国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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六章 大寧寺ショック

善意の第三者

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 まるで最初からそこに居たかのようにするりと会話に入り込んでくる。俺が名を尋ねると一切の物怖じもせずに名を名乗る。

 なるほど。さすがは海千山千の堺商人と言った所か。この手腕だけでも大したものである。

 だが俺は見逃さない。津田 宗達つだそうたつの好々爺然としたその笑顔や態度が借り物である事を。三好 慶興みよしよしおきの無邪気さとはまた違う、役になり切っている俳優のような違和感をそこに感じた。

 考えれば当然だ。当家と堺とは現在も絶縁状態にある。それもこちらからではなく、一方的に堺から突き付けられた形だ。こうした背景があるというのに和やかに話をするというのがそもそもおかしい。詫びから入らなければ、こちらを警戒させるというもの。

 また、当家もしっかりと報復をしている。昨年末に坊津ぼうのつを含む南九州の港から、堺の商家を全員問答無用で追い出した。

 そうなれば、琉球や九州との交易を主としている堺の天王寺屋並びにその子分は、大きな痛手を受けているのは間違いない。倭寇の足元を見て略奪品を買い叩く。和泉いずみ国のゴロツキや多重債務者を倭寇に斡旋して手数料を得る。いや、騙して倭寇に売ったという表現の方が正しい。そんな濡れ手に粟の商いが吹き飛んだのだ。これで心穏やかにいろというのはまず無理である。

 けれども津田 宗達は海千山千の堺商人だ。この状況を何とかするために俺に接触してくる。喧嘩腰で怒鳴り込んだ所で相手にされないのは分かっているからこそ、笑顔の仮面を貼り付ける。自らが招いた種だというのは都合良く忘れる。これくらいできて当然なのだろう。恐れ入るばかりだ。

 とは言え津田 宗達は、大事な点を一つ忘れている。

「知っていると思うが土佐の細川 国虎だ。それで今日は何の目的で俺に近付いてきた」

「それは先程も申しました通り、細川様の武勇伝を是非お聞きしたいと思いまして」

「何だ、俺の勘違いか。てっきり堺が当家との和睦を希望しているのかと思っていたぞ。よく分かった。あくまでも俺の話を聞きたいだけで、当家との取引再開は望んでいないんだな。それなら邪険にするのも可哀想だ。良かったら聞いていくか? 下瀬火薬を使用した堺焼き討ち計画というものがあるんだが」

 そう、当家は堺との取引再開など望んでいない。

 取引停止を通告された当初こそ一気に売り上げが落ちて大変な目に合ったものの、現在の当家はあの当時とは比較にならない勢力圏となっている。伊予や南九州に土佐の産物を卸売りするだけでも、余裕で当時の堺との取引量を上回る形となった。特に南九州への穀物卸売りは、利益こそ少なくとも安定的な収益となる。その上で本願寺の貝塚道場や紀伊への卸売りまであるのだから、既に堺からの外貨獲得は必要の無い状態だ。

 勿論支出もそれ相応に増大している。それでも全体の収支としては黒字だ。借金の額が大き過ぎるために、見かけ上赤字になっているだけなのが現在の姿と言える。これが強気に出られる理由であった。

「細川様、お戯れを」

 俺の挑発に一瞬目が細まるが、すぐに余裕の表情で受け流す。

 怒らせて喧嘩別れとしたかったのだが、どうやらこの程度では動じないらしい。これまで数々の修羅場を潜り抜けてきたのが分かる見事な一言であった。ここで感情的になっては、取引再開の足掛かりも作れないという理性が働いたのだろう。

 ただこちらとしてはその意図を汲む必要は無いし、下手に長居されて言質を取られるのも困る。厄介な相手には帰ってもらうのが最良の選択だとばかりに追撃の手を緩めない。

「そうだな。確かに戯れだ。ただ堺は当家に喧嘩を売ったのだから、何らかの形で落とし前は付ける。それは覚えておけよ」

「何かの誤解ですな。いつ手前共が細川様に喧嘩を売りましたでしょうか? むしろ堺と遠州細川家とは長年寄り添った仲かと。ここ数年は多少の行き違いこそありましたものの、その誤解さえ解けばこれまでと同じく、いやこれまで以上に親密な友になれると考えております。今は苦しんでいる友の負担を少しでも和らげるべく手助けをしたい。そのような思いしかございません」

