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八章 王二人
十文字の傷口
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──どんなに戦に強くとも、重要拠点を奪われてしまえば勝利はできない。
十河 一存は優先順位を間違った。今回の戦で最も重要なのは俺を討ち取る事ではない。岩屋城の死守である。
岩屋城が重要な理由は、場所が明石海峡大橋のすぐ近くだからと言えば、現代人なら簡単に理解できるだろう。そう、岩屋城は淡路島にありながら神戸に近い。海を挟んでいるとは言え、距離だけなら南淡路よりも神戸の方が近いのだ。
何が言いたいかというと、岩屋城の陥落は三木城を攻める三好軍の背後を脅かし、南淡路で激闘中の十河 一存の背後を脅かす、まさに王手飛車取りのような一手となる。
結局の所、俺の行動の全ては岩屋城の奪取を目的とした布石だったという訳だ。状況を俯瞰すれば、三好の三木城攻めに便乗したというのに、明石海峡には近付こうともしなかったのが分かる。
ただ、十河 一存も馬鹿ではない。岩屋城の重要さは理解していた筈だ。兄の三好 長慶からも言い含められていたに違いない。
それでもこんな単純な手に引っ掛かったのは、播磨国にある三木城を簡単に落とせると思い込んでいたのではないかと考える。要するに島津程度なら楽に蹴散らせるから、背後を気にする必要は無い。すぐに三木城攻めの兵の一部を岩屋城の守備に回せると踏んだのであろう。俺との戦いに勝利するには兵数が必要。ならば岩屋城の守備に回す余裕は無いと判断したのではないか。
実績を鑑みれば、十河 一存の考えは妥当である。大した実績の無い播磨島津家に平気で「単独で三好を退けろ」と言う俺の方が、そもそも間違っていると言えよう。例え播磨国の大部分を切り取ったとしても、そのやり方を世間が評価していないのは小寺 孝高の反応を見れば分かる。
「国虎様、岩屋城の重要さは十分に分かりました。それよりも何ゆえ、周防仁木家の参戦を教えて頂けなかったのでしょうか?」
「最初から皆が知っているのだから、改めて言う必要は無いだろうに」
「いえ、一切聞いておりませんが」
「そんな筈ないだろう? 俺が椿を側室に迎えた事情を忠澄は忘れたのか?」
「いえ、阿波海部家の転封 (領地替え)の話の際に出たのを覚えております」
「なら、覚えているな。どうして阿波海部家が周防仁木家になる必要があったかを」
「それは淡路国を攻め落とすには強力な水軍が必──四年も前の話ですよ! 誰が覚えているのですか!?」
「現に忠澄は覚えているじゃないか。元々がそういう約束だったからな。南淡路侵攻の前に岩屋城攻めを依頼しておいた。率いる船団の規模や攻める時期は何も指定していない。それがこの結果だ。仁木殿がどれほど淡路国攻めを心待ちにしていたか良く分かるな」
「開いた口が塞がらないとはこの事です。そのようないい加減な策だとは思いもしませんでしたよ」
「俺は本気でこの七〇〇〇の兵だけで勝つつもりだったからな。十河 一存が思った以上に強かった。今回は保険を掛けておいて良かったと思っているよ。それよりも敵が撤退を始める前に、こちらの追撃を鈍らせる目的で総攻撃を仕掛けてくるぞ。各支城に詰めている部隊には城を出て、逆包囲をするように連絡を出しておいてくれ」
十河 一存がどんなに強かろうが、大軍を率いていようが、挟撃されてしまえばどうしようもない。南下している周防仁木家の軍が南淡路に到着するまでに一度兵を退き、態勢を立て直すのが定石である。間違っても玉砕覚悟で全軍突撃を行う馬鹿な真似はしない。
そうなれば退却先は、三好三人衆の一人安見 宗房がいると思われる洲本城もしくは洲本港となる。淡路国の中心とも言える場所だ。この地での戦いに勝利すれば、淡路国は当家の物となる。
さあ次の戦いにも勝利して、十河 一存との完全決着と洒落込もう。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
大軍同士の戦い程、均衡が崩れた時は呆気ないものだと痛感をする。
