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八章 王二人

今更の種明かし

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「よし、次は淡路あわじ国を攻めるぞ」

「……国虎様、但馬たじま国攻めは一旦白紙にするという話ではなかったでしょうか?」

「その通りだが」

「でしたら、何ゆえ淡路国を攻めると仰るのですか? ここは播磨はりま国へ後詰を出し、三木みき城防衛に協力するのが筋かと思われます。島津しまづ様を見捨てるのでしょうか?」

忠澄ただすみよく聞け。それでは三好宗家みよしそうけの思う壺だ。島津は見捨てる……と言うよりは、俺への根回し無く勇み足で三木城を攻略した責任を取らせて、単独で播磨別所べっしょ家と三好みよし宗家の軍勢を引き受けさせる。援軍は出さない」

「まさか」

「三好宗家は傘下の播磨別所家の手前、三木城の奪還に協力する必要がある。今回の淡路国攻めは、その隙を突いたものだ。目標は南淡路の志知しち城とみなと城。この二城を確保して、播磨灘の制海権を手に入れるぞ」

 但馬国攻略の前に起きた、播磨島津家による三木城攻略によって風雲急が告げられる。名目上は播磨別所家が奪われた三木城を取り戻しにやって来るとなるが、その実援軍として三好宗家の軍が播磨国に雪崩れ込んでくる未来が待っているからだ。それも一〇〇や二〇〇ではない。万を超える兵数となるのは確実。この機に播磨島津家を完膚なきまでに叩き潰そうと画策しているだろう。

 それが分かっているからこその但馬国攻略白紙撤回である。ならば次の一手は誰もが播磨国への援軍派遣と考えよう。例え現時点で播磨島津家からの援軍要請が出ていないとしても、近い内に届くのは予想できる。手遅れとならないためにも、最低限援軍派遣の準備をしておく。もしくは先回りして援軍を送り込んでも良い。

 播磨国は戦略上重要な地だけに、絶対に三好宗家には渡したくないと考えるのが道理である。

 逆に但馬国は生野いくの銀山を抱える金の成る木ではあるものの、今の俺達にとってはそう需要な地ではない。若狭湾に辿り着くまでの途中下車する駅程度の認識だ。

 けれども俺の考えは皆とは違う。この一件を淡路国に橋頭保を築く絶好の機会だと判断した。手品と同じだ。多くの目が播磨国に向いているからこそタネが仕込める。電撃的に城を落とすにはとても都合が良い。

 本来であればこのような姑息な真似をすれば、すぐに三好宗家の援軍が淡路国へと駆け付けてくる。しかしながら今は三木城奪還に向かうのが最優先だ。重要拠点である淡路国に敵の侵入を許した所で突然の方針転換はできない。そんな真似をすれば播磨別所家からの信用を失い、最悪の場合は播磨島津家への寝返りが待っている。これでは本末転倒であろう。

 そこに付け込むのだから、俺も大概と言える。

 もう一つは島津に対する評価だ。何をどうしたのかは分からないが、難攻不落と呼ばれた三木城を落とした手腕は見事である。それだけにこの難攻不落の城に籠って三好相手にどこまで戦えるか見たくなった。

 勿論、責任を取らせるという言葉に嘘は無い。ただ、明らかに負けると分かっているなら、対処は違うものとなる。

 詰まる所、島津なら何とかするという根拠の無い思いが背景にある訳だ。

 島津に対して冷たいのか、それとも安心感を持っているのか分からない態度だと自分自身でも感じてしまう。

「とは言え全く何もしないのは播磨島津家を疑心暗鬼にさせるからな。先手を打って食料・火器・銭といった支援物資を送る手配だけは頼むぞ。それも普段より多くな。これで援軍派遣無しにも納得をしてもらう」

「はっ。かしこまりました」

「それと単独で三好を追い返せば、別途報奨金を出すとも書状に書いておいてくれ。これで少しはやる気も出よう。俺は島津に期待しているからな」

「……それは笑えない冗談です」

 兎にも角にも俺は、これだけの大国になっても火事場泥棒を止められそうにない。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「国虎様、少しお聞きしたいのですが」

「どうした孝高よしたか?」

「先程『目標は志知城と湊城』と言った真意をお聞かせください。制海権を手に入れるのが目的なら、由良ゆら城や洲本すもと城も落とし、紀伊国に近い港も確保するべきではないでしょうか? そうすれば紀伊水道の制海権が当家の物となります」

