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七章 鞆の浦幕府の誕生

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 年も明け弘治四年 (一五五八年)になると、領国である土佐とさ阿波あわでは至る所で連日祝いの酒盛りが行われているという。

 理由は俺の守護職就任である。足利 義栄あしかが よしひでが設立したともの浦幕府より通達がされた。当然ながら多額の手数料請求と共にである。

 そればかりではない。何を思ったのか四国探題や管領というオマケまで付いてくる良い分からない状況である。使者としてやって来た畠山 孫六郎はたけやま まごろくろうが、土佐時代とは別人のような堂々とした態度で書状を読み上げる姿は記憶に新しい。

 とは言え、さすがに管領の就任だけは辞退をする。あくまでも遠州細川家は細川の分家だ。本家を飛び越えて分家が管領になるというのは筋違いなのが理由となる。

 その反面、守護職や四国探題は受けざるを得なかった。阿波国はまだしも、土佐国の守護は本家の細川京兆ほそかわけいちょう家に任せられているため、本来なら俺が就任するべきでない。しかしながらもし俺が守護職を辞退すれば、安芸 左京進あき さきょうしん斯波 元氏しば もとうじといった国持ち家臣達が守護職へと就任できなくなる。俺への遠慮が起こるからだ。俺一人の我儘で皆に恩恵が行き渡らないのは申し訳ないという思いから、鞆の浦幕府認定の守護へと就任する。

 例え非公認の民間資格であろうと守護は守護。就任したという事実が大事であった。

 四国探題を受けたのも同様の理由となる。九州探題は肥前渋川ひぜんしぶかわ家、中国探題は周防仁木すおうにっき家辺りが順当な就任先であろう。この二家の栄達を邪魔する訳にはいかなかった。

 後は野次馬根性として、室町幕府が任命した九州探題と鞆の浦幕府の任命した九州探題とが並立する状況が見てみたいというのもある。この状況で肥前渋川家が豊後大友ぶんごおおとも家を倒してしまえば、室町幕府の面子は丸潰れになるのではないか? 両幕府の代理戦争として良い材料となるだろう。

 ……何となくだが南北朝を彷彿とさせる構図である。

 さて置き、俺や国持ち家臣達の守護就任は思わぬ波紋を呼ぶ。何と南九州の抵抗勢力であった肥後阿蘇ひごあそ家が降伏を申し出てきた。

 北肥後に勢力を持つ肥後阿蘇家当主の阿蘇 惟豊あそ これとよは、明応めいおう生まれのために年齢は六〇を超えている。ここで当主が死亡して代替わりをすれば、派閥争いによる内乱からの滅亡が確実となろう。全てを失い家を絶やすよりも、領地を無くしてでも家を存続させるという決断をしたものと思われる。

 こうして豊後大友家は、また一つ勢力圏を減衰させた。

 もう一点ある。ついに博多はかたの商家が水面下で接触を図ってきた。名目は当然ながら全面降伏となる。「堺のようにはなりたくはない」を合言葉に先手を打ってきたという訳だ。堺の衰退と貝塚の発展。この両者を見れば、自ずとどちらに付くのが賢いかが見えてくる。博多のある筑前ちくぜん国は豊後大友家の支配下だというのに、既に見限られたのには若干の同情を感じてしまう。

 ただ……こういった時、相手の言い分をそのまま受け取ってはいけない。

 全面降伏と言いつつも、その一方で豊後大友家にも良い顔をする。資金提供を依頼すれば、こちらの満足する金額は出せない。それでいて博多が当家の勢力圏に入れば、「あの時協力したのだから」と利益誘導を求めて来る。戦国時代の大店というのは、この程度は当たり前にしてくる人種だと考えて対応をする位で丁度良い。

 そのため俺は博多の商家に対して、放置という形でもてなした。何より当家は独自の商圏を既に築いているのだから、博多の商家に頼らなくとも良い。博多をどうするかは、筑前国の占領後に担当者に決めさせるという判断となる。

 武家だけではない。公家にも寺社にも商家にもこの時代は舐められたら負けだ。そうならないように上下関係を再確認させる。重商主義を否定的に捉えてはいないにしろ、俺には商家との付き合いより民の生活安定や向上が何より大事だ。それが発展の大前提と考えている。一部の資本家を優遇するというのはどうも性に合わない。

 外貨獲得の割合を減らし、遠州細川勢力圏内の内需を主として経済を回す。これが俺の領国経営の理想であった。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「幕府と公方様は唯一無二の存在。鞆の浦幕府のような紛い物から与えられた役職など認められませぬ。それを猛省し、以後公方様のために忠節に励むというなら、此度の件は水に流して正式に阿波国及び土佐国の守護に任ずるとのお言葉です」