結論から言えば、敵が洲本《すもと》城入りする頃には兵数は五〇〇〇程度にまで激減していた。残りは逃亡や投降となる。ここまで数を減らすなら、南下してくる部隊の存在を隠して、南淡路の地で無理矢理戦を継続した方が良かったのではないかと思う程だ。
いや、敵の崩壊ぶりを目の当たりにすると、元々が限界寸前だったのかもしれない。
そうした感想を抱かせる程、撤退直前の敵の総攻撃は精彩を欠いていた。これまでの奮戦ぶりが嘘であったかのようなバラバラの突撃に、散発的な弓や鉄砲の支援攻撃という中途半端さである。
勝利を確信した戦がひっくり返されたのだから、こうなるのも分からんではない。
加えていざ撤退を始めれば、殿の脆い事。敵兵は蜘蛛の子を散らすように散り散りとなり、態勢を立て直して再度決戦を挑むのが不可能な状況となる。つまりは洲本城に入ったのは、逃げ込んだと評するのが正しい。
このような結末となったのも、追撃の主力をこれまで出番の無かった清水 宗知改め大友 宗知率いる土佐大友家が担当したのも大きい。修羅の国九州の名の通り、宿老の戸次 鑑連を亡くしても、代わりとなる武闘派がゴロゴロいる恐ろしさだ。中途半端な将であれば、ミンチに刻まれるのがオチというもの。
こうして大勢の決まった戦いは、総仕上げとなる城攻めへと移行していた。
「早いな。もう合流か。今回は助かった。礼を言うよ」
「いえ。もう三日早ければ、我等の武勇を国虎様に見せられただけに残念です」
「確かにそれは残念ではあるな。ただ、大内 輝弘・武弘親子が周防国を強襲した際や、豊前国での豊後大友家との戦での活躍は聞いている。俺としてはそれだけで十分誇らしい気持ちだ」
「全ては遠州細川家時代に学んだ成果です」
そんな時、周防仁木家の援軍が合流する。
軍勢を率いるのは、土佐から出向した波川 清宗であった。初対面の時こそ自身の力を過信して、当家と土佐一条家を天秤にかける馬鹿な真似をしていたが、降伏してからは心を入れ替えたかのように真面目に頑張っていた男だ。
それが功を奏して周防仁木家へ与力として出向したのを契機に、今では重臣に上り詰めているという。当家では使い所が難しい人材だっただけに、新天地で活躍しているのは嬉しい限りだ。
今回は南淡路での決戦、もしくは洲本での決戦のためにて急いで駆け付けてくれる。ただ残念ながら、敵の崩壊が予想以上だったために、戦での出番は無くなってしまった。
それでも敵の背後を取り崩壊へと導いたのだから、値千金の活躍は既に見せてくれている。武功を上げるだけが戦ではない。戦場以外でも勝利を確定できるのが戦の奥深さと言えよう。
「後は楽にしてくれ。急いで駆け付けてくれたのだから、まずは兵達に休息を与えてやれよ。それかここから南にある、手付かずの由良城を包囲するか? 休息はそこで与えるのも一つの手だ」
「では良い機会ですので、由良城を落として国虎様に献上させて頂きまする」
「待った待った。そう逸るな。由良城は包囲するだけで大丈夫だ。俺達が洲本城を落とせば勝手に降伏してくる。もう大勢は決まったからな。意味の無い争いで兵を減らさなくて良い」
「とても残念です」
気持ちは分からんでもない。戦をするつもりでやって来たのに、いざ到着したら出番が無かったのが悔しいのだろう。俺に活躍を見せたかったと顔に書いてある。
ただ俺から見れば、淡路国での戦いはあくまで前哨戦だ。本番は畿内入りしてからとなる。だからこそ今は兵を温存して、次の戦いに繋げて欲しい。焦らなくとも出番は幾らでもあるのだから。
「国虎様、芝辻砲の準備が整いました。いつでも撃てます」
「どんどん撃っていけ。俺達相手には難攻不落の城など飾りだと敵に教えてやるんだ」
幾ら角度調節機能があるとは言え、山城を砲撃するのはちとキツイ。そのため今回は土嚢を積んで斜面を作り、そこに芝辻砲を設置した。これで安全な距離から城の攻略が可能となる。
洲本城の落城も間近であった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「最期に何か俺に言いたい事はあるか?」
四日後、洲本城に籠る十河 一存が和睦という名の降伏をしてきた。三日三晩休みなく芝辻砲を撃ち続けたのが余程堪えたと見える。城自体の倒壊には至らなかったものの、主な防衛機能は全て破壊して無力化は完了。後は時を見計らって突撃するのみという状況下で使者を寄越してきた。
