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七章 鞆の浦幕府の誕生
弟子入り志願
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播磨島津家による龍野赤松領併呑は、播磨国内に大きな衝撃を与えた。本来であれば突如降って沸いた異物に対しては、一致団結して排除に出るのが正解であろう。
だが、こんな時ほど人は身勝手な行動を起こしたがる。いや、足の引っ張り合いをしたがるのが正しい。
結論から言えば、播磨国内でクーデターが起きた。それも守護である赤松 晴政を嫡男の赤松 義祐が追放するという形で。まさかの一言しか出ない出来事である。
これもくじ引きによる神託の加護か。予期せぬ播磨国内での群雄割拠が始まったのだから、島津 義久にとっては願ったり叶ったりの展開と言える。島津家中では、播磨国統一が一歩近づいたと大騒ぎしていても不思議ではない。
結果として播磨国内は四つに分かれる。東部が三好宗家の傘下である別所家を中心とした勢力。中央部が赤松宗家当主 赤松 義祐を中心に据え、浦上 政宗や小寺 政職等が支える勢力。そして西部は名族宇野家と新生島津家という形となった。
なお追放された赤松 晴政は、播磨別所家へと身を寄せたらしい。これは、細川 高国様が亡くなった享禄四年 (一五三一年)の大物崩れの縁によるものだろう。播磨別所家前当主 別所 就治と赤松 晴政は、共にこの戦の当事者である (但し赤松 晴政は裏切って、別所 就治と同じ細川 晴元陣営に付いた)。
さてこうなると、播磨国内最大勢力の赤松 義祐は微妙な立ち位置となってしまう。目下の敵は東部の播磨別所家だというのに、西部の播磨島津家の存在によって戦に集中ができない。下手をすると二正面作戦、最悪の場合は隣国の但馬山名家家も介入をして三正面作戦という滅亡の道へと立たされてしまう。これでは何のためにクーデターを行ったのか分からない。
しかしながら、ここで播磨赤松家は起死回生の策に打って出る。それは遠州細川家への同盟打診であった。
「播磨小寺家家臣 小寺 万吉です。本日は細川様とお会いでき、誠に嬉しく思います」
「……どういう事だ? 万吉というのは幼名だろう? 使者は若いと聞いていたが、元服前の者とは聞いてないぞ。しかも播磨赤松家の家臣でもないというなら、来る所を間違っているとしか考えられない」
「いえ、何も間違っておりません。私がまず細川様との繋がりを持ち、それを契機として播磨小寺家を動かす。そうなれば主家の播磨赤松家も、遠州細川家との同盟を正式に打診する運びになります」
「……ほぉ。要は下交渉か。若いのによくそこまで考えたな。その点は評価しよう。若いと見くびって悪かった。謝罪する。ならここからは小寺殿を一人の武士と見て話をするぞ。まず、当家が播磨赤松家と同盟を結ぶ利を教えてくれ。全てはそこからだ」
こういう時、改めて世の中は広いと感じる。年の頃は一〇代前半だろうか。顔は幼くまだ体もできていない華奢な体つきだというのに、大人顔負けの考えができるのは驚くばかりである。
ただ、そんな大人顔負けの小寺 万吉も、如何せん経験は足りないようだ。先程の言葉で何となく背景が窺い知れるのがその証拠となる。どうやら現在の播磨赤松家は、当家と三好宗家以外の勢力と手を結ぼうとしているのだろうと。有力なのは播磨国の北に位置する但馬山名家となる。
だがそれでは、播磨赤松家に先は無いと小寺 万吉は考えた。だからこそ主家の方針を変更させようと今日ここに乗り込んできたのだろう。
