国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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四章 遠州細川家の再興

三倍返し

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 その後、宇喜多殿とは犬島の石や三石みついしのろう石の定期購入の段取りを整え、四宮殿とは八浜に集まる穀物を幾らかこちらに回してもらう交渉を行った。

 八浜の港には美作みまさか国や備前国の大麦や米等が集まるらしく、ここから畿内へと送られている。なら、少しこちらにも回せるのではないかという考えだ。いつも通り米でなくとも構わない。大麦は元より粟や稗でも買い取ると伝えた。

 四宮殿は最初こそ転売目的ではないかと訝しげな表情をするが、雑穀まで買い取るという俺の言葉にそうではないと理解してくれる。これだけ各地から食料を買っていればそれを疑われても当然ではあるが……どうやら現代でも忌み嫌われている転売ヤーは、この時代でも変わらないようだ。

 俺自身は歴史の授業で「米騒動」を習っているので迂闊に投機に手を出すつもりはない。誰だって焼き討ちや打ちこわしには合いたくないものだ。買取はあくまでも食糧不足に陥らないための備蓄と考えている。備えあれば憂いなしだ。余った分は酒にするだけである。

 何にせよ、こうした取引を通じて四宮殿とは今後も良い関係を築いていこうと考えている。

 そんなこんなで備前衆との会合は有意義な形で幕を下ろした。



 季節は巡り四月になると、またも畿内は騒々しくなる。

 何となくそうなるだろうと思っていたが、またもや国慶義父上がゲリラ活動を再開した。大口スポンサーが付いて気が大きくなったのは分かるが、少しは大人しくできないものだろうか。

 今回は山城南部にある井出城への強襲である。しっかり落としたのがこれまでと違っていた。そして、ここを起点として更なる攻略へと進む。

 とは言え、それを黙って見ているほど細川 晴元はお人好しではない。直ぐさま軍を整え反撃に転じた。決戦は宇治の地。その戦には盟主である細川 氏綱殿も参戦して、両者は激しく激突したようだが……いつも通りあっさりと敗退。「今日はこの辺で勘弁してやる」と言わんばかりに逃げ出したようだ。本当に懲りない。

 本来ならここからが本番で、嫌がらせのように散発的なゲリラ活動が続く事になるのだが……事態が急変し、この度の彼らの動きは鎮静化する。

 急変した事態というのは、大口スポンサーである尾州畠山家の当主 畠山 稙長が急死した事であった。彼は木沢 長政の討伐において細川 晴元と一時的に手を組みはしたが、基本的には細川 高国派の有力者だ。その後継と言える細川 氏綱殿の庇護は元より、自身の妹を氏綱殿に娶らせるほどの力の入れようでもある。そんな人物が今年の五月に亡くなる。

 高国派残党にとってこの出来事はまさに梯子を外された気分だ。「さあ、これから」という所で最大の支援者が退場する。誰かのせいではないにしろ、振り上げた拳を下ろせない歯がゆさを感じたに違いない。それでもここで自暴自棄になって玉砕を選ぶような真似をしなかったのが救いではある。

 個人的にはこれを機に少しは大人しくして力を養って欲しいが……それは難しいだろうな。尾州畠山の次の当主が方針を転換して細川 晴元と和解するというのはまず考えられない以上、ほとぼりが冷めればまた氏綱殿及び高国派残党の活動が再開するのはほぼ確定と言える。

 ならせめて次の蜂起の際は、しっかりと尾州畠山家を味方に引き込んでから行なって欲しいと願わずにはいられない。もしくは新たな味方……例えば晴元と若干の距離感のある幕府や公方 (足利将軍)が相手としては理想ではあるが、これは難しいか。

 ともあれ、今後の活動はこれまでのやり方から方針を大きく修正せざるを得ないだろう。次はしっかりと綿密な根回しをしてからの蜂起をして、犬死だけはしないで欲しいと願うばかりだ。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 畿内で戦が再開したのに合わせたかのように、ここ土佐でも長宗我部家が動きを活発化させる。今回の目標は十市細川家の本拠地の栗山くりやま城。更には連動して、同盟関係の本山家が十市細川家の分家であるいけ氏の居城である池城へと攻め込む。

 まず間違いなく海を求めての行動だ。田村荘も土佐湾に面した土地ではあるが、港がないために交易は行なっていない。その役割は十市細川家の領分であった。特に分家の池家は港となる種崎地区を領しており、そこから船を利用して畿内との交易を行っている。俺との決戦を前にして、港を押さえに走ったと見るべきであろう。尻に火が付いたような行動であった。

