国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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五章 三好長慶の決断

死を望まれた者達

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 今回の兵の反乱において、一番最初に違和感を感じたのが「その手際の良さ」であった。

 カッとなって兵が上官を刺してしまったのは……分かりたくないが、まあ分かる。問題はそこからだ。手足を縛り人質とするのはまだ思い付く者もいると思うが、同時に兵達の意見を纏め上げて上官と交渉を行おうという発想ができる者がどれ程いるだろうか? ましてやどうしたら仁木殿を使者にまで仕立てられるのか俺には想像すらできなかった。

 幸いな事に反乱の首謀者は俺達に同行しているらしい。どんな者かとても興味をそそる。

「あっ……あのう、細川様、オラに何か用だか?」

「うーん。なりは汚いが、姿勢が違うな。お前武家出身だろ? 警戒するのは分かるが、そう腰の位置を低くしていたら、『これまでしっかりと武芸を修めて鍛えてました』と言っているようなものだぞ。あっ、今回の反乱の件で責任を取らせようとかそういうのじゃないから安心しろ。言葉遣いも普段通りに戻してくれ。まず名前を教えてくれるか?」

 ついにご対面となった。背格好にこれといった特徴は無い。全体的に薄汚れており、身に付けている装備も粗末の一言だ。どこからどう見てもくたびれたオッサンでしかない。

 ただ、普通でなかった点がある。それは、突発的に何が起こっても大丈夫なように腰の位置を安定させ、周囲に気を配るかのような雰囲気を醸し出していた事であった。例え戦慣れをしていたとしても、その辺の兵にはまずできない芸当である。

「…………」

「ああ、そうか。いきなりこんな事を言われても困るか。俺の名前は細川 国虎と言う。一応、土佐で遠州細川家の当主をしていて、この軍を率いている。怪しい者じゃないから安心してくれ。とりあえず干し芋食うか? 飲み物に麦茶もあるぞ」

「ひぃいい、細川様、とんだ失礼をば」

「国虎だ。細川の名は養子に入って名乗るようになったから俺自身も違和感がある。こっちの方がしっくりくるんだよ。今回呼んだのは俺が話を聞きたくてな。馬には乗れるか? ここでじっとしていると紀伊国に辿り着けないから、俺の隣を並走してくれ」

「か、かしこまりました」

「で、改めて名前を教えてくれるか?」

「はっ、山中 直幸やまなかなおゆきと申します」

「ありがとう。直幸だな。じゃあ、俺に付いて来てくれ」

 何となくそうだと思っていたが、やはり反乱の首謀者は武家出身であり、荒事にも慣れているのだろうと予感をさせた。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「そういう事か。口減らしの実態自体は知っていたが、末端ではそこまで酷いものだとは知らなかった」

「今更ながら随分と無謀な行いをしたと反省しております」

 寒風吹きすさぶ行軍は体を冷え込ませ、まるで敗戦でもしたかのような寂しげな気分へと誘う。そんな中での山中 直幸の話は、冷え切った体を熱くさせる血管のぶち切れる内容の連続であった。

 端的に言えば、阿波三好軍の兵の間には現代で言うイジメが起こっていた。それも恒常的に。

 この時代に動員される兵の多くは民兵である。それも各村に対して出す人数の割り当てが決まっている。そしてここからが問題となるのだが、民兵の中には村の厄介者であったり、食料不足による口減らしとして出された者が一定数混じっている現実があった。勿論、奴隷が兵として出される場合もある。何も略奪目的や恩賞目的で参加する者ばかりではない。

 どういう意味かというと、軍の中には「死んで欲しい」と願いの込められた兵がいるという話だ。それが本人の資質の結果であればまだマシな方であり、多くは家の事情となる。中には理不尽な理由で厄介者扱いされた場合もあるだろう。

 さて、そんな「要らない子」扱いされた者達が、戦場という特殊な環境で他の者達と同等に扱ってもらえるかというと……どだい無理な話である。上の立場から見える景色と、末端の現場から見える景色とでは違っていたという真実を聞かされた。

 満足に飯が食えないのは当たり前。夜襲を警戒した夜番にも幾度となく突き出され、眠い目を擦りながら日中も役目を果たさないといけない超過勤務などはザラだ。挙句の果てには、暇な時間の賭け事でカモにされて借金が積み重なっていく。憂さ晴らしに殴られたりするのは日常茶飯事だったらしい。

 それを見かねたのが直幸だ。この戦いには傭兵として参加しており、長引く対陣で兵達の心が荒んでいくのを目の当たりにする。そこで虐められている者達へ団結を促していたそうだ。せめて、これ以上辛い目に合わないようにと。

