国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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四章 遠州細川家の再興

一難去って

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 残敵掃討を終わらし長宗我部家の本拠地である岡豊城を接収した後は、何をしたか殆んど覚えていない。覚えているのは一羽と道清の遺体を菩提寺である浄貞寺に運ぶように指示し、弔ってもらうように手配したくらいであった。それと、疲労困憊と悲しみの中でひたすらに和葉を抱いた事だった。

 一羽の死を知らされた和葉も悲しんでいた筈だ。にも関わらず、俺の欲望を全て受け止めてくれる。優しく包み込み癒してくれる。互いを慰め合う。何日も彼女の肢体に溺れ続けていた。

 しかし四日目の朝、

「飽きた」

 和葉のその一言が何を意味するかは理解できなかったが、気が付けば文字通りに蹴飛ばされて部屋の外へと放り出されてしまった。

 混乱する中で見た和葉は鬼の形相をしており、いい加減ハロー〇ークに……もとい、仕事に戻れと叱ってくる。爛れた生活はもう終わりだと告げられた。

「和葉は一羽が死んで悲しくないのか? 道清だってもういないんだぞ。今の俺に何ができるんだよ」

「『できるかできない』かより『やるかやらないか』でしょ! 奈半利での国虎は、誰もが無理だと思う事を成し遂げたのを覚えていないの? 二代前の元親様や先代の元泰様、それに義兄上の死を乗り越えてここまで来たのを忘れたの?」

「……」

「そりゃ兄さんが死んだのは悲しいよ。でも私は、今の国虎の姿を見るのがもっと悲しい。兄さんとの約束を忘れた訳じゃないんでしょ? 今の国虎の姿を見たら、兄さんが安心して成仏できないじゃない」

「……その通りだ。ありがとう和葉」

 頭を鈍器で殴られた気分というのはこういうものかもしれない。ここ数日は自分自身を見失っていたのだと思い知らされた。和葉の言う通り、これでは約束を果たせないと気付く。

 ただでさえこの時代は多くの人が飢えに苦しんでいる。しかも土佐は、日ノ本でも下から数えた方が早い貧乏国だ。石高は太閤検地 (豊臣秀吉が日本全国で行なった検地)では一〇万石に届かなかったと言われている。そんな場所から飢えを無くそうというのだから、並大抵の努力ではまず実現しない。

 ……これが「死せる孔明、生ける仲達を走らす」か。いや、違う。

 少しずつで良いから、今やれる事から始めないといけないか。

「うん。それでこそ国虎だ。顔つきがいつもの悪いのに戻った。じゃあ、お仕事頑張って。私も美味しい物を用意して待ってるから」

「本当、和葉には敵わないな。あっ、『いつもの悪いの』は余計だぞ。夜は覚悟しておくように」

 こうした一幕があり、俺は無事立ち直る。長宗我部を倒し自身の運命を切り開いたとは言っても、まだ道半ばであるという事実に改めて気付かされた。

 蛇足ではあるが、俺の宣戦布告を受けての和葉の反応が、

「もぅ、国虎のエッチ」

 という反応に戸惑うものだったと追記しておく。

 誰が和葉にそんな言葉を教えたんだ?


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 馬を走らせて俺は久々に田村城へと到着する。城とは言っても館に毛が生えた程度の建物だが、遠州細川の名を引き継いだ以上はここを本拠地とするのが筋である。前線にも近いという都合良さもあった。

「国虎様、もう体の方は良いのですか?」

「悪いな元明、心配を掛けた。体は大丈夫だ」

 何も言わず三日間サボっていたというのに、畑山 元明は俺の復帰を心から喜んでくれていた。これはきっと、長宗我部 国親との戦いで怪我をしたと勘違いしてくれていたに違いない。確かに細かい傷はまだ各所に残っているので、間違いではないのだが……。

 その辺は適当に誤魔化した上で、元明からこの三日間の状況を確認する。

「頭が痛くなってくるな。これは……」

 端的に言えば、まだ長宗我部との戦いは続いていた。これというのも長宗我部家の特徴である「一領具足」が理由となる。

 この制度は半農半兵、もしくは屯田兵のような扱いだと思っていたのだが、いざこれを当事者である一領具足衆から見ると恐ろしい制度であった。

 長宗我部家は末端の兵に至るまでの大多数が武士なのである。一領具足衆が自身を武士だと思っているというのが正しい表現だろう。決して自分達を農兵だとは思っていない。

 お陰で元長宗我部領内では武装解除が一向に進まないと言う。一領具足衆が仲間と共に城や寺、建物に立て篭もる。ゲリラ戦を展開する。それを、一つ一つモグラ叩きのように潰しているのが今の状況であった。