 ここで何を思ったのか分からないが十市細川より俺の元へ救援要請が届く。長宗我部の猛攻に晒され、持たないと感じたのだろう。頼みの綱となる池家も現在絶賛防衛中であり、援軍には赴けない。ならばという事で同族の遠州細川に白羽の矢が立った。

 俺としては田村荘が長宗我部に襲われた時には見捨てておいて、よくこんな事が言えるなと思ったりもするが、よくよく考えれば現在は田村荘からも兵を出しており防備は乏しい。ならば救援要請にかこつけて奪い返す絶好のチャンスと捉え、使者に対して了解の返答をする。直接の援軍を出すつもりはないが、後背を突く事で結果的な援軍となる仕組みだ。現時点での最大限の譲歩と言えた。

 なお、使者には危なくなったらいつでも逃げてくるようには言ってある。俺には十市細川に対して全力で救援に当たる義理はないが、さすがに同じ細川を路頭に迷わすのは寝覚めが悪い。保護を求められた場合は応じるつもりだ。

 一応は負けた場合には長宗我部に降るというのもあるが、これをするとこの時代の慣例として次の戦い、つまり遠州細川対長宗我部との戦いにおいて十市細川が激戦地に配置されるのが確定する。死にたくなければ降伏はまず選ばないとは思うが、どう考えるかだな。

「押忍! 任せてください。派手に暴れてやります。年明け早々は悔しい思いをしたので、その鬱憤をぶつけます」

「そう言うなよ。あの時は戦をできるような状態ではなかっただろう。向こうもそれが分かってて仕掛けた筈だから、上手だっただけだ」

 長宗我部家の今年の軍事行動は今回で二度目である。一度目は年が明けてすぐに本拠地岡豊城から南下して大津おおつ城を攻めた。長宗我部が兵を動かしたという報告を受け、「ついに全面戦争か」と緊張感が走るが、その進路は東へ向く事はなかった。

 この動きを見て、馬路 長正を始めとした幾人かは「岡豊城を落としましょう」と守りの薄くなった敵本拠地への奇襲を提案してくれるが、当時は受け入れた移民のトラブルが頻発してそれ所ではなかったという理由で断念する。

 何も考えずに仕事を割り振った俺の責任ではあるが、やって来た者達は大人しくはなかった。手癖が悪い者や喧嘩騒ぎを起こす者、果ては逃亡する者までいて日々頭を悩ましていた。まあ、逃亡した者は土地勘も無いので、飢え死にしたくなければ戻ってくるより他ないのだが。激変した環境に適応できず、ストレスを抱えていたのがその原因かと思われる。

 本来ならカウンセリングが必要なのだろうが、戦国時代にそんなものはない。色々と考えた挙句面倒となり、馬路党に割り振った者以外は全て常備軍へと放り込む。男女や子供関係無くである。荒っぽいやり方だが規則正しい生活を送り、へとへとになるまで体を動かせば余計な考えはしなくなるだろうという思惑だ。お陰で軍が一時期的に機能不全となり、戦など到底できない状態となる。

 長宗我部にはそんな隙を突かれたと言って良い。

 後は武士としては不謹慎だと思うが、畑山改め山田 元氏や一羽、長正が式を控えていた時期でもあったので、戦で邪魔をしたくなかったというのもあった。

 こうした経緯で俺達は、長宗我部 国親が大津城を落とし、その足で更に南の介良地区にある介良城を落とすのを黙って見る羽目となる。

 幸いだったのは、介良城主の横山 道範よこやまどうはんとその子供である横山 友隆よこやまともたかが僅かな供と共に遠州細川領に逃げてきた事である。横山 友隆は餅が大好きな公文 重忠の弟だ。横山家には養子として入っている。今回は兄を頼る形で保護を求めてきた。もし横山家が長宗我部に降っていれば、兄弟同士で争わなければならず、それを回避できたのが嬉しい。

 なお、横山親子には遠州細川への仕官を打診した所、あっさりと承諾してくれた。

 前回は邪魔が入ったが、今回は違う。須留田城周辺に配置していた兵を全て掻き集めて物部もののべ川を越えた先にある田村城を目指して進軍を行なった。

 田村荘に入った時点で予想通り長宗我部軍は迎撃のための展開を終えている。数はこちらとほぼ同数。だが、何かおかしい雰囲気であった。

 こういう場合はまず罠や伏兵を疑うのだが……それ以前に敵からは戦意を感じない。もうすぐ戦が始まるというのに何を考えているんだ?

