国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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七章 鞆の浦幕府の誕生

今日の料理

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「やべっ。敵さんこっちの動きを読んで待ち構えてやがったのか。これはちとミスったな」

 五月下旬、ついに俺達は出雲尼子いずもあまごの主力と正面から対峙する。その数は約二万。当家の兵七〇〇〇と比べれば約三倍もの数を揃えてきた。

 しかもだ。戦場となる場所は、敵の本拠地 月山富田がっさんとだ城の北にある山間の平野部分という、地の利を最大限に生かした必勝の構えとなる。

 つまりは伏兵し放題の場所だ。正面の部隊がこちらの主力を受け持っている間に、左右の山から兵が駆け降りてきて包囲殲滅する意図が読み取れる。左手に流れる富田川は水深が浅いため、側面を突こうとする部隊の勢いを殺すのはほぼ無理という状況であった。

 こういうのを世の中では袋のネズミと言う。

 やはり尼子退治はそう易々と行えるものではない。さすがは中国地方の雄と言うべきか。そんな当たり前の事実を再認識させられる羽目となった。

 出雲街道へと合流した俺達は新庄しんじょう村の砦をあっさりと無力化し、そのまま道なりに北へと向かう。途中に出くわした山城は、抱え大筒と抬槍たいそうの部隊による一斉砲撃で防衛機能を破壊するだけに留めておいた。

 本来なら城の占拠や残敵掃討が残っているというのにである。敵を残したままで城を放置し、背中を見せるのは論外の行動と言えよう。

 だが今回の遠征は米子よなごにいち早く到達するのが至上命題だ。拠点に構っていては、その目的が達成できない。かと言って敵の目の前を素通りしようにも、見逃してくれる筈もなく。その答えが、追撃行動を遅らせる時間稼ぎとしての無力化であった。

 残敵の掃討や降伏勧告、周辺地域の慰撫といった手間も時間も掛かる作業は、細川 通董ほそかわみちただ殿に丸投げ……もとい任せて先を急ぐ。

 その甲斐あって、米子の攻略は簡単であった。兵が揃っていなければ満足な抵抗もできない。

 まず米子港すぐ側の飯山いいやま城を無力化し、返す刀で交通の要衝地にある尾高おだか城も無力化して出雲国と伯耆ほうき国の分断に成功する。ここでの直接戦闘は無く、敵兵は俺達の姿を見て逃げ出す始末だった。

 懸念された但馬山名たじまやまな軍の到着前だったのが、大きな理由と言えよう。

 ならば敵に立て直す隙を与えてはならない。次は周辺の城を落とし、港を制圧して支配力を強化する。家臣達からは「ここままの勢いで出雲尼子の本拠地 月山富田がっさんとだ城も落としましょう」という意見や「西へと進み尼子主力を挟み撃ちしましょう」という声が出るも、それを採用すれば伯耆ほうき国の尼子軍や但馬山名軍に背後を晒してしまう。何より米子制圧という当初の目的が果たせなくなるという理由から、家臣達の提案を却下して防備を固めるよう指示を出した。

 また、俺達が米子の制圧を完了すれば、出雲西部の神西じんざい城を攻めている尼子主力は引かざるを得ない。頑張っている味方を見殺しにしないという意図がこれで示せたのではないかと考える。

 もう一つ、俺には考えがあった。米子で戦闘らしい戦闘が無かったのなら、今度は出雲尼子家が米子を取り返しにくるのではないだろうかと。大人しく月山富田城に引き籠り、俺達がやって来るのを待つのは考え難いのではないだろうかと。

 そうであるなら、尼子主力が米子の兵や出雲国の各支城の兵と合流して再編成を行っている最中に強襲すれば、一網打尽にできる。

 幸いにも米子から月山富田城までは半日の距離だ。軍の再編成は一日やそこらでは終わらない。数日から一〇日程度の時間は必要となる。斥候に月山富田城の城下を見張らせ、軍が集結したのを確認してからでも十分に間に合うのは間違いない。

 その目論見は半分成功、半分失敗であった。本拠地の城下に兵が集まったまでは良かったものの、強襲の思惑は読まれていたらしく敵の罠へ嵌まってしまう。

 こうして俺達は正面の敵を食い破る、もしくは撤退をしなければ半包囲されてすり潰されてしまうという危機的状況へと陥った。

 ただ……

「何だアレは? あっー、そういう事か。勝ったな。この期に及んでこんな物が出てくるとは思わなかったぞ」

 進むにしても退くにしても、敵の布陣を確認しなければ決断もできない。そう考え、新製品の望遠鏡で状況を観察していると、出雲尼子軍の陣に面白い物があると気付く。

 それは人の身長を越えた、二メートル程度の長さの竹を何本も束ねて縄で縛っている竹束であった。それが木盾に立て掛けるように大量に並べられており、障害物として兵の突撃を阻むような形で広く展開している。

「喜べお前等!! 敵さんはどうやら負けたくて仕方ないらしい。一〇テンミリ専用盾が俺達には無意味だというのを魂に刻むぞ! 抬槍たいそう隊、準備ができ次第ガンガンぶっ放せ! 的は大きいぞ!」

