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八章 王二人

最後の切り札

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「まさか俺が何も言わなくても、長慶ながよしが一人で出てくるとは思わなかったぞ」

「こっちこそ『まさか』だ。儂の秘策を難なく食い破ったのだぞ。国虎一人が出てくる必要もあるまい」

「分かってるくせに今更何言ってるんだ。俺達二人の戦いは、こうでもしないと決着が付かないだろうに。それとも長慶は、負けを認めて俺に頭を下げられるのか?」

「魅力的な話ではあるな。だが、それだけはできぬ。国虎も分かっておろう」

 一方的な塹壕戦が終わる直前、三好 長慶みよし ながよしとの決着を付けようと俺は若江わかえ城へと単騎で向かった。そこでは一人の騎馬武者が出迎えてくれる。名は当然ながら三好 長慶。まるで俺がそうするのを初めから分かっていたような行動であった。

 今は馬を並べて一騎打ちをする場所へと移動中なのだが、そこでは白々しい会話が交わされている。互いが自身の行動を棚に上げて、相手の行動を非難する有り様だ。こういう時、俺達は似た者同士なのだと改めて思う。

 俺が三好 長慶に一騎打ちを挑むのは、そうおかしな話ではない。例え若江城を落として三好宗家・尾州畠山びしゅうはたけやま家に対して有利な立場を得たとしても、壊滅させた訳ではないからだ。両家に対する戦はここから泥沼化していく。

 つまりは一騎打ちは、その泥沼化を防ぐためのものだ。分かり易く俺が三好 長慶を討ち取り求心力を奪う。これによって敵を崩壊させる。この戦いの大枠が義栄よしひで派と義輝よしてる派との争いである以上、三好 長慶が生きているか死んでいるかで戦局が大きく変わるのは火を見るより明らかであった。

 逆もまた真と言えよう。俺を殺せば義栄派は一気に衰退する。現実にそうなるかは別として、誰もがそう考えるに違いない。だからこそ三好 長慶は一騎打ちを挑む。互いに家臣が追い縋るのを振り切って。

 ここまではあくまでも二人が一騎打ちを行う大義名分だ。事実とは異なる。

「まあな。俺も長慶には頭を下げられない。だからこそ、ここで勝ち逃げさせてもらう。今の所一勝一敗だからな。次は俺が勝つぞ」

「何? 儂の二連敗ではないのか? それ故儂は、今度こそ国虎に勝とうと一対一の勝負を挑もうとしたのだぞ」

「ああっ、舎利寺しゃりじでの戦いは俺の負けだ。運良く織田 信長おだ のぶなが殿に助けてもらったに過ぎない」

「誠か? あれは国虎の策ではなかったのか。それは気分が良いな。なら次こそが、我等二人のどちらが上かを決める争いとなるのか」

 結局の所、二人共の根底に流れるのはこれである。どちらが上か。そんな意地の張り合いでしかなかった。男という生き物は度し難い馬鹿なのだと自分自身で思う。

 けれども馬鹿だからこそ、俺は三好 長慶と戦うのが楽しい。きっとそれは三好 長慶も同じ気持ちであろう。その証拠に二人の会話中、三好 長慶はずっと笑顔であった。

「国虎、この辺でどうだ?」

「ああ、良いぜ。なら互いに馬を降りるか」

「時に国虎、何で勝負する。き茶か? それとも連歌か?」

「長慶はこの場でそういう冗談が言える男なんだな。驚いたぞ」

「許せ。少々調子に乗った」

「いやいや褒めてるんだ。折角の一騎打ちで長慶が緊張で実力を出し切れなかったら、勝っても悔いが残る。俺は全力の三好 長慶とし合いたいからな」

「その言葉、そっくり国虎に返そう。儂を存分に楽しませてくれ」

 遠くで砲撃の音がする。塹壕戦が終わり、本格的な攻城戦へと移行したようだ。敵も必死で抵抗するとは思うが、ここからは当家の得意分野となる。俺の指揮が無くとも何とかしてくれるだろう。

「さてと、そろそろ始めるか。長慶、構えろ」

 そう言いながら愛刀の海部かいふ刀を抜いて八双に構える。

 対する三好 長慶は上段の構え。使用する得物は俺と同じく海部刀のようだ。その凛とした風貌に似合わず、攻撃を優先した構えをしているのが面白い。

「そうそう。見物人達に言っておくぞ! 絶対に手出しをするな。両軍同士でいがみ合いもするな。どちらが勝っても結果を受け止めろ。分かったか!」

「儂も国虎と同じ気持ちだ。良いか、我ら二人の争いを決して汚すでない! どちらが勝っても素直に称えるのだぞ!」

 さあこれから始めようかとする所で、念押しをしておく。やはり両軍の大将同士の戦いだからか、心配になったのだろう。持ち場を勝手に離れた両軍の将兵が、結構な数遠巻きに俺達を見守っていた。全体で二〇〇人は軽く超えていると思われる。

