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八章 王二人

VS三弾撃ち

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 永禄えいろく四年 (一五六一年)初冬、毛利 元就もうり もとなりによる丹後たんご国侵攻、足利 義栄あしかが よしひでによる摂津せっつ国侵攻に続き、大トリとして当家と伊予安芸いよあき家、薩摩斯波さつましば家の三家合同の二万五〇〇〇の軍勢が、和泉いずみ淡輪たんのわ港に上陸を果たす。

 石山本願寺救援という目的を考えれば、和泉国の最南端とも言える淡輪港に上陸するのは、危機感が無いと言われてもおかしくはない。大軍に包囲されている一向門徒の気持ちを考えれば、もっと近場に上陸するのが本来であろう。

 ただそれを行うと、飛んで火にいる夏の虫。瞬く間に俺達の方が取り囲まれてすり潰されてしまう。丹後国や摂津国への救援に敵戦力の一部が離れた現状でも、未だ六万もの兵が石山本願寺を取り囲んでいるのだから行動も慎重になるというもの。

 俺の見立てではもう少し両国の救援に兵を割くと考えていたのだが、上手く行かないものだ。

 つまり上陸地点に淡輪港を選んだのは、一兵でも多くの敵兵を石山本願寺の包囲から引き剥がすのを目的としている。背後から襲うのは諦め、和泉国内で真正面から足利 義輝との大戦を行うという意味だ。こうすれば公方陣営による石山本願寺攻めを中断させられるため、最低限の役割が果たせられよう。

 その目的実現のため、俺は一つの仕掛けをする。

 仕掛けと言っても大したものではない。するのは和泉国内の城を一つずつ無力化しながら北上するというものだ。淡輪港の強襲から淡輪城の攻略までは電撃的に行ったものの、そこからは足利 義輝や石山本願寺に敢えて動きを伝えるかのように、惜しみなく大筒をぶっ放し続ける。それも薩摩斯波家や伊予安芸家も含めた三家全てで行う徹底ぶりであった。

 この行動により、公方陣営は和泉国内の城に籠って俺達を足止めするのが不可能と理解するだろう。そうなれば選択肢は野戦の一択しかない。野戦を選択するからには、勝ちの確立を上げるためにより多くの兵を率いて南下する。結果として石山本願寺の包囲は解かれ、打って出るのを防ぐ押さえの兵が残されるのみとなる。見立てでは、この押さえの兵は一万程度になると考えていた。
 
「そうなると我等は、約五万の軍勢と争う訳ですな。その半分の兵の数で」

左京進さきょうしん、不安か?」

「まさかまさか。国虎様はこれまでに何度も、数倍の敵に勝利し続けているではないですか。二倍では逆に物足りないのではないかと」

「言うようになったな」

「これも全ては国虎様の薫陶の賜物です」

 次の攻略対象の城に向けて移動する中、馬で隣に並んだ安芸 左京進あき さきょうしんと他愛ない話を続ける。

 和泉国は守護代を松浦まつら家が務め、討ち死にした十河 一存そごう かずまさが後見していた国だ。しかも和泉松浦家の現当主は、十河 一存の息子である。

 そうなれば俺を敵視して一致団結するものだと考えていたのだが、現実は過酷だ。十河 一存という重しが無くなったのをこれ幸いに捉え、各自がバラバラで動いている。一戦もせずに降ってくる豪族ばかりであった。

 とは言えいつもながら領地安堵を求めてくるため、脅しとばかりに大筒をぶっ放す。これに驚いて城から逃げ出すのが和泉国豪族の行動であった。

 豪族連中が徹底抗戦をしないのは簡単な理由である。それをする位なら、公方陣営に手を貸した方が賢い。ただでさえ俺達は倍の兵力に挑むのだから、勝率は公方陣営の方が高いと見るのが正しい判断と言えよう。ならばその勝率を更に高くする。そして戦勝の暁には褒美を得る。これが生き残りの正しい方法だ。