 竹束と言えば元現代人の俺には、対鉄砲用の防御盾としてお馴染みの存在である。この時代の弾丸は球状であるため貫通力は弱く、竹のしなやかさやその形状によって弾丸を逸らしてしまうという謳い文句であった。

 ──だがそれは幻想でしかない。

 何より種子島銃の性能を馬鹿にし過ぎだ。現代の九ミリ拳銃の威力が五〇〇ジュールでアサルトライフルが二〇〇〇ジュールと言われている中、種子島銃においては三〇〇〇ジュールの威力がある。これで簡単に弾丸を逸らせると考える方がお花畑と言うしかない。

 なら何故戦国時代に竹束が大流行をしたのか? 端的に言えば、種子島銃の口径は二もんめや三匁の小口径が主流だったからだ。大体一一ミリから一二ミリとなる。

 何が言いたいかというと、口径が小さければ弾丸の重量が軽いので見かけ上空気抵抗をより多く受ける。距離が離れればより失速していく。ただそれだけの理由となる。

 つまりは竹束は口径が大きくなれば役に立たない。失速前であれば貫通できる。そんな当たり前の話であった。

「それにしても、どうして鉄の盾を用意しないかねぇ。出雲鉄を使って盾を作れば、それだけでかなり凌げたものを。まあ良いか。これで退却する必要もなくなったし、米子に置いてきた守備兵を呼び寄せる必要も左京進さきょうしん篠原しのはら殿に助けを求める必要もなくなったな」

 鈴木 重秀すずき しげひで率いる抬槍隊の面々が最前列に横陣を作り、次々と長距離砲を発射し始める。腹に響く発砲音が起こる度、弾き出された一〇匁の弾丸が一つまた一つと竹束を破壊していく。視界を遮る白煙が風に流されると、その先はまるでお通夜のように静まり返っていた。

 また竹束は竹を素材としているため、現地で調達し易かったのが流行した理由とも言われている。しかしこれも正しい表現ではない。何故なら竹が素材のしなやかさを引き出すには油抜きの作業が必要となるからだ。その辺に生えている竹を束ねてそのまま使った所で、簡単に破壊される結末しか見えない。

 結局の所、戦場で使うには事前準備が必要となる。

 なら鉄の盾、もしくは土嚢を使用するので十分だろうというのが俺の考えだ。そのため、当家の軍は対鉄砲用の防御には鉄の盾を採用している。当然ながらかなりの重量となるので、鉄の盾を運ぶ部隊は不人気この上ない。

 実際に面白い話がある。指揮官級の武士は重装甲の鎧を着ているため、弾丸を防いでいたというものだ。この件から分かるように、防御力では厚みのある鉄の方が上。竹束はあくまで木盾の上位互換でしかないとなる。

 もう一つ竹束はそのままでは貫通するが、竹の内部に土や石の詰め物をすれば防御力が増して貫通しないという話もある。

 確かにこれは魅力的な話ではあるものの、そんな細工をした竹束ではただでさえ嵩張るのに重量が増す。持ち運ぶのが面倒臭い。戦で使用すれば動きが遅くなるため、味方と足並みを合わせるのが難しい。なら竹束を車仕掛けにするという手もあるが、軸受の無い時代では思ったように移動させられないのは容易に想像できる。

 竹束は調達コストが低いために攻城戦で何とか使える程度だろう。拠点防衛用としては土嚢を積み上げる方が早いので意味が無い。

 総合すると竹束自体を役に立たないとは言わない。但し、あくまでも対小口径用であり、それも一定距離を離すという限定的条件下での運用に留めるべきだ。過信して距離を詰めると良い的となり、呆気なく被弾する未来が待っている。

 逆を言えば敵が竹束を出してきても、確実に当てられる近距離まで引き付けて撃てば、小口径の種子島銃でも対処はできる。但しその場合は竹束の後ろに後続が控えている想定をしておかなければ、あっさりと陣を奪われるであろう。

 最後に竹束には致命的な弱点がある。

長正ながまさ馬路 長正うまじ ながまさはいるか?」

「押忍! 国虎様、突撃の命でしょうか?」
 
「突撃は突撃だが、今回は新兵器のお披露目だ。長正、龍になってこい!」

「押忍! 竜の吐息ドラゴンブレスで尼子を焼き尽くしてきます」

 長距離砲抬槍の砲撃で敵の竹束が次々と破壊されていく中、俺は馬路党隊長の馬路 長正を呼び寄せた。

 本来この局面では、全軍を挙げて中央突破を仕掛ける時だと言える。虎の子の竹束が役に立たないのだから、敵兵の士気も地に落ちているというのが通常の判断だ。

 けれどもそれではまだ足りない。尼子にはまだ左右の山に伏せていると思われる部隊がいる。相手もその最後の望みがあると考え、こちらの突撃を死に物狂いで支えようとするだろう。つまりはまだ切り札が残っているという意味だ。

