国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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五章 三好長慶の決断

閑話:瓦林 春信という男

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 天文一七年 (一五四八年) 摂津国越水城内 石成 友通

 あの評定の日から約一月もの日が流れる。

 私が提案した二人の良い所取りとも言える意見が一部を除き採用され、皆には役目が割り振られる形となった。除かれた一部というのは勿論「遠州細川家への援軍依頼」である。実現性はさて置き、現時点では細川 晴元様との敵対が決まった訳ではないというのがその理由であった。

 それよりも優先すべきは本来の目的とも言える三好 宗三殿の排除である。一人でも多く我等の仲間を増やすべく、まずは決起を促す書状の作成に乗り出す。

 とは言え、ただつらつらと宗三殿の犯した罪を書き連ねた所で支持は得られない。どういう文面にすれば摂津衆や晴元様の側近達の心に響き、我等に賛同してくれるか検討に検討を重ねた。

 結果、出来上がった書状を要約すればこのようになる。

 一つ 細川 晴元様の側近でありながら平気で虚偽の報告を行い多くの者が迷惑している。
 一つ 一度は謀反の罪を許した池田 信正様に対して、態度を豹変させ切腹を命じた。
 一つ 摂津池田家の財産を横領した。
 一つ 三好 宗三殿の嫡男である政勝《まさかつ》殿が先の戦で自陣を引き払う際に放火して三好宗家当主を殺そうとした。

 最後の一つは事実確認をしていないので信憑性には乏しい。

 大事なのは二番目と三番目であり、宗三殿が細川 晴元様の側近でいる具体的な弊害となっている。つまり、宗三殿を排除しない限りはいつ当主の切腹を命じられるか分からぬし、家の財産を奪われるかもしれない。一度でも京兆家に盾突いた脛に傷持つ武家なら尚更だ。摂津池田家のようになりたくなければ「三好宗家に味方しろ」という脅しとも取れる文面と言えよう。

 最も大事なのは、此度の決起はあくまで君側の奸を取り除くだけであり、京兆家に対する邪な気持ちは一切持っていないという念押しであった。摂津衆に対して「謀反ではない」という言い訳を作ったという側面もあるが、これ自体は本心である。

 あくまでも晴元様との敵対は最終手段であり、元よりそこまで発展させるつもりは無い。事実、三好 範長様の忠義は今現在も一切ぶれていなかった。

 この状況においても、御主君である細川 晴元様を巻き込まないようにしようとするのには理由がある。それは、範長様にとって晴元様は命の恩人と言っても相違無い方だからだ。

 先代当主である三好 元長様には大きな汚点があった。ご本人としては阿波国にいらっしゃる足利 義維様を何としても公方職に就任させようと焦ったのであろう。政敵である柳本 甚次郎殿を殺害し、更には木沢 長政殿に兵を向けて討ち取ろうとした。これは、二人が足利 義晴派ゆえである。

 だがその行為は細川京兆家から見れば謀反以外の何者でもない。三好 元長様は大勢の家臣と共に反逆者として処罰された。

 大事なのはここからとなる。それは縁座 (連座)の慣習だ。罪人本人だけではなく家族にも死をもって罪を償わせる事で、禍根の芽を摘む役割を果たす。それ自体は何ら特別ではないのだが……結果待ち受けていたのは範長様の死となる。

 ──しかし、当時まだ十一歳という年齢ゆえにその裁定から免れた。

 元服もしていない子供に親の罪を背負わせるのは可哀想だという温情が示され、範長様を始めとした御兄弟は命を繋ぐ。

 だからと言って、そのまま何事もなかったように安穏と暮らせる筈はない。

 地位も財産も家臣も全て失った三好宗家を受け継いだ範長様は、自らの未来を嘆き悲しんだ事だろう。例え領地は残っていようと小さな子供にそれを外敵から守る術など無い。誰かの庇護を得なければ、反逆者の息子という烙印を押されて全てを奪い尽くされるだけである。幼き当主に待ち受けていたものは「滅亡寸前」という四文字であった。

 それを不憫だと同情し、自らの家臣として迎え入れてくれたのは細川 晴元様その人である。いつ路頭に迷ってもおかしくない範長様に身分の保証と生きる道を指し示してくれた。それも晴元様にとっては謀反人の息子だというのにである。

