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六章 大寧寺ショック

閑話:謀略の季節

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 天文二〇年 (一五五一年) 山崎城内 松永 久秀

「待たせたな、久秀」

「いえ、滅相もございません、長慶様」

「お主からの書状を読んだが、幾つか分からぬ点があってな。事が事だけに行き違いがあってはならぬ。書状でのやり取りでは不備も生じるかと思い、山崎城まで来てもらった。戦の後始末で忙しい所を悪いな」

「全ては三好宗家の明日を思えばこそ。それに、京では弟の長頼がよくやっておりまする。某がいなくとも大丈夫かと」

「そう言ってもらえると助かる」

 昨年より京での争いが本格化していた。これも昨年の天文一九年 (一五五〇年)五月に、前公方様が亡くなられたのが大きな理由となる。病死だとは聞いておるが、そうだと言っても人は簡単には納得できぬもの。ましてや現公方様は未だ一五や一六の若造だ。悲しみは簡単には飲み込めぬ。
 
 そんな時、細川 晴元様や幕臣から唆されればどうなるか? 結果は火を見るより明らかだ。三好宗家に憎しみをぶつけんと血気盛んな現公方様は御父上が築かれた中尾城へと入り、東山の麓に兵を展開した。

 この戦自体は小規模な内容で終わるものの、今年の三月には晴元派の将が二度ほど京の町へと入り込み、焼き討ちを行う。

 今度は七月に入ると三〇〇〇程の兵を率いて、洛中のすぐ北に当たる相国寺しょうこくじに陣を張る事態にまで陥った。

 さすがにこれは黙って見ておれぬと、各地から兵を集めて大軍で迎撃する。勿論、包囲して壊滅をさせた。ただ、その際に相国寺を全焼させるという不手際を起こしたために後始末で苦労をする羽目となる。

 それでもこの戦いの結果、晴元派の力は大きく衰えたのが僥倖と言えるだろう。これでようやく京に静けさが訪れる、そう思っていたものだ。

 八月の末、ついに長慶様の懸念が現実化する。周防大内家で謀反が起きた。

 謀反自体は今の世なら何処にでもある。だが、此度の謀反は常のものとは種類が違っていた。これが長慶様の懸念と重なる。そう、周防大内家での謀反は、上洛に後ろ向きな当主と積極的な家臣との対立が原因となり、上洛派筆頭の陶 隆房が事を起こしたのだ。

 これが何を意味するか? 数年後には周防大内家が上洛するという意思の表明である。これまで某らは長慶様の懸念を心配し過ぎだと考えておったが、改めねばならぬと自覚した。

 幸いなのが、上洛には猶予があるという点である。その間に公方様との交渉を進めれば何とかなるかとも思われたが、ここに来て三好宗家の盟友となる尾州畠山家にあり得ない事態が起きていた。

 それは暗殺である。長慶様の義父である遊佐 長教殿が刺客に殺された。今年の五月の出来事となる。遊佐殿は河内国の守護代でもあり、尾州畠山家中にて最も重きをなす人物。そのような人物が殺されたのだから、尾州畠山家は今後どのようになるのか分からない。

 一応はその死を一〇〇日間伏せて、その間家中に混乱が起きないよう対策を行っていたとの話だが、下手をすれば三好宗家の敵となる未来も十分にあり得る。あらぬ方向へ進ませぬためにも、今後は三好宗家の支援が必要となるであろう。

 特に氏綱派においての公方様及び幕府との交渉役は、これまで全て遊佐殿が関わっていた。交渉の継続のためには早急に別の者に引き継いでもらう必要がある。そして、一日でも早く新しい担当と今後を協議しなければならぬ。

 このような状況で、対周防大内家対策にまで手を打たなければならないというのはまず無理だ。

 ならば割り切って、別の者に押し付ければ良い。

 此度の長慶様へ充てた書状には、制限された中での某なりの対周防大内家対策を記載していた。

「では長慶様、此度の書状でご不明な点は何処になりますでしょうか?」

「根本的な話で悪いが、伊予国川之江城を与えるのが遠州細川家である理由を教えて欲しい。他家でも良いのではないか? それに遠州細川家に与えてしまえば、伊予に勢力を拡大してしまうのではないか?」

