国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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七章 鞆の浦幕府の誕生

突撃!隣の備中国

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 備中びっちゅう国事情はとかく厄介だ。細川ほそかわの本家と分家がこの地で長く争っていたというだけでもそれが分かるというもの。これが終われば今度は豪族同士の内乱状態となる。そうなれば、外部勢力と結託した勢力が頭一つ抜けて力を増すのもお約束と言えるだろう。

 そんな中、備中守護代である石川いしかわ家は見事に没落した。それも、同じ備中守護代であるしょう家に当主親子が討たれる形で。

 この辺が非常に面倒臭いのだが、備中国には二つの守護代家がある。一つは備中守護の細川分家が任命した石川家。もう一つは細川本家である京兆けいちょう家が任命した庄家となる。この二家が犬猿の仲となるのは既定路線と言えよう。

 つまりここ一〇年間の備中石川家は、備中庄家の圧力に耐えるのに精一杯だった。四国の伊予いよ国で起きた変事は知ってはいたが、一族が纏まらず本家の後釜さえも決まらないでは対外的な動きを取りようもない。これが今回やって来た、備中石川家の分家筋に当たる石川 久智いしかわひさともの使者の言葉であった。

 ならそんな大変な状況の石川 久智が何故備前国にいる俺の元に急遽使者を派遣したかと言うと、当家の軍が備中国境まで迫った……もとい、備中国南東に位置する石川家領の近くにまでやって来たからとなる。

 何とも都合の良い言い訳だ。

 そういった自分本位の考え方だからこそ、同族の石川 通昌いしかわみちまさ伊予いよ国で起こした謀反に対して迷惑を掛けたとの詫びも一つもない。後始末をした当家に対して礼の一つも述べようともしない。それよりも、主君である石川 久智が備中石川家の本家当主となれるよう後押しして欲しいと願い出る。使者は当初備中石川家の代表のような振る舞いであったが、よくよく聞けば備中石川家惣領予定というものであった。

 石川 久智が備中石川家の本家当主となれた暁には、当家に臣従するというのが使者の言い分となる。

 しかもしかもだ。

「細川様の率いる軍勢をもってすれば、憎き備中庄家などひとたまりもありませぬ。侵攻の際は是非我等に先陣をお任せくだされ」

 という、ドサクサ紛れに自分達の勢力を拡大しようという魂胆が丸見えの提案をするのだから始末に負えない。これまで何度こうした既得権益確保に執着する豪族を見てきた事か。ここが土佐であれば間違いなく石川 久智を滅ぼして直轄領に組み込んだだろう。

 しかしながら、相手がどんなにムカつくとしても簡単には滅ぼせない事情がこちらにはある。

 まず第一に、この中国地方には当家の基盤が一切無い。備前びぜん国を宇喜多 直家うきたなおいえと分割統治したとしても、福岡ふくおかの町の領有で揉めるのが分かり切っている。ろう石鉱山が近くにある三石みついし城の領有はとても魅力的に見えるが、この城は隣国である播磨はりま国との境に位置する。領有すれば防衛に多くの兵や物資を割かなければならないのは確実だ。

 こうした諸々の事情を鑑みると、備前国は宇喜多 直家に丸投げ……いや、全てを任せる形が望ましい。当家は必要な物資の購入や産物の販売によって利を得るのが無難だろう。欲を出し過ぎてはいけない。

 次に、当家では備中守護家を継承した細川 通董ほそかわみちただ殿を保護している。細川 通董殿の願いは備中国への復帰だ。そうである以上は例え備中石川家の領土を奪って渡したとしても、ウリとなる産業基盤が無ければ立て直しに時間が掛かるというもの。その間に備中庄家なり他家からの圧迫を受ける未来が待っている。隣の宇喜多 直家も地盤強化に勤しむのがやっとだろうから、大きな支援は期待できない。

 そうなると石川 久智への対応は、

「なるほど。それはとても素晴らしい提案です。分かりました。至急土佐にいる細川野州やしゅう家当主の細川 通董殿に備中国入りするよう使いを出します。また、兵の一部を割いて立石たていし城入りさせます。これによって石川 久智殿が備中石川家を継承できるでしょう。その後は備中庄家を滅ぼし、そこを細川 通董殿の領地とします。石川 久智殿には備中庄家攻めの先陣をお任せ致します」

 これしか選択肢は無いだろう。更なる備中国での領土獲得を目指して石川 久智に兵を出させる。こちらが体よく利用するのが最も合理的というものだ。

 更にもう一点。

「それと石川 久智殿は当家に家臣を何名か出向させてください。当家は石川 久智殿と同族の石川 通昌によって大きく迷惑を被りました。その過去がある以上、石川 久智殿を手放しで信用できません。もしまた反旗を翻すようでしたら、出向した家臣達に責任を取らせる意味で攻めさせます。事実上の人質とお考えください。勿論人質とは言え、当家では家臣として扱いますので安心ください」

