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六章 大寧寺ショック

もう一つの足利御三家

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 当主不在を狙った様々な動きは何も敵対勢力のみではない。何より当家には岡林 親信おなばやしちかのぶという、やらかしに掛けては超一流の逸材がいるのを忘れてはならない。結果的には良い形となったものの、過去には勝手に俺名義で借財をしたり耐火レンガ流出の切っ掛けを作ったりをしていた。

 特に耐火レンガの件に関しては俺だからこそ気にせず商いに結び付けたが、見る者が見れば機密漏洩に当たる。

 それはそうだ。普通のレンガなら二〇〇℃を超えるとまず割れる。ロケットストーブ内では薪が五〇〇℃程度で燃えているのだから、普通のレンガを使って組めば役に立たないというのが分かるだろう。素材は石で代用可能と言えども、使い勝手の良さで耐火レンガに軍配が上がる。

 耐えられる温度と使い勝手の良さ。この特性を見れば、耐火レンガの使用はロケットストーブに限定する必要はない。他の分野にも流用可能だと気付く。

 例えば鉄の大量生産がそうだ。一度の使用で炉を破壊するこれまでのたたら製鉄からの脱却が可能となる。また、質の良い鋳物を作り出すには炉の温度を素材の融点よりも上げる必要があるため、高温に耐えられる耐火レンガは必須である。日の本で大砲が作られなかったのは、鋳造に対しての知識や技術力の不足だけではなく設備の未熟さにあった。

 そんな機密を銭になるからと売り続けている俺も悪いと言えば悪いが、この分なら三好宗家は阿波海部家の喪失による鉄の問題を当家の耐火レンガで解決していると見た方が良い。下手をすると明から技術者を呼んで大砲製造にも着手している恐れすらある。この時代の人々は思った以上に聡く、嘗めてかかれば確実に痛い目に合うだろう。

 とは言え、この程度の機密漏洩では当家がびくともしないのもまた事実だ。兵器開発には他家より一日の長があるのだから当然とも言えよう。現在開発を進めている改良型種子島銃を筆頭にまだまだネタはある。何も恐れる必要は無い。

 本当に流出をしてはいけない機密とは、これまで積み重ねてきた技術の過程だと俺は思っている。

 話は大きく逸れてしまったが、親信が久々にやってくれた。最近は開発への専念で大人しくしていると思っていただけに、不意を突かれた形となる。

「遠州殿、土佐には初めて足を踏み入れたが、噂とはまるで違うな。もっと寂れた所だと思っていただけに予想以上の活気で驚いておる。それに何より飯が美味い」

「そ、それはどうも」

 今回は招かれざる客のご招待となる。年末も間近というこの忙しい時期に、俺の許可も無しにだ。親戚である亀王様との面会を名目にして尾張おわり国より壮年の男達がやって来た。従者を含めれば一〇名の団体となる。

 何故この方々が招かれざる客となるか? それは「親戚」、「亀王」、「尾張」の三つの単語が答えを示す。

 世の中というのは広いようで意外と狭い。実は亀王様の父親である足利 義維あしかがよしつなにはとある従兄弟がいた。三管領筆頭の斯波武衛しばぶえい家 (斯波本家)の方々である。

 せめてもの幸いは、さすがに土佐まで斯波武衛家当主がやって来るという事態は起こらなかった点であろうか。いや、尾張国守護の斯波武衛家は現状尾張下守護代家の監視下にあるため、当主を領外には出さなかったというのが正しい表現かもしれない。今回土佐入りしたのは、弟である斯波 統雅しばむねまさ殿と従叔父いとこおじ斯波 義虎しばよしとら殿、そして斯波武衛家当主の義理の兄である石橋 忠義いしばしただよし様となる。

 ……もっと厄介な人物が紛れていた。

 三管領筆頭の関係者の受け入れだけでも面倒だというのに、足利御三家の石橋家当主までやって来るとは完全な想定外となる。この面子を見るだけで、名目とは違った何らかの目的があるというのが分かるというもの。斯波武衛家、石橋家とどちらもがこの戦国時代では斜陽の名家に成り下がっているとは言え、軽々しく土佐まで遊びに来るというのはあり得ない。

 親信の野郎、何て真似をしてくれたんだ。大方伊勢神宮に参詣した足で尾張にまで出向いて招待したのだろう。こんな事なら、新婚旅行に行かせるべきではなかったと激しく後悔している。