「それが此度の策の肝となります。遠州細川家には川之江の城を餌として伊予で勢力を拡大してもらおうというのが某の考えです」

「それは何のためか?」

「周防大内家に対する牽制の役割を果たしてもらうのです。遠州細川家が伊予で大きくなれば、周防大内家の上洛が大きく後退するかと。理由は上洛中に領国を狙われないよう対策を取らねばならぬからです。上手くすれば川之江に攻め込んで両者が潰し合うという未来があるやもしれませぬ」

「いや待て。それは都合良く考え過ぎだ。周防大内家と遠州細川家が手を組むやもしれぬ。儂なら間違いなくそうする」

「そうならないために、川之江城におられる細川 通董ほそかわみちただ様には土佐に保護を求めてもらいます。細川 通董様の細川野州やしゅう家は、備中びっちゅう国守護の家柄です。しかも細川 高国様の弟である細川 晴国様の御子息でもあります。細川 高国様の縁者より備中国復帰への協力をして欲しいと求められれば、遠州細川家も無碍にはできませぬ」

「つまり同族を使って、遠州細川家を周防大内家の領地となっている備中国に介入させようと言うのか。確か備中国は現在周防大内家の支配下であったか。なるほど。これでは両家が手を組むのはできぬな」

「はっ。その通りです。付きましては細川 氏綱様に細川 通董殿への書状の依頼をお願い申し上げまする」

「そうか。細川 氏綱様は細川 高国様の養子であったな。従兄弟同士であるなら二人に交流はあろう。細川 氏綱様は常々遠州細川家へもう少し褒美を出したいと口にされておる。舎利寺の戦いにおける細川 氏綱様の武功の立役者となってくれたのを感謝しておるようだ。ならば川之江の城を褒美とする話を持ち込めば喜んで受けてくれるであろうな」

「ははっ」

「問題は備中国への介入だが、これも久秀の言う通りか。細川 通董殿が細川 国虎殿に直接依頼すれば前向きに考えてくれるであろう。細川 氏綱様には伝えておく」

「某の狙いはもう一つです。遠州細川家を備中国に目を向けさせる事で、畿内に目が向かなくなります。優先順位を下げさせると言うべきですかな。今この状況で万が一上洛でもされてしまえば、更に混乱が加速して目も当てられなくなるのは必定。それだけは避けねばなりませぬ」

「儂には細川 国虎殿自身は上洛を考えているようには見えなんだがな。まあ、それを抜きにしても、周防大内家と遠州細川家が争うのは当家にとって利しかない。分かった。久秀の策を採用する。よくやった」

 何とか長慶様に某の策が理解してもらえた。細川 国虎は決して仲良くなれぬ相手ではあるが、その実力は間違いない。いや、むしろ恐ろしいまでの才だ。だからこそ、その才を存分に三好宗家のために役立てもらおうというのが此度の策である。

 とは言え、この策を纏め上げるまでの間、何度となく「もしかしたら誘いに乗らないのではないか?」と迷っていた。

 だがそこでふと思い出す。遠州細川家は土佐一条家との戦いで河野かわの本宗家や周防大内家と事を構えていたと。ここまでの事をやってのけたのだ。川之江城を得られるなら、拠点として大いに活用するであろう。最低限某が細川 国虎ならそうする。

 それに河野本宗家は晴元派陣営でもある。大義名分にも不足はない。これだけお膳立てが整えば、細川 国虎も嫌とは言うまい。

 我等が畿内を完全に掌握するまで、遠州細川家には門番として露払いを任せておけば良い。厄介な相手には疲弊してもらうのが上策である。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 天文二〇年 (一五五一年) 勝瑞城内 長宗我部 弥三郎

「弥三郎様、それでお話というのは?」

「爺、いや吉田 孝頼よ。よく聞け。ついに我等長宗我部党の動く時が来た。長かった勝瑞城での生活も終わりとなる」

「……弥三郎様? 爺が常々言っておりますが、それでは弥三郎様のお考えが伝わりませぬ。皆にお考えを理解してもらうにはもう少し言葉を尽くしてくだされ。三好 実休様や細川 氏之様の前ではきちんとしておるというのに、気を抜けばいつもこう。悪い癖ですぞ」