 これも俺の守護就任に対しての一つの波紋だろうか? 二月となり元号が永禄えいろくへと移った途端、まさかの室町幕府からの使者が阿波国撫養むや城までやって来る。使者は面識のある細川典厩てんきゅう家当主細川 藤賢ほそかわ ふじかた殿。言わずと知れた細川京兆家当主である細川 氏綱ほそかわ うじつな殿の実弟である。

 この人選だけで、室町幕府のこちら側への歩み寄りの姿勢が分かるというもの。近衛 稙家このえ たねいえとの一件を水に流したいかのように感じる。昨年若狭わかさ国が三好宗家の手に落ちた事でいよいよ戦力に乏しくなり、助けを求めてやって来た。そんな所であろうか。

 ただ残念ながら、それは表面的なものに過ぎない。

 何故なら当家に協力を求める場合は、細川 晴元ほそかわ はるもとや近衛 稙家の追放が大前提となる。それを口に出さない以上、本気ではないのだろう。

 なら今回の訪問には、どんな意味があるのか?

「典厩殿、こういう腹の探り合いは私の性に合いません。室町幕府には私と相容れない方々がいるのですから、今の言葉をそのまま受け取れというのは無理があります。ですので、今回の訪問には別の意味があると考えた方が自然です。まずはそれをお聞かせ願えないでしょうか?」

「……はぁ、相変わらず遠州殿はお強い。公方様のお言葉でも何とも思わぬのですな」

「典厩殿!」

「分かっておりまする。そう急かさないでくだされ。まず、遠州殿に鞆の浦幕府と手を切って欲しいという言葉に嘘はありませぬ。これは覚えておいてくだされ」

「分かりました」

「それというのも、今の幕府は三好宗家との和睦を模索しているからです。三好宗家との因縁よりも鞆の浦幕府、ひいては足利 義栄様の存在を脅威と認識しておりまする」

「なるほど。そう来ましたか」

 若狭国の陥落による晴元派の分断と鞆の浦幕府の設立により、ついに室町幕府は最後の決断を迎えようとする。それが三好宗家との和睦という事実上の降伏だ。要するに、三好宗家に頭を下げてでも足利 義栄を葬り去りたい。そんな形振り構わない状況に追い込まれたと言える。

 ここで細川 晴元や近衛 稙家を犠牲にしてでも当家と手を結ぼうとしない所に、室町幕府のどうしようもなさを垣間見てしまう。恐らく発案は近衛 稙家だ。畿内重視、地方軽視という価値観だけではなく、和睦を機に三好 長慶みよし ながよしを使って当家を滅ぼそうとも画策しているのだろう。

 俺としては願ったり叶ったりの展開ではある。

 ただそうなると、目の前の細川 藤賢殿とは正式に敵対関係となってしまう。だからこそ細川 藤賢殿は、俺に「鞆の浦幕府と手を切って欲しい」と伝えたのではないか。

 因縁のある相手が敵になるならまだしも、そうでもない話の分かる人物と袂を分かつのは俺も辛い。

「ここからが本題となるのですが……できれば人払いをお願い……いや、そのままで良いな。我等の真の目的は、細川典厩家と細川駿河守するがのかみ家の亡命となりまする。遠州殿の説得を名目として阿波に残り、そのまま居座る形ですな。しかもこれは氏綱兄上の発案です」

 けれどもそうした思いも、突然の亡命話に全て吹き飛んでしまう。しかもその発案が細川 氏綱殿となれば尚更だ。やはり今回の訪問には別の意図があったとなる。 
 
 ならまずは細川 藤賢殿の話を聞き、その真意を確かめるのが先決と言えた。

「……理由を伺っても良いでしょうか?」

「一番は家の存続です。このまま両幕府が争えば、我等が生き残れる保証がありませぬ」
 
「待ってください! これでは両陣営が争えば、鞆の浦幕府が勝つと言っているのと同じではないですか」

「少なくとも我等三兄弟はそう見ておりまする。遠州細川・鞆の浦幕府と三好宗家・室町幕府との戦は、室町幕府という弱点によって三好宗家が負けるだろうと。幕府には慶寿院けいじゅいん様 (足利 義輝の母)を筆頭に上野 信孝うえの のぶたか殿等の多くの三好嫌いがおりますので……」

