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六章 大寧寺ショック

閑話:威力偵察

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 天文二〇年 (一五五一年) 伊予国 鞍瀬大熊城 公文 重忠

 伊予国の武家は何ゆえこれほど不甲斐ないのか。

 土佐の鳥形山とりがたやまで木を切り倒し運ぶだけの日々を送っていた謹慎生活もようやく明け、待ち望んだ戦ができると思いきやこの体たらく。歯ごたえのある敵はこれまで皆無だった。

 確かに金子様の降伏の影響は大きかったろう。敵である石川党の中核であったお方だ。石川党は東予七群衆の力を借りて予州河野家に反旗を翻したが、金子家の降伏に真鍋家や藤田ふじた家も追随する。一度に半数近くの家が抜けてしまえば支えられる筈もない。案の定、石川党は赤子の手を捻るような脆さであった。これでは我等馬路党の出番さえ無い。

 予州河野家の籠る高峠城攻略も状況はそう変わらなかった。安芸様が予州河野家当主である河野 通能かわのみちよし様を説得し、あっさりと開城させる。降伏の条件は予州河野家を河野家の本流とし、現河野本宗家を庶流とする取り決めであったという。更にはこの取り決めを確実とするため、安芸様の子供を予州河野家の養子とする念の入れようだ。河野 通能様の嫡子である宗三郎様は、謀反人である石川 通昌に都合良く使われていたという事実が判明したため廃嫡となった。

 石川 通昌謀反に対しての責任を取らせるためとは言え、実質的には予州河野家の家臣化及び乗っ取りを行う辺り安芸様も抜け目ない。相手の弱みに付け込んで無力化させる手腕は、国虎様の薫陶の賜物であろう。

 このような楽な戦いばかりであったためか、伊予での馬路党の出番は、これまで土佐北街道を抜けたすぐに待ち伏せていた一党を成敗した程度だ。敵が弱過ぎて名乗りを聞くのすら馬鹿らしかった。

 とは言え、これでは何のために伊予までやって来たのか。国虎様なら、土佐北街道越えして金子家を降伏に導いたのが馬路党の功績だと評価してくれよう。それが分かっていても、力の使い所が無いというのは何とも悲しいものだ。

 そんな我等隊員達の切実な願いを聞き届けてくれたのか、ある日馬路隊長が役目をもぎ取ってくる。

 役目とは東予最大の要衝である鞍瀬大熊城の攻略であった。

 鞍瀬大熊城は東予の西端に位置し、中予に至る桜三里の峠道の始点となる。つまりこの城を奪えば、いつでも中予へと攻め込める。ならば、敵の抵抗も激しくなるのは必定だ。この城を取るか取らぬかで今後の伊予攻略の方針も大きく変わるとなれば、まさに馬路党が果たすべき重要なお役目と言える。さすがは隊長だ。

 しかもこのお役目は、馬路党単独で行うのだと言う。何でも安芸様率いる東予攻略の本隊は、黒川くろかわ家攻めを行うために援軍を回す余裕が無いのだとか。何より素晴らしい。

 馬路党は少数精鋭の隊であるためか、これまで単独でのお役目が与えられる事は殆ど無かった。強いて挙げれば、護衛任務や飯盛山城突入辺りである。それ以外は他の部隊との合同で行う戦ばかり。そのため、本領を発揮する機会には恵まれなかった。

 馬路党の最大の特徴は個々の武勇である。一人一人が一騎当千である。隊ではあるが、隊では無いのだ。

 これが何を意味するか? それは此度のような山城の攻略で最も力を発揮する。

 他の部隊ならば隊を一つの単位として動く以上、全員で行動しなければならない。何故ならいざ会敵した際に、これが最も力を発揮するからである。一人もしくは少数で動くのは各個撃破の良い的だ。兵とはそういうものである。

 しかし、馬路党はその常識に捉われる必要は無い。一人一人が好きに動いて良いのだ。此度のような山城の攻略ならば、目標地点のみを決めて後は各自で道無き道を進む。そして現場で合流をする。さすがに戦地では万が一もあるため、二人一組、もしくは三人一組で動く形が基本であった。

 さればどうなるであろうか? 気付けば馬路党隊員五〇〇名が突如として鞍瀬大熊城の東西両曲輪周辺に出現する。通路を使わない上に少人数での接近となるため、敵はそれと気付き難い。よしんば気付かれたとしても、全てを知られる訳ではない。向けられる追手も少数となるのが明白だ。我等の力なら簡単に返り討ちにできる。

