2 / 44
#1 剣士で章
#1.2 過去の栄光
しおりを挟む風呂上がりの二人にご馳走を振る舞う魔王様こと私は慈悲深いのです。アッ君は、ここまでの道中、ロクに食べていないかったのでしょう。食べ物にガッツいています。大魔王もガッツいています。ああ、なんて醜いのでしょう。私の御前なるぞ。
「おい、アッ君。もっとゆっくり食べたらどうだ」
「腹が減っては戦はできぬからな」
「そんなに食うなら金を取るぞ」
カチャーン。
アッ君が今にも泣きそうな顔をしてフォークを落としました。おい、今食ったものが口からこ零れているぞ。
「冗談だ、本気にするな、アッ君」
「金は、無い。宵越しの金は不要だ」
気を取り直したアッ君はまたガッツき始めました。それに負けじと大魔王もガッツリとお食事中です。今度はアッ君のターンです。
「お前の、その食べっぷりは何だ? 普段から飯を満足に食わせてもらっていないのか、大魔王ともあろうものが」
カチャーン。
大魔王がが今にも泣きそうな顔をしてナイフを落としました。おい、今食ったものが口からこ零れているぞ。きったねー。アッ君のターンが続きます。
「ああ、お前も、それなりに苦労があるようだな。悪かった。気にせずに食え」
「違うんだ、違うんだよー」
さて、この二人。その昔はどうだったのか、飯を喰らっている間に少し振り返ってみましょう。
◇
時は遡ってうん十年前。まだ二人とも、その頭にフサフサしたものがあった頃。見晴らしの良い草原で対峙しています。アッ君は大きな剣を振り回し、大魔王は魔剣を手にしています。最初にアッ君が吠えます。
「魔王が私との一騎打ちを受けるとは、見事な心構えだ。褒めてやる」
「ふん、お前ごとき俺一人で十分だ。それに仲間たちは全員、討ち取ったからな。お前が最後だ。謝るのなら今だぞ」
「何故、そんな必要がある。この、極悪人が」
「誰が極悪人だ。俺は、何もしていないぞ」
「指名手配365号、オマケに懸賞金付きだ」
「お前、勇者か」
「当たり前だ。魔王を倒すのは勇者と決まっている」
「なら、公務員だな」
「何? 俺は臨時職員だ」
「ふーん、随分とケチったもんだな」
「訳の分からぬことを! いくぞー」
戦闘の途中ですが、ここで少し説明をしましょう。大魔王の『公務員だな』という問いに、アッ君は『臨時職員』と答えています。アッ君の国では、勇者は公務員扱いです。魔王討伐は自然災害と同様の扱いで、特殊災害対策本部が設置された後に公募で選任されます。ということで、アッ君はめでたく、そこの職員として臨時に採用されました。だから『臨時職員』という訳です。『勇者』とはアッ君が勝手に名乗っているにすぎません。
次に大魔王が『俺は、何もしていない』と言っているのは本当です。ですが指名手配され懸賞金が懸けられています。この当時の懸賞金は3億です。腕に覚えのある人が、これに殺到したことでしょう。この辺の事情については後程。さて、まだ戦闘中かどうか、戻ってみましょう。
ドサ。
アッ君が大剣を振り下ろしました。それはクワで土地を耕しているのと似ています。それを見て大魔王が笑っています。
「おいおい、芋でも育てるつもりか」
「ちょこまかと動くんじゃない」
大魔王は魔剣を振り上げます。その剣は細身で黒いです。見る限り、とても軽そうです。木刀だったりして。
「ううう」
気色悪い声が大魔王から吐き出ました。オエェーです。魔剣はその名の通り魔力でその威力が左右されます。魔剣は自身を握った大魔王から魔力を吸い取っているようです。握った瞬間、ビリっとします。軽い電気ショックみたいな感じです。それが気色悪い声をあげた理由です。
「おい、臨時職員。その剣は何でできている?」
「企業秘密に決まっているだろうが。だが、教えてやる。カーボンファイバーだ」
「何だって!」
大魔王が驚いたのには訳があります。それは雷の魔法で大剣を狙い撃つつもりだったからです。
(カーボンファイバーって、電気を通すのかな)
大魔王が悩んでいる隙にアッ君は大剣を振り回してきます。しかし大剣が重いのか、はたまたアッ君が非力なのか、その動作は緩慢です。大魔王は余裕で避けることができるようです。その大剣に固執する以上、アッ君に勝ち目はありません。当然、アホでは大魔王にも勝ち目はありません、やれやれ。
アホの大魔王はアッ君から逃げ回りながら、ダメ元でやってみようと決心します。早速、雷の精霊と交渉です。雷の攻撃をするには雷の精霊、イカツヂの協力が必要なのです。こっそり心の中で交渉を始めました。
「(イカツヂさん、協力を要請する)」
「(はあ? こんなに晴れた日に雷って、そりゃー無理ってもんだろうが)」
