国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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五章 三好長慶の決断

二者択一

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 予定通りには進まない領国経営。予定通りには進まない戦略。現実はそんなものだと分かっているが、もう少しどうにかならないものか。
  
 それは目の前にいる予期せぬ客に対しても同じ思いである。

「此度は細川様にお目通り頂き、恐悦至極にございます」

 だというのに目の前の相手は俺の思いなど何処吹く風。丁寧な言葉とは裏腹に薄ら笑いの表情を浮かべながら頭を下げる。

 今回の客は隣接する波川郷を治める波川 清宗なみかわきよむね。その場所は丁度遠州細川家と土佐一条家との狭間となる。

 一見すると、どちらの勢力にも属さず独立を保つ気骨のある領主と評せられるだろう。

 だが現実には、波川郷は二つの勢力の緩衝地帯という役割で生き残っていたに過ぎない。波川郷があればこそ、大規模な軍事衝突に発展しない緊張状態を維持してこれた。

 それも今は昔。蓮池城が遠州細川家の手に落ちた現状、波川家はこれまでの役割を果たせなくなる。更にはその結果、大きな決断をしなければならなくなった。

「波川家は以後、遠州細川家に臣従致します。是非、次なる土佐一条との戦に我等をお役立てください」

「いらない。お引取りください」

 それが今回の面会の意味でもある大勢力の傘下に収まる選択である。

 弱小領主の悲しさか、こうなった以上は最早中立という都合の良い態度ではいられない。遠州細川家と土佐一条家の全面対決が現実を帯びれば、どちらも味方は一人でも多い方が良いというもの。逆を言えば、どちらにも属さない勢力は邪魔でしかなく、抗争中に敵対されないためにも事前に滅ぼした方が手っ取り早い処置となる。

 ただ、波川 清宗は一つ勘違いをしている。緩衝地帯になれたのは波川家の力を恐れた結果ではない。あくまで土佐一条家が俺達と全面的に争う時期を先延ばしにする手段でしかなかった。俺に対する態度を見れば、この辺の事情を理解していないのが瞬時に見て取れてしまう。

 ならこの臣従の押し売りは、何を意味するのだろうか?

 答えは簡単だ。自分達の力を過信しているからこそ、両家の争いのキャスティングボートたらんと売り込みをしてきたと見た方が良い。きっと「波川家が土佐一条家との戦を勝利に導いてやる」とでも考えているのだろう。

 こうした意図であるなら、波川 清宗は俺だけでなくほぼ間違いなく土佐一条家にも同じく臣従すると言っている。どちらか高く買ってくれる方に味方する考えだというのが透けて見えた。個人的には臣従などと言わずに同盟の打診でも良いような気がするが、それだと相手にされないとして表面上下手に出ていると判断した方が良い。

 だからこそ、そんな浅はかな策に付き合う必要の無い俺は即座にこの話を断る。正直な所、こういう面倒な勢力を抱えるくらいなら敵対してくれる方がありがたい。その方が後腐れもなくすっきりするというもの。

 とは言え、こんな取り付く島もない発言をしてしまえば、

「いらない? それは我等の力を見くびっておるのですか? 我等が敵となっても取るに足らないと。次の蓮池城を巡る戦で後背を突かれても良いという事ですな」

 当然こうなる。予想通りではあるが、顔を真っ赤にして怒り出した。

「面倒なのでそれで良いです。こちらは後背を突かれないよう、土佐一条家と雌雄を決する前に波川家を平らげておきますので。どうぞ当家と敵対ください。そして是非、土佐一条家に援軍を求めてください。そうすればこちらは各個撃破の良い的にできます」

「何ゆえそのような無駄な事をするのですか? 最初に某が『臣従する』と申したのを忘れたのですか? 土佐一条家と争うのに兵を温存するのは戦の常道ですぞ。遠州細川家の当主はそのような事さえ分からぬのですか?」

「いえ、領土を明け渡して当家に降伏するのならお受け致しますよ。波川家は俸禄で召抱えましょう」

「それは某を愚弄しておるのですか? 一戦も行わないまま降るなどあり得ませぬ。馬鹿を言わないで頂きたい」

「なるほど。波川家が当家との一戦を望んでおられるようで安心致しました。臣従は必要ありません。これで心置きなく滅ぼせます」

「……ぐぬぬ。ああ言えばこう言う。某の何が気に入らぬのですか? 何ゆえ細川様はそこまで我等を拒むのか、その理由をお教え頂きたい」

 しかし話は思うようには進まない。波川 清宗が激怒したのを幸いとばかりに、何とか喧嘩別れになって退席をしてもらおうと必死の説得を試みたが、肩を震わせながらも諦める事無く喰らいついてくる。何度も腰を上げようとしながらも思い留まる姿に疑問を感じるほどであった。

 何故ここまで面目を潰されながらもこの場に残るのだろうと。

 考えられるのはただ一つ。波川 清宗は遠州細川家が勝つと見ているのだろう。

 土佐国内だけで考えれば、両家の力は拮抗しているかのような錯覚を感じる。領土の広さは土佐平野を押さえるこちらが上となるが、土佐一条家は主要港を二つ押さえているという強みがあるからだ。

 けれどもそれは遠州細川家の全体像ではない。こちらには阿波国の南部が領土としてあり、紀伊国にも傘下の領主がいる。潜在的な力は明らかにこちらが上回っていた。

 少し評価を改める必要があるようだ。波川 清宗は単なる自意識過剰野郎だと思っていたが、ある程度の広い視野は持っているという事になる。負ける側に肩入れして家を滅ぼしたくないからこそ、屈辱にも耐えていると考えた方が良い。

 ただ、既得権益だけは絶対に手放さないという強い意志が全てを邪魔していた。

「拒んだつもりはないのですが……強いて言うなら、波川家に土地を持たせたくないだけです。領土の開発・運営はこちらで行ないます」

「武家にとって土地は命よりも大事な物。細川様は我等に死ねと言うのですか?」

「考え方の相違ですね。こちらの条件に納得しないのですから、武家らしく戦で白黒をはっきりさせる。それで良いじゃないですか。最初から主張が平行線になるのは分かっていた事です。だから敵対して欲しいとお伝えしました」

「……」

 そのため、行き着く場所は結局こうなる。誰もが本山 梅慶のように、「既得権益を手放してもそれ以上の待遇を得られれば勝ちだ」という柔軟な思考ができる訳ではない。ただそれだけの話であった。

 随分と無駄な時間を費やしたような気がする。だがこれで波川 清宗も、俺の主張が「面子や既得権益が大事なら敵対しろ。家を残したいならそれらを捨てろ」という二者択一だというのが理解出来た筈だ。妥協をする気は一切無い。後は好きな方を選んで欲しい。

 話も丁度頃合いだ。後は持ち帰って家中で検討すれば良い。もう部屋から出て行ってもらおうか。そんな考えに至った時に、予期せぬ一陣の風が吹く。いや、風と言うよりは嵐と言った方が良いかもしれない。圧倒的な空気の読めなさでその場の雰囲気を変えてしまう、もしくは注目を一身に集めてしまう。そんな存在が乱入してきてしまった。

「話は聞かせて頂きましたぞ! この場は私が預かります。ご心配めさるな。後は大船に乗った気でいてくだされ!」

「……誰?」
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