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六章 大寧寺ショック

キリスト教の尻尾

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 島津 貴久の処刑を終わらせた後、俺は内城からほど近い場所にある福昌寺にやって来ていた。目的は畑山 元明はたやまもとあきの墓参りである。

 この福昌寺は島津宗家の菩提寺であり、歴代の当主の墓がある場所だ。そのような場所に元明の遺体を埋葬させたのだから、島津 貴久は相応の敬意を示した形となる。この点に於いては俺も感謝をしていた。そうでなければ元明の遺体は、戦場で首と胴が離れた姿を晒していた事だろう。腐敗し肌は崩れ、悪臭を放つ。誰とも分からないまま、亡くなった兵達と共に十把一絡げに処置されていたのは想像に難くない。

 とは言え、どんなに名誉な配慮を受けていようと、埋葬された場所は共同墓地の一画であった。

 現代の基準から考えれば遺体の埋葬は火葬が一般的だが、この時代の主流は土葬となっている。特に地方では。火葬自体が古くからあるとは言え、一般的となったのは明治に入ってからだ。しかもその理由が、墓地の不足という切実なものであったのが何とも言えない。火葬は公衆衛生に配慮をしたという側面もあるものの、現実には臭いと煙が嫌われて中々普及しなかったという意外な歴史があった。

 新しく掘り返した跡のある等身大の大きさの土に、申し訳程度の目印となる石が積み上げられている。名など一切刻まれていないが、これを見た瞬間俺は、直感的にここが元明が埋葬された場所だと理解する。全力疾走でその石の傍へと駆け寄ると、膝から崩れ落ちてしまっていた。

 畑山 元明は先の島津宗家との戦いで討ち死にをしている。俺はその事実をずっと受け入れていなかったのだと気付く。もしかしたらバツの悪そうな顔をして、ひょっこりと帰ってくるんじゃないか。そんな甘い考えがどこかにあったのだろう。だが今、本当の意味で元明が亡くなったのだと理解した。

 俺の中で堰を切ったように感情が溢れだしてくる。意味も無く積み上げられた石を抱えて泣き崩れていた。

 護衛の有沢 重貞ありさわしげさだ大野 直昌おおのなおしげは、何も言わずにただ見守る。

 それを良い事に、俺は自身を律しようとはしなかった。感情の赴くまま涙を垂れ流し、顔面を鼻水だらけにし、土に塗れる。その姿はさぞや無様であったろう。武家の当主には似つかわしくない醜態を晒し続けた。 

 どれだけ泣いただろうか。時間の感覚さえも分からなくなっていた頃、そっと手拭いが渡される。それを持ってきたのは、福昌寺の忍室文勝にんしつもんしょう和尚であった。

 優し気な目で俺を見つめ、ただ一言「部屋でお待ちしております」と言葉を残して去って行く。こんな時、変に同情をされるよりもこういった態度の方が嬉しく感じてしまうのは何故だろうか。理由は分からないが、この手拭いを持って顔を洗いにいかないといけないような気分になってしまった。

 唐突に別れの時は終わりを告げる。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「和尚、世話になったな」

「いえ、お気になさらず。悲しい時は泣く。武家であっても人である以上は、人の心を忘れない。それが最も大切だと拙僧は考えております」

 出された白湯を一口飲み、ようやく心が落ち着く。ここからは、気持ちを切り替えてもう一つの目的である忍室和尚との話し合いを行わなければならない。

 福昌寺は島津宗家の菩提寺という点からも分かる通り、ここ南九州では最も権威のある寺院だと言える。それもその筈。福昌寺は曹洞宗大本山總持そうじ寺の直属だ。地域の曹洞宗を取り纏める存在となる。余談ではあるが曹洞宗には総本山は無く、二つある大本山がその役割を担っていた。

 つまり福昌寺住職である忍室和尚との話し合いの結果は、今後の南九州統治を占う上での試金石となる。味方にすれば統治の障害は少なくなり、逆に拗れると困難を極める。そんな大事な相手であった。

 それだけではない。忍室和尚はとんでもない伝手も持っている。とは言え、これは余分の内容だ。まずは本題から話を進めよう。

「早速で悪いが、今後南九州は遠州細川家が治める。それに当たり、寺領は全て放棄してもらうつもりだ。代わりと言っては何だが、寺院に対する補助金は出す。建物の維持分はこれで賄える筈だ。無理を承知で何とか納得して欲しい」

