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七章 鞆の浦幕府の誕生

宇喜多 直家からの贈り物

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 今年の西国は荒れ模様と言うしかない。

 まず九州では斯波 元氏しば もとうじが軍を率いて外征を行っていた。

 本来なら領国である肥後ひご南部を奪われた豊後大友ぶんごおおとも家の逆撃に備えなければならない筈が、相も変わらず豊後国内で謀反が発生し、当主 大友 義鎮おおとも よししげが一時的に本拠地を捨てるという最悪の事態に陥る。

 これを好機と見て、斯波 元氏は肥後国の天草あまくさ諸島へと進出するだけではなく、その余勢を駆って隣の肥前ひぜん国にも侵攻を行った。

 両地域には頭一つ抜けた勢力は無い。これなら各個撃破の良い的だ。仮に各豪族が力を結集した所で所詮は烏合の衆である。抵抗する力も大きなものとはならないだろう。斯波 元氏からの喜びの声が届くのも時間の問題と思われる。

 お次は中国地方だ。厳島の戦いも終わり、安芸毛利あきもうり家が当家に対して正式に降伏を申し出てきた。それにより、安芸国と備後びんご国接収を目的とした軍を送っている。

 両国の豪族がどの程度毛利 元就もうり もとなりの説得に応じたかは分からないものの、降伏に反対する勢力には纏め上げる中心人物はいない。そのため、両国の接収はそう難しいものとはならないだろう。こちらも良い報告が届くのが待ち遠しい。

 ただ、中国地方の情勢変化はこれだけでは済まなかった。

 やはり陶 晴賢すえ はるかた 討ち死にの影響は大きく、屋台骨の崩れた周防大内すおうおおうち家を激震が襲う。

 内容的には内ゲバとでも言えば良いのか。九州北端にある豊前ぶぜん国守護代のすぎ家が、何と周防陶家の本拠地である若山わかやま城を攻め始めた。

 豊前杉家の現当主は陶 晴賢に父親を殺されている。陶 晴賢亡き今、周防陶家の力が大きく低下したのを好機と捉えたのだろう。父親を殺された恨みを晴らそうと軍事行動を起こしたに違いない。

 その気持ちは分かる。しかしながら仇である陶 晴賢はもういないのだから、ここは周防大内家内で争う場面ではない。むしろ今は陶 晴賢無き周防大内家をどう立て直しするかが急務である。大事な時期にこのような行動をしているようでは、周防大内家に未来は無いだろう。

 強大な組織が崩壊する時、外敵による要因というのは意外と小さい。どちらかと言えば、身内同士で争い力を落としてしまうというのが殆どだ。外敵は熟れた果実を横から掻っ攫うだけである。

 出雲尼子いずもあまご家はまさにそれであった。内戦に突入した周防大内家の隙に乗じて石見いわみ国へと侵攻した。目的は当然ながら打ち出の小づちの石見銀山である。現在の周防大内家には出雲尼子家に対抗できる力も無ければ、対抗できる人物もいない。程なく石見銀山は出雲尼子家が手にするだろう。

 こうして周防大内家を中心とした戦いに注目が集まると、これ幸いにとある人物が動き出す。それは備前びぜん国の梟雄 宇喜多 直家うきた なおいえである。

 本来であれば突然備前国の半分以上を手にしたのだから、現状は領地の掌握に手一杯の筈だ。良くて天神山てんじんやま城の浦上 宗景うらがみ まさむね殿からの反撃に備える程度である。この状態で攻めに転じるなど土台無理な話だ。

 そんな常識を軽々と超えてくるからこその梟雄なのかもしれない。宇喜多 直家は当家にとんでもない贈り物をしてきた。

「聞いたぞ国虎! 宇喜多 直家が浦上 政宗うらがみ まさむねの本拠地 室山むろやま城を落としたらしいな。それで太っ腹にも、その城を国虎に献上したそうじゃないか。播磨はりま国に進出したのは大きいぞ。このまま兵を出して播磨国全域を遠州細川家の支配下に置こうぜ」

「あー、それなんだがな。親信ちかのぶ、多分それ罠だぞ。宇喜多 直家は裏切っている……と言うと大袈裟か。俺達と三好みよしを両天秤に掛けている。強い方に付くつもりだろうな」

「げっ、マジか」

 こういう時、しっかりとした水軍を持っている勢力は強いと改めて感じる。陸からでは容易に攻め込めない離れた城であっても、電撃的な軍事行動が可能だ。特に室山城は室津むろつ港の押さえの城だけに、抜群の相性の良さである。

