国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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七章 鞆の浦幕府の誕生

張子の虎

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 ──遠州細川家にも新宮党しんぐうとうが誕生する。

 細川の名を冠してはいるものの、当家は実質四国の田舎武家だ。知名度は高が知れている。そんな勢力に中央にまで名が通った武闘派集団が誕生するというのは、久々の痛快事である。例えるなら、鳥取県にスターバ〇クスが支店を出したような感覚と言うべきか。当家にまた一つ箔が付くのではないかと期待をしている。

 これも全ては保護をした尼子 敬久あまごたかひさが当家への仕官を快く了承してくれたに他ならない。

 阿波あわ撫養むや城で面会をした当初は、親兄弟を亡くした悲しみもあって出家を考えていると話す程意気消沈していた。生き残った新宮党の面々も僅か数名しかおらず、新天地で再起を図ろうという気が起きる素振りは見せもしない。保護した中にはまだ生まれたばかりの赤子がいたというのもあり、その子の面倒を見なければならないという思いも再起を留まらせていたと考える。

 転機となったのは、殺された尼子 国久あまごくにひさ殿の孫である尼子 氏久あまごうじひさが、壊滅した新宮党を復活させて党首に就任したという報せが届いた事による。

 俺も俺で余計な真似をしているという自覚を持ちつつも、尼子 敬久がどんな反応をするか見たかったために、急遽城へと呼んで詳細を伝えた。

 その時の尼子 敬久以下の新宮党残党は、みるみる顔を赤く染めて怒り心頭となる。中でも生き残りの一人である尼子 季久あまごすえひさはまだ一三歳という幼さにも関わらず、兄である尼子 氏久に対して復讐を果たすとまで声高らかに言い放った。

 きっと全員が気付いたのだろう。新宮谷襲撃の裏には身内である尼子 氏久の裏切りがあったというのを。

 そこに当家への仕官という悪魔の囁きをする。

 復讐心に火が点いた新宮党残党の答えは一つであった。全員が当家へ仕官を申し出て、尼子 敬久が新生新宮党の党首への就任が決まる。赤子はこちらで預かりしっかり養育すると約束し、後顧の憂いを取り除く。こうしてたった八名からなる新たな新宮党──新宮党を越えた新宮党として名を大新宮ダイシングーへと改めて始動する運びとなった。

 ここから楽しい悪巧みの時間がやって来る。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 とは言え悲しいもので、悪事というのはバレて欲しくない時ほど露見をしてしまうものだ。それが新部隊の設立ともなれば、家臣達も黙って見過ごす訳にはいかない。何故自分達を差し置いて新参者が隊の責任者となるのか? 今後は自分達よりも新参ばかりが重用されるのではないか? そんな思いを抱いたとしても何ら不思議ではない。

 そんな誤解を家中に招いたからか、俺は皆に対して吊し上げという名の事情説明を行う羽目となる。

「なあ大将、俺達は皆大将に大きな恩がある。大将と出会わなけりゃ今のような生活は送れちゃいないからな。これでも何とかしてその恩に報いようとしてるんだ。なのに、俺達はそんなに頼りないか? 大将が新たな精鋭部隊を作ろうとするなら、まずは俺達に相談するのが筋じゃないのか? その辺、納得する答えを聞かせてくれるまで今日は帰さないからな」

 中でも元傭兵の松山 重治まつやましげはるが、急先鋒として鼻息荒く俺に詰め寄ってくる。自身が叩き上げで重臣まで上り詰めたからこそ、今回の事態をズルと認識したのだろう。これを許すようでは家中に示しが付かないと、憤りを見せるも当然であった。

 この時代の領主の力は思った以上に小さい。それは例え大領であってもだ。何事においても家臣の了承が必要であり、独断ができないのが実情である。だからこそ大胆な政であったり軍事行動を行う場合には事前の根回しが欠かせない。それを怠った結果が今まさに目の前に広がっている光景であった。

 俺としてはちょっとした遊び心で始めた新生新宮党だっただけに、ここまで大事になっているのが逆に驚きである。過剰に反応し過ぎなような気もするが、事ここに至ってはきちんと説明する必要があるようだ。

 仕方ない。この馬鹿げた計画の全貌を話して、呆れ返ってもらうとしよう。

「……何と言うか、とりあえず落ち着け。コソコソした動きをして皆を不安にさせた点は謝る。ただ、これだけは勘違いしないでくれよ。今回新たに作ろうとしてる部隊、名を大新宮と言うんだが、これは対出雲尼子家用の実験部隊だ。銭は掛けるが主戦力とは考えていない。これが新参である尼子 敬久を抜擢した一番の理由だ」

「本当……か?」

「そりゃそうだろう。確かに当家に新宮党ができるのは箔付けという意味では嬉しい。けれども、それが当家でいきなり活躍できる筈がないのは分かっている……と言うよりも、多分役に立たない。寄せ集めの急造だからな。その辺は俺も党首である尼子 敬久も納得している」