「遠州細川の統治は拙僧も噂に聞いておりました。その方針に否やはございません」

「良いのか? そうあっさりと決めてしまって。系列の寺から恨まれるかもしれないぞ」

「寺領の放棄が単なる細川様の私利私欲のためのものならば、拙僧も反対したと思われます。ですが二公八民の話を聞けば、本気でこの南九州を土佐のように民の住み易い地にしようと考えておられるのは明白かと。その協力に何の迷いがありましょうや。ただ拙僧はまだ未熟な身のために、霞だけでは生きていられません。此度の件は、正しく補助金が配布されてからとさせて頂きます」

「それで構わない。後は僧の出向だな。文官として働いてもらう。これにもきちんと給金を支給するから安心してくれ。悪いが根回しを頼むぞ。後は座の管理も任せる。これでこの地の僧も食うに困るという事態は起こらないと考えている」

「ご配慮、誠にありがとうございます」

「止してくれ。頭を下げるのはこちらの方だ。もはや福昌寺や系列の寺の協力が無ければ、この地は立ち行かない。手腕に期待している」

 俺がこの時代にやって来て、大きく価値観の変わったものの一つに寺社がある。現代の感覚からすれば、坊主は念仏を唱えて修行に明け暮れる。俗世からは一歩引いた生き方をしているものだと思っていた。

 だがそれは大きな間違いである。この時代の仏教は現世利益によって信者を導く場合が多々あると知った。典型なのはやはり本願寺教団であろう。俗な言い方をすれば、仏教各宗派も生き残りや勢力拡大のために営業が必要という訳だ。ありがたい説法だけでは民の心は掴めないという、とても即物的な話であった。

 但し、僧侶も人の子である。戦場を駆け回って弱者救済までできるお人好しはそういないし、中には欲の皮の突っ張った者もいる。それは仕方がない。それでも平時に於いては民と共に生きるのが、この時代の寺社のあり方と言える。

 例えば今回の福昌寺は曹洞宗の寺だ。曹洞宗と言えば地方の武家には馴染み深い存在であり、俺も小さい頃から土佐の浄貞寺には世話になっている。

 なら何故、曹洞宗が地方の武家に馴染み深いかと言うと、これは公家の荘園経営に端を発する。簡単に言えば地方の曹洞宗の寺は、公家から荘園の年貢徴収や物資の管理の役割を長く請け負っていた歴史があった。

 これの意味する所は、曹洞宗の寺は地域統治の要となる。役所に近い存在とも言えた。

 そうなれば、自然と地域の民と直接接する機会は増える。ただ杓子定規に年貢を集めるだけという訳にはいかない。中にはトラブルも持ち込まれる場合もあっただろう。様々な面倒事の解決のために僧が奔走していたのは想像に難くない。

 つまり地方の末寺というのは、その地域の実情を把握している存在でもある。

 そこに現世利益の考えが加わればどうなるか?

 答えは簡単であった。遠州細川家への全面協力となる。

 もしここで当家に反発すれば、地域の民を敵に回す。理由は二公八民の政に反対していると受け取られるからだ。本来は減税と武家や寺社の領地放棄に相関性は無い。だと言うのに何故かこの二公八民の話は、領地の放棄が行われて初めて実施される制度のように広まっていた。あくまでも予想となるが、寺社領に住む民が二公八民の恩恵を受けたいがために、敢えて曲解をしたのではないかと考えている。

 地域に生きる寺社が地域の民と敵対するのは、死活問題へと繋がると言って良い。武家ですら酷い時には、村から人がいなくなって年貢を徴収できなくなるという事態が起こるのがこの時代である。それを踏まえれば、寺社だけ殿様商売をして自らの利益のみを追求できるというのはまずあり得ない。

 ならば例え寺領を失うとしても、当家に協力してこの地を立て直す。それには十分に意義がある。南九州に福昌寺やその系列の寺ありと民に大々的にアピールするには良い機会と言えた。カステラ一番、電話は二番……いや違う、当家には及ばないものの民からの支持を集め、信者は入れ食い状態となる。そうなればお布施も自然と集まるだろう。

 いつの世もイメージ戦略というのは、とても大事だという話であった。

 勿論俺が唱える再建策が絵に描いた餅であったなら、実現しないと突っぱねられもされただろう。しかしながら遠州細川家は、土佐の地で既に成功を収めていた。そうならば二号店でも成功する確率が高いと判断をするのは妥当な考えである。