「それは心強い。なら当家が堺との取引停止で被った損害を賠償しろ。今回は一〇〇万貫 (約一〇〇兆円)で許してやるぞ。あっ、銀で払えよ」

「ふぅ、話になりませんな。手助けと言っても限度がございます。もう少し現実的な話をしてくだされ」

「とても現実的な話だぞ。当家は堺とは和睦をしないという強い意思表示だ。当然取引再開もしない。それでも一〇〇万貫払えば水に流してやる。どうだ、俺は優しいだろう」

「……堺と取引を再開すれば、遠州細川家は膨らんだ借財を減らせますぞ。安易に徳政 (借金の踏み倒し)を出せば信用を失い、二度と銭を借りられませぬ。それが分からぬ細川様ではないでしょうに」

 友を手助けしたいというからこちらも精一杯の妥協をしたというのに、あっさりとあしらわれる。もう少し分かり易い反応をしてくれると思っただけに、この反応は残念ではある。

 とは言え、何となくは見えてきた。

 結論から言えば、津田 宗達は勝算があって俺に近付いてきた。そう感じる。

 その手掛かりとなるのが俺の借財であろう。昨年の大規模遠征はその額を大きく増やすのに貢献した。返済のために当家は金策を行わなければならない。そこに付け込めば、南九州での明との交易利権を取り戻せる。そんな考えではないかとふと思った。

 きっと俺が吠えていたのも負け犬の遠吠えのように感じていたのだろう。だから余裕を持って受け流せる。

 ……友への手助けが聞いて呆れる。堺の商家は上から目線でなければ商いができないのか? この調子なら明との交易利権だけではない。借財の返済を名目にして当家の技術まで根こそぎ奪おうとでも考えているのではないか。そんな空恐ろしい妄想さえも浮かんでくる。

 これはついに伝家の宝刀を抜く時がやって来たようだ。

「間に合っているから大丈夫だ。これ以上手を広げたくはない。それに犯罪者の片棒を担いで仲間にはなるのは御免だ。当家の商いは信用第一なんだよ」

「『犯罪者の片棒は担ぎたくない』 それはどういった意味でしょうか? 手前共はお天道様に誓ってそのような真似はしておりません。幾ら細川様であろうと、言って良い事と悪い事があるくらいは弁えてくださいませ」

「ほぉ、そう来るか。認めたくないなら認めなくて良いぞ。和泉国から海賊行為を行う人員を送り込んでいた件だ。それに略奪品と分かって倭寇から商品を買い取っていたな。しかも足元を見た価格でだ」

「まさか!」

慶興よしおき、これが堺の実態だ。南九州には堺の被害者が数多くいたのをこの目で見ている。勿論堺の全てがそうだと言うつもりはない。ただ、これまでの行いを反省しない所か、奪われた利権を取り戻すために当家の足元まで見てくる。真っ当な商いに戻ろうという自浄作用が無い。こんな所とはもう取引をするつもりはないな。一応言っておくが、現在の南九州では当家の主導で海賊行為をしなくとも生きられるよう、堅気の仕事を斡旋している」

「……細川様、何か勘違いをしておりませぬか? 手前共は商家ですぞ。海賊行為には一切加担しておりません。もし、堺の誰かが海賊行為を行っていたなら、非難されても仕方ないと思っております。ですが手前共は商いで身を立てているのです。お客様の要望に応えるのは当たり前でしょうに。それの何がいけないのですか? 是非向学のためにお聞かせください」

 ここまで言われて声を荒げない所は素直に賞賛すべきである。さすがは会合衆。土佐の田舎侍なら、とっくの昔に刀を抜いていただろう。

 けれども、ついにボロが出た。「商家だから客の要望に応えるのは当たり前」というのはガキの言い訳と変わらない。当の本人はとっさに上手い返しができたとでも思っているような態度で、自らが悪手を指したのに気付いていないのが笑えてくる。