現在の小寺 万吉は元服前の子供であり、尚且つ陪臣の家の者でしかない。これでは主家に何を言っても無視される。ならばと先に実績を作り下から突き上げれば、親遠州細川派閥が形成できると考えたのではなかろうか。
組織が一枚岩ではないという実情を見事に突いた策である。
問題があるとすると、播磨国に於いては既に俺が島津 義久に『切り取り次第』を与えている点だ。つまり播磨国の管轄は播磨島津家となっている。相当な利をこの場で提示できなければ決定は覆せない。
さて、どう切り崩すかお手並み拝見といこう。
「利に関してもご安心ください。私の見立てでは来るべく三好宗家との争いのために、島津殿を播磨国に派遣したと考えています。絵図としてはこうでしょう。播磨国と紀伊国の二国から同時に畿内に侵攻し、三好宗家を打ち倒す。ですがそれよりも、より確実に三好宗家を打倒する秘策を此度はお持ちしました。これが細川様への利になるかと考えます」
表向き当家と三好宗家が同じ氏綱派に所属しているというのに、さも当たり前のようにいずれ衝突すると言い切る。勿論この決戦は、当事者同士では公然の事実だ。両家の家臣同士もそれを前提としているために仲も悪い。
けれども未だ晴元派が壊滅させられていない現状では、それを公言するのは宜しくない。意地の悪い者が聞けば、氏綱派の内部対立を煽っていると理解されてしまう。そうなればやがて噂が噂を呼び、足の引っ張り合いに発展しかねない。こうなると喜ぶのは晴元派だけとなり、下手をすると共通の目的である細川 晴元の打倒すら危うくなってしまうだろう。
こうした大人の事情が分からないのが若さゆえの未熟さか。周りを見渡せば、同席している居残り組の家臣達は苦笑いを浮かべていた。
……もしこの場に毛利 元就がいたなら、即刻小寺 万吉は部屋から放り出されて播磨小寺家との外交問題に発展していた可能性が高い。
「それは面白い話だな。是非聞かせて欲しい。有効と判断すれば、本気で同盟を考えよう」
だが俺は、この建前を無視する大胆さを心地良いと感じる。素直に面白い男だと思っていた。だからこそ、小寺 万吉の秘策に興味を示す。
「ここから先は、まず同盟の確約をお願い致します。私の秘策にはそれだけの価値があると思っておりますので」
「そうか。なら仕方ない。今回は同盟を見送るとするか」
「えっ……」
それだけに、この勿体ぶった態度が残念で仕方なかった。きっと自身の才能に自惚れを感じているのだろうと。そう思った瞬間、一気に興味が冷めてしまう。
「まあ、万吉はまだ若いからな。今回は少し解説をするか。今から言う事は決して外に漏らすなよ」
「……」
「同盟を見送った理由はとても単純で、そもそも当家は播磨国と紀伊国の二方面から侵攻して三好宗家と争おうとは考えていない。淡路国を制圧して制海権を奪うのを第一としている。残念だったな」
「そ、そんな。まさか私と同じ……いやそれよりも、これ程の秘策を初対面の私に披露して良いのですか? 先程『外に漏らすな』と申されましたが、裏切って三好宗家に伝えるかもしれないのですよ」
「ああっ、心配するな。今の言葉は表向きだ。晴元派に揺さぶりを掛けられて、氏綱派が内部分裂しなければそれで良い。小寺殿に晴元派と組んでそれができると思うならしても良いぞ」
「国虎様!!」
「そう怒るなよ忠澄。ちょっとした戯れだ。小寺殿、気を取り直して続きを話すとな、三好殿にも当家が淡路国を狙っているのは既に悟られていると俺は考えている。だから今更な話だ。それにな、俺は三好宗家との争いは、淡路国とその周辺海域が一番の激戦地になると見ている。そうなると秘策として欲しいのは、淡路国を手にしなくとも確実に勝てる策か確実に淡路国内に拠点を得る策かのどちらかになる」
「では、播磨国に島津殿を派遣したのは……」
