国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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八章 王二人

季節外れの花火大会

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 永禄えいろく四年 (一五六一年)五月某日の南淡路あわじでは、季節外れの花火大会が開催されていた。それも真昼間から。

「準備できた者からどんどん撃っていけ! 敵は大軍だ。撃てば何処かに当たる。ご丁寧に狙いを付ける必要はないぞ」

 耳をつんざく発砲音。視界を覆う白煙。風に流され漂ってくる硝煙の臭い。花火は綺麗であっても、それは見る側に立った場合に限る。主催する側にとっては一分一秒を争う過酷な現場に過ぎず、のんびりと「細川屋」などと言ってられる状況ではなかった。

 七〇〇〇対五万の戦いは想像以上に忙しい。

 幸いな点は、こちらが迎撃態勢をしっかりと構築できた点であろう。兵を展開したのは志知しち城から東へ約二キロの場所だ。前方に流れる川を堀に見立て、鉄の置楯に逆茂木、土嚢、櫓を設置して野戦築城を行っている。敵が到着するまでの二月ほどの間、簡易的な砦と呼べるまでの工事ができた。

 対する三好みよし宗家側は、俺から見て正面北側の地点に主力となる三万を配置。東側には一万、北西部にみなと城への押さえとして五〇〇〇、その奥の山地部に本陣となる五〇〇〇が配置された。要するに数で蹂躙するも良し、包囲殲滅するも良し、別部隊を迂回させて後背を突くも良しのまさに三方良しの構えだ。

 このような芸当ができるのも、総大将が三好 長慶の弟である十河 一存そごう かずまさだからであろう。世間では猛将と呼ばれながらも手堅い用兵をする。この辺りが単なる猪武者とは一線を画すのだと妙に納得をしていた。

 とは言え、正面戦力だけでも俺達とは四倍以上の開きがある。古来より「大軍に兵法無し」と言われている通り、ここまでの兵力差があれば小細工は必要無い。そうした考えからか、戦の始まりは主力となる三万を南下させて、遮二無二突撃してくる一番対処の面倒臭い選択をしてきた。

 こうして花火大会は始まる。

「国虎様、敵は大盾部隊を前面に押し出しております!」

芝辻しばつじ砲、大盾部隊に向けてどんどん撃っていけ。敵の動きは遅い。だから絶対に焦るな。狙いは気にしなくて良いが、発射準備だけは一発一発丁寧に行え!」

 妥当な所だ。当家が出雲いずもの地で、竹束を燃やしまくったのを知っているからこその大盾部隊なのが分かる。素材は間違いなく鉄。しっかりと当家の火器対策をしてくる所がさすがである。

 ただ残念な事に、こちらはこちらで更なる新兵器を用意しているのでそれがどこまで役立つか。

 今回のビックリドッキリメカは芝辻砲と呼ばれる大筒となる。全長約三メートル、重量約二トン、口径は一貫目を超える九三ミリ、有効射程は一キロメートルを超える。これを鍛造で作るのだから、日の本の物作りは変態的と言えよう。いや、単純に鋳造鉄で砲を作る技術が無かったから、鍛造で作ったというだけなのだが。

 鋳造が思った以上に難しいのは今更言うまでもない。ただ溶かして冷やすのとは違う。満遍なく溶かして均一に冷やす。これには技術が必要となる。寺社の持つ技術では何もかもが足りない。だから当家では、鋳造を捨て鍛造の技術を伸ばした。その最たる物が今回の芝辻砲の先取りという訳だ。当然ながらその製作には、俺と庄 親信しょう ちかのぶの悪ノリ要素が多く含まれている。

 今回の戦では芝辻砲を二〇門用意した。それも固定砲台ではない。馬四頭に引かせる騎馬砲兵仕様だ。実態は大型の台車に芝辻砲を乗せただけの代物である。ハンドルを回して角度調整する機能や杭を打って地面に固定する機能はあるとしても、名前負けしている感が否めない。とは言えこの仕様によって二トンを超える重量物を決戦の地に運び込めたのだから、良しとしておこう。

 芝辻砲を敵の大盾部隊に水平射撃で発射する。大盾と言っても個人携行ではない。押車の前面に盾を貼り付けて、後ろから人の力で押して進める兵器だ。そのため、大盾部隊の後ろには何十もの兵が隠れている。

 何が言いたいかというと、大盾部隊へ芝辻砲を使用するのは、盾破壊のみならず後ろに隠れている兵も一網打尽とするのを目的としていた。一発当たれば鉄製の盾を貫通する。後ろに控える兵も軒並み肉塊へと変える。有効射程一キロメートルを超える威力は伊達ではないと言えよう。動きの遅さが完全に仇となった形だ。