 囲んでしまえば後は容易い。各々が焙烙玉を投げて城内に混乱を招く。大筒を装備した者達が一斉発射して壁を破壊する。頃合いを見て一斉に突撃する。これで大抵の城は落ちるというもの。我等にしかできない戦い方だ。

 山城というのは城そのものによる守りよりも、近付く過程が困難に作られている場合が多い。それを簡単に飛び越えられるのが、我等馬路党の真骨頂であった。

 ただ、全てにおいてこの戦いが通じるとは思っていない。中には巨大な山城もあるだろう。そういった城の攻略は、我等単独では行わないというだけの話だ。

 ともあれ、鞍瀬大熊城はこの方法であっさりと落城する。守っていた将は全て討ち死に、損害は軽微という成果となる。我等の武勇を恐れたのか、突入してからの抵抗が少ないのが唯一の不満であった。此度の伊予攻めでは我等と正面切ってやり合える者に未だ出会っていない。

 まだ見ぬ強敵を求めて馬路党の戦いは続いていく。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 天文二〇年 (一五五一年) 伊予国 山之内 公文 重忠

 我等馬路党は桜三里の峠道を超え、今は中予地域の山の中に潜んでいた。

 頂いたお役目は鞍瀬大熊城の攻略であるため、攻略を終えたならそこで味方の到着を待つなり、安芸様が向かった黒川家攻めの後詰に入るのが本来の筋ではある。それは隊長以下皆が分かっている。分かってはいるが、どうしても中予まで隊を進めなければならない切実な事情があった。

 あの程度ではまだ暴れ足りない。鞍瀬大熊城は我等にとって難攻不落ではなかったからだ。これでは遠州細川家に馬路党有りと伊予の地に名を轟かせるなど叶わぬというもの。

 ならば、この機会に中予に雪崩れ込んで城を二、三落とす。もしくは名のある将を打ち倒す。それくらいをしなければ収まりがつかなかった。

 とは言え勝手な真似をすれば、またもや謹慎を申し渡され、鳥形山で木を切り倒す作業に戻らねばならぬという不安もある。まだ獣相手に戦うならば我慢できるが、これ以上木を相手に戦うのはまっぴら御免だ。

 そんな時、馬路隊長が妙案を披露する。「威力偵察」という形ならば、命令違反にもならず謹慎を申し渡される事態には発展しないだろうと。

 「威力偵察」という言葉は初めてであったが、何でも敵の力を知るために一度交戦をする役割なのだとか。

 なるほど。確かに今後河野本宗家と本格的に争うに当たって、力を見誤っていては勝てる戦にも勝てぬ。確実に勝利を掴むには、我等が実際に戦って河野本宗家の力を知るのが最も効率が良いと言えた。

 城を落として将を捕らえればその目的も達成できよう。捕らえた将を連行して安芸様に引き渡せば、理解頂ける筈だ。我等の勝手な振る舞いや抜け駆けではなく、皆の手柄のために尽力したものだというのが。今の我等にはとても都合が良い役目である。

 つまり現在の我等は、「威力偵察」という大事な役目の真っただ中であった。

 ここで馬路隊長から、俺に一つの役割が与えられる。

「重忠、どうやら今中予は面白い事になっているな。もうすぐ戦が始まるようだ。どうなっているか物見に出てこい」

「押忍! ……? 隊長、もしかして他家が伊予に攻め込んできたのでしょうか?」

「それはまだ分からん。山を下りた場所……田窪たくぼという地らしいが、そこの林の中に兵が集まっている。一人さらって尋問をしろ」

「押忍! ちょっと行って吐かせてきます」

 やはり我等の行動には意味があった。妨害が予想された桜三里を、いとも簡単に越えられたために「何かあるのでは」と考えていた所である。鞍瀬大熊城の落城は河野本宗家にも伝わっていよう。だと言うのに待ち伏せが無いというのは変な話だ。たがそれも、戦があるというならば頷ける。

 それにしても、敵はどの勢力であろうか? 隊長からは周防大内家や豊後大友家は兵を出す余裕は無いと言っていた。順当に考えれば南予宇都宮家の北上となる。東予の動乱で動揺している河野本宗家に仕掛けるには、良い機会と言えよう。とは言え、国虎様が南予から攻め込んでいるため、南予宇都宮家が領地を空けるのは自殺行為となるのが気になる点でもあった。

 しかしその回答は、予想もしないものであった。まさかこのような大事な局面で裏切り者が出ようとは誰しも思うまい。

 下手人は岩伽羅城主である和田 通興殿。その討伐を任されたのは平岡 房実殿という、河野本宗家きっての剛の者であった。田窪の林の中で兵を展開させているのが、この討伐隊となる。