「もう分かるだろう。淡路国から目を逸らさせるために利用している」
「今朶思 大王の器量がこれ程とは……。これまでの自分自身を恥ずるばかりです」
「大袈裟な」
小寺 万吉の秘策は空振りとなったものの、この若さで淡路国を対三好宗家への軍事要塞に見立てる発想ができたのは十分に素晴らしい。
惜しむらくは、同じ発想をできる者が周りにいなかった点であろう。だからこそ天狗になり、空回った。同じ発想ができる者が他にもいるとは気付けなかった。それに尽きる。
とは言え小寺 万吉の気持ちは分からないでもない。実際同じ転生者の庄 親信も播磨国から摂津国への侵攻を訴えもしたし、家中には紀伊国からの勢力拡大を訴える者も多数いる。
俺が西国へと勢力拡大を行ったのは、そうした不満の声を逸らす役割もあったと言えよう。戦を行い一時金の褒美を出せば、ガス抜きができると考えたからである。
そうした点も踏まえれば、小寺 万吉の考えは当家家臣の大多数より一歩先んじているというもの。戦を俯瞰した盤面で見れる者は中々いない。多くが視野狭窄に陥って、相手の行動を自身に都合良く制限してしまう者達ばかりだ。だからこそこの才能が潰れてしまうのを勿体無く感じ、ついつい老婆心が出てしまう。
「ここでもう一つ残念な話だ。実は播磨島津家には播磨国の『切り取り次第』を与えている。意地を張って皆殺しにされる前に和睦しろよ。対龍野赤松戦で使った火器を、まだたんまり持っているからな。例え但馬山名家が援軍に来ても、正攻法で戦えば勝つのは相当難しいと思うぞ」
「今何と?」
「こう言った方が分かり易いか? 播磨島津家には播磨国を与えている。だから、死ぬ前に播磨島津家と和睦した方が得策だ」
要は平気で特攻を仕掛けてくる相手を真面目に相手をするなという意味となる。膝を屈した所で、そこから挽回する方法は幾らでもあるのだから、それに賭けた方が賢い選択と言えるだろう。
一時的な感情に流されずに確実に利を掴む。俺は小寺 万吉にそういう立ち回りをして欲しいと願った。
「…………こうむる」
「小寺殿、今何か言ったか?」
「播磨島津家との和睦だけは御免こうむる! それができるなら、最初からここに参っておりません。あのような田舎の蛮族に屈したとなれば、祖先に顔向けできなくなります」
しかしながらこういった考えは、若い者には難しいのかもしれない。
若さゆえの潔癖さと言えば良いのか、形だけでも頭を下げるというのができないのだろう。
「面子より命の方が大事だろ。それくらい分かれ!」
「いいえ、分かりません。私が降るのは細川様に対してです。これまで生きてきた中で、初めて師と呼べる方と出会いました。細川様になら、私は幾らでも頭を下げられます」
「……えっ?」
「国虎様、小寺殿は播磨島津家には降りたくなくても、遠州細川家になら降ると言っているのですよ」
「忠澄、それは分かるが唐突過ぎる。元は同盟という話だろうに。それに当家も播磨島津家と変わらない田舎の蛮族集団だぞ」
そう思っていたのだが、してやったりの顔をする小寺 万吉を見た途端に全ては演技だったのだと理解する。どうやら俺の言いたい意味は既に伝わっていたようだ。
ただ、降る相手が播磨島津家ではなく、何故俺なのかが分からない。
「細川様、遠州細川家が蛮族だというなら、戦は槍や刀で行うものです。ですが実際は細川様の才知で戦を行っている。今日それを確信しました。近年西国で暴れ回っていた安芸毛利家が簡単に屈したのも、細川様の才知には敵わないと考えたのでしょう。なら私も安芸毛利家に習うのは何ら不思議な事ではありません。それに、遠州細川家は商いで財を成した家です。ならば当家の玲珠膏とも相性が良いとも言えるかと」