 それ以外にも新居猛太改を使って敵陣に煙幕をばら撒く。火の鳥を連続発射して数多くの爆発を起こす。抱え大筒で一貫目 (八四ミリ)弾の雨を降らせる。

 絶え間なく土煙や爆発が起こるこの派手さが花火大会の真骨頂だ。弾薬の備えは十分にある。出し惜しみは一切しない。

 
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 改めて現在の状況をおさらいしておく。

 兵力に大きな差があるというのに、敵側が正面戦力の三万のみで戦っているのは側面からの強襲を警戒してのものだ。現状は七〇〇〇の兵で受け止めてはいるものの、戦場から北西に位置する湊城には四〇〇〇、南の城の腰城には三〇〇〇、そこから更に南西の鶴島城には二〇〇〇の兵が入っており、合図一つで城から打って出る段取りをしている。そうそう、志知城にも二〇〇〇の兵が入っていた。

 目立つ場所にいる兵を全てとは考えない。物見を出して全体像をきちんと確認する。こうして実際に戦ってみると、鬼十河の二つ名は嘘であるかのように感じてしまう。

 勿論、挟撃を警戒して兵を温存するなら、押さえの兵だけ残して残りを参戦させて包囲しても良い筈だ。そうしないのは理由がある。簡単に言えば、総攻撃の機を伺っているというものだ。

 戦は数で押せば何とかなる。その言葉自体は正しいが、どんな局面においても正しい訳ではない。ダラダラと成果の上がらないまま戦えば、士気の低下を招いてしまう。こうなってしまえば、大軍は機能しなくなる。

 だからこそ、大規模な兵の投入は効果的に行わなければならない。具体的には敵に疲れなどの綻びが見えた時。綻びを無理矢理こじ開けて崩壊へと変化させる。これが数の暴力の正しい使い道となる。兵が多ければ勝手に勝てる程、戦は甘くはない。そうした戦での流れが分かっているからこそ、十河 一存は現状正面戦力だけで挑んできている。

 何とまあ基本に忠実と言うか。三好 長慶みよし ながよしが更なる有事が起きた時を想定して畿内から動けないのは分かっていたが、この采配を見れば格落ちしているとは口が裂けても言えない。

 だが、こちらもその程度は想定済みだ。黙って二カ月もの時を過ごしていた訳ではない。

 予想通り南淡路の蹂躙は簡単であった。東播磨はりま情勢に三好宗家の目が向いていたため、一〇日も掛けずに必要な城は全て接収。残りを無力化する。それだけでは飽き足らず、柿ノ木谷かきのきだに城等の拠点は完全に廃棄し、敵が再利用できない形にしておいた。

 また本来であれば、援軍が到着する迄に洲本すもと城の安見 宗房やすみ むねふさが俺達の砦設営の邪魔をするものだ。それができなかったのは、雑賀さいか衆を率いる木沢 相政きざわ すけまさの働きによる。

 兵こそ動員してはいないものの、紀伊きい国と淡路国の境となる紀淡海峡を普段より多く、それも目立つように船を何度も周回させれば、牽制となって安見 宗房は身動きが取れない。できたのは、俺達が落とした城の敗残兵を受け入れた程度であろう。

 これが理由で俺達は、野戦築城に集中できた。

 想定よりも多くの兵が南淡路の各城に入ったのは小寺 孝高おでら よしたかのお手柄と言えよう。心配性な気もするが、安芸吉良あききら家の協力までしっかり取り付けたのは俺も驚いた。安芸吉良家も出雲尼子いずもあまご家との戦で相当な被害を出した筈なのだが、この三年で兵を国外に出せるまで回復させていたようだ。

 志知城に入っている二〇〇〇の兵はオマケに近い。淡路国は細川 藤賢ほそかわ ふじかた殿に任せる予定のため、今回の侵攻に合わせて国主として志知城に入ってもらった。担当は物資補給路の維持となる。

 するとどうだろう。淡路国に細川氏が戻ってきたと、細川淡路守護家の残党が駆け付けてきたのだ。それも数多くの兵を連れて。但し、兵への報酬はこちら持ちという迷惑この上ない形となる。

 淡路国は三好 長慶の曽祖父に滅ぼされるまで長く細川淡路守護家が治めていた。現在は安見 宗房の管理下であるものの、細川淡路守護家の影響力は淡路国の各所に残っていたとなる。実際は俺の淡路国侵攻に便乗してひと山当てるつもりで集まったとしても、今後を考えれば取り込んでおいた方が良い。そう考え、細川 藤賢殿に残党を任せる形とした。但しどんなに活躍しても、領地を与えないよう厳命している。

 結果として、こちら側は総勢で二万近い兵を南淡路に集結させる形となる。しかもその約二万の兵で、三好宗家との均衡を作り上げているのが戦の面白さだ。

 こうして戦全体の趨勢は、正面戦力の戦いの勝敗に集約される形となる。大軍同士の戦いは駆け引きも混じるため、総兵力数の割には思った程大規模な戦にはならない。そんな実例の一つになったと言えよう。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 戦いは一進一退の攻防が続く。

 意外なのは警戒していた大砲が出てくる素振りさえ見せない点だ。淡路国は周りが海に面しているため、運び込むには都合が良い筈。なのに出てこないのは、間に合わなかったのだろうか?