 気が付けばそれが求心力となる。立場の弱い兵達が一人また一人と直幸を頼るようになっていた。

 ここまでなら良い話と言えるだろう。しかし、そうは問屋が卸さない。戦場では戦がつきもの。ついに直幸達が所属する隊にも命令が下る。それが遠州細川軍との交戦であった。

 遠州細川軍との戦いがこれまでと同様であれば、今回のような悲劇は起こらなかっただろう。だが知っての通り、遠州細川軍の戦いは全てが異質過ぎた。火器の大量投入に黄色い悪魔の投入。直幸達には巨大な盾と重い金砕棒を軽々と振り回す馬路党が、鬼の集団にしか見えなかったらしい。止めが専光寺 照算達の離別霊体である。音と共に突然人が倒れる姿はまじない以外の何者でもなかった。

 こんな地獄からはさっさと逃げ出したい。しかし事情のある兵は逃げようにも逃げられない。そんなギリギリの精神状態で暫しの間睨みあいが続くも、またも非情な命令が下される。その時、あの事件が起こった。

 兵達は思ったそうだ。どうせ俺達は死ぬ運命。同じ死ぬなら仲間を庇って死にたいと。凶行に走った犯人は直幸達の仲間の一人だった。戦うなら今しかないと。

 そんな兵達の思いを受けて、直幸は破れかぶれの行動を起こす。それが遠州細川軍との和睦交渉であった。これが駄目なら諦めもつくと考えたらしい。

「それにしてもあの土壇場でよく和睦するなんて思いついたな。俺には到底思いつかないぞ。あっ、これは褒め言葉だ。よくぞ兵達の命を救ってくれたという意味でな。元敵である俺が言うのも変だと思うが……」

「ありがとうございます。ですが、某からすればどちらの軍と戦っても死ぬのが見えておりますので、それ以外に道が無かったというのが理由となります」

「そうか。行き場が無いから、逃げるという選択ができなかった訳か」

「左様です」

 俺には山中 直幸の策は両軍を手玉に取るような大胆不敵なものにしか見えなかったが、いざ蓋を開けて見ると切羽詰った事情による苦渋の策でしかなかった。

「……それで、使者に仁木殿を選んだのはどういった理由だ」

「こちらはもっと簡単で、人柄を見知っておったのが仁木様という話です。仁木様は我々のような末端にも気に掛けてくださるような方でしたので、何とかなるのではないかという思いでした。それに、交渉にはうってつけの血筋の良さも理由となります」

「……周りが良く見えているな。なのに世渡りが下手なのが面白い」

 これは俺も実際に話した経験があるのですんなりと理解できた。仲間だけではなく兵も大事にする人だという訳か。典型的な武人体質だな。兵からも慕われるのは分かる。……だから、直幸も仁木殿を頼りにしたのだろう。

 これは降伏兵に下手な扱いはできなくなったな。遠州細川軍は鍛錬こそ厳しいと思うが、イジメなど起こっていないと思うのだが……こればかりは俺にも分からない。

「国虎様……どうされましたか?」

「ああ、悪い。少し考え事をしていてな。何にせよ、降伏兵は遠州細川家で面倒見るから安心しろ。で、直幸はその兵達が馴染めるまで世話してやれよ」

「そ、それはどういう意味でしょうか?」

「いや何、そういう実態を聞かされると俺も不安になってくる。裕福と言われる阿波国でさえこれだ。土佐は日ノ本では下から数えた方が早いくらい貧しい国でな。俺自身もずっと皆の食には気を使っているつもりなんだか……さすがに末端までは把握しきれていない。いや、それよりも優先は降伏兵には心の支えだな。これまでとは環境が変わるんだから誰かが相談に乗ってやらないと。直幸は責任を取って遠州細川家で働け」

 直幸からの話を聞くまで兵を口減らしに出すのは、例えば甲斐かい国や土佐国のような貧しい国に限定されていると思っていた。しかし、よく考えればこれは特殊な話ではない。どんなに裕福な場所であろうと全員が裕福な筈がないからだ。ホームレスは地方よりもむしろ都会に多くいる。つまりは裕福であるからこそ、貧富の差が大きいと言える。

 もしかしたら、降伏兵はこれまでの土佐の民より辛い日々を送ってきたかもしれない。その者達に寄り添える人物は、現状直幸を置いて他にはいないだろう。

「なっ、何を一体……先程『責任を取らせようとかそういうのじゃないから』と言ったではありませぬか?」

「そうか、そんな事も言ったか。安心しろ。あれは嘘だ。今回の事件の責任を取って俺に仕えろ。きちんと武士待遇で召抱えるからそう悪い話ではないと思うぞ。三食昼寝付きは難しいかもしれないが、衣食住は保証する。間食もあるし、たんまり給金も出す」

