転生残酷物語 被転生者の涙

Tro

文字の大きさ
上 下
5 / 5

第5話 決戦、そして

しおりを挟む

 例に挙げた物語は結末へと向かう。人々を恐怖で押しやり自由を奪う「魔族」、それらにおののき逃げることしか出来なかった人々は救世主「ヒロミ」を中心に立ち上がり、いざ決戦の火蓋は切られたのであった。——だが、人々の前に立ちはだかり、目に映る「魔族」とは、隣国の兵士、または武装した民衆である。つまり、人間同士の戦い、戦争をしているのだ。

「魔族」または「魔王」とは、言わば概念的であり、想像上の存在である。それなのに、敵が「人ではない禍々しい存在」に見えているのはアリスの策略なのか、それとも洗脳されていたのか、その真相は分からないが、敵味方揃って相手をそう見ているようだ。これを全く関係ない人が見たら、それは魔族と人間との生存をかけた戦い、ではなく、領土紛争のような戦争に見えたことだろう。

 想像上の存在といえばユイもそれらに該当するだろう。だが、決着は魔王ことユイを倒すか、逆にヒロミが倒されない限りつかない。では、フワッとした存在であるユイとヒロミはどのようにして戦うのか。というか、本当に決闘のようなことを両者はするのだろうか?

 ヒロミは周囲から期待され救世主になりきっているのでヤル気満々である。一方、ユイは、出来れば争いは避けたいところだが、心の奥底には「こいつさえ居なければ私は……」という思いが、少しくらいはあったことだろう。それに、戦いを避けていては自身の復活は有り得ない。だからこれは選択の余地の無い運命として受け入れる覚悟が……あることにしよう。


 決戦の場所は勿論あそこである。そう、実体の無いユイと、その脳を共有するヒロミが戦う場所、と言うか、出会えるところでいえば空想の世界、つまり夢の中のようなところだ。正確に場所を記せば脳内ということになる。


 周囲の、人々の戦いの優劣とは関係なく始まる救世主と魔王の対決。この戦いはどちらかの死によって決着する。その後は、……そういえば何も取り決めらしいことは交わしていない。とすると順当に考えて、ヒロミが勝った場合は現状維持でユイは自然消滅、ユイが勝った場合は、……どうだろう、ヒロミがユイの体を明け渡し、ユイは元の体に戻る、となるには、何となくアリスの力が必要な気がしないでもない。……とにかくそれは終わった後に考えよう。


 夢の中とはいえ、初めて対峙するヒロミとユイ。その姿は両者とも同じである。もしかしたらヒロミは少年の姿かと思ったが、どうやら3年の月日で心と体が馴染んだらしく、ユイが2人いる、もしくは双子のように見える。だが、中身はそれぞれ違い、いまは救世主と魔王の立場、己の存在をかけた戦いとなる。そこに情けや迷いは禁物、いざ、勝負、勝負。

 戦場は夢の中とあって、そこでは何でも有りだ。魔法だろうが武器だろうが、望めば望んだようになるのがこの世界。さぞがし派手にドンパチしたことだろう、……ではなく、今だ勝敗どころか戦ってもいない。それは、まずヒロミの方だが、戦う相手が魔王だとは知っていたが、それが自分そっくりな姿をしており、まして女の子である、正義感が強いとされるヒロミにとって女の子に手を挙げるなどもってのほか。それは転生後にも引き継がれるヒロミの信念ということになるだろう。一方、ユイは戦うどころか人と争ったことなど一度もなく、どうしたものかと悩んでいた。因みにユイはこの状況をほぼ理解していたが、ヒロミはユイが自分と姿が似ていること以外、なぜ魔王なのか、なぜ自分と似ているのか等々、分からないことだらけである。


 睨み合う2人。だがそれ以上の動きはない。お互い、対峙した瞬間から相手への印象や思っていたことが、それ以前とは大きく異なることに動揺しているようだ。しかし、このまま何もしないという訳にもいかない。前に出るなり引くなり、とにかく物事を前に進める必要があるだろう。

 暫しの沈黙の後、先に動いたのはヒロミである。生前? は病弱で病院暮らしをしていたが、ベッドの上ではアレコレ、例えばサッカーがしたいとか野球とか、そんなことを考えていた。それに中身は男の子である。その気になればはヒロミの方にあるだろう。そこは夢の中だ、自由に体を動かし、普通では出来ないことも容易く行える。そうして動かしのは……口である。

 ヒロミは初めて会ったユイに「あーでもない・こーでもない」と自分の思いを言葉にしユイにぶつけた、まさに口撃開始である。自分の立場や使命、そして皆の期待を背負っていることの重要性を「なんだかんだ」とまくし立てた。そこには日頃の鬱憤うっぷんも混ざっていたことだろう。最後は言い尽くしたのか、ハーハーゼイゼイと息をあげた。