「せめて一箇所に固まってくれれば良いのですが……」

「そりゃ向こうは俺達のやり方を間近で見たんだから、少人数で分散するのを選ぶだろうな」

「何悠長な事を言ってるんですか」

 更にはこの一領具足が原因で面倒な事態へと発展する。

 今回の戦いで実は俺達は殆んど手柄首をあげていない。武士だと思って倒した相手がほぼ一領具足衆だったらしい。有力武将は押しなべて取り逃がした形となる。

 合戦中ならまだしも、いざ逃げる段になってまで目立つ格好をする馬鹿は少ない。そういうのは殿しんがりの役目だ。多くはその他大勢の兵と見分けが付かない姿となり……その中で威勢が良いのは大抵が一領具足衆だったようだ。当たりくじというのは中々に難しい。

「それで、結果が長宗我部一族をほぼ取り逃がす形に繋がるのか」

「面目ございません」 

「いや、責めている訳じゃないから気にするな」

 それは接収した岡豊城でも似たような形となる。明らかに後の禍根となる長宗我部 国親の子供や一族も悉く取り逃がしたという。有力武将を討ち取れなかったのだからこうなるのも必然であった。神輿として担ぎ、いずれは捲土重来をと望んでいるのだろう。優秀な長宗我部兄弟が今後俺の敵に回るのは避けたかったが、こうなると諦めるより他無い。

 分かっているが……まさか、まさかだな。俺が「土佐の出来人」長宗我部 元親のかたきになるとは。自身が殺されないようにと必死になった結果がこれとは恐れ入る。

 それにしても、車を使用できないこの時代に大勢を引き連れての移動は難しいと思うのだが、一体どんな方法で逃げたのか? 港から船で移動をするにしても、そこに辿り着くまでは徒歩か馬になる筈。少人数ならまだしも、それなら今から追っ手を差し向けても十分間に合いそうな気がするが……。

「……国虎様、大丈夫ですか? もしかしてまだ傷が治っていないのでは」

「そうか。川舟で港まで出れば良いのか。もうこれは追えないな。悪い。考え事をしていてな。心配を掛けた」

 この時代は河川を利用した物流が基本だったと思い出す。岡豊城の南には一キロも離れていない場所に国分川が流れており、浦戸湾へと繋がっていた。川舟の使用は、各駅停車ではなく急行電車に乗るようなものである。これではとっくの昔に浦戸から海へと出ているだろう。

 逃げた先はやはり長宗我部 国親ゆかりの一条家か? それとも細川京兆家か? どの道今の俺には手が出せそうにないな。

「大丈夫ならそれで良いのですが」

「それで空念くうねんだったか? 本願寺の僧が置き去りにされた女子供や一部の家臣を匿っているんだよな」

「はっ。女子供は言うに及ばず、残された家臣は皆傷を負っているとの事です」

 長宗我部残党は脅威ではあるが、それが現実化するにはまだ数年の時間的猶予がある。対策を急ぐ必要は無いだろう。それならと、気持ちを切り替えて目の前の問題に着手する事にした。

 空念というのは、俺達の元に訪れた長宗我部の家臣である。まだ抵抗を続けている一領具足衆とは別の派閥だった。本人もそれを気にしていたらしく、「誓っても行動を共にしていない」と必死の弁解をしていたという。

 目的は降伏……いや、保護を求めてきたと言った方が良い。一領具足衆共々に殺される前に身の安全を求めてきた。最早領地安堵などと強気には出られないと分かっているのだろう。言わば無条件降伏に近いが、これも命あっての物種。長宗我部の家臣は血の気が多いのばかりだと思っていたが、なかなかどうして面白いのもいる。状況が見えているな。

「分かった。全員を受け入れよう。治療と飯、それと安全な後方に送ってやってくれ。監視を付けるのを忘れるなよ」

「かしこまりました」

「それと、空念には一働きしてもらうか。一領具足衆をどうにかしないといけないからな」

「どうされるんですか?」

「不本意だが一領具足衆を武士待遇の俸禄で召抱える事にする。その交渉役だな。長宗我部家臣なら話も聞いてもらい易いしな。幾つかの立て篭もりしているのを説き伏せれば、その流れで残りもある程度は降ってくると思うぞ。ゲリラ……いや、賊となった一領具足衆も、良い待遇なら抵抗を続けるより降った方がマシだと思うんじゃないか?」

「それでよろしいので?」

「背に腹は変えられないからな。ああっ、でも土地は渡さない。俸禄での雇いだ。空念にはその条件で頑張ってもらう。なあに一領具足衆は今後の本山戦で激戦地にでも送るさ。活躍すればそれで良し。駄目でも死ぬか俸禄を下げるだけで良いからな」