 だからこそこちらは全軍で前進をさせられない。駆け降りてくる伏兵に対する警戒が必要だ。そのため決定打に欠ける。

 そう、こちらが勝ちだと認識させるための決定打が今この場では必要なのだ。これが馬路 長正を呼び出した理由となる。

 敵兵二万の中にたった馬路党五〇〇を投入した所で、通常なら焼け石に水だ。それも何の工夫も無く単独で中央に進めれば、逆に敵を喜ばせるだけとなる。

 ただそれはあくまでも通常の話であり、規格外の馬路党には当て嵌まらない。

 抬槍隊の砲撃を中断させると、中央部に集まった馬路党が進んでいく。最前列に重量級の鉄の大盾をずらりと並べ、落ち着いた足取りで一歩ずつ確実に。ここからは俺達が主役だ。後ろにいる者達は観客に徹しろと言わんばかりのその姿は、ふてぶてしいながらも頼もしい。

 けれどもこの場面でそんな馬鹿が出てくれば、尼子側は俄かに活気付く。竹束は役に立たなくても、乱戦に持ち込めば砲撃の恐怖から逃れられる。そこから押し切れば、左右の伏兵と連携して出雲尼子家が勝利を掴めると考える筈だ。

 だからこそ敵陣からは鬨の声が上がり、馬路党目掛けて兵が殺到する。

「理想的な展開だな、これは」

 その時、最前列の大盾要員が突然左右に展開した。間髪入れず空いた中央部からは、帯状の炎が尼子兵に向けて発射される。数は一〇。

 人はあり得ない出来事に遭遇すると、何をして良いか分からずに呆然とする。動かなければ丸焦げになると分かってはいても、伝説の龍の如く人が炎を吐き出すというこの事実を受け入れられない。

 つまりは尼子兵は何の抵抗も見せずに炎を浴びていた。それも何十人という数が一度に。戦場には悲鳴という名の料理を美味しくするスパイスが響き渡った。

 ──火炎放射器という兵器がある。

 古くは中世のギリシア火薬が始まりだと言われているが、その技術は失われており後世へは伝わっていない。また宋の時代には猛火油櫃もうかゆきという名で実用化されている。こちらは据え置き型であり、船や城壁に取り付け使用したと言われている。

 今回のトンデモ兵器ドラゴンブレスは、猛火油櫃を個人携行型にして汎用性を高めたものだ。その形状は現代の火炎放射器と変わらない。

 必要なのはピストンとシリンダー。これを作動させ、背中に背負ったタンク中の増粘剤入りナフサを噴出する。火を付けるのは射出口に付属する松明の火であるため、構造自体は複雑ではない。工夫は放射器の内部にコイルスプリングを仕込み、勢いよく噴出できるようにした程度だ。

 ただこれだけでは使い勝手が悪い。最前線で使うには炎の方向を簡単に変えられるよう、放射器とタンクを繋ぐパイプをホース状にする必要があった。
 
 ホースと言えばゴムやプラスチックを素材とするのを連想しがちだが、実は完全金属製のホースもある。給湯器や水道管のホースがそれだ。ゴムやプラスチックのホースを戦国時代で再現するのは無理にしろ、金属製なら再現可能という判断から製造を開始する。

 しかも製作において高度な技術を必要としないのがありがたい。原理的には金属板をS字形に曲げ、それを円筒状にしていくだけだ。その際、S字の両端が噛み合うようにする。内部から液漏れしないように木綿の紐を貼り付けてしっかりとシーリングをするという程度であろう。

 こうすればS字の部分が可動し、折り曲げ可能な金属管が完成するという訳だ。タンクも金属製、ホースも金属製のため、引火して使用者が炎上する事故は起きない。また、炎の原材料となるナフサも増粘剤入りにした事で周囲に散らばらなくなる。綺麗な炎の線を描くようになった。

 問題があるのは、個人携行を重視したためにタンクが小さくなった点、有効射程が一〇メートルにも満たない点、それと射出する度にコッキングハンドルを足で踏まなければならないバネの強さであろう。

 総合すると、派手な割には実用性はそう高くないという結論になる。それでもこの派手さ、いやハッタリが生死を賭ける戦場では大いに役立つ。

 加えて今回の戦では、敵側が竹束という燃える素材を大量に揃えてくれていた。

 恐怖に駆られ逃げ惑う尼子兵を馬路党が追う。ここぞとばかりに敵陣を炎で薙ぎ払う。哀れ対遠州細川軍用の秘密兵器竹束は燃え盛り、これが止めの一撃となって出雲尼子側は退却する以外の選択が無くなってしまった。兵の数の多さが逆に仇となり、恐怖を加速させる潤滑油になったと言える。

 そう、竹はとにかく良く燃える。その燃え易さは着火剤としても使用できる程だ。そのため、竹束は火計に弱い。これが俺が竹束に手を出さなかった最大の理由であった。

「♪燃やせ、燃やせ、真っ赤に燃やせ! 敵の竹束に火を付けろ~」

 今日の料理、竹束の丸焼き。尼子兵の焼死体を添えて。完成。
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