 これも約一〇年前の犬島攻略を手伝った件が室山城攻略に繋がったのだから、それ自体は俺も喜ぶべきだ。

 ただ、この後が良くない。何故自らに疑いの目を向けられる真似をするのか俺には分からなかった。

 とは言え、宇喜多 直家の言い分自体は分かる。

 室山城は備前びぜん宇喜多家にとっては飛び地の存在だ。よってこの地を維持するには、兵の駐留を始めとしたかなりの手間と費用が必要となる。しかも浦上 政宗の身柄も取り逃がしたとなれば、より厳重に防備を固めなければならない。例え室津の港から利益を得られるとしても、費用負担の方が大きいのなら意味は無いと判断した。

 要は不良債権の押し付けに近い。名目上は俺から貰った南備前に対しての返礼だとしているが、現実は世知辛いものである。逆に室山城が優良物件であったなら、簡単に手放そうとはしなかっただろう。動機としての違和感は無い。

 また宇喜多 直家は、備前国の統一や北の美作みまさか国への進出を考えているため、播磨国に手を出す余裕が無いという事情もあるそうだ。

 ここまで理路整然としていれば、多くの者がそこに嘘があるとは見抜けないだろう。だが俺には、隠された意図が丸分かりであった。

 それは端的に言えば、三好みよし宗家と争いを起こしたくないというものだ。三好宗家は既に播磨国の一部を領有している。その状況下で播磨国で勢力拡大を行えば、三好宗家との争いを回避する術は無い。

 なら、それを当家に押し付けてしまえというのが、今回の室山城献上の本当の意味となる。

「親信、覚えているか? 天文七年 (一五三八年)の出雲尼子家上洛ツアーの時、播磨国の豪族が一致団結していたのを。それまでは内戦状態だったにも関わらずだ」

「ああ、覚えている。出雲尼子家に見事にコテンパンにされたな。確か播磨赤松あかまつ家当主は国外に逃亡したんじゃなかったか?」

「その通りだ」

「もしかして国虎は、播磨に侵攻すれば同じ事態になると心配しているのか? その程度、今の俺達なら問題無いだろうに。あの時と同じ目に合わせてやれば良いだけじゃないのか?」

「いや、それだけなら俺も蹴散らせると思っている。問題はその豪族連合に三好宗家からの援助が入る事だ。播磨は当家との緩衝地帯にしたいだろうからな」

「まさか!」

「下手をすると、その豪族連合に俺がしたのと同じく三好が傭兵団として参加する可能性もあるな。要は室山城を足掛かりにして播磨国侵攻を行えば、播磨国の豪族全てを相手取るだけではなく、もれなく三好宗家までもが付いてくる」

「国虎、三好はお菓子のオマケじゃないぞ」

「気にするな。それで播磨国の戦いで俺達が苦戦すれば、満を持して宇喜多 直家が登場し、背後から殴り掛かってくる。大方、壊滅近くまで追い込まれるだろうよ。その手柄を引っ提げれば、宇喜多 直家は三好宗家内で良い扱いを受けるのが確実となる」

 播磨国の東隣にある摂津せっつ国には三好宗家の本拠地 芥川山あくたがわやま城がある。これが当家の播磨国侵出を拒む最も大きな理由となろう。現状では当家との間に播磨国や淡路あわじ国があるために大人しくしているだけだ。

 そのため播磨国の攻略は、実は難度が高い。

 宇喜多 直家はそれを十分に理解していると思われる。だからこそ、それを逆手に取れば、自らを高く売り込む良い機会になると考えたのではないだろうか? 

「……それが、さっき言っていた宇喜多 直家の裏切りか。なら国虎、先に宇喜多 直家の方から滅ぼすか?」

「親信、そう焦るな。こうも言ったろう。『両天秤に掛けている』と。多分だが、こちらが弱みを見せなければ、宇喜多 直家は裏切らないと思うぞ」

 宇喜多 直家は三好 長慶みよし ながよしに忠誠を誓っている訳ではない。当然ながらそれは、俺に対しても同じだ。なら強い方、もしくは自分自身を高く買ってくれる方に尻尾を振るのが最も合理的となる。

 まさに生き残りに必死な地方豪族と同じ考えと言えるが、そもそも宇喜多 直家は当家への臣従を表明するまでは地方の小さな一豪族だった。なら、その価値観から未だに脱却できていないのも不思議ではない。

「それにしても国虎は、随分と冷めているな。宇喜多 直家の裏切りや両天秤に対して何も思わないのか?」

「……宇喜多 直家には最初から多くを期待していないというのがあるからだろうな。福岡ふくおかの町への卸売りと海域通過の際の優遇。後はろう石の納入だな。俺が重視しているのはこの三つだ。後は好きにすれば良いと思っている。それに今回の室山城の件に付いては一つ腹案があってな。島津しまづを使おうと考えている。この時代らしく、播磨国の『切り取り次第』を与えるつもりだ」

「聞かせてくれ」

「近い近い。腹案と言っても大規模な仕掛けがある訳じゃない。がっかりするなよ。俺の考えは播磨国には兵を派遣せずに、島津には身一つで乗り込んでもらうというものだ。とは言っても、護衛として一〇〇名程度の兵は付けるがな」