「分かっておる。分かっておるからそう言うな。爺の前だけだ。それ以外では弁えておる」

「では、続きをお聞かせ頂きますか?」

 天文二〇年 (一五五一年)の八月末、周防大内家内で謀反が発生した。

 この結果、周防大内家の上洛がより現実味を帯び、多くの噂が飛び交うようになる。その中で最も多いのが、周防大内家は前公方足利 義晴様の弔い合戦を畿内で行うというものだ。

 それが例え根も葉もないものだとしても、今現在三好宗家内では今後の方針を巡って様々な議論が繰り返されている。中でも一番の懸念が従っている豪族の去就問題であった。

 ──従属している者達はこのまま三好宗家に味方をしてくれるのだろうか?
 ──現公方様の身柄を押さえている細川 晴元陣営へと鞍替えをするのではないか?
 ──もしかしたら既に誘いの手が伸びているのではなかろうか?

 こうなれば、いずれは家中が疑心暗鬼となるのは目に見えている。

 更に間の悪い事に、この謀反が発生する三か月前の五月には、幕府との交渉の責任者である遊佐 長教様が暗殺された。ただでさえ仲の悪い三好宗家と幕府との仲介者がいなくなったのだ。このままでは両者の溝は深まるばかりで好転などしようもない。

「爺も三好宗家の状況は分かっていると思うが、俺はな、ここで尾州畠山家の動向に着目した」

「三好宗家ではなく尾州畠山家ですか。まだ爺には弥三郎様のお考えが見えてきませぬ。続きをお話しくだされ」

 爺こと吉田 孝頼は、この話の流れから俺が公方様もしくは細川 晴元様へ向けて何かすると考えていたようだ。話題が突然尾州畠山家へと変わった事で目を白黒させている。

「爺も知っておろう。現在の尾州畠山家、いや河内遊佐家内では遊佐 長教様の後継者を誰にするかで家臣達が対立しておるというのを。暗殺の手引きをした者の調査も行っておるとは思うが、それよりも派閥争いが大事とはな。呆れて物が言えぬ」

「確か……遊佐 長教様の弟を後継者とするか、遊佐 太藤 (読み方不明)を後継者とするかでしたな」

「後継者が弟だけはあり得ぬ。理由は分かるな?」

「はっ。遊佐 長教様の弟は紀伊国は津田家に養子入りしており、津田 妙算つだたえかずと名乗っておりまする。この者は別名は杉ノ坊 明算すぎのぼうみょうさんとも言われる根来寺の有力者ですからな。尾州畠山家に根来寺が影響力を持つのは危険以外の何者でもありませぬ」

「もっと言えば、津田家は遠州細川家の盟友とも言える存在だ。そうなれば尾州畠山家に遠州細川家が関与する恐れも十分にある」

「そうですな。絶対にそれだけは避けねばなりませぬ。間違いなく尾州畠山家が反三好宗家の動きを取りまする……弥三郎様、もしや?」

「そうだ。この派閥争いに介入するのが俺の考えだ。弟を推す派閥の有力者を失脚させる。遊佐 長教様暗殺の黒幕にでっち上げるのが最も有効であろう。いっそ殺した方が後腐れないかもしれぬな」

「それは良いのですが、どのように介入されるのです? 我等に尾州畠山家への伝手はありませぬが」

「簡単だろう。三好 長慶様に献策すれば良い。三好 長慶様は遊佐 長教様の娘婿、言わば外戚だ。それを口実とすれば介入の余地は十分にある。三好 実休様に話を通せば、必ず仲介してくれよう」