 当然ながら俺は、今更敵の数が多少増えた所で勝ちは揺るがないと考えている。だからこそ逃げた豪族達を追おうともしない。

 ただそうは言っても、同じ味方内でも俺とは違った考えを持つ者がいるのもまた道理だ。特に俺と近しい存在なら、今回の戦を危なっかしいと見ていても不思議ではない。世の中は意外とお節介焼きがいる。

「こういう時ボウズは水臭ぇよな。俺に余計な気遣いは無しだ。大事な戦なんだから、どうして俺達を頼らない。素直に『手を貸してくれ』と言えば良いんだよ。ったく、何年来の付き合いだと思ってるんだよ」

 今や息子が一国の主となった津田 算長つだ かずながも、そんなお節介焼きの一人と言えよう。一万の兵を率いて援軍として駆け付けてくれた。

「算長、駆け付けてくれるのは嬉しいが、今回の敵は公方だぞ。それを分かっているのか?」

「だからそれが水臭ぇと言っているんだ。良いか、よく聞け。今や俺の息子は、足利御三家の一つ肥前渋川ひぜんしぶかわ家のご当主様だぞ。家格は管領よりも上だ。そうなると足利の秩序を守るために、時には公方の間違った行いを正さなければならねぇ」

「何しれっと拡大解釈してんだよ。足利御三家は征夷大将軍の継承権はあっても、中央の政には関わらないのが本来だろうに」

「それは先代までだ。今は方針を転向した」

「良い顔で言い切りやがって……。けど心強いよ。恩に着る。この戦、勝つぞ!」

「おうよ!」

 津田 算長が言うにはここ最近の俺の戦いは、薄氷をふむかのような危うさで見てられないそうだ。一歩間違えば大敗してもおかしくはない。結果として勝ちを拾っているに過ぎないのだとか。

 そんな中、今度は畿内で戦を始める。しかも薩摩斯波家には軍勢派遣の要請をしているにも関わらず、肥前渋川家には依頼のいの字も無い。これが相当不満だったそうだ。

 肥前渋川家が誘われなかったのには明確な理由があったものの、納得できる筈もなく。それよりも肥前渋川家が参戦しなかったがために俺が討ち死にしてしまえば、悔やんでも悔やみ切れない。こうした思いから勝手な参戦を決意したという。

 ……要するに俺の行動が、津田 算長には無謀に映っていた訳だ。これは素直に反省するしかない。

 こうして肥前渋川家の援軍を得た俺達は、和泉国攻略を加速させる。要害となる岸和田きしわだ城を攻め落とすだけでは飽き足らず、勢いのまま一気に大和やまと川をも超えた。

 目の前に茶臼ちゃうす山を本陣とした室町幕府軍約六万が展開する。どうやらここが決戦の場所のようだ。

「さあ、ここからは公方狩りの時間だ。お前等気合入れろよ!」


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 俺達の第一の目的は石山本願寺の救援にある。待ち構えていた室町幕府軍はこれを理解していたのだろう。それが軍勢を南下させずに茶臼山に本陣を置いた理由と言っても差し支えない。

 つまり室町幕府軍は俺達が和泉国南部に上陸したのを逆手に取って、疲弊するのを待っていた。俺達が大筒を派手に使用しているのを逆手に取って弾切れさせようとした。

 勿論合流した和泉国豪族を再編成する時間も必要だったろうし、逆茂木や土嚢を設置して防御を固めるのも一瞬で終わる訳がないのみ分かる。

 そうした事情はあるものの、石山本願寺から五キロメートルも離れていない場所に本陣を置くのはかなり危険な行為である。物見の報告では石山本願寺周辺には約一万の兵が押さえとして残されているようだが、これを突破されてしまえば当家の軍勢と挟み撃ちとなり、すり潰されてしまうのは火を見るより明らかだ。