 ならここからは、答え合わせをしようか。
 
「善意の第三者気取りか。送り込んだ人員が何をしようと関知しない。買い取る商品の出所は詮索しない。それで成り立っていると言いたいんだな。こうも開き直られると逆に清々しいぞ」

「……」

「まあ、これで分かったよ。堺は利益が出るならどんな汚い真似もするというのがな。一つ良い事を教えてやる。商家が最も大事にしなければならないのは、客の要望に応えるのではなく、客との信用を損なわない事だ。分からなければそれで良い。これ以上話す事は無いから帰ってくれ……というか、これ以上この場にいても意味無いか。なら俺が帰るとするか」

 視野狭窄に陥っている津田 宗達は、自らの非を認めずに俺を言い負かそうとしか考えていないからこそ、最も大事な部分が欠落していた。

 商いというのは何より信用が大事である。誰もが悪徳業者からは商品を買いたくないし、商品を売りたくもない。実に単純な話だ。

 こうも自らで墓穴を掘ってくれるとは大助かりである。化けの皮が剥がれるのはほんの些細な切っ掛けなのだとつくづく思う。

 お陰でここからは君子危うきに近寄らず。堺とは今後も絶縁状態を継続する良い口実となる。

 ようやくすっきりとした。

「国虎殿!!」

「慶興、悪いな。戦の話をできなくて。次会う時は敵同士になると思うが、悪く思うなよ。今日は楽しかったぞ」

「細川様、逃げるのですかな。この程度で手前が納得する筈がありません。理想と現実は違うのですぞ」

「それがどうした。そちらの勝ちで良いから好きにしな。負けた俺は大人しく尻尾を巻いて逃げるさ。これ以上話をしても当家には何の得もないからな。今日は宗達と話せて良かったよ。ありがとうな」

 席を立った瞬間の津田 宗達の挑発に、もう少しで「一度出家して仏法を学んで来い」と言いそうになってしまったが、何とか思い留まり礼の言葉を述べる。

 ……お陰で腹は決まった。当家主導による明との密貿易や南蛮貿易によって、更に堺を追い詰めてやろうと。

 未成熟な市場の時代に、商売人のモラルを期待する方が無駄だとはいうのは分かっている。ただそれでもこれはない。堺には一度は痛い目を見せなければならないというのが良く分かった。

 さっき冗談で言った下瀬火薬の話を、開発も含めて本気で検討した方が良いのではないか。そんな思いで俺は淀古よどこ城を後にする。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「本日はご訪問頂き、誠にありがとうございまする。何も無い所ではありますが、是非楽しんでいってくだされ」

「こちらこそ、突然訪ねて申し訳ない。ただ、世話になっている革島かわしま家には、一度直接出向かないといけないと思っていたんだ。いつもありがとうな。こちらはとても助かっている」

「何を仰いますやら。助かっているのはむしろ当家の方です。国虎様のお陰で皆の生活が楽になりました。それに下京の町衆も口には出しませんが、遠州細川家に感謝しておる者が数多くおりまする」

「もしかして、治安でも良くなったのか」

「はっ。目に見えて盗みが少なくなっているようです」

 淀古城を出た俺は、一度見ておきたかった地にやって来る。それは洛中のすぐ西隣にある西岡の地、革嶋家の治める葛野郡川島庄かどのぐんかわしましょうであった。
 
 革嶋家には以前より下京 柳原しもきょうやなぎはらの散所にいる孤児や浮浪者を土佐へ移民として送る事業に携わってもらっている。散所と言えば被差別部落発祥の場所のように捉えられているが、必ずしもそうではない。散所は主に寺の管轄であり、そこに住む者は商いや芸能活動、寺の雑用等の様々な仕事に就いている。当然ながら狩猟や皮革業にも携わっており、一般的な村とは違う独特の集団を形成しているというだけだ。