「時に遠州殿、貰った文では儂を中央に戻す後押しをしてくれると書いておったが、具体的には何をしてくれるのだ?」

 挨拶もそこそこ、石橋 忠義様が早速本題を切り出す。

 けれどもこれは無い。当家は公家や幕府に嫌われ、事実上洛中には足を踏み入れられない身だ。当然ながら幕府や公家、朝廷には伝手を持ってはいない。伝手があるのは洛外の西岡にしおかの地や政とは無縁の下京の今村いまむら家、もしくは更に南方にある伏見ふしみ津田つだ家くらいのものである。

 そんな当家が中央……この場合は幕府に限定せず、公家や朝廷も含めた広義の意味での中央政界と捉えた方が良いだろう。そのような最も縁遠い場所に人を送り込むなど不可能な話だ。何の根拠があって親信がこの文を出したのかが理解不能である。

 しかもご丁寧な事に、この文には今年土佐入りした吉良 義安の添え状まで付けていたというのだから尚性質が悪い。

 もし、この文に書かれていた名前が俺や親信だけであったなら、その信憑性を疑われて土佐訪問には至っていなかったろう。良くて返信があるだけだ。足利御三家の一つである三河吉良家の名があったからこそ、石橋 忠義様も土佐訪問に価値を見出したと言える。

 要するにこの一件は確信犯だ。思い付きで尾張に立ち寄ったのではなく、初めから石橋 忠義様を含む三名を巻き込むつもりだったというのが分かる。うん、親信は後でとっちめよう。

 ただ、そうは言っても尾張からの御一行は既に土佐に到着している。今更「家臣が勝手にやりました」と言い訳できないのも、また事実だ。分家ながらも足利一門の細川の名を背負っている以上は、同じ一門の方々には何らかの形で文の内容を実現しなければ不義理となる。

 そこで目を付けたのは、

「ご期待に添える後押しになるかどうか分かりませんが、当家にて戦乱で燃えた寺社の再建費用をご用意させて頂こうかと考えております。石橋様が京での政治的な活動をするのに必要なのは、何も幕府や公家との伝手だけに限る必要は無いかと。畿内は戦続きのために、京には不幸にも焼けた有力寺社の一つや二つはあるのではないでしょうか? その寺社の再建費用を当家が出す。石橋様は当家と寺社を繋ぐ仲介者として活動をすれば、京で一目置かれる存在になるかと思われます」

 幕府でも朝廷・公家でも三好宗家でもない、第四の権力とも言える寺社であった。

 当家では多くの僧侶や神官が第一線で活躍しているが、程度の差こそあれ他家でもその事情は変わらない。幕府でも明との交易で禅宗 (曹洞宗と臨済宗を合わせた総称)の僧侶が深く関わっていたのは有名な話だ。ならばその大元となる寺社に支援を行えば、幕府への影響力を得られるのではないか? そんな目論見を持った提案であった。

 しかも都合が良い事に、再建費用を出した寺社には当家の産物を販売する機会を持てる。当家にも利のある話だ。単純な出費とはならない有意義な銭の使い方である。

「何と! それだけの後押しがあれば十分過ぎる。遠州殿は京の相国寺しようこくじを知っておるかな。あの寺は先の戦で焼失し、復興の目処さえ立っていなくてな。その再建費用を出してもらえるなら、住持以下大喜びしようぞ」

「相国寺ですか……この寺は石橋様と何か関わりがあるのですか?」

「少し話が長くなるが良いか?」

 そこからは石橋家の簡単な歴史を聞かされた。要約すれば一度は没落したものの、「万人恐怖」とも呼ばれた足利 義教あしかがよしのりが公方の時代には復権したという内容となる。それには当時の細川京兆家も深く関わったそうだ。

 ただ復権したとはいえ、石橋家は儀礼的な役割が主となる。政権内での政に関わる重要な役職は与えられなかった。

 これで終わらないのが石橋家の凄さとなる。公家と交流を持ち、寺社との繋がりを持ち、最終的にはご意見番として特権身分的な存在にまで成り上がる。その地位の高さは京の禅宗から御連枝 (公方の兄弟)と同じ扱いを受けるようにまでなっていた。

 石橋家と京の禅宗との関係は深い。その証拠に石橋家の一族が、相国寺勝定院玉潤軒しょうこくじしょうじょういんぎょくじゅんけん蔵主ぞうすに就任した過去があったという。相国寺は禅宗の中でも最高位の格を持つ五山 (京都五山)の一つだ。そんな相国寺内一三塔寺院の幹部に一族が就任したというのは並大抵の出来事ではない。

 そこから考えれば、相国寺の再建は石橋 忠義様が京の支持基盤を持つ切っ掛けとなる。銭を引っ張ってこれる人物というのは、古今東西頼りにされる存在だ。それを足掛かりとすれば、かつての人脈を手繰り寄せられるのも可能となる。