 それを理解した上でもこうした策を採る。随分と大胆だと思わざるを得ない。

 ここでふと気付く。そう言えば足利 義輝あしかが よしてる三好 長慶みよし ながよしと二度目の和睦をして京に戻ってからは、甲斐武田かいたけだ家前当主の武田 信虎たけだ のぶとらが「幕府外様衆」として仕えていたと。武田 信虎は不幸にも甲斐国から追放されたが、多くの功績を残す優秀な人物である。

 このような人材を抱えているからこそ、室町幕府軍は危険を承知の上で遠征軍に対する定石を選択できたのだろう。やはり甲斐国を統一した手腕は伊達ではない。

 しかもだ。茶臼山周辺に展開する敵勢には、中央に一つだけ突出した部隊がいる。それも逆茂木を三重に設置して防御に特化した布陣。前進はほぼ考えていない。遠距離攻撃を専門としているのが分かる。

 その部隊から一人の若武者が馬に乗って、俺達の軍勢に近寄ってきた。
 
「国虎殿、国虎殿はいますか? 私です。畠山 義長はたけやま よしながです。ついに八年前の約束を果たす時が来ましたぞ 」

 大音量で俺の名を呼ぶ者は三好 長慶の息子である畠山 義長であった。決戦の前にデートのお誘いをする粋な計らいである。ここはその思いに応えるのが礼儀だと判断して、急いで馬を飛ばし顔の見える距離まで近付く。

「俺だ。細川 国虎だ。元気そうで何よりだ。今の言葉は俺との直接対決をしたいという意味か?」

「その通りです。この日のために五〇〇〇丁の鉄砲を揃えました。私の率いる軍勢と国虎殿の軍勢のどちらが上か、この場で決着を付けましょうぞ」

「ほぅ、五〇〇〇丁か。それだけの数を良く揃えたな。南蛮から手に入れたのか? なら、こちらは五〇〇丁の最新種子島銃で相手させてもらうとするか。戦は数が全てではないと教えてやろう」

「例の連発銃ですね。それに対抗する策をこちらは用意しております。その策にて国虎殿をあっと言わせてみせますのでお覚悟を」

「そいつは楽しみだ。義長の策で俺を負かしてみろ。但しこちらも手加減はしないからな。温い策なら踏み潰してやる」

「望む所です!」

 軽くやり取りをして共に自身の部隊へと戻る。

 親も親なら子も子と言うべきか。まさか俺を指名し、対決を希望するとは思いもしなかった。元服してからこれまで数多くの戦を経験したが、初めての出来事である。

 それにしても、こうした暴挙がよく許されたものだ。五〇〇〇丁もの鉄砲を準備したなら、分散させた方が良いのではないか? いや、今回の場合は俺という諸悪の根源を討ち取るために専用の部隊を作ったと見た方が良いのかもしれない。

 こう考えると、安い挑発に乗った俺の方が馬鹿なのだろう。とは言え物は考えようだ。敵の必勝の策を食いちぎれば、士気はだだ下がりとなる。

 何にせよ、俺と畠山 義長との勝敗が今回の戦の趨勢を決めると言っても過言ではない。元よりこちらの兵力は敵方より少ないのだから、虎の子の回転弾倉種子島部隊が負ければ大きな痛手となるのは確実である。

 さて、それではお手並み拝見といくか。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「なるほどねぇ。あれだけ自信たっぷりだったのは、これが理由か。初見でこれを倒せと言われれば、まず無理だな」

 戦はある意味静かな形で始まる。それはそうだ。互いに様子見とばかりに、俺は鉄の大盾を持った馬路うまじ党を前面に押し出し、畠山 義長はずらりと並べた弓隊で矢の雨を降らして馬路党の動きを封じようとする。

 そこには発砲音も無ければ、硝煙の匂いも無い。さっき交した言葉は何だったのか。要は互いが手札を隠した状態で戦に突入をした。

 だがそこは百戦錬磨の馬路党である。この程度の攻撃では怯みもしない。矢の切れ目を狙いすましたかのように、一歩ずつ確実に距離を詰めていく。

 この行動が敵方に動揺を招いた。もしかしたら一時期畿内に広がった「馬路党が来るぞ」の言葉を思い出したのかもしれない。緊張感に耐え兼ねたであろう一人の鉄砲射手が一発の銃弾を放つ。

