国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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六章 大寧寺ショック

策士策に溺れる

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 一〇日後、俺達は加治木城の南西にある網掛あみかけ川を挟んで島津宗家の軍と対峙する。

 日向伊東家との交渉は最初こそ難航するかに思われたが、やはり宮崎城を無力化する新居猛太改での攻撃が大きく相手の心を揺さ振った。平たく言えば、手伝い戦でこれ以上の傷を広げたくなかったという所だろう。

 また、櫛間方面から海岸沿いに北上してきた海部殿の隊と合流したというのも、交渉を進める上で影響したのは想像に難くない。

 この段階において、日向伊東家は最悪の事態を考慮したのではなかろうか? 島津宗家の甘い誘いに乗ってしまったがために滅亡という言葉がチラつく。それだけはあってはならないと判断した。

 ならば、今度は自らの生き残りのために島津宗家を生贄とする。これも戦国の世の習いだ。ましてや五〇〇〇貫もの小遣いまで手に入るとなれば、尚更だったろう。

 そうした交渉の流れの潮目が変わる中、意外に感じたのが城の返還を宮崎郡の城のみで良いとなった点だ。これは交渉役となった横山 紀伊のお手柄ではあるものの、もっと欲の皮の突っ張った要求をしてくる場面だと感じていたために肩透かしを食らう。

 通常なら、従えている地方領主の生活のためにも元の状態に戻すのが筋ではある。それを無視して宮崎郡のみに限定した理由は、安全保障上の理由が考えられた。乱暴に言えば、停戦期間中に寝返られて敵に回られる者達に配慮するよりも、宮崎郡での防衛に集中する方が得だという判断である。とても合理的な判断ではあるが、その反面、足を引っ張るだけの味方は要らないでも言いたげな冷酷な決断のようにも感じた。

 日向伊東家も一枚岩ではない。そんな裏事情を垣間見た気がする。

 ともあれ、これで交渉の山場は越えた。残りは細かい部分の調整となる。最終的な締結にまで付き合う必要は無いと感じた俺は、海部殿に交渉の全権委任を行って加治木方面へと切って返す形となる。

 大事な役割と認識しつつも、面倒事を押し付けられたとでも思ったのだろう。海部殿からは恨めしそうな目で見られたが、何事も無かったように右から左へと流したのは言うまでもない。

 そんな経緯を経て、ついに俺は島津宗家当主 島津 貴久と 川を挟んで向き合った。

「ここで会ったが一〇〇年目! ようやく姿を見せたな。島津よ。当家の家臣を随分と可愛がってくれたそうじゃないか。今日はその礼をさせてもらう」

「初めて相対したというのに、何が一〇〇年目だ。平然と偽りを言うな。それに手を出してきたのは、遠州細川家の方が先だ。被害者ぶるな」

 今回は長宗我部戦以来の言葉合戦から始まる。もっと感情的な返しをしてくるかと思いきや、冷静にこちらの痛い点を突いてきた。九州攻めは明らかにこちらが侵略者だけに、こういった大義名分を争う場では分が悪いのが分かる。

 とは言え、そんな分の悪い言葉合戦に付き合ったのには一つの理由があった。

「ああ、そういうのはどうだって良い。それよりも確認したい点がある。今そちらには何人の捕虜がいる? 捕虜の返還に応じる気は無いか? 銀で支払いもするし、何ならこの場は見逃してやる。特に大将の返還なら、停戦も考えるぞ」

 そう、捕虜の存在である。加治木方面の戦線では雑賀衆が壊滅し、多くの行方不明者を出した。行方不明者の捜索自体も戦を終わらせた後に行う予定ではあるが、それよりも島津宗家の捕虜となっている者がどの程度いるかの確認が必須であったという事情である。

 特に畑山 元明は大将なだけに、人質目的で捕虜にされていてもおかしくはない。そんな淡い希望が俺の心の中にはずっと燻っていた。

 ただ残念ながら、そこには一つの見落としがあったと知る羽目になる。命を大事にするというのは元現代人だからこその価値観であり、この戦国時代にはそぐわない。重視をするのは面子だというのを、俺は島津 貴久の言葉を聞くまでは完全に忘れていた。

「それは人質返還にかこつけて、我等との戦を行いたくないだけであろう。遠州細川の当主がこうも腑抜けとは思わなんだぞ。事ここに至って停戦などあり得はしない。その程度分からぬか! これなら先だっての戦での大将の方が立派であったわ。我等の兵に囲まれても膝を折る事無く奮闘し、最期には腹を裂いて果てたのだからな! 生きて虜囚の辱めを受けず。見事な最期だ。お主には勿体無い家臣であったな」