 勿論、当時晴元様と抗争中であった一向衆との和睦を三好家が成し遂げた功績や、京兆家内での人手不足という事情も鑑みなければならない。それでも謀反人の子供を側に置くという晴元様の心境はいかばかりであろうか? 私ならまずそのような真似はできない。良くて一向衆との和睦を纏めた実務担当者のみを引き上げ家臣に加えるのが関の山である。

 これだけでも範長様が細川 晴元様を慕うのが納得できる。

 つまり、晴元様との敵対は恩を仇で返す行為以外の何者でもない。そして、これまで範長様が晴元様の元で築き上げた全てを無にする行為だとも言える。

 だからこそ天文八年 (一五三九年)に蜂起した際は、公方様という上位の存在を推戴して晴元様に迷惑が掛からないようにした。しかし、此度はそのような方はいない。何か他の手立てがあるのだろうか? 評定では「晴元様との敵対も止む無し」という結論が出てしまったが、叶うなら最悪の事態だけは避けたいものである。

 そんな思いを胸についに七月一一日には摂津池田家から三好 宗三殿の息の掛かった家臣達が放逐され、翌日の七月一二日に宗三殿を断罪し、決起を促す書状が一斉に出回る。

 これまでの因縁を此度の決起で全て清算する。そんな決意が込められていたのだろう。範長様はこの日を境に「三好 長慶」と名を改められた。

 
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 九月末、ついに我等は越水城より出陣した。兵の数はおよそ三〇〇〇。まずは三好 政勝殿の居城である榎並城を包囲して、京にいる宗三殿を誘い出す策とした。

 やはり敵もさる者引っ掻くもの。こちらの思惑通りには動いてくれない。

 こちらの読みでは書状の送付と共に、宗三殿は急ぎ嫡男のいる榎並城に戻り戦支度を始めるものだとしていたが、実際にはそれと違った動きをしてくる。

 まず宗三殿は京から動かなかった。細川 晴元様の陰に隠れて雌雄を決しようとしない。我等が焦れて京へと軍勢を進めれば逆賊の汚名を着せられるとそんな小賢しい知恵を働かしたのだろう。もしくは、六角家の援軍が無ければ戦も行なえない腰抜けなのやもしれぬ。

 続いて三好宗家への切り崩しを仕掛けてくる。本当に小賢しい。我等の挙兵には大義も無ければ勝ち目も無いと吹き込み離反を誘ってきた。加えて戦勝の暁には三好宗家当主の地位を褒美として用意するとまで約束する始末。

 そんな空手形に誰が引っ掛かろうか? 宗三殿にしかと勝ち筋が見えているなら策など弄さずとも良い。戦えば我等に負けるのが分かっているからこそ足元を揺さぶってくるというもの。

 ──少し考えれば子供騙しだと分かる。皆がそう考えると思っていた。

 だが、ここで離脱者が現れる。しかもそれは長慶様の弟である十河 一存そごうかずまさ様と一族衆の三好 加介みよしかすけ様であった。

 当然そのような事で討伐を諦めるような我等ではない。むしろ逆鱗に触れる形となり、動きが加速する。万全の体制が整うのを待っていたら、今以上にこちらの結束が弛んでしまうという危機感がそれを駆り立てた。結果、予定を前倒しした出陣へと繋がる。

 元より三好 政勝殿も排除の対象だ。例えこちらの準備が完全ではなくともそれは敵も同じ。この機会に纏めて血祭りに上げてしまえ。嫡男の首を宗三殿に見せつけ後悔をさせてやれと皆がいきり立つ。

 本来の目的は嫡男を救おうと駆けつけてくる宗三殿を一網打尽とするものであるが、既にそれは忘れ去られて皆が榎並城を攻略するつもりである。

 そうして榎並城近くの河内一七箇所へ布陣が完了した数日後、予期せぬ報せが我等の元へと届いた。

「それは誠であろうな?! 嘘偽りであるなら命が無いものと思え!!」

「はっ。間違いはございません。本願寺の証如様の元を訪れたのは多くの者が見ておりまする」

 予期せぬ報せというのは浪人中であった瓦林 春信かわらばやしはるのぶ殿が本願寺を訪れたというものである。その訪問の理由が、近々細川 晴元様に召抱えられて本願寺からは近所となる榎並城に軍を率いてやって来るという挨拶であった。