「(そこをなんとか、頼みたい)」
「(なら、条件がある)」
「(言ってくれ、なんでもする)」
「(お前、風の精シルフィ姉ちゃんと仲良いだろう)」
「(勿論だ、俺に惚れている)」
「(なんだと!)」
「(いや、冗談だ。ということは、まさか)」
「(あの、その、今度、シルフィ姉ちゃんに俺のこと、紹介してくれ)」
「(良いだろう)」
「(約束だぞ)」
「(約束した)」
「(ようし、なら、今すぐ、シルフィ姉ちゃんをここに呼べ)」
「(今すぐか、まあ、良いだろう)」
「(呼んだら、後のことは任せろ)」
アッ君の大剣が大魔王のすぐ脇をかすめていきました。しかし、だいぶお疲れのようです。息が上がって、肩でハアハアしています。当たらない、重い、疲れたの三重苦がアッ君を襲います。
「おい! 魔王。やる気あんのかー」
「俺の技は決まった。これでも喰らえ~」
「(シルフィ~、来てくれー)」
「(……)」
「(来てくれー)」
「(……)」
「(シルフィ~)」
大魔王がシクシクとシルフィに気を取られている隙にアッ君渾身の一撃が襲ってきます。これを魔剣で受け止める大魔王。しかし威力が半端ない。伊達に大剣ではなさそうです。
どう見てもひ弱な魔剣が折れそうですが、魔剣と一緒に大魔王が吹き飛ばされていきます。魔剣と大魔王は一心同体。いいえ、魔剣が大魔王を離さなかったんですね。離したら魔力の供給源がなくなってしまいますから。正確には大魔王の魔力に味をしめた魔剣が、その手を離せさせなかった、ということでしょう。アッ君が早々に吠えております。
「どうだー、魔王。観念せいやー」
「危ないじゃないか、もう少しで死ぬところだったぞ」
しつこい大魔王がシルフィを呼び続けますが、そんな大魔王に応えてあげる程、暇も義理も無い、無い無い尽くしのシルフィです。
「(シルフィ~)」
「(……)」
「(今日は忙しいようだ。イカツヂ、なんとかしろ)」
「(なんだよ、せっかく楽しみにしてたのに。しゃあない、ハツチ!)」
「(葉の精霊を呼んで、どうする?)」
「(つべこべ言わずに、構えていろ)」
アッ君に吹っ飛ばされた魔王が、打ち所が悪かったのかニヤつきながら吠えております。
「俺の技はこれだ。喰らえ~」
魔剣を高々と構えた大魔王、その叫び声に、……、……、何も起こらんぞ。何の技が繰り出されるのかと待ち構えるアッ君。しかし、何も起こらない。爽やかな風が吹くだけだー。
木の葉が一枚、木の葉が二枚、三枚とアッ君の頭上に降ってきました。それは風に揺られ、ゆらゆらゆるーりと舞い降りてきます。季節は秋の紅葉を思わせるような、どこか哀愁漂う光景です。アッ君がそれを口を開けて見上げていると、急に風が上から吹いてきました。
「(今だ、魔王。空気が入れ替わったぞ)」
「おう!」
魔剣の剣先から稲妻がほとばしると、それは一直線にアッ君の大剣目指して閃光が走ります。そして大剣は一気に砕け散りました。カーボンファイバーは電気抵抗が高いのが原因のようです。
「おう~」
アッ君の悲痛な叫び声が草原に響き渡ります。この大剣、どうやら借り物らしく、このように破壊されると弁償しなければならないようですよ。勝ち誇る大魔王です。
「どうだー、参ったかー」
「破産だー、どうしてくれる~」
「知ったことか~」
「鬼! 悪魔! スケベー」
アッ君は泣きながら走って、どこかに行ってしまいました。めでたし、めでたし。
◇
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
シシルナ島物語 隻眼の牙狼族の少年 ノルドの成長譚
織部
ファンタジー
ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。
背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。
母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。
セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。
彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。
セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。
「セラ、ウミ」
「ええ、そうよ。海」
ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します!