 ここからは具体的な淡路国攻めの話だ。毎度の事ながら、こういう話になると小寺 孝高おでら よしたかが目を輝かせながら俺に質問をしてくる。

 今では当たり前のように「制海権」の言葉を使うのだから、随分と当家に毒されたものだ。

「あの辺りは安宅 冬康あたぎ ふゆやす……今は配置換えして、安見 宗房やすみ むねふさが治めている地だからな。無理をする必要はないと判断した。今回の攻略を南淡路の城に限定したのは理由がある」

「続きをお願いします」

「結論から言えば、三好宗家の軍勢を叩き潰すためだ。勿論三好宗家が淡路国に援軍を送ろうとしなければ、由良城や洲本城だけではなく、淡路国全てを手に入れようと考えている。だが、それはあり得ないからな。三木城奪還の軍勢を送り出した後には、続いて淡路国へも軍勢を派遣すると俺は見ている。要するに今回の二城攻略、いや阿波国すぐ側の鶴島つるしま城も確保するから計三城か。これらの城の攻略はあくまで手段であり、本命は城奪還に訪れた三好宗家の軍勢を討つ事だ」

 そのため志知城や湊城の周辺に邪魔になりそうな城があれば、行き掛けの駄賃で無力化するつもりでいる。志知城以外に湊城・鶴島城を確保するのは、補給線を確立する意味合いが大きい。

「では淡路国全体の制圧は、戦での勝利の後に行うと?」

「俺はな、次の南淡路での戦が三好との争いの中でも一番の山場と考えている。戦に勝ち淡路国を手に入れれば、形勢はこちら有利に大きく傾くからな。勿論、三好宗家を滅亡させるにはこれだけでは足りない。それは肝に銘じておけよ。実際には次の戦だけではなく、まだ数回勝つ必要がある。そうだとしても、これまで三好有利だった力関係をひっくり返すのが、次の戦だ」

 何より淡路国が手に入れば、和泉いずみ灘の制海権に王手が掛けられる。これが何より大きい。和泉灘の制海権が当家の物となれば、堺の町や三好宗家の資金源の一つである兵庫津ひょうごのつが存在価値を失う。これは三好宗家にとって大きな打撃となろう。

 だからこそ三好宗家も必勝の構えで戦に臨むという訳だ。

「こうしてはいられませぬ。次の戦に向けて大軍を用意しなければ。私が薩摩斯波さつましば家へ使者として向かいまする。援軍の数は一万で大丈夫でしょうか? 他の方々も西国の各地へ赴いて援軍の打診を行い、南淡路にて天下分け目の戦にしましょうぞ」

「……悪いな孝高、次の戦は遠州細川、いや細川京兆けいちょう家単独で行う。とは言え、戦に集中するため、伊予安芸いよあき家や讃岐畑山さぬきはたやま家の力は借りるつもりだがな」

「それはどういう意味でしょうか?」

「簡単な話だ。南淡路に連れて行く兵は六〇〇〇から七〇〇〇を想定している。これだけで敵を倒す。二つの家の兵力は、湊城の守備や撫養港の守りに使おうと考えている」

「そ、それでは三好宗家が大軍を引き連れてきた際、どうするのですか?」

「問題無く叩き潰す。敵は多くとも四万から五万だろうから、この数なら対処できる。三木城奪還への兵の派遣、晴元はるもと派残党への備えを考えれば、この辺りが限界になる筈だ」

「えっ……」

「勘違いするなよ。敵を侮っている訳ではないからな。細川京兆家の全力を出すのに都合良いのがこの数となる。一万もの兵の直接指揮は俺の手に余るというだけだぞ」

 実の所兵を率いる行為は意外と難しい。万の兵を率いるのはそれだけで一つの才能と言えよう。手に余る兵力は大体が遊兵となって機能しない。

 これを保険と割り切り後詰に使う手もあるが、如何せん当家の軍は専門性の高い部隊が多いだけに、そう簡単に替えが利かないのが実状だ。

 また俺のような才能の無い者でも、これまでに何度も万を超える大軍を率いる戦を繰り返していたなら、何とか様になっていただろう。経験による習熟である。

 だが次の戦は大事な戦いだ。そこには新設の部隊も参加する。これでは無駄に数を揃えた所でそこに気を回す余裕は無い。大事な戦いであればこそ、率いる兵には適切な数があると言えよう。

「まあ、志知城の北西にある湊城に入る兵が敵側面を突く行動もできるからな。別動隊として考えれば、総合計は一万を超えるか」

「で、でしたら鶴島城だけでなく他の南淡路の城にも兵を入れ、国虎様が主力を引き付けている間に別動隊が横合いから突く形とするのがより望ましいかと。これならば国虎様は目の前の敵に集中できます」