 石橋家は足利 義教期に急速に地位を上げただけに、それを維持しようと金銭的な無理が祟りここ五〇年ほどは尾張国の所領に引き籠る形となった。逆を言えば、金銭的な支援を受けられればかつての栄光が取り戻せると考えていてもおかしくはない。

 これは嬉しい誤算だ。俺は最初から中央に政治的な影響力を持ちたいなどとは考えていない。欲しいのは物品販売の伝手だけである。それが京にある臨済宗の本山と一つとなれば、その恩恵は大きくなる。あわよくば、関係する末寺にも土佐の産物を流せる可能性すらあるのではないだろうか。一四四万坪の広大な敷地の再建費用は桁外れの金額になるとしても、借金をしてでも捻出する価値は十分にある。

 前言撤回。後で親信には礼を言っておこう。

「一つ提案があるのですが、当家の拠点……と言いましても、小さな建物で大丈夫です。それを相国寺内に置くのは可能でしょうか? ああ、誤解があるといけませんので先にお話ししておきます。この拠点は京での政治活動を目的としたものではありません。あくまでも当家の産物を京で取り扱う者が生活をする場所という意味となります」

「待たれよ。遠州殿はもしかして土佐の産物を売るためだけに再建費用を出すのか? もう少し欲を出してはどうか」

「でしたらいっその事、石橋様が当家の中央での窓口となって頂ければ嬉しく思います。まずは相国寺、その後は他の五山と当家が良好な関係を築く役をお願いするというのはどうでしょうか? その分の活動費は当家が負担しましょう」

「公家や朝廷、幕府は良いのか?」

「その辺は石橋様にお任せ致します。ですが、石橋様が五山と関係を持てば向こうから勝手にすり寄って来ると思いますよ。こちらから敢えて何かをする必要は無いと愚考致します。連中には銭がありませんので」

「はっ、はは……細川殿は面白いな。どうやら官位にも守護職にも全くの興味が無いようだ。だがそこが良い。要するに儂が遠州細川家の銭を使って京で好き勝手しても良いという意味よな」

「そうですね。当家の望みは五山との取引です。その関係が構築できれば、石橋様は当家の立場を代弁する必要はありません。最悪敵対陣営に属して頂いても構いませんよ」

「国虎様!!」

「固い、固いぞ忠澄ただすみ。石橋様がどう逆立ちしようが中央では重要な席は与えられない。得られるのは名誉職までだ。『御連枝』という言葉が示す通り、石橋様は『足利』の代わりとなる。もうこれで分かるだろう。幕府にとって『足利』を名乗れる石橋様が権力を持つ事自体が脅威だ。幕府内に取り込まれるんじゃないか? 近江六角家や三好宗家に属しても兵権を持てない客将として扱われるのが関の山となる。幕府が許さないだろうからな。そして権力を得ようと地方に下向するのは、それ自体が本末転倒になる。だから石橋様が敵対陣営に属しても、当家の敵にはなり得ない。毒にも薬にもならない。できたとしても多少人事に関与する程度なら、石橋様の行動を縛るのは悪手になるぞ。好きにさせてあげるのが一番だ」

「……もうここまで来ると、私には国虎様の考えは理解不能です。ですが、思い付きで言っていないというのが分かりました。今はそれだけで十分です」

「難しい話をしているつもりはないんだがな。まあ、分かってくれたなら良いさ」

 足利 義晴あしかがよしはると足利 義維の争いを見ていれば分かるが、足利の名は並び立てない。また、現公方足利 義藤あしかがよしふじには弟がいるというのに、出家させられたという点から見ても明らかだ。石橋 忠義様は絶対に幕府から煙たがられる存在となる。だからこそ先に閑職……もとい名誉職を与えて飼い殺しにするだろう。

 石橋 忠義様自身もその辺は分かっているようだ。俺の言葉に頷いていた所を見ると、政治的に辣腕を振るいたいというよりは京で貴種としてチヤホヤされたい。それが望みなのではないかと考える。それくらいなら可愛いものだ。

 その後は今後の計画を話し合う。寺の再建とは言っても全てが白紙の状態だ。見積もりを含めて決めなければならない項目は多々ある。それを一つ一つ具体化していくという話で落ち着いた。数日後には石橋 忠義様が直接京に出向き、相国寺関係者と話し合いをするという結論で纏まる。

 たかが名家、されど名家。この戦国時代では斜陽となったとしても、その看板は未だ大きい。まだまだ利用価値がある。時代の流れで朽ち果てさせるのは勿体無い。
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