「それは某に仕官しろと言っているのと同じではないですか!」

「俺は最初からそのつもりで直幸を呼んだんだがな。分かり辛かったか?」

 呼び出す前は単純に面白そうな者がいるなという程度であった。兵を纏め上げる力を持っているようだから、現場指揮官に丁度良いくらいにしか考えていなかった。

 しかし、その認識は間違っていたと言える。山中 直幸は面白そうではなく面白い。上司受けが悪そうなのが尚良い。まさに変人ばかりが集う遠州細川家に相応しい人材だ。

「国虎様! 何ゆえこのようなどこの馬の骨とも分からぬ薄汚い者を家臣に加えるのですか? おいえは由緒ある細川家の一族ですぞ? 幾ら人手不足とは言え、それを理解して頂かないと!」

 けれども常識人の黒岩 越前からは早速異が唱えられる。まだ直幸に誇る武勇があるならこんな発言は飛び出さなかっただろう。馬路党や現在鍛錬中の松山 重治率いる二軍にも怪しげな経歴を持つ者がそれなりにいるが、強さで皆を黙らせている。残念ながら、鍛えてはいるものの直幸にはそれが無い。武を重んじる土佐の者には直幸の価値は見出せなかったと見える。

「越前、そうカッカするな。今の俺達に必要なのは現場を知る熟練者だ。直幸はうってつけだと思わないか? しかも兵の面倒見も良いとなれば遠州細川軍はもっと強くなるぞ」

「それなら馬路党がいるでしょう」

「……なるほど。越前は馬路党と一緒に鍛錬したいんだな。認めるぞ。扱かれてこい」

「そういった意味で言ったのではありません!」

「もう少し視野を広く持て。確かに馬路党には元傭兵も多くいる。けれども、アイツ等は別格だからな。別人種と考えろ。それよりも俺は今回の事件を結構深刻に捉えててな。今後もいつどこで同じような事件が起こるとも限らない。その時に虐げられた者の気持ちが分かる人材がいるかどうかで対処が変わるというのを分かってくれ」

「……分かりました。今回だけですよ」

「ありがとうな。越前ならそう言ってくれると思っていた。……という訳で直幸、これからは宜しく頼むな」

 未だ狐につままれたような表情をしているが、直幸からの拒否は出ないのを良い事にこのままなし崩し的に家中に組み込んでしまおう。正式な手続きは土佐に戻ってからこっそりとすれば良い。おあつらえ向きに紀伊国で休憩と補給を行なった後は阿波国攻めとなる。ここで直幸と降伏兵を働かせれば二度と嫌とは言えまい。俺達が仲間として扱えば良いだけだ。

「そうそう。直幸、別件で一つ聞きたい事があるんだが答えてくれるか?」

「はっ。何なりと」

「固い固い……越前、そう睨むなよ。コホン、知りたいのは直幸の出身だ。やはり甲賀山中家の庶流か何かか? 家を出て傭兵をしないと食べられない事情だったのか?」

 止めは話を有耶無耶にするべく別の話題を投げかける。とは言え、名前を聞いてから気になっていた点でもあった。

 畿内で山中と言えば、真っ先に思い浮かぶのは甲賀二一家の一つに数えられる山中家だ。つまりは甲賀の忍びである。今回の直幸の召抱えは、杉谷家に続く甲賀の者との伝手ができるのではないかという邪な考えもあった。

 今すぐという訳ではないが、阿波国南部も統治下に置けば今以上に他家との関わりも増え、情報収集として更に忍びの数が必要となる。

 杉谷 与藤次も頑張ってくれてはいるが、如何せん所領拡大が早過ぎるので追い付かないという悪循環に陥っている。特に俺の趣味で薬草採取を命じたり、料理番を命じたりしているので人手が幾らあっても足りない。そう言えば、領内の座が変な事をしていないか見張る役目も任せていたな。

 だが、そんな考えが見透かされたのか、直幸の口から出たのは予想の斜め上を行く内容であった。

「庶流で家を出なければならなかったのはその通りですが、出身は出雲国です。尼子家が治めている地となります」

「はぁ? 出雲尼子家はそんなに貧しい……それは無いな。美保関みほぜきの港を抱え、明や朝鮮との交易も行っているのだからあり得ない。それに若狭武田家の小浜おばま港を通じて京にも販路を持っている裕福な家だぞ。これは……どうやら何か事情がありそうだな。良かったら話してくれないか?」

 そうだ。今先程裕福な阿波国でも口減らしの事実を聞いたばかりだ。なら、日の出の勢いの出雲尼子家であっても外からでは分からない何らかの事情があるに違いない。想定とは違っていたが、これは場合によっては出雲尼子家からの人材が獲得できそうだ。直幸には悪いが、もう少しだけ俺の我儘に付き合ってもらおう。

「では、まずは応仁の乱時においての出雲事情からお話させて頂きます」

「長い長い。もう少し簡潔に話してくれ」
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