「……おい。その大将の首は保管してあるか?」

「安心せえ。かように見事な武士を粗略には扱わぬ。遺体は福昌ふくしょう寺の僧に埋葬を依頼しておいた。儂なりの敬意だ。今度はその隣にお主も埋葬してくれん。主従が一緒なら、地獄への旅路も寂しくはないというものよ! どうだ嬉しかろう!」

「それだけ分かれば十分だ。……ありがとうな。恩に着るよ」

 行方不明者は畑山 元明一人だった訳ではない。まだ多くの安否の分からない者がいる。それが分かっていながらも、島津 貴久の言葉で全てがどうでも良くなり、一方的に言葉合戦を切り上げてしまった。現実とはかくも残酷なものである。

 せめてもの幸いは、島津 貴久の心遣いであった。死体を野ざらしにせずに済んだ。ただそれだけの事ではあるが、それでも嬉しいものである。素直に感謝するしかない。

 だからなのだろう。島津宗家には素直にその礼をしなければならないと感じた。ここが戦場である以上は、その流儀に則るのが武家である。相手もきっとそれを望んでいるだろうと。

 さあ、島津との決着を付けようか。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
 

「く、国虎様! 島津宗家の布陣を見ましたか?」

 言葉合戦を終えて自軍の本陣へと戻った俺を待っていたのは、珍しく不安な顔をする家臣達であった。

 その意味は分かる。いざ加治木城の救援にやって来たと思いきや、既に城の囲みは解かれて川を挟んだ対岸に島津宗家の軍が堂々と布陣していたのだ。

 当然ながら城を守っていた鈴木 重意や太田 定久殿の二人も馬鹿ではない。援軍の到着を察知して敵が兵を退くというなら、城から打って出て追撃を行う。また、その追撃には先行して救援に駆け付けた馬路党も含まれていた。だと言うのに、島津宗家はそれらを全ていなして退却と渡河を完遂して対岸に布陣する。見事な指揮と言うしかない。

 なるほどこの用兵の巧みさだからこそ、伏兵を利用した殲滅も可能にしたのだと思わせる。本当に一筋縄ではいかない相手だ。この戦は決して楽には勝たしてはもらえないだろう。

「ああ、敵のこの堂々たる布陣を見れば、今回は長宗我部戦以来の激戦が予想される。皆の奮闘を期待しているぞ」

 ただ俺のこうした感想には、皆との認識のずれがあったようだ。肩をガクリと落とし、「それは違う」とでも言いたげな表情へと変わる。そんな中、本山 梅慶が「少し良いですかな」と断りを入れて、皆の意見を代表するような形で解説を始めてくれた。

「国虎様、我等が言いたいのは敵の布陣状況です。本来なら兵を密集させる所を、此度は一つの部隊が五〇人程度となっておりました。それを間隔を空けてズラリと並べております。総数は分かり辛いですが、当家よりも少し多い六〇〇〇辺りではないですかな。島津宗家だけではなく、薩州島津家や菱刈家の軍も合流しておるようです」

「梅慶、何が言いたいんだ? 確かに島津宗家は戦巧者だとは思うが、それに臆するような皆ではないだろう? それに当家の戦いは、これまで敵よりも兵数が少ない方が多い筈だが」

「此度の敵の布陣は、以前に国虎様よりお聞きした散兵戦術に近いと感じております。兵を小集団で分散させる形で布陣し、当家の火器による攻撃の被害を極力減らそうという意図が込められているかと。これでは直接火の鳥や擲弾を当てない限り、有効な被害は与えられませぬ」

 つまり本山 梅慶の話は、島津宗家が対火器用の布陣を敷いてきたというものである。上から俯瞰して見れば、チェック柄に近い模様をしているだろう。

 新居猛太改で使用する擲弾や火の鳥のような範囲攻撃はそもそもが当たらない。けれども、その当たらない攻撃も敵が密集陣形であれば意味がある。兵の士気を挫き、隊列を乱れさせ、組織的な行動を機能させなくするのが主な狙いだからだ。

 ならば、ここで敵が密集陣形を採用しなければどうなるか? 攻撃の効果が少なくなるために、これまでのような戦い方ができなくなってしまうのが明白だ。そんなものは関係ないとばかりに、いつも以上に量を増やすという方法もあるものの、それでは簡単に残弾が尽きてしまうのが目に見えている。

 というよりも、敵はこちらに無駄玉を撃たせて弾切れを狙う変則布陣を敷いてきたというのが正しい。だからこそ島津 貴久は当家に勝てると踏んで、堂々たる態度で言葉合戦も挑んできたと見るべきだ。俺達にこの変則布陣をお披露目して、心を折る意図があったと思われる。

 確かにこれでは、家臣達も不安になるのも頷ける。ようやく島津宗家との決戦の時がやって来たというのに、これまでの必勝法が役に立たないとなれば、どのように戦えば良いか分からなくなったという所か。

 しかし、しかしではある。この変則布陣は、ある一つの前提が成立しなければ役に立たない。それを皆は忘れている。

「なるほど。そういう意味か。ただ梅慶、あの時の俺の言葉を覚えているなら、きちんと言った筈だぞ。『実践には個々の武芸が必須になる』と」

「それはどういう意味ですかな?」

「そのままの意味だ。火器の攻撃が役に立たない? なら、直接殴りに行けば良い。島津宗家は一つ大きな勘違いをしている。それは当家を火器だけだと考えている点だ。これまで皆がしてきた鍛錬は嘘だったのか? 違うだろう? 当家は武芸に於いても他家を凌駕するほどに強い。それを島津宗家に今から嫌という程見せつけてやらないか?」

「あっ……」

「策士策に溺れるとは、こういうのを言う。火器の特性を知り、対抗策を立ててきたのだろう。その努力は認めよう。だがな、それはつけ焼き刃の策だ。敵は兵の分散という愚を犯した! こちらの突撃など一切考慮していない。さあ、ここからは狩りの時間だ! 好きなだけ手柄を立てて来い。畑山 元明の無念は俺達が晴らすぞ!」

『応ぅ!!』

 最後の最後で島津宗家は詰めを誤った。火器はそもそも万能ではない。その前提を知っている俺と気付かない島津宗家。勝敗の分かれ目は、ただこの一点にあるとも言える。
 
 思えば島津宗家が当家の決戦を避け続けたのも、当家の火器攻撃を過剰に恐れたためだろう。だからこそ、それ以外には目が向かない形となった。一見火器偏重とも見える当家の戦いが、実は火器をそれ程信用していないとは思いもしなかったのだろう。

 そう、俺達はそもそもが火器無しでも争える力を持っているのを島津宗家は見落としている。

 とは言え皆の反応を見れば、これまでの戦いの中で火気使用を当たり前とした戦いが当家のやり方だと皆も誤解していたようだ。今回は俺が気付けたから良かったとも言えるが、一歩間違えればその術中に嵌まっていた可能性は十分に考えられるだけに、空恐ろしく感じる。

 島津宗家の考え方は何も間違っていない。俺達の考えが、島津宗家よりも一歩進んでいただけの話である。

「よし、杉谷隊と北川村弓兵部隊はいつも通りの面制圧の攻撃を行え。当たらなくても気にするな。支援攻撃と思え。開幕は派手な方が良いからな」

「く、国虎様。それは効果が無いと今申したではないですか。何ゆえその様な命を出すのですか?」

「心配性だな梅慶は。理解しているから安心しろ。いきなり戦い方を変えれば、島津宗家に当家が対抗策を持っているとバレるぞ。まず引っ掛かったフリをして、敵を油断させる」

「おみそれしました」

「木沢隊は敵の注意が遠距離攻撃の方に向いている隙に、川に土嚢を投げ込んで味方が渡河できる道を作れ! これが一番重要な役割だ。木沢隊の働きがこの戦の勝敗を左右すると思え!」

「はっ。かしこまりました」

「山田 元氏と大野 利直は、渡河ができるようになり次第、島津の陣へ突撃をしろ! 敵の一つ一つは少数だ。蹴散らしてこい。好きなだけ暴れて良いぞ!」

『はっ』

「討ち漏らしは専光寺 照算の部隊が担当しろ! 離別霊体は乱戦に強い。狙わなくて良い。敵を見掛けたら、どんどん発砲しろ!」

「俺っちに任せな」

「馬路党は……今回は支援に回れ。もう十分に活躍したのだから、手柄は他の者に譲ってやれよ。それで何をするかだが……遠距離での大筒攻撃を頼む。敵が密集陣形に移行できないように邪魔をしてくれ」

「押……残念ですが、此度は手柄を譲ります」

「梅慶は残りを率いて敵をなぎ倒していってくれ。やり方は任せる。後から俺の直属も上がるから、露払いを頼むぞ」

「お任せくだされ」

「重意と太田殿は杉谷隊や北川村弓兵部隊を守ってやってくれ。無いとは思うが、伏兵の存在にだけは気を付けてくれよ」

『かしこまりました』

「ここが正念場だ。全力でぶち当たれ。そうすれば必ず俺達が勝つ。分かったら、各自持ち場に戻れ。合図を出し次第、始めるぞ!」

『応ぅ!!』

 本当に完璧な計画ほど、些細な切っ掛けで全てが崩れ去ってしまう。たった一手。それも考え抜いた末の必勝法を逆手に取られる。これがあるから戦は怖い。

 現実とは、かくも残酷なものである。
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