「それはつまり、当家の産物に目薬の玲珠膏が加わるのだから、素直に播磨小寺家を受け入れろという意味か? 当家に降るというなら、領地を手放して一族で阿波に来るという意味だぞ。そんな事、今ここで勝手に決めて良い訳無いだろうに」
「少なくとも、播磨島津家に滅ぼされるよりは正しい選択かと。最低でも私が父を説得して、家の者は全員阿波入りさせます。主君の小寺 政職様が首を縦に振らない場合は、諦めるより他ないと考えます」
「分かった分かった。そうなった時は、俺から島津 義久に小寺 政職殿を殺さないよう書状を書いておくさ。小寺殿も目覚めが悪いだろうしな」
「では、私の弟子入りを認めて頂けると受け取って良いですね?」
「弟子を取るつもりはないが、土地を手放して一族で来るというなら断る理由が無い。玲珠膏の件もあるしな。当家に来れば、今より良い生活は保障しよう。但し俸禄だぞ」
「そのお言葉深く心に刻みました。では、今より父を口説いて参ります。朗報をお待ちください」
言うが早いか小寺 万吉は、全速力で部屋から出て行く。取り残された俺以下の当家の面々は、ただただ苦笑するしかないという良く分からない会見となってしまった。
こういうのを、まるで暴風が吹き荒れたようなとでも言うのだろう。気が付けば同盟の打診が降伏へと転じただけではない。一族でやって来るというのに、何一つとして詳細を詰めようともしないせっかちさに呆れるばかりであった。
……俺の口約束を信用するなよ。
とは言え、小寺 万吉は既に去った。ここから先の話は今後の課題とするしかないのだろう。
それよりも俺が気になるのが、小寺 万吉の弟子入り宣言だ。一体何をどうしたらこうなるのか。
「なあ忠澄、普通なら俺の弟子になりたいとは思わないよな?」
「それよりも、弟子が務まらないというのが正しいと思います。国虎様は何を言っているか分からない時が多過ぎますので。私は慣れましたが」
「……いつも迷惑を掛けるな。迷惑ついでという訳ではないが、しばらくは右筆の新人として面倒を見てやってくれ。頼むぞ」
だが、こんな時ほど人は身勝手な行動を起こしたがる。いや、足の引っ張り合いをしたがるのが正しい。
結論から言えば、播磨国内でクーデターが起きた。それも守護である赤松 晴政を嫡男の赤松 義祐が追放するという形で。まさかの一言しか出ない出来事である。
これもくじ引きによる神託の加護か。予期せぬ播磨国内での群雄割拠が始まったのだから、島津 義久にとっては願ったり叶ったりの展開と言える。島津家中では、播磨国統一が一歩近づいたと大騒ぎしていても不思議ではない。
結果として播磨国内は四つに分かれる。東部が三好宗家の傘下である別所家を中心とした勢力。中央部が赤松宗家当主 赤松 義祐を中心に据え、浦上 政宗や小寺 政職等が支える勢力。そして西部は名族宇野家と新生島津家という形となった。
なお追放された赤松 晴政は、播磨別所家へと身を寄せたらしい。これは、細川 高国様が亡くなった享禄四年 (一五三一年)の大物崩れの縁によるものだろう。播磨別所家前当主 別所 就治と赤松 晴政は、共にこの戦の当事者である (但し赤松 晴政は裏切って、別所 就治と同じ細川 晴元陣営に付いた)。
さてこうなると、播磨国内最大勢力の赤松 義祐は微妙な立ち位置となってしまう。目下の敵は東部の播磨別所家だというのに、西部の播磨島津家の存在によって戦に集中ができない。下手をすると二正面作戦、最悪の場合は隣国の但馬山名家家も介入をして三正面作戦という滅亡の道へと立たされてしまう。これでは何のためにクーデターを行ったのか分からない。
しかしながら、ここで播磨赤松家は起死回生の策に打って出る。それは遠州細川家への同盟打診であった。