 損して得取れの精神とは言わないが、利益がこれまで以上に出ると判断したからこそというのが寺領放棄の決定打とも言えた。

 本当、下手な武家や商家よりも僧侶の方が話が早い。本願寺教団も実態を知れば、思った以上に話せる相手だというのが分かる。今後も寺社とは良い関係を続けたい所だ。

 細かな条件の設定や書面での取り決めは日を変えて実務担当者同士で行う形で決まり、ここからの忍室和尚との話し合いは和やかな雑談へと移行する。

「そうだ、忍室和尚。一つ骨を折って欲しいのだが。フランシスコ・ザビエルもしくはイエズス会宛に土佐に宣教師を派遣してもらうよう、書状を書いてくれないか? 今は平戸が本拠地で合っているか?」

「……はて? いえずす会とはどのような会でしょうか? 拙僧はフランシスコ・ザビエルと仲は良いですが、確か彼の御仁は昨年日の本を離れてましたぞ」

「なら、『デウス』か『大日だいにち』なら分かるか? そこの僧侶を土佐に派遣するように依頼して欲しい。頼む」

「『大日』でしたら分かりますぞ。細川様は新しい物好きですな。それでいて勤勉であられる。四国から来られた方が新たな仏教の宗派である天竺教をご存じとは中々できぬ事ですぞ」

 これが忍室和尚の持つとんでもない伝手だ。天文一八年 (一五四九年)に薩摩国へとやって来たフランシスコ・ザビエルは、しばらくこの地で布教活動を行う。その時に寝泊まりを行っていた場所がこの福昌寺であり、忍室和尚とフランシスコ・ザビエルは宗教を越えた友人になったという。

 二人が度々宗教問答を行っていたというのは、薩摩国では有名な話であった。

 それだけではない。何とフランシスコ・ザビエルは、福昌寺の前でキリスト教の布教活動まで行っていたと言われている。

 する方もする方だが、それを認める方も認める方だ。仏教の宗派同士でさえ血で血を洗う戦いが行われているこの時代に、別宗教の布教を認めるなどあり得ない。まさに前代未聞の出来事だと言える。

 そんな懐の広い忍室和尚だからこそフランシスコ・ザビエルは友と認め、俺達も受け行けられたのだと思う。寺領放棄の話がこうもすんなり話が進んだのは、相手が忍室和尚だからこそだ。

 話を戻すと、キリスト教との伝手を得るのが今回の南九州遠征でのもう一つの目的である。フランシスコ・ザビエルが日の本で最初に訪れたのが薩摩国である以上、何らかの手掛かりがあると思っていた。忍室和尚のような存在は、嬉しい誤算とも言えるだろう。ようやくキリスト教の尻尾を掴んだ。

 そのキリスト教との関わりの目的は、当然ながら南蛮貿易である。南蛮貿易は、実質的にはタイなどの第三国を間に挟んだ明国との三角貿易ではあるものの、本国とも言えるポルトガルやスペインと一切の接点が無い訳ではない。日の本にヨーロッパでも通用する商品があるなら、こぞって買い求めてくれる。例を挙げれば緑茶や醤油、陶磁器、樟脳、珊瑚といった物で、これらは間違いなく当家に大きな利益を齎すだろう。

 だからこそ俺は、ずっと遠征の機会を狙っていた。今回万を超える大兵力を整え、湯水のように物資を浪費し、日向伊東家に五〇〇〇貫もの賠償金をポンと出したのも、全ては南蛮貿易のためだとするなら痛くも痒くもない。

 なお余談ではあるが、キリスト教布教の初期は新たな仏教の宗派であるかのような誤解を受けていたという。忍室和尚が言った「大日」がまさにそれであり、ヨーロッパからではなくインドからやって来たものだと認識されたのもその誤解に拍車をかけていたようだ。

「ほぉ、天竺教と言うのか。名前までは知らなかったが、俺はその天竺教を学びたくてな。土佐ではその機会に恵まれなくて、辛い思いをしていた所だ」

「分かりますぞ、その気持ち。是非拙僧にお任せくだされ。弟子を平戸に派遣致しますので、良い返事を頂けると考えております」

「そいつは頼もしいな。楽しみにしているぞ」
 
 南蛮貿易が上手く行けば、当家は大きく飛躍する。とは言え、ただ外貨を獲得するためだけに利用するというのも勿体無い。これを利用すれば、ヨーロッパから様々な物が手に入る。これも当家に大きな利益を齎すだろう。

 トマトやタマネギ、トウガラシにジャガイモが手に入る未来がもうすぐやって来る。
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