「ならどうしてそんな無意味な事を……って、だから実験部隊なのか」

「その通りだ。一部に特化して専門化させる。それが今回の実験の主旨だ」

「で、どう専門化するんだ、大将?」

「太刀を用いた近接攻撃専門だな。まあ、支援として焙烙玉や発煙筒を投げる投擲兵も多少は加えるつもりだ。しかも全員徒士とする」

「大将、アンタ気でも狂ってるのか? それがどうして対出雲尼子家用になる。近接のみの単独運用なんて死にに行くようなものじゃねぇか。近付く前に矢や投石で迎撃されれば終わりだぞ」

重治しげはる、実験部隊だと言ったろう。対策はある。絹のBDUとバネ鋼の部分鎧や盾で理論上その辺は凌げる筈だ。敵が鉄砲を持ち出しても問題無いぞ」

「はぁ? バネ鋼の防具はまだ分かるとして、絹の服に何の意味があるんだ? いや……大将のその顔からすると絹で防げるんだろうな。相変わらず大将は変な事ばかりする」

「あくまでも貫通を防ぐだけだがな。当たれば当然痛いぞ。最悪骨折もする。で、そんな実験部隊に家中の誰かを抜擢するかと言われれば、勿論誰もしたくはない。馬路党くらいだろうな。こんな遊びに付き合ってくれるのは。これで納得してもらえるか?」

「おっ、おぉ……」

 絹と言えば、その滑らかと光沢から高級な素材として認識をされている。また、日の本では長く貨幣の代わりとしても使用されている歴史がある。

 だがその反面、しなやかで強く丈夫である特徴から、防弾性のある素材だというのはあまり知られてはいない。

 例えばモンゴル帝国は矢の貫通を防ぐ目的で絹の衣服を纏っていた事実がある。

 また例えば、防弾を目的とした絹製のベストが作られた時期がある。

 この事実から分かる通り、絹の服は実用として矢や銃弾の貫通から身を守る。これを実践しようというのが、今回の部隊設立の主旨でもあった。

 絹は高級素材なのだから、このような馬鹿げた遊びをせずに素直に売って銭にした方が良いという考えもあるだろう。

 これにはある事情が関係する。

 当家は伊予いよ国を勢力圏に置き、養蚕や生糸の生産技術を手に入れた。また領有した阿波あわ国でも、一部地域で養蚕や生糸生産を続けていた。

 加えて、元倭寇の明国人がかなりの数土佐で堅気となって働くようになったのだが、実はその中に結構な頻度で養蚕経験者がいたと知る。

 これは明国の貨幣政策の失敗によって、銀を手に入れるために農家が養蚕を行っていたためだ。ただ残念ながら、結構な数が高利貸しから銭を借りて設備投資を行わざるを得なかったために、返済が追い付かずに夜逃げして倭寇になるしかないという末路を歩む。

 何が言いたいかというと、当家は期せずして絹の生産体制が整いつつあった。

 とは言え現実は残酷である。幾ら生糸生産の設備や技術、人材が揃った所で、すぐに良い品質に仕上がるかと言えばそうではない。まだまだ試行錯誤の段階のために品質はお察しである。つまりは屑糸ばかりが積み上がった。

 絹製BDUの製造は、売り物にならない屑生糸の使い道をどうするかとしていた所の軍事転用である。身内で普段使いとして使用するより、余程有用な使い道と言えよう。しかもこうした使い道があるとなれば、より生産を拡大しながら品質向上を目指せるという発展も期待できるというもの。

 なお絹をBDUとして使うのは、絹が水に弱く縮むという性質から不向きだという考えがあるだろう。これに付いては予め飽和蒸気加工を行い、克服をする。この飽和蒸気加工というのは簡単に言えば、蒸気窯で減圧してその後に蒸気をぶち込むというものだ。これだけで絹の縮みは大幅に低下するため、乱暴に水洗いをしても問題無い。

「もう一つ言うと、当家はこれから陶 晴賢すえはるかたと戦いに忙しい。そんな時、後ろから出雲尼子家にちょっかいを出されては面倒臭いからな。今でこそ出雲尼子家は大人しくなっているが、潜在的な力はかなり大きい。態勢を立て直せばすぐに兵を動かしてくる。そこへ矢も鉄砲も通用しない不死身の……は言い過ぎか。要は命知らずの新生新宮党が出雲尼子家の前に立ちはだかる訳だ。これ以上に戦い辛い相手はいないだろうよ。しかも本家の新宮党は粛清した後の残りカスとくる。一当てで蹴散らせるだろうさ 」

 主武装を太刀としたのは、大新宮という名を更に印象付ける狙いがある。

 他の部隊と同じ戦い方をしていれば、新設部隊に存在感は出ない。なら防御に特化しているのを前面に押し出し、大新宮ならではの戦い方を行う。その相手には古巣を選ぶ。これなら好き勝手に暴れられる上に、宣伝効果が高くなるのは確実だ。出雲尼子家が全力を出せないという副産物まで期待できるのが良い点である。