 保険としての人質を要求する。万年人手不足である当家の人材確保に繋がる上、出向した家臣を通じて備中石川家内への工作も可能となる策だ。親細川野州派の派閥形成に一役買うだろう。この手の豪族は少し手足をもぎ取っておく位で丁度良い。

 とは言え、それでは石川 久智の旨味は大きく低下する。

「待たれよ。それでは我等が何のために遠州細川家に臣従するか分からぬではないか」

「何か勘違いをされているようなので、この際はっきりしておきましょう。石川 久智殿は今後細川 通董殿に仕える。当家は細川野州家の後見となる。対価は備中石川家惣領の継承です。これを否と言うなら、備中石川領は攻め滅ぼして備中庄家と手を組むだけです」

「お願い致す。備中庄家と手を組むのだけはお止めくだされ。分かりました。至急城に戻り、石川 久智様と協議致しまする」

「良い返事を期待しておりますよ」

 使者は俺の言葉に対してすぐ反論を行うが、備中庄家の名を出した途端にあっさりと掌を返した。「滅ぼす」という単純な脅しでは逆効果になると考え、とっさに思い付いた嘘が大きな効果を上げる。

 現実には備中庄家は、出雲尼子いずもあまご家の傘下であるためにそう簡単に手を組む訳にはいかない。しかしそれに気付かない辺り、本家当主親子を殺された恨みが冷静さを奪い取ったものと思われる。

 これにて一件落着……とは当然ならない。使者への対応が更なる中国地方への軍事介入なのだから、本末転倒そのものだ。完全に当初の目的を忘れた過剰介入と言える。泥沼に嵌まり込んだのではなく、自らで進んで傷口に塩を塗り込んでいるのではなかろうか。

 本当、備中国事情はとかく厄介である。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 備前松田まつだ家の本拠地 金川かながわ城を落とし、備中石川領へと入ったのはそれから八日後となる。

 取りこぼした城は別動隊を組織して任せ、最低限の事務作業を終えた後は宇喜多 直家の家臣へと全てを引き継がせた。有無を言わせず「後は宜しく」と一言残して城を後にする前、その家臣達が積み上げられた書類の山に愕然としていたのはきっと幻であろう。

 備前国での戦いはまだまだ終わらない。槍から筆に、弓から墨に、手に持つ武器と戦場が変化した。

 それでもこの苦行を乗り越えれば、福岡の町や備前国西部が手に入る。ここが手柄の立て時である。

 こうして備中石川家の本拠地 幸山こうやま城に入った俺達を満面の笑みで迎えてくれたのは、急遽備中国入りした細川 通董殿主従であった。今回石川 久智の居城 立石城ではなく幸山城入りとなったのは、先発した別動隊の威圧と細川 通董殿による任命によって無事本家当主就任が決まったのがその理由となる。

「土佐に避難してから、たった三年で備中国入りできるとは何とお礼を述べれば良いのか分かりません。義父上、此度は格別なご配慮誠にありがとうございまする」

「細川 通董殿、まだ喜ぶには気が早いですよ。全ては領地となる備中庄家領を手にしてからです。それに備中で復権をした所でそれで終わりではありません。今度は外敵との抗争が待っています。それを忘れないでくださいよ」

「はっ。肝に銘じておきます」

「家臣の赤澤あかざわ殿御兄弟もしっかりと細川 通董殿を支えてください。お二人の力が無ければ、細川野州家はまた没落してしまいます」

「精一杯励みまする」

「ですが、危なくなった際には遠慮せず当家を頼ってください。そのための当家と細川野州家との縁組ですからね。今後とも遠州細川えんしゅうほそかわ家を宜しくお願い致します」

 遠州細川家と細川野州家との縁組は、細川 通董殿を土佐で保護して以来ずっと進めてきた話だ。細川野州家は俺が偏諱を賜った細川 高国ほそかわたかくに様の実家である。管領かんれいを出した実績のある家だ。そうした家と縁続きとなるのは、俺の権威を高める役割を果たす。

 実は俺自身の権力基盤は周りが思う程しっかりとはしていない。細川の名を継いでいるとは言え、所詮は無位無冠の身だ。幕府・朝廷共に嫌われている以上は中央からのお墨付きは手に入らないと諦めている。そのため、俺の支持基盤は税の低さと領地の発展による民からのものが主となる。こうした不安定な状況から一歩改善するためのものが今回の縁組であった。

 問題があるとすれば、俺には年頃の娘がいない。養女にした雫は奴隷出身という経歴から候補に入れていなかった。それが足利 義栄あしかがよしひでの正妻となるのだから、世の中というのはよく分からない。

 そう、細川野州家に娘を嫁がせるとなれば、養女と言えども家柄は必要となる。ただ残念ながら、俺は土佐の豪族安芸あき家の出身であり、譜代の家臣も含めて家柄はお世辞にも良いとは言えない。
 
 しかし抜群の家柄を持つ家が一つあった。それが香宗我部こうそかべ家となる。甲斐武田かいたけだ家の血を引くとなれば文句の付けようがないというもの。以前は安芸家との深い因縁があったが、現在の俺は遠州細川家の当主であるために気にしなくとも良い。