条件は自身の首と引き換えに、城の将兵の命を助けて欲しいというもの。妥当な内容だ。この期に及んで見苦しく命乞いをしない潔さはさすがである。
こちらが付け加えた条件は、将兵の武装解除のみとなった。
「此度の戦、敗因は全て儂の慢心だと分かっておる。それ故、責任は儂が取るつもりだ。今更言う事はござらぬ」
敗軍の将と言えども媚びへつらう真似はしない。後ろ手に縄で縛られた十河 一存は、堂々たる態度で自分自身への反省を口にしていた。薄汚れてくたびれた鎧と目の下にできた隈が哀愁を誘う。
「こちらの兵数の少なさに功を焦ったのが敗因と理解しているのか。三木城陥落まで進軍を待てれば結果は違っていたのにな」
「せめて一矢報いようと、洲本城で細川殿の軍勢を引き付けたかったのだが、それも叶わなんだ。あの砲撃の前には、意地など無意味であったわ。儂の不甲斐なさによって、今頃は三木城攻略に向かった三好 長逸殿も撤退をしておろう。それが無念でならぬ。最早合わす顔が無いわ」
「なるほどねぇ。籠城したのはそういう意図だったのか」
十河 一存には籠城以外にもう一つの選択肢があった。洲本港から畿内へ退避するという安全策だ。なのにそれを選択せずに洲本城での籠城を選択する。この行動は俺が不審に思っていた点だ。当初は畿内からの援軍を待っているものだと理解していたが、そうではない。
自身の失態で三木城攻略に向かった部隊に迷惑を掛けたのを悔やみ、せめて三木城の攻略が終わるまでは、淡路国にいるこちらの軍勢の注意を向けさせようとしたのだろう。三木城攻略を支援する目的で。
つまりは南淡路の戦いで負けた時から、逆転の目は無いと理解していたとなる。名将であるが故の悲しき結末と言うしかない。もう少し十河 一存が馬鹿であったなら、玉砕覚悟で戦闘を継続するなり、全てを捨てて畿内に逃げるなりの選択があったのではないかと思われる。
「十河殿の覚悟は理解した。城兵や洲本城関係者の命は奪わないと約束する。畿内に戻りたい者がいればこちらで船を手配するし、行き場の無い者は当家で預かる。だから後の事は心配するな」
「かたじけない。それでこそ兄上が認める細川殿だ。儂ももっと早く細川殿の器量に気付いておれば、このような事にならなかったと……いや、今更の話ではあるな」
「そう評価してくれるのは嬉しいが、今回のお手柄は個人的には島津だと思っている。三好の軍勢を援軍無しで凌いだ手腕は見事と評するしかないからな。だから称えるのは、島津に対してで頼むよ。十河殿も認めたとなれば、連中も喜ぶに違いない」
「それで良いのか? 噂に聞く通り、細川殿は変わり者だな。儂に勝ったのだから、もっと誇っても良いと思うのだが……」
「戦の勝敗は時の運だからな。その運を手繰り寄せたのが、島津という訳だ」
「それほどまでに細川殿が島津殿を評価すると、俄然興味が出てくるな。三木城に向かうのが儂であったなら、争えたかと思うと残念でならぬ。違うな。細川殿が島津殿を播磨国に配したのには、意味があったと解するべきか。それに気付けなかったからこそ、此度は我等は負けた。ただそれだけの事であろう」
「過大評価な所はあるが、概ねそうなる。俺は島津を買っていてね。三好に対抗できる力を持っていると判断した。しかも無名なのがまた良い。その点では三好殿としている事は似ているな」
「……そうか。兄上と似ているのか。儂と兄上との差、それが儂と細川殿との差であったか」
自分達が行っている積極的な人材登用を他の陣営でも行っているとは考えない。人とは得てしてそういうものなのだろう。それが戦の勝敗を決めたのだから、これ以上の皮肉はない。
ともあれ勝敗は決した。
後は十河 一存の自害を見届け、その結末を籠城した敵の城へ報せるだけとなる。
衆人環視の中、脇差を迷いなく受け取った十河 一存はかっと目を見開き、腹に刃を突き立てる。これで終わりではない。腹を十文字に切り裂き、傷口に手を突っ込み内臓を取り出す。取り出した内臓を引きちぎり、俺に向かって投げつける。最後の最後で十河 一存は意地を見せた。
血塗れとなった体。傷口からは今も血が滴り落ちている。そんな状態でも悲鳴の一つも上げない。ただ笑いながら「細川殿、先に地獄で待っておるぞ」と一言残して十河 一存は事切れた。
まさに鬼十河の名に相応しい最期だったと言えよう。
十河 一存享年三〇。淡路国洲本の地にて散る。