 気になるのは、兵の数が思った以上に少ない点であった。警備に立っていた兵を何人か殴って洗いざらい吐かせたのだが、総数で五〇〇人もいないと言う。遅れて本隊がやって来るのかと思い、警備兵の鼻が曲がるのもお構いなしに顔面を殴り続けても言葉を変えぬ。泣きながら懇願する姿から真実だと判断した。

 警備兵が言うには、兵が集まるのを待っていれば遠州細川家が中予に雪崩れ込んでくる。時間的な猶予が無かったのが少なさの理由であった。手隙の連中を急いで掻き集めたのがこの数だと言う。

 これでどのように戦うのか? 謀反を起こしたのが城主である以上は、城攻めは必須である。火器も持たなければ一人一人の兵の練度も低いというのは圧倒的に不利な条件である。定石に従った戦い方をすれば下手人の討伐などまず叶わない。だと言うのに、自信たっぷりに伊予平岡家が勝つと舌を回す警備兵が何とも面白く、気が付けば褒美として燻製肉を渡してしまっていた。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「ほう。確かに面白い。伏兵か」

「押忍! 隊長の考えでは、和田 通興殿が城から兵を出さなければ成立しません。連携する味方がいない中で、何故そのような危険を冒すのでしょうか?」

「理由は重忠の言った言葉そのものだ。和田 通興に賛同する裏切り仲間を増やすために、勝てる戦には勝つという選択をする。そこまで見抜いた上での策だ。なかなかどうして、伊予国にも倒し甲斐のある敵がいるじゃないか」

 馬路隊長の考えはこうであった。

 謀反を起こした和田 通興殿は負ける訳にはいかない。そして、より長く抵抗を続けるためには、討伐命令を受けた将との戦に勝つ必要があるというものだ。

 そうすれば河野本宗家を裏切っても鎮圧されないと判断して、更なる裏切り者が出る。そうでなくとも河野本宗家と交渉して、より有利な条件で和睦も可能となるというもの。城に閉じ篭って籠城を続けるのみでは、和田 通興殿への賛同者が出るのが遅くなるという。

 随分と都合の良い考えにしか見えないが、こういうものらしい。「面子と言いながら、その実狙っているのは利権」というのを国虎様が以前仰っていたと話してくれた。確かに我が公文家は土地を国虎様にお返ししたからこそ今の生活を得ているが、そうでなければ家のため、民のためにともっと領土を欲していたやもしれぬ。和田 通興殿も正月に餅を食べたいと謀反を起こしたのであろう。その気持ちだけは分からんでもない。

 一つ疑問があるとすれば、和田 通興殿は遠州細川家の中予侵攻を考慮していないのではと感じる。その点に付いては馬路隊長も同じで、「難攻不落の鞍瀬大熊城がそう簡単に落ちる筈がない」と考えているのだろうと言っていた。

 平岡 房実殿はこうした和田 通興殿の思惑を読み切って、兵を林の中に伏せているのだと隊長は言う。岩伽羅城へ直接攻め込む数は少数になるだろうと。

 だからこそ和田 通興殿は城を出て迎撃しなければならない。少数の兵に臆して城に閉じ篭っておれば次の手が打てない。しかも、攻め手が河野本宗家にその人ありと言われた平岡 房実殿であれば、討ち取る事によって和田 通興殿の武勇が大きく上がる。これは今後の和田 通興殿にとって大きな要素だ。

 逆に平岡 房実殿は、兵を伏せた林まで何としてでも逃げ延びねばならない。だがそれさえ叶えば、突然の伏兵登場に和田 通興殿は対応できず、逆に討ち取られる立場となる。

 つまり、勝負は岩伽羅城から田窪の林までの道中だ。それまでに和田 通興殿が平岡 房実殿を討ち取れば勝ち、逃してしまえば伏兵による逆撃で平岡 房実殿が勝つ。実に面白い戦であった。

「良い機会だ。他家の戦を見るのも一つの鍛錬になる。のんびりと山の上から拝見させてもらおうじゃないか」

「押忍! 隊長、我等馬路党は戦を見るだけですか?」

「我等の役目は威力偵察にある。勝ち残った方と手合わせするのが筋だろう。後、ついでに岩伽羅城も落とすか?」

『押忍!』

「よく言った。なら、戦に備えて飯を作るぞ。煙が見つかると敵に察知される。火は使うな……いや、ろけっとすとーぶなら煙の量は少ない。無視しても良いか。時間もあるし、ろけっとすとーぶを組んで鍋でも食うぞ。飲み過ぎなければ酒を飲んでも良いからな」

「さすが隊長、話が分かる」
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