 長慶様はそれに激怒した。

 嫡男の危機だというのに、見捨てるかのように尚も京から出てこない宗三殿に立腹したのか? そうではない。この瓦林 春信殿の話には続きがあった。何と此度の戦で榎並城をしかと守れば、褒美として越水城の城主にしてもらえると話していたらしい。

 そう、越水城とは三好宗家の居城である。晴元様は長慶様から越水城を取り上げるお考えだというのが図らずも発覚した。

 更にこの瓦林殿がどうしようもないお方だ。一時期は晴元様の下で働いていたようではあるが、私の記憶では氏綱派の将として名を聞いた事が多い。何故今になってこちらに鞍替えしたのか。

 長慶様の怒りの表情を見ると何となく事情が見えてくる。きっと晴元様は「越水城の城主」という褒美ありきで将を求めたのでなかろうか? それにまんまと釣られてやって来たのが瓦林殿だったのであろう。新参者への褒美としてはあり得ぬ破格だが、この場合は違う意味が込められていると考えた方が良い。

 それは、此度の戦では何としてでも越水城は奪い取るという意思だ。確か瓦林殿は越水城の近くに所領を持っていたと記憶している。なら、旧領復帰への思いは並々ならぬに違いない。召抱えればその思いを利用できるとでも考えたのであろう。まるで目的が達成できるなら、元敵だろうがどんな者でも使うと言っているかのようである。

 それであるなら此度の報せは長慶様、いや三好宗家に対する最後通告以外の何者でもない。

 ──長慶、お主の居場所はもう無い。

 何となくだが、細川 晴元様はそう申しておるような気がした。

 全てを悟った長慶様は込み上がる怒りを堪えるかのようにワナワナと震え出す。やがては腰に佩いていた刀を抜き、報告を持ってきた伝令の前で幾度となく振り回しだした。型も何もあったものではない乱暴さで、必死で目の前にある何かを斬り刻んでいく。

 それを見せられる伝令は堪ったものではない。長慶様の迫力に怯え腰を抜かし、必死で後ずさりする。声さえ上げられぬ恐怖の時が通り過ぎるのをただ待つのみであった。

 勿論我等もそれは同じだ。初めて見る長慶様の狂気に足が竦み、動けなくなる。誰一人声さえも上げられず、長慶様の怒りが収まるまで見守る。

「……」 

 まるで玩具で遊ぶのを飽きた童のように恐怖の時間は突然終りを告げる。

 長慶様は徐に刀を放り出し、無言で天幕の中へ消えて行くだけであった。

 その日を境にしばらく長慶様は塞ぎ込む。軍議を幾度となく欠席し、見るからに顔がやつれていった。食事の量も以前と比べて明らかに減っているとの報告が上がる。とは言え、我等には長慶様のお気持ちが分かるゆえ何と声を掛けて良いのか分からぬ日々か続く。

 そんな中、嬉しい報せが入る。宗三殿にくみしていた十河 一存様がこちらの陣営に戻ってきたのだ。離反の理由は多くは語らなかったが、どうやら同じく離反した三好 加介様に担がれたような口ぶりであったという。裏切り自体は褒められたものではないが、此度は緊急事態ゆえ罪は不問とし、長慶様の慰撫を依頼する形で場が収まった。

 やはり十河様の復帰は長慶様の気持ちを穏やかにしたのだろう。食事の量も増え、顔に生気も戻ってきた。これで皆もようやく人心地つく。

「儂は決めたぞ……」

 ある軍議の最中、突然長慶様がそう声を発する。続く言葉はずっと皆が待ち望んでいたものであり、それでいて聞きたくない言葉でもあった。

 天文一七年  (一五四八年)一一月一〇日、三好 長慶様と遊佐 長教様は起請文を交わし、細川 氏綱様推戴の意志を明らかにする。

 それと同時に私には遠州細川家からの援軍を依頼する使者の役目が言い渡された。
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