 新宮党と戦って新宮党の名を上げる。こうした珍事は滅多とないだろう。だからこそ楽しい。

「分かった。分かったから、その辺にしてくれ。大将を疑った俺達が悪かった。この通り、許してくれ」

「いや、俺もこんなイカれた実験に皆を巻き込みたくないと思って黙っていたのは悪かった。次からはきちんと相談をする。今回は許して欲しい」

「じゃあ、今回の件はこれで水に流そうぜ」

「そう言ってくれると助かる。ありがとうな」

「それでな、大将。その大新宮か? で、気になる点があるんだが教えてくれるか?」

「どうした? 重治も大新宮に参加したいのか?」

「馬鹿言っちゃいけねぇ。気になるのは兵をどうするかだ。例え新設でも、実験部隊には常備兵を回すのは難しいぞ。兵が出向を嫌がるからな。当てはあるのか?」

「その辺はきちんと考えてある。併呑して間もない阿波国北部や讃岐さぬき国で生活に困っている民を中心に組織する予定だ。高給で釣り上げる」

 加えて帰農している元土佐一条とさいちじょう家の家臣、野に降った元阿波細川ほそかわ家家臣や讃岐国の豪族等々も高給で召し抱える予定である。兵と共に将も頭数だけならこれで何とかなる。

 装備は一流、中身は二流。よくもまあ、こんな馬鹿げた計画を練り上げたものだと思う。それでも新生新宮党を作るという目的が達成できるならと、尼子 敬久含めた新宮党の生き残りがこれで納得をした。形振り構う余裕など無いのだろう。

 そこがまた良い。

「そうそう。少し我儘を言わせてくれ。出雲出身の山中 直幸やまなかなおゆきと、先だって備中石川びつちゅういしかわ家から出向してきた清水 宗知しみずむねともを大新宮に回してくれないか?」

「それ位なら、文句も出ないと思うぞ」

「助かる。山中 直幸の面倒見の良さは新説部隊では役立つし、清水 宗知の豪傑ぶりは斬り込み隊長として役立つ筈だ」

 そんなイロモノ部隊であるなら装備面だけではなく、人的な面でも協力したくもなるのが人情というもの。

 山中 直幸の有能さは言わずもなが、清水 宗知のような愛すべき馬鹿を使うならここしかない。

 清水 宗知は、弟の清水 宗治しみずむねはると共に備中石川家から人質としてやって来た者である。本来は嫡男であるために人質になる筈がなかった所を、土佐で武者修行をするという理由で家督を放棄してまでやって来たとんでもなさだ。結果として、備中清水家の家督は三男が継ぐ形になったという。
 
 そんな破天荒な性格だからこそ、当家の中では評価は宜しくない。これでまだ達人級の腕前があったなら話は別だが、少し武勇が優れている程度では当家では有象無象となる。しかも弟の清水 宗治はあの本山 梅慶もとやまばいけいが惚れ込む才気を持っているのもあって、更に評価を落としていた。英才教育をされる程に可愛がられている弟と、逆に家中で浮いた存在となっている兄。明暗がしっかりと分かれていた。

 こんな面白い逸材を持て余すとは勿体無いの一言である。

 なら俺が清水 宗知を日の当たる場所へと連れていこう。大新宮は現時点でこそ張子の虎でしかない。それでも、いずれは大化けする可能性のある部隊だ。大新宮でなら清水 宗知の居場所も見つかるだろう。そんな期待を込めた抜擢である。

 こうして始まる大新宮は、まずは一〇〇〇人規模の部隊を目指す。そこから半年ほど基礎的な訓練を受けさせ、備中国へと派遣する予定となっている。

 役割はあくまでも遊撃だ。幾ら対出雲尼子家用の部隊とは言え、いきなり主力になるとは考えていない。主は備中国の細川 通董ほそかわみちただ殿や備前びぜん国の宇喜多 直家うきたなおいえが受け持つ。横合いから打ちかかるのが主な仕事となるだろう。

 部分鎧と盾、絹のBDUという比較的軽装備なのを生かして、神出鬼没に戦場へと現れて敵を掻き回す働きとなるのを期待している。言わば伏兵的な存在だ。

 そうした仕事を繰り返す内、実績を皆に認められて正式に家中に迎え入れられるようになるのを楽しみにしている。

 本当の意味での大新宮となるのは今後の活躍次第と言えるだろう。

「そうだ。もう一つ聞いてもらいたい。大新宮には『生まれ育った故郷を捨てて、蘇った不死身の部隊。悪鬼羅刹をも刹那に砕く。大新宮がやらねば誰がやる』という謳い文句を与えようと思ってるんだがな……」

「大将、何だそれは?」

「何せ急造の隊だ。一体となるための合言葉のようなものがあっても良いとは思わないか? 言葉合戦に使っても良いし、隊の士気を上げるのにも使っても良い。意外と言葉の力は大きいものだぞ」

「本当、大将は変な事ばかりするな。良いんじゃないか。それで強くなるなら、次は俺達の分も考えてくれ」

「あっさりしてるな。まあ良いか。好評なら次も考えておくよ」

 ──兵とは詭道なり。

 確か孫子の言葉であったと思う。戦は正攻法だけではない。時に敵を欺き、裏をかくのも必要だ。大新宮はまさにそれに当て嵌まる隊となるであろう。

 元は精鋭部隊であったのが、トリックスターへと役割を変えるのは内緒であった。
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