 養女としたのは現当主香宗我部 泰吉こうそかべやすよしの妹となる。年齢は今年で一一歳。この時代なら婚姻をしても問題無い年頃である。こうして当家と細川野州家とは縁戚関係となった。

「……」

 ただ、細川 通董殿主従の喜びとは裏腹に隣に座る石川 久智の顔は浮かない。その気持ちは分かる。念願の備中石川家の本家当主の座を射止めたと思ったら、いきなり上司がやって来て従えと言うのだ。それも何の実績も無い二〇歳のガキに。その上、これまで危険を避けて四国に逃亡していたとなれば、良い感情を抱く筈がない。自分達はずっと備中国で頑張ってきたという自負を持っていよう。

「石川殿、本家当主になれたというのに嬉しくはないのか? それとも何の実績も無い細川 通董殿を主君とは認めたくないか?」

「いえ、そういう訳では……」

「何の実績も出していないというのは石川殿も同じというのを忘れていないか? 互いに初顔合わせのようなものだぞ。細川 通董殿も石川殿の事は何も知らないのだから評価しようもないだろう。まずは石川一族を率いて備中庄家の持つ備中松山まつやま城を落としてこい。そうすれば細川 通董殿も石川殿を認めるだろう。一族からも本家当主の手腕も認められるんじゃないのか? 全てはそれからだ」
 
「……」

 俺も俺で石川 久智から人質を要求した身である。そんな相手に対していきなり従順に明るく振る舞うのは難しいというもの。今は環境の変化に付いて行くのが精一杯と思うようにする。少しでも武勲を立てれば関係も変わってくるだろう。

 それに俺が備中国入りしたのは、細川 通董殿にご機嫌伺するためでも石川 久智の機嫌を取るためでもない。備中庄家領への侵攻のためである。

 この頃の備中庄家は備中国内での最大勢力とも言える存在だ。備中国最大の係争地である備中松山まつやま城を領有しているのがその理由となる。
 
 備中国中東部に位置する備中松山城の周辺は高梁川たかはしがわが流れているだけではなく、山陽と山陰を結ぶ道や東西の主要街道が交差する交通の要衝でもある。まさに備中国の中核とも言える。

 そうなれば、備中松山城も粗末な城ではない。現代では天空の山城として観光名所になる程だ。そうやすやすと落とせるものではない。

 なら何故そんな難攻不落の城を石川 久智に攻めさせようとするか? そこには理由があった。当然ながら嫌がらせではない。きちんと勝算がある。

 天文二一年 (一五五二年)、尼子 晴久あまごはるひさは山陰山陽の八カ国守護に任じられた。それにより備中庄家は出雲尼子家の傘下へ入る。

 ここで一つの疑問が生じるだろう。備中国の交通の要衝は出雲尼子陣営が押さえているのに、何故安芸毛利家は今年浦上 宗景うらがみむねかげ殿の求めに応じて備前国まで援軍を出せたのかと。それも安芸国や備中国西部から兵を出す形で。

 答えは単純明快である。

 正統なる備中守護代家として備中守護である出雲尼子家に従ったは良いものの、安芸毛利家及びその傘下の備中三村みむら家との度重なる争いによって備中庄家は和睦を検討するまでに追い詰められていた。

 だからこそ安芸毛利軍の進軍は邪魔されずに素通りできたし、何の妨害も無く帰路に付けた。もし、この時多少でも備中庄家に力が残っていたなら、備前国金川城の包囲をする安芸毛利家の後背を突き、最低でも備中三村家を壊滅に追い込んでいたのは間違いない。

 つまりは備中国に覇を唱えた庄家も今や風前の灯火。勢力を維持するのがやっとという状況である。この状況なら没落していた備中石川家でも落とせるのではないかという考えである。もしくは城を包囲して釘付けにするだけでも良い。備中松山城攻めが上手くいかないのは初めから覚悟している。

 その間、俺達は備中庄家のもう一つの重要拠点でもある猿掛さるかけ城へと攻める。

 備中国中南部に位置するこの猿掛城は備中庄家の本拠地であり、尚且つ倉敷くらしきを南に臨む。この城を押さえなければ、備中国の港は使用できないとも言えるだろう。なお、細川 通董殿主従は備前国から陸路で備中国に入った形である。

 この北と南との重要拠点の同時攻略によって備中庄家の壊滅を目指すのが今回の策だ。さすがに当家でも要害二つの同時攻略はできない。かと言って一つの城の攻略に集中すれば、後背を突かれる恐れがある。なら先陣として、備中石川家に備中松山城の攻略を任せれば各個撃破が可能となる。

 懸念点としては安芸毛利家の存在であろうか。傘下の三村家がいる以上は、備中国に介入をしてきたとしても不思議ではない。ただ現時点においては、安芸国内で陶 晴賢すえはるかた陣営との抗争真っ最中である。これでは備中国に大軍は動かせないというもの。

 当家が備中国で好き放題できる条件は十分に整っている。後は、この絵に描いた餅を現実のものにするだけとなった。
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