「播磨小寺家家臣 小寺 万吉です。本日は細川様とお会いでき、誠に嬉しく思います」
「……どういう事だ? 万吉というのは幼名だろう? 使者は若いと聞いていたが、元服前の者とは聞いてないぞ。しかも播磨赤松家の家臣でもないというなら、来る所を間違っているとしか考えられない」
「いえ、何も間違っておりません。私がまず細川様との繋がりを持ち、それを契機として播磨小寺家を動かす。そうなれば主家の播磨赤松家も、遠州細川家との同盟を正式に打診する運びになります」
「……ほぉ。要は下交渉か。若いのによくそこまで考えたな。その点は評価しよう。若いと見くびって悪かった。謝罪する。ならここからは小寺殿を一人の武士と見て話をするぞ。まず、当家が播磨赤松家と同盟を結ぶ利を教えてくれ。全てはそこからだ」
こういう時、改めて世の中は広いと感じる。年の頃は一〇代前半だろうか。顔は幼くまだ体もできていない華奢な体つきだというのに、大人顔負けの考えができるのは驚くばかりである。
ただ、そんな大人顔負けの小寺 万吉も、如何せん経験は足りないようだ。先程の言葉で何となく背景が窺い知れるのがその証拠となる。どうやら現在の播磨赤松家は、当家と三好宗家以外の勢力と手を結ぼうとしているのだろうと。有力なのは播磨国の北に位置する但馬山名家となる。
だがそれでは、播磨赤松家に先は無いと小寺 万吉は考えた。だからこそ主家の方針を変更させようと今日ここに乗り込んできたのだろう。
現在の小寺 万吉は元服前の子供であり、尚且つ陪臣の家の者でしかない。これでは主家に何を言っても無視される。ならばと先に実績を作り下から突き上げれば、親遠州細川派閥が形成できると考えたのではなかろうか。
組織が一枚岩ではないという実情を見事に突いた策である。
問題があるとすると、播磨国に於いては既に俺が島津 義久に『切り取り次第』を与えている点だ。つまり播磨国の管轄は播磨島津家となっている。相当な利をこの場で提示できなければ決定は覆せない。
さて、どう切り崩すかお手並み拝見といこう。
「利に関してもご安心ください。私の見立てでは来るべく三好宗家との争いのために、島津殿を播磨国に派遣したと考えています。絵図としてはこうでしょう。播磨国と紀伊国の二国から同時に畿内に侵攻し、三好宗家を打ち倒す。ですがそれよりも、より確実に三好宗家を打倒する秘策を此度はお持ちしました。これが細川様への利になるかと考えます」
表向き当家と三好宗家が同じ氏綱派に所属しているというのに、さも当たり前のようにいずれ衝突すると言い切る。勿論この決戦は、当事者同士では公然の事実だ。両家の家臣同士もそれを前提としているために仲も悪い。
けれども未だ晴元派が壊滅させられていない現状では、それを公言するのは宜しくない。意地の悪い者が聞けば、氏綱派の内部対立を煽っていると理解されてしまう。そうなればやがて噂が噂を呼び、足の引っ張り合いに発展しかねない。こうなると喜ぶのは晴元派だけとなり、下手をすると共通の目的である細川 晴元の打倒すら危うくなってしまうだろう。
こうした大人の事情が分からないのが若さゆえの未熟さか。周りを見渡せば、同席している居残り組の家臣達は苦笑いを浮かべていた。
……もしこの場に毛利 元就がいたなら、即刻小寺 万吉は部屋から放り出されて播磨小寺家との外交問題に発展していた可能性が高い。
「それは面白い話だな。是非聞かせて欲しい。有効と判断すれば、本気で同盟を考えよう」
だが俺は、この建前を無視する大胆さを心地良いと感じる。素直に面白い男だと思っていた。だからこそ、小寺 万吉の秘策に興味を示す。
「ここから先は、まず同盟の確約をお願い致します。私の秘策にはそれだけの価値があると思っておりますので」