 しかしながら、ここで油断してはならない。今回鈴木 重秀すずき しげひで率いる抬槍たいそう隊の出番が無いのは可哀想だと思いつつも、他の役目を任せれば本命となる大砲破壊に専念できなくなる。これでは何のためにスポッター (観測者)まで養成したのか分からないというもの。

 三好宗家との戦いはこれで終わりではないのだから、暴れるのは次回に持ち越してもらおう。

 逆に新設部隊は早速大暴れしてくれている。芝辻砲部隊は言わずもがな、近沢 越後ちかざわ えちご率いる回転弾倉種子島部隊は敵主力部隊の足止めに大いに貢献していた。

 概ね俺と庄 親信がその原因である。

 この時代の火縄銃は立射が基本だ。玉薬の装填が銃身側から行う前装式なのだからこうなるのも致し方ない。また、銃の銃身は弾丸の発射と共に必ず上振れを起こす。更には弾丸の軌道は必ず放物線を描く。要するにこの三つの条件によって、何も考えずに撃てば弾丸は結構な確率で上方に放たれてしまい、火縄銃の真価が発揮され辛い。

 其処へ行くと回転弾倉種子島は、弾丸の再装填は弾倉の交換で事足りるため、銃口を上に向ける必要がない。そうするとできるのだ。膝を立てて姿勢を低くして撃つ、地面に伏せて撃つといった目線より下側からの攻撃が。これによって命中率が大幅に向上するのは必然と言えよう。

 加えて回転弾倉種子島の弾丸は口径を少し大きくしているため、人体を貫通しない。これがかなり大きい。マンストッピング・パワーの強い銃として仕上がっていた。

 人は被弾しても、致命部位に当たらなければ意外と動けるものである。特に弾丸が貫通した場合はその傾向が強く出る。だが弾丸が貫通せずに人体に残れば、弾丸の持つエネルギーが体内に留まり、動けるにしても行動を鈍らせる。弾丸の口径が大きい場合は、即行動不能にしてしまう場合すらある。

 何が言いたいかというと、俺達が余計な悪知恵を近沢 越後に授けた結果、ただでさえ凶悪な銃がより効果的に運用されるようになったという話だ。

 お陰で戦場には逃げる事も死ぬ事も出来ずに、怨嗟の声を上げ続ける敵兵が大量に転がっていた。当然ながらピクリとも動かなくなった敵兵も多く地面に転がっている。単発の種子島銃では数を揃えない限りこうはならない。連発可能な回転弾倉種子島銃だからこそ実現可能な芸当と言えよう。

 それでも懲りずに突撃をしてくるため、面白いようにバタバタと人が倒れていく。

 ……ここで一旦退こうとしないのが十河 一存の恐ろしさだ。

 最初はこちらの弾切れを狙っているのかと勘違いしてたが、どうやら違う。狙いは射手の疲弊だと気付いた時には空恐ろしくなった。兵力の多さを最大限に活用して、一見無謀とも思える突撃を取り返しているのだ。

 それも新居猛太改や火の鳥、抱え大筒での攻撃を受けながらである。どれも命中率の低い兵器だというのがバレているのだろう。

 幸いなのは、これらの支援攻撃の影響で一度の突撃人数が数百人に留まっている点だろうか。もし一〇〇〇人単位で一度に突撃されれば、簡単に渡河されていたかもしれない。

 その後に待っているのは逆茂木を倒され、積み上げた土嚢を崩され丸裸にされる未来である。最終的には待機している予備兵力も投入され、俺達の負けが確定するであろう。下手すると俺が討ち死にするかもしれない。

 だが今は、数百人の突撃で済んでいるので何とか支えている。こうなれば敵軍の士気が地に落ちて裏崩れを起こすか、こちらの陣に雪崩れ込まれるかの根競べの様相に近い。なら皆の力を信じて、でんと構えるのが大将の役割だと判断した。

 ここで俺が不安な顔を見せれば、負けになると言い聞かせて。

 そうした膠着状態が五日続くと事態は大きく動く。伝令から一つの報告が届いた。 

「申し上げます! 仁木 友光にっき ともみつ様が岩屋いわや城を落としました。また波川 清宗なみかわきよむね様を大将とした周防すおう仁木家の軍勢一万五〇〇〇が南下を開始したとの事です」

「早っ。もう落としたのかよ。これで十河 一存も終わりだな。あっ、報告ご苦労。麦茶でも飲んでゆっくりしろよ」

「国虎様、岩屋城というのは?」

「ああっ、淡路国最北の城だ。近くには港もある。ここも占拠済みだろうさ。要するに俺達の勝ちが決まったという報告だ」

 鬼十河の二つ名を持つ十河 一存。その名の通り強い敵ではあったが、俺との戦いを優先する余り岩屋城の守備を疎かにしたのが敗因と言えよう。

 所詮は三好 長慶には遠く及ばない格下であった。
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