 とは言えこちらも下手な行動はできない以上、慎重に事を運ばざるを得ない。いつ何が起きても対処できるよう、警戒を強めながら少しずつ兵を進めていたのだが、敵から約一〇〇間強の距離、後少し間合いを詰めれば弓の射程に入る範囲に到達すると……見事に逃げ出した。それも全軍で。

 それを見た俺達は急いで追いかけるものの、息せき切って長宗我部軍が張っていた陣に突入。その瞬間、今回の戦が終わったと理解した。

「押忍! 国虎様、今ならまだ間に合います。追撃の許可を出してください」

「悪いな長正。今回はこれで終わりだ。追撃よりも先にする事がある。見てみろ、この民の姿を。曲がりなりにも俺は遠州細川の当主だからな。まずはこれをどうにかしないといけない。全軍に通達!! 田村荘の民の状態を手分けして確認しろ! 縄で縛られている者は見つけ次第解放だ!」

 確かに長宗我部は俺達に罠を仕掛けていた。それもかなり悪辣な形で。

 駆け付けた場所には兵こそ残っていなかったものの、その代わりに田村荘の民が縄で縛られて転がされていた。身ぐるみを剥がされほぼ裸の状態で、三人が一塊にされている。念の入った事に猿轡まで噛まされていた。それがざっと見渡しただけでも五つ点在。

 これを見る限り、他の場所でも同じような目に合っている可能性が高い。だからこそ兵達に確認に行かせた。

 今がまだ夏の暑い時期なので良かったが、もしこれが冬場であれば地獄である。例え南国土佐とは言え、冬に裸で外に転がされれば命の保障はできない。

 長宗我部が何故こんな事をしたのかと考えれば、理由はただ一つ、略奪しかあり得ない。奪える物を全て奪い尽くしたからこそ、俺達と戦わずにあっさりと引いたのだとすれば全ての辻褄が合う。

 まず間違いなく焦土作戦と見るべきだ。男女構わず身ぐるみまで剥ぐのはやり過ぎだと思うが、最早食料は元より金目の物は全て奪われているだろう。井戸に毒が投げ込まれていないかも確認する必要がある。

「全く無茶してくれやがって。のれん城の意趣返しというのは分かるが、ここまで徹底するとはな」

 あれから続々と報告が入ってくるが、全て予想通り……いや、予想よりも性質が悪い内容が多い。

 予想通り田村荘からは全ての食料と金目の物が奪い去られていた。抵抗する者にはその場で惨殺を行なう。何体か死体が転がっていたとの報告を受ける。

 衣服を剥ぎ取ったのは金目の物の延長線と言える。この時代の衣服は高い……と言うより布自体が高い。女性からも容赦無く剥ぎ取ったからか、欲情した兵達に犯された者もいた。

 最後は人攫いだ。働き手となる成人男性が殴る蹴るの暴行を受けた上で、かなりの人数持ち去られたという。結果、残されたのは定番の女子供や老人となる。

 食料、資産、人……先日会った海賊よりこっちの方が遥かに賊と言った方が良い。幸いなのが木材までは手が回らなかった事だろうか。家まで持ち去るだけの余裕はなかったようだ。土佐は貧しい地なので木製の簡素な掘っ立て小屋が多い。つまりは解体すれば木材もしくは燃料として再利用可能である。

「まずは火を起こして炊き出しから始めるか。多分無いと思うが、長宗我部がいつ戻ってきても対処できるように野戦築城も必要だな。後は須留田に予備の衣服が残っていれば良いんだが……足りなければ奈半利に取りに戻るしかないのか」

 誰がこの作戦を立案したかは分からないが、完全にしてやられた。念願の田村荘の奪還自体はできたが、元々今回の軍事目的は長宗我部軍の後背を突く事で十市細川への支援を行う事である。この惨状を見捨てる訳にはいかないので、それには失敗したと言って良い。つまり今回は俺の負けだ。近く栗山城や池城は落ちるだろう。

「長正、悪いが使いを出してくれ。こっちも反撃をするぞ」

「押忍! 一番槍は任せてくださ……えっ、使いですか?」

「ああっ、敵が今一番困る事をするのさ」

 だが、ここまでされれば俺も黙っている訳にはいかない。次はこちらの番だ。相手がそう来るなら、こっちも最大級の嫌がらせをしてやる。今回の軍事目的を全て無にしてやろうじゃないか。
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