 それ自体は割り切るしかない。今更持ち場に戻れと言った所で聞きはしないだろう。二人の邪魔さえしなければ良い。そうした思いで俺と三好 長慶は自軍の将兵に対して言葉を投げ掛けた。

「準備は良いな。ならこっちから行かせてもらうぞ。一撃で終了なんて面白くない結末だけにはしないでくれよ」

「それはこちらの台詞だ。儂の茶や連歌は、あくまで嗜みでしかないとその身で知るが良い」

「そいつは楽しみだ」

 重心を前に移動し、一気に駆け出す。接敵直前に左足で力一杯地面を踏みしめ、そのまま右足を一歩前へ。流れのまま腰溜めに位置した海部刀を三好 長慶の喉笛目掛けて突き出した。

「へえ、やるねぇ」

 だが切っ先は目標には届かず。三好 長慶は愛刀を振り下ろし、俺の突きをいなす。

 初撃に失敗した俺は体を時計回りに捻り、右足を後ろの位置へ。距離を取り、敵の追撃を封じた。 

「それはお互い様だ。足の出し入れで間合いを変えるのか。面白き動きだな」

 次はこちらの番だと、三好 長慶が右斜め前へと歩を進める。俺の八双の構えを見て、左側面が手薄だと判断した動きだ。

「いや、そんなあからさまな動きをされたら、こうするだけだぞ」

 左足を一歩引いて左八双の構えを作る。手薄な左側面にはこれで対処可能だ。

「そうは簡単に行かぬか。仕方あるまい。ここからは小細工無しで行くしよう」

 言うや否やすり足で数歩進み、右足で大きく踏み込んでくる。全身の力を使った強烈な一撃。上段から振り下ろされる白刃が、寸分違わず俺の頭を砕こうと迫ってきた。 

 咄嗟に俺は左足を右後方に引き、軸をずらす。体が沈み込むような動きを利用して自身の海部刀を振り下ろし、三好 長慶の刀の峰を叩きつける。そこから刃を返し、下段から掬い上げるように跳ね上げた。

 だが、

「おいおい。小細工無しで行くんじゃなかったのか。体を後ろに残しやがって。今の一撃、全体重を使った振り下ろしなら、俺の勝ちだったろうに。やっばり様子見か」

 三好 長慶は自身の刀が叩かれた瞬間に後ろへと下がり、俺の追撃をやり過ごしていた。

「虚実と言って欲しいものよ。国虎の力を儂は知らぬからな。試させてもらった」

「相変わらず食えない奴だ」

「それは国虎の方であろうに」

 何となく想像していたが、三好 長慶は剣術の腕も相当であった。その上俺の力量を測ろうとする余裕まである。

 思えば三好 長慶は天文二〇年(一五五一年)に暗殺者の襲撃を受けている。その時に受けた刀傷は三か所。ここまでの傷を負いながら、致命傷を免れた。この件だけでも、腕前は確かだと分かるというもの。

 なら、そんな相手にはどうすれば良い? 出した答えは単純明快で、小手先の技に頼るよりも手数で押し切るというものであった。

「はっ!」

 後ろ足で地面を蹴り、袈裟斬りで飛び込む。

 振り下ろした先に待っていたのは敵の海部刀。カツンと乾いた音が鳴り、火花が起こる。ここから鍔迫り合いには移行させず、前蹴りを叩き込んで後ろに引かせた。

 もう型も何もあったのじゃない。袈裟、逆袈裟を何度も繰り返し、三好 長慶の海部刀を打ち据える。刃こぼれが起ころうとお構いなし。三好 長慶の握力を奪おうと、とにかく何度も打ち込んだ。

「それで終わりか? なら今度はこちらの番だな」

 俺が攻め疲れた所で、今度はお返しだとばかりに三好 長慶が連撃を叩き込んでくる。一撃一撃が重い。受けるだけでは身が持たないため、少しずつ後ずさりしながら何とかやり過ごす。