 ただ、柳原だけは別格である。近くには処刑場として有名な六条河原があるというだけで、その厄介さが分かるというもの。平たく言えば、面倒な処刑の後始末等を近くに住む河原者に丸投げしている関係上、この地域は難民の出入りの激しい地域になり易いという話だ。処刑業務に携わる数は数百人から多い時には千人単位に上るため、多くの人員が必要となる。戦乱の続くこの時代ならではの事情と言えよう。

 当然ながらその者達の仕事が終われば次の行く先があるかというと、そんな都合良い話はない。

 また、散所の人々が芸能活動や寺の雑用をしていると言っても、それだけで生活を成り立たせるのは難しい。多くは日々の暮らしに困窮している。

 とは言え柳原にいる者が皆善良かと言うと、そんな筈もない。中には犯罪者だっている。孤児だってそうだ。親に捨てられた者から、罪を犯して逃げてきた者もいる。子供だからと変な同情心を見せるとしっぺ返しを食らうのがこの時代である。

 そんな十把一絡げを選別して土佐に送って来てくれるだから、革嶋家には感謝の念が絶えない。よくこんな面倒な事業を引き受けてくれたものだと思う。

「それは良いのだが、費用は足りているか? 一人一人面談をして書類を作成するだけでも一苦労だろうに。足りない場合はいつでも言ってくれよ」

「お心遣い感謝致します。ですが御心配には及びません。当家の役目に西岡の幾つかの家も協力してくれますし、下山田村の山口やまぐち家が協力してくれるようになってからは随分と楽になり申した」

「へぇ、そんな凄い家があるのか?」

「はっ。山口家はこの近くにある葉室御霊はむろみたま神社の神官を代々務める家となります。また、公家である葉室家にも出仕しているとの話です」

「ちょっと待て。今、葉室家と言わなかったか? もしかして、この近くに公家である葉室家の荘園でもあるのか?」

「国虎様、我が革島家の治める地より北西に葉室家の荘園があるのですが……ご存じなかったのでしょうか?」

「はっ……はは……こんな偶然もあるのか。山口家に俄然興味が出てきた。革島 一宣かわしまかずのり、手間を掛けるが紹介状を書いてくれないか? 話がしたいから直接出向こうと思う」

「お待ちくだされ。そこまでされなくとも下山田村はすぐ隣です。使いを出せば、向こうから訪ねてきます。長旅でお疲れの上、本日は淀古城で式にも参加されたのでしょう。同行されたご家臣や護衛の兵達も休ませてあげてくだされ。本日は当家でゆっくりさせるのをお勧めいたします。話し合いの席は明日にも設けさせて頂きますので安心くだされ」

「……あっ……そう言えばそうだった」

 元々今回の京入りでは革島家への訪問は予定に無かった。三好 長慶、三好 慶興、 津田 宗達との神経をすり減らす会話を続けたというのもあって、気分転換にと突然思い付いてやって来たに過ぎない。しかも、宴を途中で切り上げてという無軌道さだ。一緒に参加していた家臣達は、気が付けば俺が消えていたために大慌てで追いついたという一幕まであった。

 今回ばかりは皆を振り回して申し訳ない気分である。俺もまだまだのようだ。

「今日は皆に心配を掛けたな。もう大丈夫だから安心してくれ。という訳で、宴の続きはここでするか。どの道俺達には上品なのは似合わない。いつも通りのやり方で派手に騒ごうぜ。準備を頼むぞ」 

 俺の一言で皆の顔が明るくなり、活気付く。革島 一宣の言う通りだ。俺は何を焦っていたのだろう。気分転換にこの地を訪れたのだから、何も考えずにまずは楽しむ。仕事の話はそれからでも遅くはない。

「一宣、ありがとうな。お陰で正気に戻れた。それでな、折角西岡に来たのだから色々と見て回りたい。誰か案内役を付けてくれないか」

「はっ。それは勿論」

 葉室家に繋がる山口家の者。革島 一宣の口ぶりではかなり優秀な人物なのは間違いない。会えるのが楽しみだ。

 ただ、その前にまずは京の観光を楽しむとするか。西京と言えば嵐山が思い浮かぶ。

 湯豆腐は食えるだろうか?
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