十河 一存は優先順位を間違った。今回の戦で最も重要なのは俺を討ち取る事ではない。岩屋城の死守である。
岩屋城が重要な理由は、場所が明石海峡大橋のすぐ近くだからと言えば、現代人なら簡単に理解できるだろう。そう、岩屋城は淡路島にありながら神戸に近い。海を挟んでいるとは言え、距離だけなら南淡路よりも神戸の方が近いのだ。
何が言いたいかというと、岩屋城の陥落は三木城を攻める三好軍の背後を脅かし、南淡路で激闘中の十河 一存の背後を脅かす、まさに王手飛車取りのような一手となる。
結局の所、俺の行動の全ては岩屋城の奪取を目的とした布石だったという訳だ。状況を俯瞰すれば、三好の三木城攻めに便乗したというのに、明石海峡には近付こうともしなかったのが分かる。
ただ、十河 一存も馬鹿ではない。岩屋城の重要さは理解していた筈だ。兄の三好 長慶からも言い含められていたに違いない。
それでもこんな単純な手に引っ掛かったのは、播磨国にある三木城を簡単に落とせると思い込んでいたのではないかと考える。要するに島津程度なら楽に蹴散らせるから、背後を気にする必要は無い。すぐに三木城攻めの兵の一部を岩屋城の守備に回せると踏んだのであろう。俺との戦いに勝利するには兵数が必要。ならば岩屋城の守備に回す余裕は無いと判断したのではないか。
実績を鑑みれば、十河 一存の考えは妥当である。大した実績の無い播磨島津家に平気で「単独で三好を退けろ」と言う俺の方が、そもそも間違っていると言えよう。例え播磨国の大部分を切り取ったとしても、そのやり方を世間が評価していないのは小寺 孝高の反応を見れば分かる。
「国虎様、岩屋城の重要さは十分に分かりました。それよりも何ゆえ、周防仁木家の参戦を教えて頂けなかったのでしょうか?」
「最初から皆が知っているのだから、改めて言う必要は無いだろうに」
「いえ、一切聞いておりませんが」
「そんな筈ないだろう? 俺が椿を側室に迎えた事情を忠澄は忘れたのか?」
「いえ、阿波海部家の転封 (領地替え)の話の際に出たのを覚えております」
「なら、覚えているな。どうして阿波海部家が周防仁木家になる必要があったかを」
「それは淡路国を攻め落とすには強力な水軍が必──四年も前の話ですよ! 誰が覚えているのですか!?」
「現に忠澄は覚えているじゃないか。元々がそういう約束だったからな。南淡路侵攻の前に岩屋城攻めを依頼しておいた。率いる船団の規模や攻める時期は何も指定していない。それがこの結果だ。仁木殿がどれほど淡路国攻めを心待ちにしていたか良く分かるな」
「開いた口が塞がらないとはこの事です。そのようないい加減な策だとは思いもしませんでしたよ」
「俺は本気でこの七〇〇〇の兵だけで勝つつもりだったからな。十河 一存が思った以上に強かった。今回は保険を掛けておいて良かったと思っているよ。それよりも敵が撤退を始める前に、こちらの追撃を鈍らせる目的で総攻撃を仕掛けてくるぞ。各支城に詰めている部隊には城を出て、逆包囲をするように連絡を出しておいてくれ」
十河 一存がどんなに強かろうが、大軍を率いていようが、挟撃されてしまえばどうしようもない。南下している周防仁木家の軍が南淡路に到着するまでに一度兵を退き、態勢を立て直すのが定石である。間違っても玉砕覚悟で全軍突撃を行う馬鹿な真似はしない。
そうなれば退却先は、三好三人衆の一人安見 宗房がいると思われる洲本城もしくは洲本港となる。淡路国の中心とも言える場所だ。この地での戦いに勝利すれば、淡路国は当家の物となる。
さあ次の戦いにも勝利して、十河 一存との完全決着と洒落込もう。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
大軍同士の戦い程、均衡が崩れた時は呆気ないものだと痛感をする。
結論から言えば、敵が洲本《すもと》城入りする頃には兵数は五〇〇〇程度にまで激減していた。残りは逃亡や投降となる。ここまで数を減らすなら、南下してくる部隊の存在を隠して、南淡路の地で無理矢理戦を継続した方が良かったのではないかと思う程だ。
いや、敵の崩壊ぶりを目の当たりにすると、元々が限界寸前だったのかもしれない。
そうした感想を抱かせる程、撤退直前の敵の総攻撃は精彩を欠いていた。これまでの奮戦ぶりが嘘であったかのようなバラバラの突撃に、散発的な弓や鉄砲の支援攻撃という中途半端さである。