 ようやく終わったかと気を抜いた瞬間、今度は大上段からの強烈な一撃。左手を添え、捧げるような姿勢で受け止めるのが精一杯だった。

 そうかと思えば、今度は鳩尾にねじ込まれるような痛みが襲う。目線を下に向けると、そこには三好 長慶の右足があった。

「この程度か。威勢の良さの割には、呆気ないものよ」

「……」

 転がるように逃げて何とか距離を取る。

「さあ立て、国虎。まだ終わっておらぬぞ。とは言え、それではもう儂と争えぬかも知れぬがな」

「コホッコホッ、……それはどういう意味だ」

「右手をよく見てみよ。今国虎が手にしている物は何だ?」

「手にしている物? 海部刀じゃないのか? ……ああ、そういう事か。確かにこれはもう駄目だな」

 最後に受けた大振りの一撃が原因であろう。右手にあった違和感の正体を知る。今俺が手にしている海部刀は、真ん中からボッキリと折れていた。頑丈さで定評のある海部刀であっても、三好 長慶の剣の腕には敵わなかったと見える。

「それでどうする? まだ続けるか? もう分かっていると思うが、腕の差は歴然だ。国虎に勝ち目は無いぞ」

 確かにその通りだ。ほんの少しの打ち合いでも、明らかに差があるのが分かる。派手な技を使わなくとも、冷静に対処し、一つ一つの打ち込みを重く正確に行う。これ以上ない堅実な戦いだ。俺の俄か剣術では絶対に勝てないのが分かる。

 三好 長慶は初めから勝算があった。だからこそ、俺との一騎打ちを望んだのだろう。単なる意地の張り合いだとしても、そこには冷静に自身の力量を把握した計算高さがあった。やはり三好 長慶はこの時代の英雄だ。俺よりも一枚も二枚も上の存在だと分かる。
 
 しかしながら、勝算があるのは俺もまた同じ。そうでなければ一騎打ちなど挑まない。

「いんや、まだ続けるさ。俺には切り札があるんでね。剣の腕は長慶の方が上。それははっきりと認めよう。だがな、これはあくまで一騎打ちだ。剣術の優劣を決めるものではない。それを忘れてもらっちゃ困るよ」

「今から弓でも出してくるつもりか? 悪いが、儂に背を向けて取りに行こうとした瞬間、国虎の命は終わるぞ」

「弓じゃないから安心しな」

「なら得意の鉄砲か? のんびりと玉薬を詰め、火縄を準備している間に、儂は国虎を何度も殺せるぞ」

「今から良い物を見せてやるよ」

 鳩尾の痛みを我慢して、何とか立ち上がる。右手に持っている折れた海部刀を左手に持ち替える。陣羽織の下に隠れた右肘部のボタンを押して、ロックを解除する。

 さあこれで準備は整った。

 俺の言葉をハッタリではないと見抜いたのだろう。三好 長慶は構えを正眼に変え、守りにも対応できるようにしていた。

 ──残念だが、初見でこれに対応するのは無理だ。長慶。

 右肘を曲げ、そこから大きく振り出す。

 現れたのは銃身を極限まで切り詰めた小型の銃。勢い良く腕を振れば腕に仕込んだ銃が飛び出してくるギミックを、俺は最初から右腕に仕込んでいた。袖付きの陣羽織を纏っていたのは、そのギミックを覆い隠すのが目的である。

「何だそれは!」

「これが俺の最後の切り札『携行型空気銃』だ! 鉄砲はここまで小さくできる。油断したな。あばよ!」

 瞬間引き金に指を掛け、全力で引き絞った。

 一発装填のつづみ弾仕様の空気銃。以前、朝倉 在重あさくら ありしげに手渡した銃の改良型だ。ここまで小さくすれば、命中精度も威力も大したものではない。だが間合いは、数歩踏み込めば刀が届く近さ。例え殺傷能力が無くとも、一発当て怯ませるなら十分だ。それにここまで近ければ、絶対に外しはしない。

 銃口から放たれるつづみ弾が三好 長慶の顔面へと直撃する。そして隙だらけとなる。俺は一気に駆け出し、体当たりするかのように折れた海部刀を土手っ腹へと差し込んだ。

「……見事だ、国虎……」

 無言で海部刀を引き抜く。三好 長慶の腹部からは、滲むように血が溢れ出す。手にしていた海部刀をどさりと地面へと落とし、膝から崩れるように前のめりに倒れていった。

「長慶、介錯をしてやる。最期に言う事はないか?」

「言いたい事は……山程……ある。だが……今は、これだけだ。国虎、来世では共に戦おうぞ!」

「分かった。来世では俺達は仲間だ。その時は長慶に天下を取らせてやる」

「それ……は……楽しみ……だ」

 最早虫の息となった三好 長慶に、これ以上苦しまないようにと首を切り落として命を絶つ。その際俺は三好 長慶の海部刀で介錯をさせてもらった。

 この海部刀を天へと掲げ、あらん限りの大声で叫ぶ。

「三好 長慶はこの俺、細川京兆けいちょう家当主 細川 国虎が討ち取った! お前等、勝鬨を上げろ! この戦、俺達の勝利だ!」

 三好 長慶、安らかに眠れ。
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