「……話が見えませぬ。派閥争いへの介入と長宗我部党の勝瑞城での生活の終わりが、どう繋がるのでしょうか?」

「確か弟派閥の筆頭が萱振 賢継かやふりかたつぐ殿だったと記憶しておる。追放でも殺害でもどちらでも良い。当主不在となった萱振家に俺が養子として入り、家を乗っ取る」

「ま……まさか」

「爺、よく聞けよ。萱振 賢継殿は河内上郡代の職を持ち、その領地は恵光寺えこうじの門前町から上がる収益で相当潤っておる。しかもこの恵光寺は昨年亡くなった本願寺教団元幹部蓮淳れんじゅん殿と深い関係のある寺だ。本願寺との伝手を持つには丁度良い。どうだ爺、長宗我部党再起の地にこれほど良い地は無いであろう」

「……まさに、さすがは弥三郎様です。見事な深慮遠謀、吉田 孝頼も感服致しました。これで長宗我部家の再興も……いや、お待ちくだされ」

「どうした? 俺の策に不備があったか?」

「そうではありませぬ。弥三郎様が萱振家を乗っ取った後、何をされるのか気になりました」

「知れた事。遊佐 太藤派の筆頭である安見 宗房やすみむねふさ殿を失脚させる。安見 宗房殿は大和国出身で河内国にはその基盤が無い。大和国の鷹山 弘頼たかやまひろより殿の後ろ盾あっての河内下郡代の職だ。鷹山 弘頼殿が力を失えば自然と失脚する。そうなれば遊佐 太藤様を傀儡として、萱振家に入った俺が尾州畠山家で大きな影響力を持てよう。生前の遊佐 長教様と同じ役割ができるだろうと踏んでいる」

「長宗我部の名を捨ててですか……それだけはなりませぬ」

「何ゆえだ! 長宗我部の名なら弟達が継げば良かろう。まず俺が道を作る。弟達はその後ろを付いて来れば良いではないか」

「それでは真の意味での再興とはなりませぬ。長宗我部の家は弥三郎様が継ぎ、その上での再興を家臣全てが望んでおります。皆が耐えがたきを耐えている理由をもう少しお考えくだされ」

「ならばどうしろと言うのだ!」

「萱振家に養子として入るのは一門の誰かに任せれば良いのです。そうですな。河内国に拠点を作るというなら、萱振派閥の者をもう一人か二人粛清致しましょう。実行は我等が行いますのでご安心くだされ。そして養子入りの後は三好宗家に保護を求めて、尾州畠山家もしくは遊佐家から独立致します。その際に長宗我部家の当主として弥三郎様が代表となれば、誰もが長宗我部家を認めざるを得ません。これならば家中も納得致します」

「……そのような策が上手く行くのか?」

「問題があるとするなら三好宗家側でしょうな。此度の策は三好 長慶様の縁を利用した尾州畠山家内部への介入ですので、利を多く求められるでしょう。逆を言えば、望む利を提示できるなら積極的に支援頂ける筈です」

「なるほど。これは一度三好 実休様に相談をしてみるか」

「それが良いでしょう。三好 実休様からの協力を頂ければほぼ策は成ったようなものです。但し、絶対に細川 氏之様には伝わらぬようお気を付けくだされ」

「分かっておる。細川 氏之様にこの策が露見すれば絶対に止められるからな。長宗我部党は遠州細川家が勝瑞城に攻め込まれた際の戦力として期待されておる。裏切り行為と揶揄されるやもしれぬ」

「そこまで分かっておるなら爺からは何も言いませぬ」

 まだ煮詰めが足りないにしろ、此度の策の評価は爺からも実行に値すると評価された。理想は長宗我部の力だけでこの策の全てを成し遂げたかったのだが、それでは力が足りぬ。間違いなくこの機を逃してしまうであろう。

 ならば、使える物は全て利用する。三好宗家に借りを作ってでも長宗我部家の領地を手に入れる。このために姫若子と呼ばれても笑ってきたのだ。その成果として三好 実休様からは信頼を得ていると自負している。細かな修正点があったとしても、策自体にはきっと良い返事を頂ける筈だ。

 賊のように土佐から逃げ出して早五年。父上も今と同じような境遇に見舞われながら復活をしたのだ。父上にできて俺にできない道理はない。絶対に成り上がってみせる。その暁には父上の命を奪った安芸 国虎への復讐も成し遂げてみせよう。

 あの日誓った復讐を決して忘れはしない。
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