 なるほど。これでは三好宗家を道具として使うために、一時的に和睦すると言っているのと変わらない。まるで当家と三好宗家が潰し合って疲弊するのを狙っているかのようだ。

 その後は室町幕府が漁夫の利を掠め取り、晴れて畿内に君臨するという筋書きなのであろう。

 確かに味方がこのような思惑をもっているようでは三好宗家は満足に力を出せなくなり、当家に負ける。細川 藤賢殿の見立ては正しい。

「何と言っても我等は同じ細川です。同族で相争い、力を落とすのは十分に懲りました。今後は一族で力を合わせるのが肝要かと」

「念のためにお伝えしておきますが、私は養子で遠州細川家に入った身ですよ。その点を考慮された上でしょうか?」

「細川の一族が血に拘りを持つのは理解しています。それでも遠州殿の働きによって細川の名が高まるだけではなく、備中びっちゅう守護家の再興まで果たしました。これを評価しない訳にはいかないでしょう」

 この辺は一族の特徴であろう。同じ三管領家でも、畠山はたけやまは入り名字で名乗るようになった者さえ同族として受け入れる程寛容なのに対して、細川は一族認定の基準が厳しい。例えば幕臣の細川 藤孝ほそかわ ふじたかは、入名字で細川を名乗るようになった家のため、一族として認められていない。

 これを考慮すれば、俺も同様の扱いを受ける。もしくは認められたとしても、一族内での家格は低く見られるのが本来である。

 しかしながら時代がそれを許さなくなった。隆盛を誇った細川一族も今や領地があるのは当家と備中守護家、後は大和やまと国の片隅に玄蕃頭げんばのかみ家と奥州おうしゅうに小さな領地を持つ一族がいる程度となる。

 つまり今の細川一族は、当家を認めなければ没落一歩手前だと言いたいのだろう。だからこそ生き残りのため、勝ちそうな陣営に属したい。そういった意図なのだと思われる。

 歴史的にはこういった時、どちらが勝っても良いようにとどちらの陣営にも一族を属させるものだ。だというのに、単勝狙いの思い切った賭けをする。なかなかどうして、細川 氏綱殿は肝の太い人物らしい。

 改めて単なるお飾りではないというのが良く分かる。

「ありがとうございます。ここまで当家を評価して頂けるのは素直に嬉しいです。ただ一点お伝えしておきましょう。三好 長慶は只者ではありません。間違いなく室町幕府の思惑を超えた行動をする筈です。もしくは、和睦に応じない可能性すらあります。それでも今回の決断を翻すつもりはありませんか?」

「考慮の上です。それに儂は、同じ争うなら細川の名を背負って戦いたいのです。典厩家の本分を果たしとうございまする」

「なるほど。京兆家当主である細川 氏綱様からの命で遠州細川の手助けをする。室町幕府内で公方様に仕えるよりも、そちらの方が典厩家の役目として正しいと言いたいのですね。分かりました。典厩殿にそこまでの覚悟があるのでしたら、当家は快く受け入れましょう。但し、私の説得という名目がありますので、しばらくは大人しくしてくださいよ」 

「確かに。それを忘れる所でした」

 細川典厩家というのは京兆家内での中核を担う家である。細川一族のために働くのが本分だ。そのため、公方に仕えて室町幕府に所属している現状が間違っている。しかも幕府と氏綱派との融和を目的にして派遣されたにも関わらず、役に立っていないという有様であった。

 だからなのだろう。細川 藤賢殿は長く肩身の狭い思いをしてきた。それは弟の駿河守当主 細川 勝元ほそかわ かつもと殿も同様である。幕府奉公衆には同じ細川の一族もいるだけでなく、近衛家とは親交もあったというのに扱いは悪かったそうだ。

 原因は幕府内で反三好派閥の声が大きかったからだろう。

 そのお陰とも言えるだろうが、今回の兄弟の亡命を誰もが止めなかった。勿論亡命すると言って出た訳ではない。それでも一族を引き連れて朽木谷くつきだにを出ようとすれば、中には不審に思う者もいて当然である。それが無かったというのが、細川 藤賢殿や細川 勝元殿の居場所の無さを物語っている。

 むしろ朽木谷での生活は皆がひっ迫しているだけに、良い口減らしになったと喜んでいる者もいるのではと、乾いた笑いで自嘲する細川 藤賢殿の姿が何だか物悲しかった。

 ……打倒 細川 晴元を目標として長年兄弟で頑張ってきたというのに、その細川 晴元を京から追い出してもこの扱いとはやりきれないな。せめて当家に来たからには、これまでの疲れを癒してもらおう。

 ただこうなると、改めて俺の考えは間違っていないと確信する。例え拉致をしてでも細川 氏綱殿はこちらの陣営に迎え入れるべきだと。今回の一件で三好宗家との争いが細川一族の生存戦争へと意味を変えようしている関係上、やはり旗頭は必要だという結論へと達する。

「典厩殿、実は当家には秘密裏に推し進めている策がありましてですね……是非、ご協力を願えないでしょうか?」
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