「確かに。その辺りが落とし所でしょうな」

「よし決まった。後は頼むぞ。俺は新たに増えた土地の開発計画を立てないといけないからな」

 幾ら受け入れた長宗我部家臣や子供達がいずれ細川家のために働くとしても、無条件で受け入れる必要は無い。保護するには「手土産が必要だ」と言われるくらいは空念も覚悟している筈だ。

 なら、それを見せてもらおう。一領具足衆と同じで活躍すればそれで良し。駄目でも空念が死ぬだけである。俺達の腹が痛まないのがなお良い。

 泥沼になるかと思っていた長宗我部戦の後始末にも、何とか光明が見えてきた。

 
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 更に一〇日後。

 空念の必死の説得により、一領具足衆の武装解除が進んでいるとの報告を受ける。中には頑として聞き入れない連中もいるようだが、そいつ等は木沢隊や馬路党がきっちり肉体言語にて説得を終わらす。他にも降伏した一領具足衆を一番目立つ場所に配置すれば、「元同僚とは戦いたくない」と降伏する者も出ているようだ。

 この調子なら長宗我部領の掌握も近い。ただ完全掌握には、まだ敵対した寺社への対応が残っているので、もう少し時間は必要となるだろう。まだまだ安心はできないが、山場を越えた安堵感が細川家の中にも広がりつつあった。

 ようやくこれで一羽や道清の葬儀、頑張ってくれた皆への特別報酬にも手を付けられる。空念も頑張ってくれているのできちんと報いてやらないとな。

 そんな事を考えている矢先、どたどたと激しい音を響かせて元明が俺の執務室へと慌てて駆け込んでくる。

「申し上げます!!」

「元明どうした? 顔が青いぞ。何か問題でも起きたのか?」

「いえ、問題が起きた訳ではないのですが……国虎様にとっては大問題かもしれません」

「? 悪い。何を言っているのか分からん。焦らなくて良いから、落ち着いて順番に話してくれるか?」

 滅多に取り乱さない元明がこうもうろたえているのは珍しい。問題が発生した訳ではないのが幸いだが、重大事なのは間違いないようだ。俺にとっての大問題というのが気になるが……何だろうか? 例えば和葉が大怪我したというなら、細川家自体の問題となるからこんな言い方はしない。

 まずは元明の話を聞くのが先か。

「国虎様こそ落ち着いて聞いてくだされ。まず一つ目です。紀伊鈴木党より遠州細川家に臣従したいと使者が参られました」

「えっ!? 紀伊鈴木党って雑賀衆じゃないのか? 何を思って細川家の傘下に入りたいんだ? これまで通り商売相手で良いだろう。さっぱり分からん」

「まだ続きます。二つ目です。備前宇喜多家より縁組の使者が参られました。宇喜多殿の妹君を是非国虎様へとのお話です」

「はぁ? ……いやいやいや、無い無い。俺にはもう既に和葉がいるし、離縁する気は無いぞ。……って、もしかして側室か? それこそあり得ないだろう」

「驚く気持ちは分かりますが、続けて良いでしょうか?」

「ちょっと待て。まだあるのか。これ以上は聞きたくないんだが……」

 確かに元明の言う通りだ。意味不明過ぎて大問題だらけとしか言いようがない。雑賀衆の一党を傘下に組み込んでしまえば、今後の商売に影響する可能性があるし、婚姻は一度面倒を起こしているので当分は関わりたくない。

 この二つだけでもかなり面倒な案件だと言うのにまだあると言うのか……。

「これで最後です。心して聞いてくだされ。本山家が降伏の使者を寄越してきました」

「俺には元明が何を言っているか分からん。ほらっ、あれだ。狐か狸にでも化かされたんじゃないのか?」

「某も聞き間違いかと思い、何度も確認致しました。本山家が領地も遠州細川家に差し出すとの話です。当主である本山 梅慶もとやまばいけい殿が本日この田村城へ来ております」

「なっ、何だってぇーーーー!!」

 一難去ってまた三難。ようやく厄介事が終わり少しは落ち着けるかと思っていたら、「そうは問屋が卸さない」とでも言いたげな面倒が舞い込んでくる。しかもこんな時ほど思い出したくない歴史知識を思い出す。確か、宇喜多殿の妹は結婚相手が謎の急死を遂げたと……。

 天文一五年 (一五四六年)八月末、俺は土佐の三分の二の領地と暗殺される未来の二つを同時に手にするという前代未聞の出来事に遭遇した。
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