勝利を確信した戦がひっくり返されたのだから、こうなるのも分からんではない。
加えていざ撤退を始めれば、殿の脆い事。敵兵は蜘蛛の子を散らすように散り散りとなり、態勢を立て直して再度決戦を挑むのが不可能な状況となる。つまりは洲本城に入ったのは、逃げ込んだと評するのが正しい。
このような結末となったのも、追撃の主力をこれまで出番の無かった清水 宗知改め大友 宗知率いる土佐大友家が担当したのも大きい。修羅の国九州の名の通り、宿老の戸次 鑑連を亡くしても、代わりとなる武闘派がゴロゴロいる恐ろしさだ。中途半端な将であれば、ミンチに刻まれるのがオチというもの。
こうして大勢の決まった戦いは、総仕上げとなる城攻めへと移行していた。
「早いな。もう合流か。今回は助かった。礼を言うよ」
「いえ。もう三日早ければ、我等の武勇を国虎様に見せられただけに残念です」
「確かにそれは残念ではあるな。ただ、大内 輝弘・武弘親子が周防国を強襲した際や、豊前国での豊後大友家との戦での活躍は聞いている。俺としてはそれだけで十分誇らしい気持ちだ」
「全ては遠州細川家時代に学んだ成果です」
そんな時、周防仁木家の援軍が合流する。
軍勢を率いるのは、土佐から出向した波川 清宗であった。初対面の時こそ自身の力を過信して、当家と土佐一条家を天秤にかける馬鹿な真似をしていたが、降伏してからは心を入れ替えたかのように真面目に頑張っていた男だ。
それが功を奏して周防仁木家へ与力として出向したのを契機に、今では重臣に上り詰めているという。当家では使い所が難しい人材だっただけに、新天地で活躍しているのは嬉しい限りだ。
今回は南淡路での決戦、もしくは洲本での決戦のためにて急いで駆け付けてくれる。ただ残念ながら、敵の崩壊が予想以上だったために、戦での出番は無くなってしまった。
それでも敵の背後を取り崩壊へと導いたのだから、値千金の活躍は既に見せてくれている。武功を上げるだけが戦ではない。戦場以外でも勝利を確定できるのが戦の奥深さと言えよう。
「後は楽にしてくれ。急いで駆け付けてくれたのだから、まずは兵達に休息を与えてやれよ。それかここから南にある、手付かずの由良城を包囲するか? 休息はそこで与えるのも一つの手だ」
「では良い機会ですので、由良城を落として国虎様に献上させて頂きまする」
「待った待った。そう逸るな。由良城は包囲するだけで大丈夫だ。俺達が洲本城を落とせば勝手に降伏してくる。もう大勢は決まったからな。意味の無い争いで兵を減らさなくて良い」
「とても残念です」
気持ちは分からんでもない。戦をするつもりでやって来たのに、いざ到着したら出番が無かったのが悔しいのだろう。俺に活躍を見せたかったと顔に書いてある。
ただ俺から見れば、淡路国での戦いはあくまで前哨戦だ。本番は畿内入りしてからとなる。だからこそ今は兵を温存して、次の戦いに繋げて欲しい。焦らなくとも出番は幾らでもあるのだから。
「国虎様、芝辻砲の準備が整いました。いつでも撃てます」
「どんどん撃っていけ。俺達相手には難攻不落の城など飾りだと敵に教えてやるんだ」
幾ら角度調節機能があるとは言え、山城を砲撃するのはちとキツイ。そのため今回は土嚢を積んで斜面を作り、そこに芝辻砲を設置した。これで安全な距離から城の攻略が可能となる。
洲本城の落城も間近であった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「最期に何か俺に言いたい事はあるか?」
四日後、洲本城に籠る十河 一存が和睦という名の降伏をしてきた。三日三晩休みなく芝辻砲を撃ち続けたのが余程堪えたと見える。城自体の倒壊には至らなかったものの、主な防衛機能は全て破壊して無力化は完了。後は時を見計らって突撃するのみという状況下で使者を寄越してきた。
条件は自身の首と引き換えに、城の将兵の命を助けて欲しいというもの。妥当な内容だ。この期に及んで見苦しく命乞いをしない潔さはさすがである。
こちらが付け加えた条件は、将兵の武装解除のみとなった。
「此度の戦、敗因は全て儂の慢心だと分かっておる。それ故、責任は儂が取るつもりだ。今更言う事はござらぬ」