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

恋する私の日常~彼との出会いから別れまで~
六角
恋愛
大学のサークルで出会ったカッコ良い男性に恋心を抱いた主人公。しかし彼には彼女がいて、諦めかけた時に彼から告白され、交際がスタート。しかし彼との関係が深まるにつれて、不安が募り、ついに彼との別れを決意する。それから数年後、偶然再会した彼からの言葉に、再び心を揺さぶられる主人公。彼との関係が再び始まる。
一年後に君はいない
柴野日向
ライト文芸
「僕、来年死ぬんだ」
同じ高校に入学した少年、結城佑は言った。
「私、時間を戻せるんだ」
南浜高校の二年生である茜瑞希はそう返した。
誰とでもすぐに仲良くなり、人懐こい佑は特に瑞希を好いていた。彼に辟易しながらも、瑞希は同じサークルで活動し、時には共に心霊スポットを巡り、神様のいる川を並んで眺めた。
佑の運命と瑞希の能力。その二つの深い関わりを、二人はまだ知らない。

新人聖騎士、新米聖女と救済の旅に出る~聖女の正体が魔王だなんて聞いてない~
福留しゅん
ファンタジー
「実は余は魔王なのです」「はい?」「さあ我が騎士、共に救済の旅に出ましょう!」「今何つった?」
聖パラティヌス教国、未来の聖女と聖女を守る聖騎士を育成する施設、学院を卒業した新人聖騎士ニッコロは、新米聖女ミカエラに共に救済の旅に行こうと誘われる。その過程でかつて人類に絶望を与えた古の魔王に関わる聖地を巡礼しようとも提案された。
しかし、ミカエラは自分が魔王であることを打ち明ける。魔王である彼女が聖女となった目的は? 聖地を巡礼するのはどうしてか? 古の魔王はどのような在り方だったか? そして、聖地で彼らを待ち受ける出会いとは?
普通の聖騎士と聖女魔王の旅が今始まる――。
「さあ我が騎士、もっと余を褒めるのです!」「はいはい凄い凄い」「むー、せめて頭を撫でてください!」
※小説家になろう様にて先行公開中
最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。
羽海汐遠
ファンタジー
最強の魔王ソフィが支配するアレルバレルの地。
彼はこの地で数千年に渡り統治を続けてきたが、圧政だと言い張る勇者マリスたちが立ち上がり、魔王城に攻め込んでくる。
残すは魔王ソフィのみとなった事で勇者たちは勝利を確信するが、肝心の魔王ソフィに全く歯が立たず、片手であっさりと勇者たちはやられてしまう。そんな中で勇者パーティの一人、賢者リルトマーカが取り出したマジックアイテムで、一度だけ奇跡を起こすと言われる『根源の玉』を使われて、魔王ソフィは異世界へと飛ばされてしまうのだった。
最強の魔王は新たな世界に降り立ち、冒険者ギルドに所属する。
そして最強の魔王は、この新たな世界でかつて諦めた願いを再び抱き始める。
彼の願いとはソフィ自身に敗北を与えられる程の強さを持つ至高の存在と出会い、そして全力で戦った上で可能であれば、その至高の相手に完膚なきまでに叩き潰された後に敵わないと思わせて欲しいという願いである。
人間を愛する優しき魔王は、その強さ故に孤独を感じる。
彼の願望である至高の存在に、果たして巡り合うことが出来るのだろうか。
『カクヨム』
2021.3『第六回カクヨムコンテスト』最終選考作品。
2024.3『MFブックス10周年記念小説コンテスト』最終選考作品。
『小説家になろう』
2024.9『累計PV1800万回』達成作品。
※出来るだけ、毎日投稿を心掛けています。
小説家になろう様 https://ncode.syosetu.com/n4450fx/
カクヨム様 https://kakuyomu.jp/works/1177354054896551796
ノベルバ様 https://novelba.com/indies/works/932709
ノベルアッププラス様 https://novelup.plus/story/998963655

転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる