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六章 大寧寺ショック
鳩脇八幡崎と大隅正八幡宮
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「ボウズの話は分からんでもないが、倭寇とは言っても所詮は賊じゃないのか? 心配し過ぎだろう」
第二陣として到着した津田 算長は倭寇との付き合いがある。坊津には一乗院 という根来寺と関係の深い寺があり、そこを通じて面識を得たのだとか。
だからこそ言えるのだろう。倭寇も一皮剥けばただの人。特別な存在ではない。それも明国や朝鮮国などの大陸からやって来た纏まりのない小集団ばかりだ。ならば組織的な行動をするのは難しく、脅威にはならないと実に楽観的な考えであった。
坊津では島津宗家が倭寇に対して影響力を持っているようだが、それでも軍のような統制の取れた行動や、俺の危惧するゲリラ活動はできないだろうと高を括っていた。そもそも、島津宗家の命令を素直に聞き入れるかどうかが疑わしいと言う。
「算長の言っている内容は正しい。ただな、俺は今回の倭寇の件は、坊津にやって来る者達とは別系統だと考えている。それも大隅・薩摩一帯を対象としたものだ。海賊行為は日の本の民が行っていると考えている。中には海賊行為に協力する大陸人もいるとは思うが、それは主体ではない」
「おいおい、それじゃあこの大隅や薩摩は倭寇だらけだとでも言っているようなものだろ。幾らなんでもそれは飛躍し過ぎじゃないのか?」
「いや、それで正しいと思う。あくまで人員の供給という意味でだがな。多分だが、仲介者がいる。銭を持つ頭目がいさえすれば、大倭寇が簡単に作れる下地がこの地にはある。極端な言い方になるがな」
「何だそりゃ。馬鹿も休み休み言え。そんな簡単に人が集まるなら、組織化も簡単にできるだろうに。そこまで行けば倭寇を通り越して軍だ。……なるほど。俺を担いでいる訳じゃないようだな。だからボウズが警戒しているのか」
「そんな都合良い頭目がいないのは分かっている。現実的には小集団を組織するのがやっとだろう。けどな、その仲介者にとって俺達は侵略者だ。本気になれば何をされるか分からん。算長、悪いが少し俺の話を聞いてくれるか?」
そこから俺は、志布志港を占領した直後に捕まえた村人との出来事を算長に話した。
通常、倭寇事業を始めようと思えば、人・物・金が必要となる。その中でも人の確保が最も難しい。特殊な仕事だけに、どんなに頑張って勧誘を行った所で、そうそう首を縦には振ってくれない。物や金は最悪借金すれば何とかなる。
つまり、倭寇への人材仲介者がいるという意味は、倭寇事業の起業促進に他ならない。やる気さえあれば、誰もが明日から倭寇を始められる。
そんな仲介者が当家と敵対すればどうなるか? 倭寇という名のゲリラが送り込まれるのを覚悟しなければならない。その上、俺達には仲介者がどんな組織が分からないとなれば、いつ虎の尾を踏んでしまうかもしれないという危惧がある。これが理由で下手に戦線を拡大できないという状態に陥っていた。
何故その仲介者の存在に気付けたか? それは八幡という言葉が既にこの地に定着しているのが理由となる。
算長が言う通り、海賊行為が主体の倭寇は賊と変わらない。だから長い目で見ればハイリスクローリターンの事業であり、長くは活動できない。長く活動すればする程、討伐される危険性が上がる。これは振り込め詐欺のチームが一定期間で解散するのと同じだ。どんなに大金を騙し取っても、長く続ければ検挙というリスクが増大する。検挙されないようにするには、短期間で稼いで逃げを打つ。
そう。八幡という言葉は、短期集中型の犯罪とイコールになる。これは仲介者もしくは斡旋業者がいなければ成り立たない。言い換えれば短期労働の派遣会社だ。こういった存在があるからこそ、民が気軽に犯罪行為に手を染める事が可能になっている。
よもや中世でこんな恐ろしい考えをする者がいるとは思わなかった。
「それでな。今回の別系統倭寇は、寺社が絡んでいると考えている。理由は島津の例にもある通り、領主が管理するなら統制を取る方向に向かうからだ。海賊行為を終えた犯罪者を野放しにしようとは、まず考えないだろう。そいつ等がいつ賊化するか分からないからな」
「いやいや、どうして寺社になるんだ。賊になれば困るのは寺社も同じだぞ」
「困らないさ。自分達の寺領や神社領以外から人を募れば良いだけだからな。寺社にはこれができる。権威があればある程な。だが領主の場合はそうはいかない。自分の領内から倭寇を募る形となる。それで海賊行為が終わった後は領外に追放されるというなら、まず人が集まらないと思うぞ」
この辺りは最早立場の違いとしか言いようがない。領主が簡単に領外から人を集められるなら、戦はあっという間に終わるだろう。しかしながら中世の宗教ではこれができてしまう。そうでなければ、種子島にある種子島銃がいとも簡単に畿内にはやって来ないし、本願寺を通じた移住者が南阿波や土佐にやって来はしない。ネットワークの大きさが武家と寺社には大きな差がある。
大隅・薩摩一帯から人を集められるというのは、寺社ならではと言えるだろう。
「……確かに。それにしてもボウズは寺社を何だと思っているんだよ。ったく」
「民も全てが善良じゃないのと同じだな。僧侶も神官も食べなければ生きられない。それが悪い方向に向かう時もある。その程度だ」
「聞いた俺が馬鹿だった。寺社にも悪いのはいる。ただそれだけの話だな」
「そういう事だ。で、ここからは具体的な話となるが、とりあえず坊津の一乗院には俺達が倭寇と敵対しないと書状を書いてくれ。文面には後発で五〇〇〇を超える兵が大隅に到着するというのも忘れるなよ。纏まりが無いとは言え、当家の物資を略奪して島津宗家に恩を売ろうとする者が出るかもしれないからな。可能性は潰しておく」
「おう、分かった」
本来なら大隅・薩摩の占拠を終えてから坊津には倭寇対策を行うつもりであったが、既に島津宗家の影響下にあるというなら、牽制を入れておくのが吉だ。
倭寇は島津宗家の私兵ではないという点に着目すれば、分の悪い方には付きたくないというのが自然な流れとなる。兵の数を知れば、島津宗家が負ける可能性を考えてもおかしくはない。どっち付かずの中立を選択するのが無難と言えよう。倭寇も当家とは全面的に争いたいとは思わないだろう。
こちらは何も坊津の倭寇に協力しろと命じる訳ではない。最低限敵対しなければ良い。そうすれば海上からの攻撃に対する警戒を緩められ、兵を戦へと回せられる。
書状一枚でこれが達成できるなら、躊躇無く根来寺のコネを使用させてもらおう。
「次は……算長、錦江湾の中で有力寺社と深い繋がりがある港はあるか? 坊津ほどではないが、志布志港にも倭寇が寄港していてな。近くの大慈寺を調べた所、倭寇との繋がりは商家との仲介だった。坊主は漢文の読み書きができるからだろうな。最悪筆談で倭寇とは会話ができる。坊津の一乗院も似た役割じやないのか? 外海に面する港は荷下ろしが多くなる分、近くの寺社の役割は取引を円滑に行うのが主だと考えている」
「ボウズの言う通り、一乗院の役割は売買の仲介だ。倭寇が唐物を持ち込んだ所で売れなければ意味は無い。それには誰かが間に入らなければならないからな。それは錦江湾にある港も似たようなものじゃないのか?」
「それはその通りだ。ただな、敢えて内海に入ってくるのには何か理由があるとは思わないか? 坊津や志布志のような港でも換金はできるんだぞ?」
「何が言いたい?」
「例えば大陸人じゃない倭寇が寄港するとかだな。坊津は島津宗家が管轄しているんだろう? 地元の民が倭寇として港に入ってきたら、変だと思うんじゃないか? それに勝手な想像だが、倭寇同士には縄張りがあると思っている。そうなれば大陸人ではない倭寇は、縄張りを乱す害虫にしかならない。要するに坊津や志布志に寄港できない別倭寇の秘密基地が必要という話だ」
「秘密基地ねぇ……そんな港あるのか? いや、一つあったな」
「それは何処だ! 早く教えてくれ!」
「落ち着けボウズ。……そうだ。鳩脇八幡崎がそれになる。河口の港だ。姫木が浦 (現隼人港)の近くになる。この港が大隅正八幡宮と関係が深い」
まさかの河川港だった。これは完全に盲点と言える。倭寇が寄港するのだから、通常なら海に面している港を利用していると考える筈。それを見透かしたかのような隠れ港と言えるだろう。
河川港というのは、この時代では物資の集積基地になる場合が多い。南阿波の平嶋港が良い例だ。上流から流された木材等が集積され、ここから他の港へと運ばれる。それを知っていれば、まず唐物の品が入る港になるとは考え難い。立ち寄る船も物資の買い付けにやって来たと見えるだろう。
まさに秘密基地にぴったりの条件だというのが分かった。
それにしてもこんな港があるとはな。算長のような事情通でなければ、鳩脇八幡崎の名前は出てこない。遠征前に南九州を勉強していた俺ですら初耳であった。
「しかもその鳩脇八幡崎が大隅正八幡宮と関係が深いとはね。大隅正八幡宮は元国府 (役所)だぞ。それで算長、大隅正八幡宮は交易をしているか聞いているか?」
「思い出すからちょっと待ってくれよ。……思い出した。大隅正八幡宮は南北朝の時代から明と交易を始め……そういう事か」
「そうだな。南北朝の時代は、明との正式な交易は始まっていない。遣明船が派遣されるようになったのは、南北朝が終わってからだ。南北朝は倭寇全盛期の時代だな。確かこの頃、九州の幾つかの勢力は海賊行為で物資を調達していた。この状況で大隅正八幡宮だけは純粋に交易のみをしていたとは考え難い。後は島津とでも対立してくれていたら、ほぼ確定だろう」
「……ボウズの言う通りだ。南北朝時代、大隅正八幡宮は島津と対立していた時期がある」
「決まりだ。元国府で島津とも対立していた過去まである。これで交易とは聞いて呆れるな。倭寇の間違いだろうが。島津に非正規の倭寇で対抗、ついでに物資調達の海賊行為が妥当だな。それで、いつまた島津と敵対しても大丈夫なように、倭寇を組織する術は残しておいた。それが今も続く。こんな所だろう」
役所の機能、秘密基地、島津との対立、そして交易。それも前期倭寇華やかな時代と来れば、答えは一つしかない。
南北朝というのは室町時代初期の動乱期だ。遣明船も無ければ、南海路も使われていない。逆に言えば、中央からの目が届かなく好き勝手できる時代でもある。元国司の権威や地域に張り巡らされたネットワークを駆使して、やりたい放題ができる。その上で対島津という言い訳まで用意されているのだから、海賊行為への罪悪感も低くなるというもの。
この地で倭寇を組織する黒幕は、大隅正八幡宮以外には考えられなかった。
「それにしても、たったこれだけでよく黒幕を導き出せたな。ボウズだけは敵に回したら駄目だというのが今よく分かったぞ」
「大袈裟な。あくまでも状況証拠だぞ。間違っているかもしれないしな。ただまあ、証拠固めをするつもりはない。鳩脇八幡崎の港をまずは燃やす。次に大隅正八幡宮を脅す。これで敵対されると泥沼になるが、それは無いと思っている」
「どうしてだ?」
「そりゃ自分達の身が可愛いからな。民に危険な海賊行為をさせるのを何とも思わないくせに、自らが矢面に立つのは嫌がる。一方的に殴るのは良くても殴り返されたくはない。そんなものさ。大隅正八幡宮の連中に気骨があれば、島津との戦いで兵を率いていたと思うぞ」
「ボウズと話していると、時々頭が痛くなるな。まあでも、これで倭寇問題も何とかなる目処が付いたか」
「ああ。大隅正八幡宮が降れば、情勢は一気にこちらに傾く。後は力押しで何とかなる筈だ。そこで足を掬われないようにするだけだな。取り敢えず算長は一乗院に書状を送った後、根来衆を率いて庄内の北郷家を攻めてくれ。こちらから与力も付けるし、背後を襲われないように牽制をしておく」
「このまま北上すれば、大隅正八幡宮に圧を加えられるぞ。良いのか? 後回しにして」
「それもアリなんだがな……いますぐ北上すると蒲生 範清が余計なちょっかいを出してくるかもしれない」
「なるほど。北上するのは、蒲生 範清が島津宗家と戦を始めてからか」
「そんな所だ。悪いな。折角提案してくれたのに」
こうして次の方針が決まる。まずは大隅正八幡宮への嫌がらせからだ。鳩脇八幡崎の港を使えないようにすれば、倭寇を招集できなくなるだろう。これだけで当面の危険性がぐっと下がる。
ただ、だからと言って脅した所で素直には降りはしない。何か対抗策を打ち出す筈だ。妥当な線としては、島津宗家に助けを求める形になるのではないだろうか? そうすれば自分達は直接戦わなくて済むというのが大きい。
……ん? 島津宗家に助けを求めるのか。それならこちらも一つ駒を進めておくのも悪くはないな。
「よし長正、鳩脇八幡崎を燃やす杉谷隊の護衛に付け。港を燃やした後は、桜島の長門城を杉谷隊と共同で破壊もしくは燃やせ。占拠はしなくて良いぞ。目的は島津宗家の分断だ。多分無いと思うが、水軍が迎撃に出た場合は素直に逃げ帰って来い。絶対に無理をするなよ」
この時代の桜島は大隅半島とは陸続きではない。文字通りの島であり、渡るには船が必要となる。それはつまり、島津宗家の妨害を受けない大隅半島回りで海から鳩脇八幡崎を直接攻撃可能としていた。
なら、物のついでだ。海上から港を燃やせるなら、海上から桜島にある敵方の城を無力化もできる。これによって更に追い詰める。
港が燃えた混乱の最中なら長門城に注意は向くまい。通常なら被害を増やさないために、鳩脇八幡崎周辺の城や港への警戒に重きを置く。桜島の城へは警戒が緩むだろう。だからこそ成功率は高いと踏んでいる。
……やり口が完全にゲリラだな。これではどちらが倭寇か分からない。
ともあれ悩んでいた倭寇問題も、黒幕さえ分かれば実にあっさりとしたものである。
第二陣として到着した津田 算長は倭寇との付き合いがある。坊津には一乗院 という根来寺と関係の深い寺があり、そこを通じて面識を得たのだとか。
だからこそ言えるのだろう。倭寇も一皮剥けばただの人。特別な存在ではない。それも明国や朝鮮国などの大陸からやって来た纏まりのない小集団ばかりだ。ならば組織的な行動をするのは難しく、脅威にはならないと実に楽観的な考えであった。
坊津では島津宗家が倭寇に対して影響力を持っているようだが、それでも軍のような統制の取れた行動や、俺の危惧するゲリラ活動はできないだろうと高を括っていた。そもそも、島津宗家の命令を素直に聞き入れるかどうかが疑わしいと言う。
「算長の言っている内容は正しい。ただな、俺は今回の倭寇の件は、坊津にやって来る者達とは別系統だと考えている。それも大隅・薩摩一帯を対象としたものだ。海賊行為は日の本の民が行っていると考えている。中には海賊行為に協力する大陸人もいるとは思うが、それは主体ではない」
「おいおい、それじゃあこの大隅や薩摩は倭寇だらけだとでも言っているようなものだろ。幾らなんでもそれは飛躍し過ぎじゃないのか?」
「いや、それで正しいと思う。あくまで人員の供給という意味でだがな。多分だが、仲介者がいる。銭を持つ頭目がいさえすれば、大倭寇が簡単に作れる下地がこの地にはある。極端な言い方になるがな」
「何だそりゃ。馬鹿も休み休み言え。そんな簡単に人が集まるなら、組織化も簡単にできるだろうに。そこまで行けば倭寇を通り越して軍だ。……なるほど。俺を担いでいる訳じゃないようだな。だからボウズが警戒しているのか」
「そんな都合良い頭目がいないのは分かっている。現実的には小集団を組織するのがやっとだろう。けどな、その仲介者にとって俺達は侵略者だ。本気になれば何をされるか分からん。算長、悪いが少し俺の話を聞いてくれるか?」
そこから俺は、志布志港を占領した直後に捕まえた村人との出来事を算長に話した。
通常、倭寇事業を始めようと思えば、人・物・金が必要となる。その中でも人の確保が最も難しい。特殊な仕事だけに、どんなに頑張って勧誘を行った所で、そうそう首を縦には振ってくれない。物や金は最悪借金すれば何とかなる。
つまり、倭寇への人材仲介者がいるという意味は、倭寇事業の起業促進に他ならない。やる気さえあれば、誰もが明日から倭寇を始められる。
そんな仲介者が当家と敵対すればどうなるか? 倭寇という名のゲリラが送り込まれるのを覚悟しなければならない。その上、俺達には仲介者がどんな組織が分からないとなれば、いつ虎の尾を踏んでしまうかもしれないという危惧がある。これが理由で下手に戦線を拡大できないという状態に陥っていた。
何故その仲介者の存在に気付けたか? それは八幡という言葉が既にこの地に定着しているのが理由となる。
算長が言う通り、海賊行為が主体の倭寇は賊と変わらない。だから長い目で見ればハイリスクローリターンの事業であり、長くは活動できない。長く活動すればする程、討伐される危険性が上がる。これは振り込め詐欺のチームが一定期間で解散するのと同じだ。どんなに大金を騙し取っても、長く続ければ検挙というリスクが増大する。検挙されないようにするには、短期間で稼いで逃げを打つ。
そう。八幡という言葉は、短期集中型の犯罪とイコールになる。これは仲介者もしくは斡旋業者がいなければ成り立たない。言い換えれば短期労働の派遣会社だ。こういった存在があるからこそ、民が気軽に犯罪行為に手を染める事が可能になっている。
よもや中世でこんな恐ろしい考えをする者がいるとは思わなかった。
「それでな。今回の別系統倭寇は、寺社が絡んでいると考えている。理由は島津の例にもある通り、領主が管理するなら統制を取る方向に向かうからだ。海賊行為を終えた犯罪者を野放しにしようとは、まず考えないだろう。そいつ等がいつ賊化するか分からないからな」
「いやいや、どうして寺社になるんだ。賊になれば困るのは寺社も同じだぞ」
「困らないさ。自分達の寺領や神社領以外から人を募れば良いだけだからな。寺社にはこれができる。権威があればある程な。だが領主の場合はそうはいかない。自分の領内から倭寇を募る形となる。それで海賊行為が終わった後は領外に追放されるというなら、まず人が集まらないと思うぞ」
この辺りは最早立場の違いとしか言いようがない。領主が簡単に領外から人を集められるなら、戦はあっという間に終わるだろう。しかしながら中世の宗教ではこれができてしまう。そうでなければ、種子島にある種子島銃がいとも簡単に畿内にはやって来ないし、本願寺を通じた移住者が南阿波や土佐にやって来はしない。ネットワークの大きさが武家と寺社には大きな差がある。
大隅・薩摩一帯から人を集められるというのは、寺社ならではと言えるだろう。
「……確かに。それにしてもボウズは寺社を何だと思っているんだよ。ったく」
「民も全てが善良じゃないのと同じだな。僧侶も神官も食べなければ生きられない。それが悪い方向に向かう時もある。その程度だ」
「聞いた俺が馬鹿だった。寺社にも悪いのはいる。ただそれだけの話だな」
「そういう事だ。で、ここからは具体的な話となるが、とりあえず坊津の一乗院には俺達が倭寇と敵対しないと書状を書いてくれ。文面には後発で五〇〇〇を超える兵が大隅に到着するというのも忘れるなよ。纏まりが無いとは言え、当家の物資を略奪して島津宗家に恩を売ろうとする者が出るかもしれないからな。可能性は潰しておく」
「おう、分かった」
本来なら大隅・薩摩の占拠を終えてから坊津には倭寇対策を行うつもりであったが、既に島津宗家の影響下にあるというなら、牽制を入れておくのが吉だ。
倭寇は島津宗家の私兵ではないという点に着目すれば、分の悪い方には付きたくないというのが自然な流れとなる。兵の数を知れば、島津宗家が負ける可能性を考えてもおかしくはない。どっち付かずの中立を選択するのが無難と言えよう。倭寇も当家とは全面的に争いたいとは思わないだろう。
こちらは何も坊津の倭寇に協力しろと命じる訳ではない。最低限敵対しなければ良い。そうすれば海上からの攻撃に対する警戒を緩められ、兵を戦へと回せられる。
書状一枚でこれが達成できるなら、躊躇無く根来寺のコネを使用させてもらおう。
「次は……算長、錦江湾の中で有力寺社と深い繋がりがある港はあるか? 坊津ほどではないが、志布志港にも倭寇が寄港していてな。近くの大慈寺を調べた所、倭寇との繋がりは商家との仲介だった。坊主は漢文の読み書きができるからだろうな。最悪筆談で倭寇とは会話ができる。坊津の一乗院も似た役割じやないのか? 外海に面する港は荷下ろしが多くなる分、近くの寺社の役割は取引を円滑に行うのが主だと考えている」
「ボウズの言う通り、一乗院の役割は売買の仲介だ。倭寇が唐物を持ち込んだ所で売れなければ意味は無い。それには誰かが間に入らなければならないからな。それは錦江湾にある港も似たようなものじゃないのか?」
「それはその通りだ。ただな、敢えて内海に入ってくるのには何か理由があるとは思わないか? 坊津や志布志のような港でも換金はできるんだぞ?」
「何が言いたい?」
「例えば大陸人じゃない倭寇が寄港するとかだな。坊津は島津宗家が管轄しているんだろう? 地元の民が倭寇として港に入ってきたら、変だと思うんじゃないか? それに勝手な想像だが、倭寇同士には縄張りがあると思っている。そうなれば大陸人ではない倭寇は、縄張りを乱す害虫にしかならない。要するに坊津や志布志に寄港できない別倭寇の秘密基地が必要という話だ」
「秘密基地ねぇ……そんな港あるのか? いや、一つあったな」
「それは何処だ! 早く教えてくれ!」
「落ち着けボウズ。……そうだ。鳩脇八幡崎がそれになる。河口の港だ。姫木が浦 (現隼人港)の近くになる。この港が大隅正八幡宮と関係が深い」
まさかの河川港だった。これは完全に盲点と言える。倭寇が寄港するのだから、通常なら海に面している港を利用していると考える筈。それを見透かしたかのような隠れ港と言えるだろう。
河川港というのは、この時代では物資の集積基地になる場合が多い。南阿波の平嶋港が良い例だ。上流から流された木材等が集積され、ここから他の港へと運ばれる。それを知っていれば、まず唐物の品が入る港になるとは考え難い。立ち寄る船も物資の買い付けにやって来たと見えるだろう。
まさに秘密基地にぴったりの条件だというのが分かった。
それにしてもこんな港があるとはな。算長のような事情通でなければ、鳩脇八幡崎の名前は出てこない。遠征前に南九州を勉強していた俺ですら初耳であった。
「しかもその鳩脇八幡崎が大隅正八幡宮と関係が深いとはね。大隅正八幡宮は元国府 (役所)だぞ。それで算長、大隅正八幡宮は交易をしているか聞いているか?」
「思い出すからちょっと待ってくれよ。……思い出した。大隅正八幡宮は南北朝の時代から明と交易を始め……そういう事か」
「そうだな。南北朝の時代は、明との正式な交易は始まっていない。遣明船が派遣されるようになったのは、南北朝が終わってからだ。南北朝は倭寇全盛期の時代だな。確かこの頃、九州の幾つかの勢力は海賊行為で物資を調達していた。この状況で大隅正八幡宮だけは純粋に交易のみをしていたとは考え難い。後は島津とでも対立してくれていたら、ほぼ確定だろう」
「……ボウズの言う通りだ。南北朝時代、大隅正八幡宮は島津と対立していた時期がある」
「決まりだ。元国府で島津とも対立していた過去まである。これで交易とは聞いて呆れるな。倭寇の間違いだろうが。島津に非正規の倭寇で対抗、ついでに物資調達の海賊行為が妥当だな。それで、いつまた島津と敵対しても大丈夫なように、倭寇を組織する術は残しておいた。それが今も続く。こんな所だろう」
役所の機能、秘密基地、島津との対立、そして交易。それも前期倭寇華やかな時代と来れば、答えは一つしかない。
南北朝というのは室町時代初期の動乱期だ。遣明船も無ければ、南海路も使われていない。逆に言えば、中央からの目が届かなく好き勝手できる時代でもある。元国司の権威や地域に張り巡らされたネットワークを駆使して、やりたい放題ができる。その上で対島津という言い訳まで用意されているのだから、海賊行為への罪悪感も低くなるというもの。
この地で倭寇を組織する黒幕は、大隅正八幡宮以外には考えられなかった。
「それにしても、たったこれだけでよく黒幕を導き出せたな。ボウズだけは敵に回したら駄目だというのが今よく分かったぞ」
「大袈裟な。あくまでも状況証拠だぞ。間違っているかもしれないしな。ただまあ、証拠固めをするつもりはない。鳩脇八幡崎の港をまずは燃やす。次に大隅正八幡宮を脅す。これで敵対されると泥沼になるが、それは無いと思っている」
「どうしてだ?」
「そりゃ自分達の身が可愛いからな。民に危険な海賊行為をさせるのを何とも思わないくせに、自らが矢面に立つのは嫌がる。一方的に殴るのは良くても殴り返されたくはない。そんなものさ。大隅正八幡宮の連中に気骨があれば、島津との戦いで兵を率いていたと思うぞ」
「ボウズと話していると、時々頭が痛くなるな。まあでも、これで倭寇問題も何とかなる目処が付いたか」
「ああ。大隅正八幡宮が降れば、情勢は一気にこちらに傾く。後は力押しで何とかなる筈だ。そこで足を掬われないようにするだけだな。取り敢えず算長は一乗院に書状を送った後、根来衆を率いて庄内の北郷家を攻めてくれ。こちらから与力も付けるし、背後を襲われないように牽制をしておく」
「このまま北上すれば、大隅正八幡宮に圧を加えられるぞ。良いのか? 後回しにして」
「それもアリなんだがな……いますぐ北上すると蒲生 範清が余計なちょっかいを出してくるかもしれない」
「なるほど。北上するのは、蒲生 範清が島津宗家と戦を始めてからか」
「そんな所だ。悪いな。折角提案してくれたのに」
こうして次の方針が決まる。まずは大隅正八幡宮への嫌がらせからだ。鳩脇八幡崎の港を使えないようにすれば、倭寇を招集できなくなるだろう。これだけで当面の危険性がぐっと下がる。
ただ、だからと言って脅した所で素直には降りはしない。何か対抗策を打ち出す筈だ。妥当な線としては、島津宗家に助けを求める形になるのではないだろうか? そうすれば自分達は直接戦わなくて済むというのが大きい。
……ん? 島津宗家に助けを求めるのか。それならこちらも一つ駒を進めておくのも悪くはないな。
「よし長正、鳩脇八幡崎を燃やす杉谷隊の護衛に付け。港を燃やした後は、桜島の長門城を杉谷隊と共同で破壊もしくは燃やせ。占拠はしなくて良いぞ。目的は島津宗家の分断だ。多分無いと思うが、水軍が迎撃に出た場合は素直に逃げ帰って来い。絶対に無理をするなよ」
この時代の桜島は大隅半島とは陸続きではない。文字通りの島であり、渡るには船が必要となる。それはつまり、島津宗家の妨害を受けない大隅半島回りで海から鳩脇八幡崎を直接攻撃可能としていた。
なら、物のついでだ。海上から港を燃やせるなら、海上から桜島にある敵方の城を無力化もできる。これによって更に追い詰める。
港が燃えた混乱の最中なら長門城に注意は向くまい。通常なら被害を増やさないために、鳩脇八幡崎周辺の城や港への警戒に重きを置く。桜島の城へは警戒が緩むだろう。だからこそ成功率は高いと踏んでいる。
……やり口が完全にゲリラだな。これではどちらが倭寇か分からない。
ともあれ悩んでいた倭寇問題も、黒幕さえ分かれば実にあっさりとしたものである。
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秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
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