「なるほど。孝高、その案を採用する。見事だ。なら城の攻略や無力化はこちらでやっておくから、孝高は讃岐と伊予に赴き手筈を整えてくれ。ただ伊予安芸家にはあまり無理を言うなよ。ある程度の回復はしていると思うが、三年前の出雲尼子いずもあまご家との戦で相当な被害を被ったからな」

「はっ。かしこまりました」

 今回当家単独で戦おうとしたのは、家臣達の負担を考えたというのもある。気付けば当家は毎年遠征を行っているため、洒落にならない額の軍事費を垂れ流していた。

 この動きに付き合えるのは、相当な金持ち国以外あり得ない。

 だからこそ今回は九州勢の援軍は見送った。兵数こそ大きく損なってはいないものの、これまでの九州統一の戦いで国力を消耗をしていよう。数年は回復に専念させるべきだ。

 逆に伊予安芸家に援軍を依頼するのは、ここ三年戦から遠ざかっていたために、国力が回復しているという読みである。それと併せて出雲尼子いずもあまご攻めで出した被害もある程度回復させていよう。讃岐畑山家にはこれまで温存していた分、大きく力を借りる。別動隊として三好宗家の軍の一部を引き付けてもらおう。

 どれ程の数を動かせるかは、小寺 孝高の手腕に掛かっている。

「国虎様、一つお聞きしたいのですが、もしや当家が火器を充実させているのは、足りない兵を補うためだったのでしょうか?」

「ご名答。四国は人の数そのものが少ないからな。無理に動員をすれば、国力を低下させる羽目になる。これを補うのが火器だったという訳だ。それともう一つの理由があるな」

「是非お聞かせください」

「実はな、兵数を揃えるよりも火器を惜しげもなく使用する方が安上がりなんだよ」

「まさか!?」

「孝高、戦で一番銭が必要な物が何か知っているか? それは兵糧だ。火器は高い上に玉薬も含めれば相当な額になる。しかしそれを使用して戦を短期で終わらせば、兵糧の消費は少なくなる。だからな、総合的に見れば火器は安い。これに気付けない勢力が多いから、当家はここまで大きくなれた」

「──!」

「今更の種明かしだな」

「真っ向から反論したい所ですが、現実を見れば認めるしかありませぬ。国虎様が言いたいのは、一度の戦に使う費用が他家よりも少ないからこそ、国力を疲弊させずに毎年のように遠征を繰り返せたという意味と受け取りました。ならばこそ、次の三好宗家との戦いも全力で挑めると」

 「軍縮」という言葉がある。現代人には聞き慣れた言葉であるが、その意味が装備や兵器の近代化にある点はあまり知れ渡っていない。

 結局の所、俺がこの時代で行っていたのは軍縮だったという種明かしである。

 土佐は貧しい土地だ。そのため、軍事費に多くを費やすと生産力が落ちて国力が疲弊してしまう。機械化がされていないこの戦国時代は、マンパワーが国力に直結する。

 常備兵の採用、火器偏重の装備、移動力の重視、これ等は一度の戦を如何に安く済ませるかを模索した結果だ。

 戦は銭が掛かる。物資の大量消費をする行為なのだから当たり前と言えば当たり前ではあるが、それにより国家財政が破綻する危険性を常に孕んでいる。例えば越前朝倉えちぜんあさくら家が史実で織田 信長に負けた理由は、度重なる戦によって財政破綻を起こしたからだと言われている程だ。

 その中でも食料の消費は重要度が高い。戦を行う日数が一日短縮されるだけで、戦費の節約になる箇所だ。これに気付けば弾薬の消費は可愛らしく感じてしまう。

 勿論、兵器の開発もそうだ。単年で考えない。長期投資として考えれば、十分に元は取れる。但し現代の西側諸国の兵器は価格が高騰し過ぎているため、この例に当て嵌まらない。

「何にせよ、次の戦では新設の回転弾倉種子島部隊を実戦投入する。裏方を除くと実質五〇〇の部隊となるが、この隊だけでも万の兵に匹敵するからな。孝高はそれを念頭に置いて讃岐と伊予を回ってくれ」

「はっ。かしこまりました」

「最後に忠澄、京の土居 清晴どい きよはるに書状を送ってくれ。内容は『南淡路の地に於いて、当家の軍勢七〇〇〇にて五万の三好軍に勝利す』を黄巾賊に報せるようにと。頼むぞ」

「国虎様、まだ戦そのものが始まっていませんが……」

「良いんだよ。近い内に現実となるからな。という訳でお前等、次も勝つぞ!」

『応ぅ!!』

 ここから三好宗家との本格的な戦いが始まる。
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