「そうか。なら仕方ない。今回は同盟を見送るとするか」
「えっ……」
それだけに、この勿体ぶった態度が残念で仕方なかった。きっと自身の才能に自惚れを感じているのだろうと。そう思った瞬間、一気に興味が冷めてしまう。
「まあ、万吉はまだ若いからな。今回は少し解説をするか。今から言う事は決して外に漏らすなよ」
「……」
「同盟を見送った理由はとても単純で、そもそも当家は播磨国と紀伊国の二方面から侵攻して三好宗家と争おうとは考えていない。淡路国を制圧して制海権を奪うのを第一としている。残念だったな」
「そ、そんな。まさか私と同じ……いやそれよりも、これ程の秘策を初対面の私に披露して良いのですか? 先程『外に漏らすな』と申されましたが、裏切って三好宗家に伝えるかもしれないのですよ」
「ああっ、心配するな。今の言葉は表向きだ。晴元派に揺さぶりを掛けられて、氏綱派が内部分裂しなければそれで良い。小寺殿に晴元派と組んでそれができると思うならしても良いぞ」
「国虎様!!」
「そう怒るなよ忠澄。ちょっとした戯れだ。小寺殿、気を取り直して続きを話すとな、三好殿にも当家が淡路国を狙っているのは既に悟られていると俺は考えている。だから今更な話だ。それにな、俺は三好宗家との争いは、淡路国とその周辺海域が一番の激戦地になると見ている。そうなると秘策として欲しいのは、淡路国を手にしなくとも確実に勝てる策か確実に淡路国内に拠点を得る策かのどちらかになる」
「では、播磨国に島津殿を派遣したのは……」
「もう分かるだろう。淡路国から目を逸らさせるために利用している」
「今朶思 大王の器量がこれ程とは……。これまでの自分自身を恥ずるばかりです」
「大袈裟な」
小寺 万吉の秘策は空振りとなったものの、この若さで淡路国を対三好宗家への軍事要塞に見立てる発想ができたのは十分に素晴らしい。
惜しむらくは、同じ発想をできる者が周りにいなかった点であろう。だからこそ天狗になり、空回った。同じ発想ができる者が他にもいるとは気付けなかった。それに尽きる。
とは言え小寺 万吉の気持ちは分からないでもない。実際同じ転生者の庄 親信も播磨国から摂津国への侵攻を訴えもしたし、家中には紀伊国からの勢力拡大を訴える者も多数いる。
俺が西国へと勢力拡大を行ったのは、そうした不満の声を逸らす役割もあったと言えよう。戦を行い一時金の褒美を出せば、ガス抜きができると考えたからである。
そうした点も踏まえれば、小寺 万吉の考えは当家家臣の大多数より一歩先んじているというもの。戦を俯瞰した盤面で見れる者は中々いない。多くが視野狭窄に陥って、相手の行動を自身に都合良く制限してしまう者達ばかりだ。だからこそこの才能が潰れてしまうのを勿体無く感じ、ついつい老婆心が出てしまう。
「ここでもう一つ残念な話だ。実は播磨島津家には播磨国の『切り取り次第』を与えている。意地を張って皆殺しにされる前に和睦しろよ。対龍野赤松戦で使った火器を、まだたんまり持っているからな。例え但馬山名家が援軍に来ても、正攻法で戦えば勝つのは相当難しいと思うぞ」
「今何と?」
「こう言った方が分かり易いか? 播磨島津家には播磨国を与えている。だから、死ぬ前に播磨島津家と和睦した方が得策だ」
要は平気で特攻を仕掛けてくる相手を真面目に相手をするなという意味となる。膝を屈した所で、そこから挽回する方法は幾らでもあるのだから、それに賭けた方が賢い選択と言えるだろう。
一時的な感情に流されずに確実に利を掴む。俺は小寺 万吉にそういう立ち回りをして欲しいと願った。
「…………こうむる」
「小寺殿、今何か言ったか?」