 今まさに「泣く子も黙る」馬路党の真価が発揮される。放たれた銃弾など、どこ吹く風。発砲音に驚きもしない。それ所かここを好機だと判断し、乱戦に持ち込もうと大盾を構えたまま一斉に駆け出し距離を詰め始めた。

 こうなると敵側は手の内を隠す余裕は無くなる。一〇〇〇を超える鉄砲が一斉に火を吹いたかと思えば、後列に控えていた射手が前に出てきて今一度一斉に鉛玉を発射する。そうかと思えば、更にもう一度の一斉発射。俗に言う「三弾撃ち」が敵の必勝の策だと判明した。

 それだけではない。弓隊による支援攻撃までもれなく付いてくる徹底ぶりである。

 連発銃には数を。意味は同じだが、その使い方が非凡と言うしかない。よくぞ思い付いたものだ。

 こうなるとさすがに馬路党でも手に余る。放たれる銃弾を防ぐだけで精一杯となり、じりじりと後ろへ下がり始める。前進など以ての外。貝のように閉じて、いつ終わるとも知れない銃撃にただ耐えるのみとなった。

「マズイ。このままだとジリ貧だ。今ここで芝辻砲や新居猛太改を使えば、後ろに控える敵本隊との戦いで弾切れとなる。抬槍たいそう隊を石山本願寺に派遣したのが裏目に出たか……何てな。伝令はいるか! 近沢 越後ちかざわ えちごに伝えてくれ。出番だと。匍匐ほふく前進で距離を詰めて撃ちまくれ。これでこちらの勝ちが決まりだ」

 例えば一八六六年に起きたケーニヒグレーツの戦いがある。この時、ボルトアクション式のドライゼ銃を使用するプロイセン軍が、伏せ撃ちによって先込め式の銃を使用するオーストリア軍に大勝したのは有名な話だ。

 勿論今回の戦は、ケーニヒグレーツの戦いとは状況が異なる。敵は先込め式の銃とは言え、三弾撃ちによって発射間隔を短くしている。そのため、一方的にこちら側が討ち続ける状況は成立し辛いだろう。

 ただ、この時代は立射が基本だ。更に言えば、火縄銃には発射時の反動を和らげるマズルブレーキの機能が無い。そうなると自然と目線より下への物体に対して命中させるのは困難となる。地面を這いつくばっている敵相手なら尚の事だ。

 加えて射撃は銃弾の飛び交う中で行わなければならない。この環境でしっかりと狙うのがどれ程難しいか。火縄銃は構造上、引き金を引いてから弾丸が発射されるまでにほんのわずかな時間がある。この時間が射手にとっては、恐ろしく長く感じるのが戦ならではの特異性と言えよう。

 結果として、ケーニヒグレーツの戦いに先駆けた蹂躙劇が目の前で展開されていた。

 例え支援の弓兵がいた所で、この状況は何ら変わりはしない。矢を当てずっぽうに放った所で当たる筈がないのだから当然だ。戦傷者の数が徒に増えるだけである。こちらの弾切れを狙おうにも、弾倉の交換で済むのだら再装填にそう時間は掛からない。最早敵側に為す術はなかった。

「さあ、この勢いのまま室町幕府軍全てを潰すぞ! 伊予安芸家と薩摩斯波家に伝令を出してくれ。距離を詰めて大筒をどんどん撃ち込んで欲しいと。残弾全てを使い切ってくれと。その後は各自に任せると」

 今回の戦いは俺が相手でなければきっと畠山 義長が勝っていた。決め手となったのはほんの僅かな差。銃器に対する理解度の違いのみだ。匍匐前進や伏せ撃ちは、元現代人でなければ実現できない。

 そんな僅かな差で必勝の策が簡単に崩れてしまうのだから、戦は残酷である。

 こうして前哨戦はこちら側の勝利となった。
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