 しかし、口撃となればユイも黙ってはいない。というか口撃ならユイの方が得意だろう。なにせ生粋の女の子である、ヒロミとは桁違いの口撃力があるのだ。ヒロミの言うことは全て借り物の正義、序でに体も借りている。「あなたの、本当にしたいことは何なのか、それらをはっきりさせよ」と一気に畳み込んだ。これにヒロミは、……何がしら言い返せる部分もあったはずだが、ユイの口撃にパニックを起こし、片膝をつくようして項垂うなだれてしまった。それはヒロミの戦意が失せ、降参したようなものだ。

 だが、人と言い争いをしたことのないユイは、自分の口撃がそこまで強力だったとは想定外らしく、頭を下げるヒロミに同情の念が沸き起こった。「少し、言い過ぎたかも」という思いからユイはヒロミの手を取り、そこから2人は冷静に話し合った。そこでヒロミは、自分の意思で転生した訳ではないこと、気が付けば救世主になっていたこと、そして自分の体が、元々は目の前にいるユイの体だということを知った。そうなればもはやヒロミにユイを討ち亡ぼすことなど出来ない。ならばどうするのかと考えると、この現況を招いたアリスこそが諸悪の根源である、という結論に2人は到達したようだ。

 となれば話は早い。後はアリスをやっつけて元に戻るだけである、——それは、ユイは元の体に戻ることだが、ヒロミは……その覚悟はとうに出来ていると、正義感の強いヒロミであったようだ。

 こうして2人はアリスの元へ、そこには久しぶりの登場であるボブの手引きがあったようだが、2人は力を合わせてアリスをコテンパンにやっつけた、とある。詳細は本件の趣旨ではないので省略するが、付け加えるとすればアリスがどうなろうとも、その存在自体が消えたわけではないということだ。そもそも存在自体が怪しく、概念的な存在とでもいうのか、それは在り続けるようだ。同様にボブも然りだろう。

 ではその後2人はどうなったのか、というと、ヒロミは覚悟の通り、肉体からヒロミの意思は離れ、運命の定めに従って、……その先は不明である。これはアリスらの影響なしに、ヒロミ自身が行った、というか思いで出来たことだろう。一方、ユイは即座に元の体に戻った、のではなく、少々時間をおいてから復活を果たした。これは多分、ボブの仕業だと思うが、倒れたままのユイの体はユイ本人として目を覚ました時には、ヒロミが居た3年間の記憶が無くなったいた。これは恐らくユイが混乱しないための処置だったと思われる。


 以上、物語としてはこれで終わるが、本件の趣旨をお分り頂けたであろうか。いかに転生が悲劇を招き残酷であるか、ということを理解されたなら本望である。後は2人の幸福を願いつつ幕を閉じる。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

榛名の園 外伝 ひかりの留置場日記

ひかり企画
エッセイ・ノンフィクション
荒れた中学生時代、あたしが留置場にぶち込まれたお話です。

無記無記名

落武者ファイター
エッセイ・ノンフィクション
これはとある人の短い人生の断片 この物語をフィクションまたはノンフィクションと思うのは読み手のあなた次第。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうでもいいことを気にせず書いちゃう日記(Jan.2025)

弘生
エッセイ・ノンフィクション
どうでもいいことを、ハッと思った時にそのまんま書いてしまおうという、誰の何の役にも立たん、独り言が口に出てしまったようなメモ日記 あとで自分の役には立つかも知れん

既婚者パーティーに行ってきた

椋のひかり~むくのひかり~
エッセイ・ノンフィクション
皆様、こんにちは。 いつも読んでくださってありがとうございます。 今回のお話は さちこが初めて既婚者パーティーに参加したお話です。 マッチングアプリに限界を感じてきた頃、 出会った男たちに勧められたのが 「既婚者合コン」でした。 さちこは好みの男と出会えるのか? 既婚者合コンにご興味のある方の一助になれば幸いです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ほるぷ

名前も知らない兵士
エッセイ・ノンフィクション
 たまに僕は本当に小さくなってしまう。それは、他人と比べたり、自分に自信が無くなってたり、ひどく落ち込むときにおこる。  その日の朝も、重なる綿繊維の波の上に僕は立っていて、まるで違う惑星にいるかのように、壮大な場所でちっぽけになってしまった。  カーキ色の肌掛け布団が鼻背ですれる。それから静けさに気付かれないように両眼を宙空に移した。そういうときは、すぐに起きれなくて、陽射しに当たってきらきらと光る、遠方の人口衛星みたいな微小のホコリを、布団の中から見つめている。やがて、新鮮なコーヒーを淹れようだとか、今日はあの子と会おうだとか、まだ読み終えてない文庫を読もうとか、自分のためにシュークリームを買おうだとか考えて、何とかして元気を取り戻してもらい起きることにしている。  僕は仕事を辞めて、バツイチで、漫画原作志望者で、ようやく掴んだ青年漫画誌の連載の話も消えてしまう。それでも日常は進んでいって……あてもない世界を、傍にいつも暗い道がある人生を、日々進んでいく。 いつになったら抜け出せるのかと、自問自答を繰り返しながら。その積み重ねた日常を築くことが、その人の魂にとって、本当の価値があることを見出す物語。

処理中です...