「播磨島津家との和睦だけは御免こうむる! それができるなら、最初からここに参っておりません。あのような田舎の蛮族に屈したとなれば、祖先に顔向けできなくなります」
しかしながらこういった考えは、若い者には難しいのかもしれない。
若さゆえの潔癖さと言えば良いのか、形だけでも頭を下げるというのができないのだろう。
「面子より命の方が大事だろ。それくらい分かれ!」
「いいえ、分かりません。私が降るのは細川様に対してです。これまで生きてきた中で、初めて師と呼べる方と出会いました。細川様になら、私は幾らでも頭を下げられます」
「……えっ?」
「国虎様、小寺殿は播磨島津家には降りたくなくても、遠州細川家になら降ると言っているのですよ」
「忠澄、それは分かるが唐突過ぎる。元は同盟という話だろうに。それに当家も播磨島津家と変わらない田舎の蛮族集団だぞ」
そう思っていたのだが、してやったりの顔をする小寺 万吉を見た途端に全ては演技だったのだと理解する。どうやら俺の言いたい意味は既に伝わっていたようだ。
ただ、降る相手が播磨島津家ではなく、何故俺なのかが分からない。
「細川様、遠州細川家が蛮族だというなら、戦は槍や刀で行うものです。ですが実際は細川様の才知で戦を行っている。今日それを確信しました。近年西国で暴れ回っていた安芸毛利家が簡単に屈したのも、細川様の才知には敵わないと考えたのでしょう。なら私も安芸毛利家に習うのは何ら不思議な事ではありません。それに、遠州細川家は商いで財を成した家です。ならば当家の玲珠膏とも相性が良いとも言えるかと」
「それはつまり、当家の産物に目薬の玲珠膏が加わるのだから、素直に播磨小寺家を受け入れろという意味か? 当家に降るというなら、領地を手放して一族で阿波に来るという意味だぞ。そんな事、今ここで勝手に決めて良い訳無いだろうに」
「少なくとも、播磨島津家に滅ぼされるよりは正しい選択かと。最低でも私が父を説得して、家の者は全員阿波入りさせます。主君の小寺 政職様が首を縦に振らない場合は、諦めるより他ないと考えます」
「分かった分かった。そうなった時は、俺から島津 義久に小寺 政職殿を殺さないよう書状を書いておくさ。小寺殿も目覚めが悪いだろうしな」
「では、私の弟子入りを認めて頂けると受け取って良いですね?」
「弟子を取るつもりはないが、土地を手放して一族で来るというなら断る理由が無い。玲珠膏の件もあるしな。当家に来れば、今より良い生活は保障しよう。但し俸禄だぞ」
「そのお言葉深く心に刻みました。では、今より父を口説いて参ります。朗報をお待ちください」
言うが早いか小寺 万吉は、全速力で部屋から出て行く。取り残された俺以下の当家の面々は、ただただ苦笑するしかないという良く分からない会見となってしまった。
こういうのを、まるで暴風が吹き荒れたようなとでも言うのだろう。気が付けば同盟の打診が降伏へと転じただけではない。一族でやって来るというのに、何一つとして詳細を詰めようともしないせっかちさに呆れるばかりであった。
……俺の口約束を信用するなよ。
とは言え、小寺 万吉は既に去った。ここから先の話は今後の課題とするしかないのだろう。
それよりも俺が気になるのが、小寺 万吉の弟子入り宣言だ。一体何をどうしたらこうなるのか。
「なあ忠澄、普通なら俺の弟子になりたいとは思わないよな?」
「それよりも、弟子が務まらないというのが正しいと思います。国虎様は何を言っているか分からない時が多過ぎますので。私は慣れましたが」
「……いつも迷惑を掛けるな。迷惑ついでという訳ではないが、しばらくは右筆の新人として面倒を見てやってくれ。頼むぞ」
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