敗軍の将と言えども媚びへつらう真似はしない。後ろ手に縄で縛られた十河 一存は、堂々たる態度で自分自身への反省を口にしていた。薄汚れてくたびれた鎧と目の下にできた隈が哀愁を誘う。
「こちらの兵数の少なさに功を焦ったのが敗因と理解しているのか。三木城陥落まで進軍を待てれば結果は違っていたのにな」
「せめて一矢報いようと、洲本城で細川殿の軍勢を引き付けたかったのだが、それも叶わなんだ。あの砲撃の前には、意地など無意味であったわ。儂の不甲斐なさによって、今頃は三木城攻略に向かった三好 長逸殿も撤退をしておろう。それが無念でならぬ。最早合わす顔が無いわ」
「なるほどねぇ。籠城したのはそういう意図だったのか」
十河 一存には籠城以外にもう一つの選択肢があった。洲本港から畿内へ退避するという安全策だ。なのにそれを選択せずに洲本城での籠城を選択する。この行動は俺が不審に思っていた点だ。当初は畿内からの援軍を待っているものだと理解していたが、そうではない。
自身の失態で三木城攻略に向かった部隊に迷惑を掛けたのを悔やみ、せめて三木城の攻略が終わるまでは、淡路国にいるこちらの軍勢の注意を向けさせようとしたのだろう。三木城攻略を支援する目的で。
つまりは南淡路の戦いで負けた時から、逆転の目は無いと理解していたとなる。名将であるが故の悲しき結末と言うしかない。もう少し十河 一存が馬鹿であったなら、玉砕覚悟で戦闘を継続するなり、全てを捨てて畿内に逃げるなりの選択があったのではないかと思われる。
「十河殿の覚悟は理解した。城兵や洲本城関係者の命は奪わないと約束する。畿内に戻りたい者がいればこちらで船を手配するし、行き場の無い者は当家で預かる。だから後の事は心配するな」
「かたじけない。それでこそ兄上が認める細川殿だ。儂ももっと早く細川殿の器量に気付いておれば、このような事にならなかったと……いや、今更の話ではあるな」
「そう評価してくれるのは嬉しいが、今回のお手柄は個人的には島津だと思っている。三好の軍勢を援軍無しで凌いだ手腕は見事と評するしかないからな。だから称えるのは、島津に対してで頼むよ。十河殿も認めたとなれば、連中も喜ぶに違いない」
「それで良いのか? 噂に聞く通り、細川殿は変わり者だな。儂に勝ったのだから、もっと誇っても良いと思うのだが……」
「戦の勝敗は時の運だからな。その運を手繰り寄せたのが、島津という訳だ」
「それほどまでに細川殿が島津殿を評価すると、俄然興味が出てくるな。三木城に向かうのが儂であったなら、争えたかと思うと残念でならぬ。違うな。細川殿が島津殿を播磨国に配したのには、意味があったと解するべきか。それに気付けなかったからこそ、此度は我等は負けた。ただそれだけの事であろう」
「過大評価な所はあるが、概ねそうなる。俺は島津を買っていてね。三好に対抗できる力を持っていると判断した。しかも無名なのがまた良い。その点では三好殿としている事は似ているな」
「……そうか。兄上と似ているのか。儂と兄上との差、それが儂と細川殿との差であったか」
自分達が行っている積極的な人材登用を他の陣営でも行っているとは考えない。人とは得てしてそういうものなのだろう。それが戦の勝敗を決めたのだから、これ以上の皮肉はない。
ともあれ勝敗は決した。
後は十河 一存の自害を見届け、その結末を籠城した敵の城へ報せるだけとなる。
衆人環視の中、脇差を迷いなく受け取った十河 一存はかっと目を見開き、腹に刃を突き立てる。これで終わりではない。腹を十文字に切り裂き、傷口に手を突っ込み内臓を取り出す。取り出した内臓を引きちぎり、俺に向かって投げつける。最後の最後で十河 一存は意地を見せた。
血塗れとなった体。傷口からは今も血が滴り落ちている。そんな状態でも悲鳴の一つも上げない。ただ笑いながら「細川殿、先に地獄で待っておるぞ」と一言残して十河 一存は事切れた。
まさに鬼十河の名に相応しい最期だったと言えよう。
十河 一存享年三〇。淡路国洲本の地にて散る。
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☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
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