「俺には国虎が何を言っているか分からん。違うのは兵の数だけじゃないのか?」

「だから言ったろう。がっかりするなと。その兵の数が今回の肝だ。これなら播磨国の豪族にとっては脅威にならない。よって団結する必要が無い。後は名前だな。俺や出雲尼子家は名が売れているが、島津の名は誰も知らない」

「そうか! 俺達が知っているグイシーマンズの逸話は、ここでは未来の話になるのか。そうすると今の島津は、何の実績も無い九州の田舎武家になると。確かにそれは脅威には感じないな。いや待てよ。それなら逆に、今度は播磨国内の豪族が室山城を攻めやしないか? 脅威にならないのなら、攻めれば勝てると思われる可能性があるぞ」

「そうだな。ただ……島津なら何とかするような気がしないか? 根拠は無いけどな」

「何とかねぇ……確かにしそうだ。根拠は無いがな」

「島津 義久には銭と食料は欲しいだけ渡す上、追加分も申請がある度に送る。火器も焙烙玉と火の鳥、木砲は好きなだけ持たせるつもりだ。後は……そうだな。英賀あが本徳ほんとく寺への紹介状も書いておくか。これで一向門徒の協力も得られるだろう」

「本当、次から次によく思い付くよ。要は今回は代理戦争に近いのか。これでは三好宗家が下手に手を出せば、逆に播磨国の豪族を敵に回してしまう。大勢が決まってから三好宗家に泣きついた所で、その時にはもう遅いと」

「まあ、失敗しても俺達は、痛くも痒くもないのが何よりありがたい。勿論、島津 義久が断れば策は練り直しとなる。そうはならない事を祈るよ」

 播磨国での戦いに於いて重要なのは、三好宗家が主体的な行動ができない点だ。事実天文二三年 (一五五四年)の侵攻も、播磨有馬ありま家の要請があったからに他ならない。

 宇喜多 直家は言うに及ばず。三好宗家という山が動かなければ、勝ち馬には乗れない。

 だからこその土佐島津家の派遣となる。これなら播磨国内での戦いに終始し、豪族が外部勢力と結託する可能性は低い。仮に外部勢力を呼び込むにしても、どの勢力が何処に助成を頼むのかという問題がある。

 あくまでも俺が恐れているのは、播磨国内の全ての豪族が連合して敵に回った時のみであり、単独で外部勢力を呼び込んだ場合はその限りではない。如才ない三好宗家なら、勝てる目処が立たない場合は援軍を派遣しないと踏んでいる。

 つまり播磨国での戦いは、島津 義久の立ち回りが全てと言えるだろう。

「それにしても驚いたな。国虎がここまで島津を買っていたとは。評価は低いものだと思っていたぞ」

「その通りなんだが……何と言うか、島津の底力を見たくなってな。さっき言った『何とかする』にしてもそう。当家の中では劣等生でも、自由にさせれば力を出せるんじゃないかという思い……というより願望だな。島津にはバーサーカーでいて欲しい」

「何だそりゃ」

「まあ、良いじゃないか。優等生ばかりじゃ面白くないものだぞ」

「本当、変わっているよ国虎は。こうして話していると、一〇〇万石を超える大大名の当主なのかと疑う時が今でもある」

「その自覚が無いからな。俺には」

 今回の策を最初に話したのが岡林 親信おかばやし ちかのぶで良かったと思っている。自分でも馬鹿な話をしていると自覚しつつも、笑わずに聞いてくれるありがたい存在だ。他の家臣ではこうはならなかったろう。きっと「もっと相応しい者がいます」と言われていたに違いない。

 これなら後は根回しを岡林 親信に依頼しておけば、土佐島津家もようやく日の目を見れる。何とか良い所で使ってやりたいと思っていただけに、肩の荷が下りたような気分だ。島津 義久もこれまで腐らずによく耐えてくれた。

 さて島津の真価はどれ程になるだろうか。「切り取り次第」という播磨国国主の空手形を切るとなれば、攻め取った領地全てが島津の物となる。俄然やる気が溢れてくるのではなかろうか。

 懸念点と言えば、やはり領地を切り取った後の統治となる。元の領地の薩摩では民が反抗的で税をきっちりと納めはしなかった。それだけに民をないがしろにしないかという不安がある。

 これに付いては島津 義久と事前にきっちりと話し合いを持っておこう。播磨国は石高の高い地だけに飢える心配は無い。欲をかかなければ安定収入を得られるのは確実だ。薩摩とは大きく違った生活もできるようになるだろう。

 兎にも角にもこれでようやく島津が始まる。戦国のバーサーカーが見れるかどうか。それが今から楽しみで仕方ない。
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