うなり、大粒の涙を流し始めたのだった。


***


 本当に参った、と思いながらもゼーウェンは干し肉はとりあえず後回しにして、マナの傍に座った。

 言葉の通じないゼーウェンが彼女にしてやれることは、傍に居て、泣きたいだけ泣かせてやることだけである。

 今まで森で師と二人きりの生活だったのもあって、こういう時女性に対してどうしていいか分からない。

 まだ子供だったならば、と思う。
それなら苦い薬を嫌がる村の子供の相手をした事があるから、対処のし様もあるのだが。

 それでもぐずる子供にしたように、マナの背中や頭をさすったり撫でたりしている内にようやっと眠ってくれた。
人体に及ぼす魔術を使いすぎるのもいろいろ良くない影響が出る、と言われているので眠らせるのは止めて自然に任せる事にした。

 眠ってしまった彼女を焚き火の傍に寝かせて毛布を掛けてやった。
そして食べ損なった干し肉を食べてしまうと、簡単に片付けをする。

 少し休憩した後、火を挟んでマナと反対側へ移動する。壁にあぐらをかいて姿勢を整えると、ゼーウェンは精神統一に入った。

 心術の簡単なものとはいえ、心話にはある程度精神を要する。さらにそれが遠隔地であると尚更だ。

 ――……先ずはマナの事を師に報告しないとな。試練に失敗した事については気が重いが。

 意識の段階を徐々に上げていく。
 だが、心話を可能とするある一定の段階に到達する寸前。ゼーウェンはふと何者かの視線を感じた。

 疑うような、推し量るような――そして、明確な殺意。

 ――誰だ?

 ゼーウェンはそれまで高めていた意識を戻すと今度は周囲に飛ばした。
 まるで靄がかかっているように見えない。何かの防御をしていることが分かった。そして感じる強い魔力。

 ――魔術師か!

 何者かは分からないがこちらに明確な殺意を向けてきている以上、あまり歓迎されない客である事は明白だった。

 ――賊だというだけでも厄介なのに! ましてや、今は――

 マナは静かに眠っている。

 「グルルルルル……」

 洞窟の外の暗闇から、危険を感じ取ったグルガンの唸り声が風に乗って伝わってきた。

 ――来る!

 ゼーウェンは魔力の込められた愛用の湾曲刀を手にとると洞窟を出た。
 グルガンを洞窟の入り口に来させ、大気や大地を流れる力場を探り当てると体の中に魔力を温存し始める。

 予期していた大きな羽音がしたかと思うと、グルガンより一回り大きい飛竜が現れた。
 ゼーウェンの目の前に降り立つと、その背から黒いフードを被った人物が降りてくる。
 その人物は、顔も目だけ除いてこれもまた黒い布で覆っていた。

 「わざわざお出迎えして頂いて、痛み入ります」

 深みのある声でその者が男だと分かった。

 「あんたは……」

 「多くは言いません。あなたが持ち去った『フォーンの花』を渡して頂きましょう」
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